おすすめ読書・書評・感想・ブックレビューブログ

年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『あの日にドライブ』荻原浩

人生は一本道じゃない。曲がり角ばかりの迷路だ。タクシードライバーらしい比喩を使えば、そういうことなのだ。

『海の見える理髪店』で第155回直木賞平成28年/2016年上半期)を受賞した荻原浩

その時にも書きましたが、僕は荻原浩が苦手です。

linus.hatenablog.jp

ところが、『海の見える理髪店』がなかなか良かったんですよね。

なので本書『あの日にドライブ』に再度チャレンジしてみました。

 

銀行員からタクシードライバーへの転進

主人公は元銀行員。

理不尽な銀行員としての生活に耐え続けてきたのですが、ある時ついに我慢の限界を迎えてしまいます。

退職後は条件に拘りすぎて再就職もままならず、とりあえずのつなぎとしてタクシードライバーをやってみる事に。

タクシードライバーをあくまで仮の姿を自認している主人公だけに、当然のことながら仕事はうまくいきません。ドライバー仲間も一癖も二癖もあるいかにも人生の負け犬といったおじさんばかり。

家で帰っても妻は冷たく、娘や息子からは蔑まれるばかり。

現実から目を背けるように、主人公は「もし銀行員を続けていたら」「学生時代の彼女と今でも続いていたら」と白昼夢を夢想し続けます。

ただそれが……クドい。

 

半分近くが妄想

主人公はことあるたびに妄想の世界へと飛んでいってしまいます。

タクシーに乗せた紳士がどこかの大企業の社長で自分の能力を見出してくれたら……妻が昔付き合った彼女だったら……といった具合です。

その度に物語は足踏みを余儀なくされますので、読んでいてどうにもストレスになってしまいました。

基本的に主人公は「過去の自分にしがみつき」「現在の自分から目を背け」「周囲を見下し」といった感じなので、ユーモラスな文章にごまかされてしまいますが物語そのものが負の塊です。

中年男がウダウダ言ってる、と言えばわかりやすいでしょうか。

もちろん途中から現実を見据え、前向きに進み始める辺りが見所になってくるんですけどね。

それにしてもいちいちしょうもない妄想するな、と突っ込みたくなってしまいます。

 

今を大切に生きよう

でもちゃんと文学はしてるーなんて思ったり。

途中から主人公は現実を直視し始めます。

どうしたら客が掴まえられるか工夫したり、もし他の相手と結婚していたらとハズレくじを引いた気分なのは妻も同じなんじゃないかと思いなおしたり。大学時代の彼女に見せていた執着もあっさり振り切ってしまったりします。

立ち直りの物語、なんですよね。

その代わり、劇的な展開はありません。

シニカルに、コミカルに中年男の苦悩と哀愁を描いた作品と言えると思います。色々と非現実的過ぎるところもあるけれど、ある部分では妙にリアルだったり。

なのでこれが好きだという人の気持ちもわからないでもないんです。

ただやっぱり個人的には……う~ん、苦手かな。

https://www.instagram.com/p/BhZBScInW-i/

#あの日にドライブ #荻原浩 読了タクシーの運転手である元銀行員の主人公。再就職に失敗し、とりあえずの繋ぎとして始めたタクシードライバーの仕事はなかなか上手く行かず、先の見通しも暗い。そんな中で銀行員のままであり続けていたら、大学時代の恋人と結婚らしたらと現実逃避のように夢想する。やがて小さなきっかけから仕事のコツを掴み、今の現実を直視するように。まぁなんていうか……僕の苦手な荻原浩そのものでした。ブラックユーモアを交えながら進む軽い文体はファンもいるのだろうけどやっぱり苦手。でもところどころ皮肉を効いていて「これは」と思わせるところも。うーん、荻原浩って読みどころが難しい。#本 #本好き #本が好き #活字中毒 #読書 #読書好き #本がある暮らし #本のある生活 #読了#どくしょ#読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい ※ブログも更新しました。よろしければプロフィールのリンクよりご確認下さい。

『成功者K』羽田圭介

本の宣伝です。本が売れない期間を長く経験しましたから、とにかく顔を売ってから本を売る、というチャンスを逃したくないと思ってしまうんでしょうね。

『スクラップ・アンド・ビルド』に続き二冊目の羽田圭介作品『成功者K』です。

2017年3月発行という事で既に発売から一年が経っていますが、細々と目にする気がしています。

ちなみに『スクラップ・アンド・ビルド』の際に書いた、“なんだかぎくしゃくした旅番組”に出ていた際にも、この『成功者K』が印刷されたTシャツを着ていました。

www.oricon.co.jp

すっごく微妙ですけどね……。

 

成功者K=羽田圭介

本作品はある意味ではかなり衝撃的です。

成功者Kは売れない小説家だったものの、芥川賞の受賞を機にテレビに出演するようになり、帽子とマスクなしでは街を歩けないほどの知名度と金を手に入れます。

それだけに飽き足らず、自らに好意を寄せるファンに手を出し、さらには10年来の友人や仕事上で出会った相手にまで、次から次へと欲望のままに手を掛けます。『スクラップ・アンド・ビルド』を思い起こさせられますが、とにかく“性”の描写が多い

いや、そのまま“性交”と書かれている文字が多い。

自分を取り上げてくれるメディアにも出演費を吊り上げ、仕事をえり好みし、旧来の仕事相手には軽んじるような言動を見せたりもします。若い女優の彼女を作り、業界人のパーティに参加したり。

成功者Kは、とても的確に一般的に想像されうる「テレビ成金」が出来上がる様を描いているように感じられます。

ただ問題となるのは、果たして成功者K=羽田圭介なのかどうか、という点です。

あまりの赤裸々な語りぶりに、読んでいる側としては「女弟子の布団に顔を埋めてもだえ苦しむ田山花袋「姪に手を出し孕ませた挙句に海外に逃亡する島崎藤村を想像するのと同じぐらいの複雑な気持ちを抱かざるを得ません。

※『蒲団』田山花袋・『新生』島崎藤村を参照のこと

 

成功≒性交

あまりにも性描写が多すぎるので、「これって成功と性交をかけてるよな」と思ったりしたのですが、よくよく調べてみたら作者が「そうだ」って明言してますね。残念。

www.shosetsu-maru.com

表には隠された意図に気づいたりするのも読書の醍醐味だと思うのですが、こう謎解きされてみるとなんだかちょっと興ざめしてしまいます。

成功者K=作者なのかという問題についても、“成功者の虚像”とはっきり言い切っています。

でも全てが全て虚像ではなく、実際に作者の経験をそのまま投影している点も多いようなので、虚実混交が正解なのでしょうね。

 

本当の顔

個人的に一番気になったのは上のフレーズです。

テレビ局から密着取材を受ける成功者Kに対し、取材者が繰り返し述べる言葉。

どんなにカメラを回し、どんなに密着を続けても、「Kさんの本当の顔が見えない」と困り続けるのです。

それに対し、成功者Kもまた「本当の顔ってなんのことだろう?」と疑問を抱きます。Kにとってはカメラが向けられたからといって別に構えているつもりはないし、演じているつもりもない。女性関係を疑われているのかと疑心暗鬼になるKでしたが、どうやらそうでもないとわかると、K自身がわからなくなる。

自分から見た、他人から見た「本当の顔」。

これについて、本書の中では明確に答えは書かれていません。

多分、答えは出せないものでしょう。羽田圭介ばかりではなく、他のどんな人間にとっても。

そんな「本当の顔」を巡る葛藤も本書のひとつの見所と思っていただけたら楽しめるかと思います。

 

賛否両論のオチ

賛否両論とは書きましたが。

実際には“否”の方が多いでしょうね。

突然謎掛けを出され、宙ぶらりんのまま放り投げられる感覚。

答えのヒントについては上のインタビューに書かれていますので、読んでみて下さい。

まぁ、後から説明しないとわからないような物語も今時どうなのかと思ってしまいますが……しっかりと明確な答えを出すばかりが小説ではないですからね。これも一つの物語の形なのでしょう。

それにしても羽田圭介……やっぱりちょっと評価しがたいですね。

もうちょっと他の作品も読んでゆっくり考えてみることにします。

https://www.instagram.com/p/BhOlJPynwVb/

#成功者k #羽田圭介 読了#スクラップアンドビルド 以来、二冊目の羽田圭介。ある意味衝撃的です。芥川賞をきっかけにテレビに出まくり成功者になったKが10年来の友人やら好意を寄せてくれるファンやらに片っ端から手を付けまくります。これって羽田圭介本人の暴露本?#蒲団 の #田山花袋 か #新生 の #島崎藤村 かというぐらいのおっぴろげ具合に、思わず引き込まれてしまいます。最終的には唐突な謎かけからの放り投げという大胆なオチ。もうね、羽田圭介、なんと評価して良いのやら。批判が多いのもよくわかります。でもこの人、なんだか個人的に気になってしまうんですよねぇ。 あ、ちなみに成功者Kが羽田圭介本人かどうかという点に関してはブログに書きましたので、ネタバレ覚悟の方はブログの方もご覧になって下さい。#本 #本好き #本が好き #活字中毒 #読書 #読書好き #本がある暮らし #本のある生活 #読了#どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい ※ブログはプロフィールのリンクよりご確認下さい。

 

 

 

 

 

 

『桜風堂ものがたり』村山早紀

とある県の山間に、時の流れから取り残されたような美しく小さな町がある。
緑の木々に取り巻かれ、その枝葉や蔓の作る緑色の波にいまにも吞み込まれてしまいそうな、静かで小さな町だ。風に鳴る葉擦れの音は、いつも潮騒のように、あるいは子守歌のように、この町とそこに住むひとびとと包み込んでいる。

冒頭の引用で始まる本書『桜風堂ものがたり』。

文章がとても美しいです。

先日読んだ『鋼と羊の森』を思い起こせます。

linus.hatenablog.jp

また、少し読み進むと“序章”と名づけられた本章は小さな子猫の視点だという事がわかります。

ここまで読んで、悟りました。

間違いなくこの本は、僕に合う本です。


地方の老舗書店で働くカリスマ書店員たち

序章と幕間に現れる子猫の他は、銀河堂という書店を舞台にしています。

主人公一整はそこの文庫担当。

控え目で一人を愛する雰囲気がありますが、隠れた名作を見出す才能があると言われています。

その他にも銀河堂には業界の風雲児と呼ばれた店長をはじめ、ラジオ番組まで持つ文芸担当や、雑誌に書評を寄せたりする外国文学担当と、カリスマ店員だらけの書店です。

ところがひょんなことから、一整は銀河堂を去る事になってしまいます。

失意の中、一整はブログ仲間である地方の名店桜風堂店主の下を訪ね、病に倒れた店主の代わりに桜風堂を任せられる事になる――簡単に言うとそんなお話です。

人気店である銀河堂と、地方の個人店としての桜風堂、同じ書店でありながら大きく異なる二つの店の様子が生き生きと描かれています。

本屋を舞台にした物語、というのも昨今では増えていますが、非常に楽しんで読ませていただきました。

何せあとがきにもありますが、本書を書くにあたって実際の書店員の方々から取材をしたり、原稿を下読みしてもらったりとかなり書店員の方のチェックや意見が入っているようなのです。

本屋好き、というただそれだけでも読んでみる価値は大いにあります。


主人公が見出した『四月の魚』

主人公が銀河堂を去る前に、『四月の魚』という一冊の本を見出しました。

一昔前に活躍した脚本家が著者なのですが、小説家としては無名に等しいために刊行予定の本のリストでは目立たない扱いになっています。

一整はその中から、ピンとこの本に惹かれるのです。

しかし、実際に銀河堂で売り出しを手がける前に店を離れる事になってしまいます。

ですが一整が去った後も残った書店員たちは彼が取り上げようとしていた『四月の魚』を売ろうと努力します。さらにそこに出版元の営業マンや本好きの女優まで加わり、『四月の魚』は思いがけず大きな波となって世の中に広まりを見せるのです。

この『四月の魚』を巡る奇跡こそが著者の書きたかったところなのかもしれません。


読む前にあとがきを読もう

正直なところ、都内ならばいざ知らず他の中都市に銀河堂のようなカリスマ店員が多数存在する書店があるとは思えません。

一人ならばいざしらず、複数人存在するとあっては行き過ぎです。

また、『四月の桜』を巡るムーブメントについてはご都合主義と言われても仕方がないかもしません。

そんな人こそ、まずあとがきを読んでみて下さい。

実際には、こんなにラッキーな流れで一冊の本が売れていくことはないでしょう。

と本人の口から潔いばかりのコメントが書かれています。

その後には、次のように続きます。

――けれど、わたしはこの物語の中で、一応は、「ぜったいにありえないこと」は書いてはいません。だから、どこかの街のどこかの書店で、この物語のようなささやかに幸せな奇跡が起きたことがあるかも知れないし、これから先の未来に起きるかも知れないな、とは思っています。

作者はちゃんと自覚の上でこの物語を書かれていますので「現実離れしている」なんて否定する事がナンセンスですね。

書店を巡る小さな奇跡(ひとつだけではなく、いくつもの奇跡が重なっている)を美しい文章を楽しみながら、見守って下さい。


2017年本屋大賞ノミネート作品

本書は2017年本屋大賞のノミネート作品でした。

この年は恩田陸蜜蜂と遠雷直木賞とのW受賞を果たしています。

これまでの本屋大賞 | 本屋大賞

ちょっと相手が悪かったですね。『蜜蜂と遠雷』、良かったですもん。

linus.hatenablog.jp

しかもこの年は森絵都みかづき、塩野武士『罪の声』、小川糸『ツバキ文具店』村田沙耶香コンビニ人間とかなり豊作の年となっています。

linus.hatenablog.jp

どれが大賞獲ってもおかしくないじゃん、的な。

そんなわけで本書は結果的に五位に終わっています。

また次のノミネートの際には是非頑張って欲しいものです。

 

ちょっと個人的なことがらを最後に

本書を読んでいる中で、ふと、少し昔の事を思い出してしまいました。

それというのもこちらの一文。

怒りの声というのは何回聴いても慣れることがないのだな、と思った。そして、ぼんやりと、ひとは自分が正義の側に立っていると思うとき、容赦なく言葉のつぶてを投げることができるのだな、と思った。

とある事件に巻き込まれた後にぽつりと漏らされた一整の感慨です。

この一文が妙に胸に突き刺さり、何度も読み返している内に、七年前を思い出してしまったのです。

それは2011年3月、東日本大震災原発事故があってすぐの事――。

細かくは明かしませんが、僕は被災地と呼ばれる場所で働いていました。

震災後すぐに、職場でとある電話をいただいたのです。

電話の主は東京にお住まいの方でした。原発事故の被害の様子をテレビで見ての、お怒りの電話でした。

「あなたたちは何かしていないんですか? 何かできることはないんですか? なんで何もしないんですか?」

約30分に渡り、電話の主は僕に向かって怒りをぶちまけました。

一応書いておきますが、僕の職場は原発とは何も関わりはありません。公共機関でもなく、ただの一民間企業です。

一応所在地である行政とは連絡を取り合い、幸いにも職場の水道は無事でしたので、欲しいという近隣の方には無料で譲ったりといった活動はしていると伝えましたが、電話の主はそんな事では納得がいかなかったようです。

そんな事じゃない、と。

とにかくテレビでやっていた震災の中のとある一事象にだけことさら拘れられている様子で、それに対する協力姿勢がない事に対してお怒りでした。

僕の自宅のあたりも震度六強ぐらいはあったなので、屋根瓦が落ち、窓からはアルミサッシが飛び出して、棚も冷蔵庫も何もかも倒れ、エアコンはダクト部分だけでかろうじて壁からぶら下がっているようなさんざんな有様でした。

水道も電気も止まり、ガソリンもない中でしたが、やむを得ない事情もあり責務として働いていたのです。

「すみませんが、私も一応被災者なんですけど……」

電話の最中、喉元まで出かかった言葉は、最後まで自分の心の中にしまう事に成功しました。

ですが、電話を切った後でなんとも言えないやるせなさに襲われました。

電話の主は、あくまで「正義」の為に、自らの「正義」の第一歩として、僕の働く会社に文句を言いたかったのでしょう。

でも「正義」ってなんでしょうね。

……この事に限らず、「正義」を振りかざす人々の恐ろしさを当時は本当に肌で感じました。

被災地に住んでいるというだけで心無い言葉を浴びせられる事も一度や二度ではなかったですから。

本当に正義って怖いです。

すっかり余談になってしまいましたが。

 『桜風堂ものがたり』ほのぼのとして文章も美しく、穏やかに楽しめる本でした。

本好きの方、本屋好きの方はぜひお試し下さい。

https://www.instagram.com/p/BhJYDUWHShZ/

#桜風堂ものがたり #村山早紀 読了文章が美しい#羊と鋼の森 にも似た雰囲気カリスマ書店員が沢山いる本屋さんから始まり、タイトルにもなっている桜風堂では地域密着の小さな書店と、同じ書店でありながら全く違う2つをたっぷり描いています。本が好きな方、本屋さんが好きな方ならばきっと楽しめる内容です。美しい文章の中に時々突き刺さる言葉もあって、ブログにはついつい滅多にないプライベートな余談まで書いてしまいました。いずれ同じ著者の他の本も読んでみます。#本 #本好き #本が好き #活字中毒 #読書 #読書好き #本がある暮らし #本のある生活 #読了#どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい ※ブログも更新しました。プロフィールのリンクよりご確認下さい。

 

『ルビンの壷が割れた』宿野かほる

突然のメッセージで驚かれたことと思います。失礼をお許しください

冒頭の引用から始まるルビンの壷が割れた』は、全文をFacebookのメッセージで構成されています。

ページ数にして僅か156ページ。

そのほとんどが水谷一馬を名乗る人物から結城未帆子へ、時折未帆子からの返信を交えながら往復書簡形式で続きます。

水谷一馬はFACEBOOKで彼女を見つけるに至った経緯や彼女本人と確信を抱くに至った経緯から始まり、彼女に対して毎回「もうこれで終わりにします」「最後のメッセージにします」と言い訳のように結びながら、メッセージを送り続けます。

気になるのは文中に散見される二人の関係性です。

そこには二十八年前に亡くなった貴女の顔があったからです。

ごめんなさい、勝手に貴女を殺してしまって――。

まさか、そんな貴女と後に結婚することになるとは夢にも思いませんでした。

否が応にも、過去に二人の間にあった関係や事件を勘繰らざるを得ません。

そうして、メッセージの中から一つ一つ手掛かりを拾い、現れる新たな謎に翻弄されながら、紐解くように読み進めていく物語です。


新潮社の戦略勝ち

そもそも本書は刊行前に特設ページで2週間限定で事前公開。

その上でキャッチコピーを募集するという大々的なキャンペーンが実施されました。

現在もそのページは結果発表の形で残っています。

www.shinchosha.co.jp

また、下部には作中の人物である水谷一馬のFACEBOOKが埋め込まれていたりしています。

“謎の覆面作家”のデビュー作にしてはかなり大掛かりなキャンペーンですよね。

実際ネットニュース等々でもかなり話題になりましたし。

www.nikkei.com

その割にFACEBOOKの「いいね!」の数が45人しかいなかったりするのは逆に心配になりますが。

僕が読もうと思ったのも、TwitterInstagramでフォロワーさんがちょくちょく取り上げているのを見てなので、きっと現在も引き続き売れているのでしょう。

反発の声も多かった事は想像に難くないのですが、結果的には新潮社の戦略が勝利したと言って良いのだと思います。

自分たちでも勝利宣言してますしね。

www.bookbang.jp

 

ルビンの壷

しかしながら本書、アマゾンでは星2.5とかなり低評価なんですよね。

しかも内訳を見ると35%が星1つという辛辣さ。

作品の傾向的には仕方ないとは思います。

イニシエーション・ラブ『葉桜の季節に君を想うということ』も星3ですし。

ただね……はっきり言ってしまえは、上に挙げた二作品に比べても本書はだいぶ落ちますよ。

上の二作品は後で読み返したり、徹底的に解説したブログなんかを見ると、かなり整合性やフェアさに気をつかって書き上げられた事がわかります。
※実際にフェアかアンフェアか、という点についてはここでは置いておきます。

残念ながら本作はそういう感じじゃないんですよねぇ……。

色々ネタバレになってしまうので自重しますが、上記の作品のような衝撃を求めて読むものではないです。

ましてはタイトルにもなっているルビンの壷……。

「同じ絵なのに二つの意味に見える」という事で代表的な騙し絵の一種だと思いますが、それが「割れた」となると過剰な期待感を持たせてしまいますよね。

未だに「割れた」の意味は掴めないままです。

これもちょっとね、タイトル詐欺とまでは言わないけれど、そこまでのものじゃないんじゃないかと。

このなんとも「どうしようもないやっちまった感」。

簡単に言うと、ネットでよくある『意味が分かると怖い話』というやつに似ています。

下のようなヤツですね。

昨日は海に足を運んだ
今日は山に足を運んだ
明日はどこへ行こうかと
俺は頭を抱えた

 

      ↓

 

      ↓

 

      ↓

 

昨日は海に(片)足を運んだ
今日は山に(片)足を運んだ
明日はどこへ行こうかと
俺は(自分のではない)頭を抱えた

matome.naver.jp

はっきり言ってこういうのをびょーんと156ページまで広げた小説にしてみた、という企画です。

辛辣かもしれないけど実際そのようなものですね。

もし本作で良かったという方は、前述のイニシエーション・ラブ『葉桜の季節に君を想うということ』をお試しになってみてはいかがでしょう?

現在映画公開中の去年の冬、きみと別れも良いかもしれません。


乾くるみイニシエーション・ラブ

■歌野昌午『葉桜の季節に君を想うということ』

中村文則『去年の冬、君と別れ』

https://www.instagram.com/p/BhDZFt8H4cl/

#ルビンの壺が割れた #宿野かほる 読了とりあえず一気読み。なんかあれですね、ネットに転がってる「意味がわかると怖い話」みたいな感じ。詳しくはブログに書きましたのでご参照下さいませ。#本 #本好き #本が好き #活字中毒 #読書 #読書好き #本がある暮らし #本のある生活 #読了#どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい ※ブログはプロフィールのリンクよりお願いします。

『かがみの孤城』辻村深月

お前たちには今日から三月まで、この城の中で“願いの部屋”に入る鍵探しをしてもらう。見つけたヤツ一人だけが、扉を開けて願いを叶える権利がある。つまりは、“願いの鍵”探しだ。――理解したか?

2018年本屋大賞ノミネート作品とあって、最近よく見かける辻村深月『かがみの孤城』

本屋大賞ホームページには「4/10(火)結果発表」とありますから、もうすぐ結果が出ますね。

本屋大賞

それにしても今回の本屋大賞は粒ぞろいな感じがします。

伊坂幸太郎『AX』小川糸『キラキラ共和国』原田マハ『たゆたえども沈まず』村山早紀『百貨の魔法』他、有名どころがずらりと並ぶ印象です。

その中でも実際の書店なんかを覗くと『AX』と『かがみの孤城』の露出が多いかなぁ、という気がしていますが。

本屋大賞のポップのすぐそばにそのどちらかが置いてあるというイメージです。

結果まであと十日ばかり……はてさて、結果は如何。


登校拒否児

主人公のこころは中学一年生。

入学してすぐに起こったある事件がきっかけで、登校拒否を繰り返しています。

そんなさ中、ある日突然部屋の鏡から「かがみの城」へとワープしてしまう。

そこには“オオカミさま”と六人の子どもたち。

 リオン:ジャージ姿のイケメンの男の子、中一

 アキ:ポニーテールのしっかり者の女の子、中三

 フウカ:眼鏡をかけた声優声の女の子、中二

 マサムネ:ゲーム機をいじる、生意気そうな男の子、中一

 スバル:ロンみたいなそばかすの、物静かな男の子、中三

 ウレシノ:小太りで気弱そうな、階段に隠れた男の子、中一

子どもたちに“オオカミさま”は子どもたちに問題を与えます。

  • 隠された鍵を見つけて、“願いの部屋”を開けること
  • 城に入れるのは日本時間の朝九時から夕方五時まで。
  • 期限は3月31日まで

そうして「かがみの城」での生活が始まるのです。

戸惑いつつも、少しずつ心を開き、慣れ親しんでいく七人。

「かがみの城」にはそれぞれの部屋が設けられ、テレビゲームを持ち込んだりと、当初の目的はさておいて彼らは上手に城を利用し始めます。

間もなく彼らには一つの共通点がある事がわかります。

それは「学校に行っていない」事。

城を利用できる朝九時から夕方五時は、本来ならば学校に行っているはずの時間なのです。

最初はけん制するようにその事に触れなかったのですが、ひょんなきっかけからやはり全員がそうなのだと確信に至ります。

学校に行っていない事はわかった。でも、行かない理由については誰も言わないし、聞かない、聞けない。

自分が普通とは違う問題児であるとは言いたくない。

表面上は楽しくやっている彼らですが、そんな風にどこかでお互いの間に溝を確保しようとします。

一つ殻を破ったかと思えばその下にはまた頑丈な殻があって……なかなか素直な自分を見せようとはしません。

彼らは投稿拒否児という問題を抱え、それがコンプレックスにもなっていますから、余計にそうなってしまう部分もあるのでしょう。

相変わらず辻村さんは、この辺りの思春期の情感を描くのが上手です。

 

かがみの城で過ごす一年間

本書の見出しそのものが、一学期・二学期・三学期の三部構成と、5月から3月までの各月を章題とされており、彼らが「かがみの城」で仲間達と過ごす一年間を描いたものになっています。

一年間の間には、仲間内での恋愛やすれ違いといった様々な問題が起こります。

特に二学期・三学期の最初には彼らのような登校拒否児にはありがちな「登校する、しない」といった問題も浮上します。

長期休暇の後は一つの節目ですもんね。

問題の度に、それまで毎日足しげく顔を見せていたメンバーがぱったりと来なくなってしまったり、現れたと思えば外見上に大きな変化が現れたり、といった出来事が続きます。

まるで本当の学校のようです。

しかしそんな生活も永遠には続きません。

三学期に入れば、期限の日が近づいている事を意識し始めます。

鍵探しも佳境に入り、是が非でも見つけたいメンバーもいれば、「願いを叶えればここで過ごした記憶は全て失われる」と聞き、願いを諦めるメンバーもいます。

そうして迎えたクライマックス……城は最悪の事態を巻き起こしてしまうのです。

 


幾重にも重ねられた構図と伏線

「かがみの城」=フリースクール

最初に僕の頭に浮かんだ想像が、上記のような構図でした。

登校拒否児が学校の代わりに毎日通うといえば、フリースクールなのかな、と。

フリースクールを「かがみの城」に見立て、そこで出会う子どもたちとのやり取りの中で、やがて学校に戻る勇気を取り戻すような、そんな成長の物語なのかな、と。

でも全然違いましたね。

そんな簡単な構図ではありません。

実際に現実の世界ではフリースクールが登場し、主人公や他のメンバーにもスクールの先生が接触したりもします。

彼らは学校でもなく、スクールでもなく、「かがみの城」に通うんですね。

他にも読んでいくうちに、結構陳腐な構図が思い浮かぶんですよ。

ああ、これってこういう事なんだろうなって。

そういった予想を辻村さんという作家はちょっとずつ越えてくる感じです。

そこまでは予想してたけど、あ、さらにそっちにも繋がってんのか、と。

伊坂幸太郎さんがそういうパズル的な物語が得意なイメージがありますが、そんなパズル感覚も本書では楽しめます。

最初に出された「“願いの部屋”に入る鍵探し」という問題なんて、謎解き以外のなにものでもないですしね。

そもそも集められた彼らの共通点は本当に「学校に行っていない」という点だけなのか。実は他にも共通点があったりするんじゃないか。なんて想像させてしまうのは、古き良き推理小説まで連想させられてしまいます。

 

すごく良く出来ているんだけど……ううん

気になるのは……で、結局最終的にはどうなのよ? ってところだと思うんですが。

良かったですけど、傑作という程には心に響かなかったかなぁ。

辻村さんは女の子同士の心の襞みたいなものを描くのがすごく上手なんですけどね、いかんせん、男の子達がちょっと存在感というか現実感に乏しかったかなぁ、と。

女の子達のナイト役として、物語のアイテムに徹し過ぎてしまっている感じがあって。

終盤に各々の背景が次々と明かされていく場面があり、もうその頃には間違いなくページをめくる手が止まらない状態に陥ってるはずなんですが、内容的には朝井リョウ『チア男子!』の方が胸に迫るものがあったよなぁ、とか。

細部まで細かく絡まりあっていて、伏線もビシバシ張り巡らせてあって、前述しましたが先の展開が予想できたとしてもある程度予想を飛び越えてくるところもあって、本当にすごく良く出来た物語です。

個人的には本屋大賞を獲ってもおかしくない作品だと思います。

でもガツンと胸に刺さるような余韻を残すかというと、そこまでじゃあなかったんですよね……。

これ、僕個人としても不思議なんですが。

年度末でちょっと忙しい事もあり、読むのに日数がかかってしまった事もあるのかな?

なんとも残念なところ、です。

https://www.instagram.com/p/BhAfIuAHCoH/

#かがみの孤城 #辻村深月 読了年度末で時間を取られてしまいましたがようやく読了です。辻村さん、思春期の女の子を書かせたら天下一品ですよね。本書は様々な理由で学校に行けない子どもたちがある日鏡の向こう側にある城へと導かれ、その日から学校の代わりにかがみの城へと通う物語です。フリースクールをかがみの城に見立てた成長の物語かなぁ、なんて思っていたら、そんな単純な構図では表せられない複雑に入り組んだ物語でした。思春期の少年少女の複雑な心模様をベースに伏線がバシバシ張り巡らされて最終的にきれいに回収されて終わるというパズル感覚も楽しめるものです。#2018年本屋大賞ノミネート作品 でもあり、結果が出るのは今月10日だそうな。楽しみですね。#本 #本好き #本が好き #活字中毒 #読書 #読書好き #本がある暮らし #本のある生活 #読了#どくしょ#読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい ※ブログも更新しました。プロフィールのリンクからご確認下さい。

『コンビニ人間』村田沙耶香

 正常な世界はとても強引だから、異物は静かに削除される。まっとうでない人間は処理されていく。

一時期本屋に行くと本書コンビニ人間が並んでいたのを覚えています。

第155回芥川賞受賞作品

一つ前に羽田圭介『スクラップ・アンド・ビルド』を紹介しました際にもちらりと書きましたが、この辺りの文学賞受賞作品って、結構“つまらない”という評価を受ける事が多いです。

linus.hatenablog.jp

ざっくり言うと直木賞=大衆小説、芥川賞=純文学という棲み分けがあり、ストーリーの起伏やキャラクター性に優れたエンターテインメント作品の多い直木賞に比べ、芥川賞は淡々とした物語が多いんですよね。

淡々と主人公の胸のうちを語るような平坦な物語で、読み終わっても「……で、結局なんだったの?」となりがちです。

『火花』も「オチがない」とか「退屈」、「笑えない」なんていうマイナス評価も多いですよね。

でもまあ芥川賞とってそもそもそんなもんだ、というのが僕の持論だったりするんですが。

ネットで「芥川賞」の後にスペース入れると「つまらない」とか酷い評価も多いですからね。

ところが本書は、良い意味で芥川賞のイメージを覆しています。

面白いんです。

一説にはコンビニ人間』が面白すぎたから、次となった156回ではあえてバランスをとるために退屈な作品を選んだ、なんて言われているそうです。

第156回受賞作品についてはここに書くのは控えますので、気になる方はネットで検索してみてくださいね。

 

コンビニ人間の意味

冒頭からコンビニでテキパキと働く主人公古倉恵子の様子から描かれます。

働きぶりから察するに、ベテランの気の利くスタッフさんのようです。

そこから始まる回想は、下記のような一文から始まっています。

コンビニ店員として生まれる前のことは、どこかおぼろげで、鮮明には思い出せない。

恵子は昔から変わった子どもでした。

公園で遊んでいる最中、死んでいる小鳥を見つけて悲しむ子供たちの中において一人だけ、「お父さんが好きだからこれを焼いて食べよう」などと言い出し、周囲の度肝を抜きます。

小学校では男子の喧嘩を止めるために、スコップで殴りつけたこともあります。

教室でヒステリーを起こした女教師を黙らせるために、スカートとパンツを下ろしたことも。

そんな恵子に対し両親は娘を愛しながらも、戸惑い、悲しみを見せます。

私は家の外では極力口を利かないことにした。皆の真似をするか、誰かの支持に従うか、どちらかにして、自ら動くのは一切やめた。

成長し、高校、大学と進んでも恵子は友達一人いないまま、自らを押さえ込んだまま生活を続けます。

カウンセリングや治療に悩む家族をよそに、本人は「何かを修正しなければならないのだなあ」「治らなくては」と、それが一体なんなのかもわからないまま成長していったのです。

そんな恵子がコンビニエンスストアのアルバイトを始めたのが大学一年生のとき。

マニュアル通り、教わった通りに仕事をした結果、褒められる事が彼女に喜びを与えます。

そのとき、私は、初めて、世界の部品になることができたのだった。私は、今、自分が生まれたと思った。世界の正常な部品としての私が、この日、確かに誕生したのだった。

そうして彼女は“コンビニ人間”として新たに生まれ変わったのです。

 

アルバイトは18年。気が付けば36歳になる恵子

恵子はそのままコンビニでのアルバイトを続け、36歳になります。

大学を出てからもずっと、一度も就職する事無く、コンビニのアルバイトとしての生活を続けています。

朝になれば、また私は店員になり、世界の歯車になれる。そのことだけが、私を正常な人間にしているのだった。

洞察力に秀でた彼女は「人々は身近な人のものが伝染し合いながら、人間であることを保ち続けている」と言います。

他の年長のアルバイトの泉さんや年下の菅原さんらの口調やファッションを真似ながら、傍目には普通に振舞い続ける恵子。

まるでマニュアルを求め、見本となる人を真似するというアルバイトの延長線上のような方法で自身の「人間」を保とうとします。

しかし36歳になった恵子を周囲は放ってはくれません。

ずっとアルバイトを続け、就職も結婚もしない彼女に周囲は奇異な視線を向けます。

 

奇妙な同棲生活

コンビニには白羽さんという新しいアルバイトがやってきます。

三十代半ばで無職、特に経歴もない白羽さんは朝礼を「宗教みたいだね」と言い、店長を「コンビニの店長ふぜい」と見下します。

コンビニの仕事を最初から馬鹿にし、働いているスタッフを見下し、真面目に働こうともしない。

遅刻の常習犯に加えて仕事中にスマホをいじったり、挙句お客の個人情報を元にストーカー紛いの行動に出、店をクビになります。

そんな白羽さんと再会した恵子は、「一緒に住もう」と持ちかけます。

そこにあるのは一般的な恋愛感情や男女関係ではありません。

彼女なりの考えの下、「人間」を保つために男性と一緒に住んでいるという事実が必要だと思ったのです。

ちょっと面倒だけど、でも、あれを家の中に入れておくと便利なの

ぞっとする話です。

幼少時代の常軌を逸した恵子の言動を思い起こさせます。

 

普通とは、正常とは

主人公古倉恵子はどこか現実離れした異常さを感じさせます。

一方で、現実世界にもこんな人間は沢山いるんじゃないか。むしろ自分にも恵子みたいな部分があるんじゃないか、と妙に胸を打たれます。

今自分が立っているまともだと思っている現実が、周囲の目から見ても本当にまともなのかどうか、ふと考えさせられてしまいます。

正常な世界はとても強引だから、異物は静かに削除される。まっとうでない人間は処理されていく

冒頭にも引用しましたが、「異物」ってなんでしょう? 「まっとうでない人間」ってなんでしょう?

僕らは本当にまっとうな人間なのでしょうか?

古倉恵子はコンビニ店員こそが自身の存在意義を保ってくれる唯一の手段であり、コンビニ人間以外の生き方はできません。

迷うでもなく、抗うでもなく、古倉恵子は他に選択肢なんてないかのようにコンビニ人間であり続けようとします。

でも「コンビニ人間」を僕ら自身が働いている会社であり、業界の名前に変えたら、もしかしたら全ての人間に当てはまる話なんじゃないでしょうか?

本書は一気読みさせる面白さの一方で、そんな疑問をも読者に問いかけてくるようです。

また一人、素晴らしい作者に出会えました。

村田沙耶香さんは『消滅世界』その他、かねてより読んでみたい思っていた著書も多いですから、今後優先的に読み進めていくことにしたいと思います。

https://www.instagram.com/p/Bgw99k-H4rl/

#コンビニ人間 #村田沙耶香 読了芥川賞はつまらない。なんて評判を見事に覆されました。目茶苦茶面白い。働いて認められる事で唯一承認欲求を得られる。今現在の職場だけが自分の居場所だと感じられる、という意味では、決して他人事と笑えない人も多いのではないでしょうか?他者に認められるという目的を満たす為に、決して他人からは認められない行動をとってしまう矛盾といい、架空の物語の登場人物を面白おかしく見ているつもりで、どこか自分にも似通った部分を感じてしまいます。喜劇を通して社会を風刺したチャップリンを思わせる、チクリと胸を刺す物語。また良い出会いに恵まれました。他にも興味深い著作があるので、優先的に読んでいきまいと思います。#本 #本好き #本が好き #活字中毒 #読書 #読書好き #本がある暮らし #本のある生活 #読了#どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい ※ブログも更新しました。よろしければプロフィールのURLからご確認下さい。

『スクラップ・アンド・ビルド』羽田圭介

じいちゃんなんか、早う死んだらよか

『スクラップ・アンド・ビルド』ほど不遇の作品はないのではないでしょうか。

第153回芥川賞受賞作品です。

ただしこの年は二作が選ばれており、同時に受賞したのは又吉直樹『火花』でした。

ここまで言えばおわかりですね。

当初は『火花』の同時受賞者としてスポットライトを浴びる事も少なくなかったのですが、芸人作家として又吉さんの露出が増える一方、羽田さんは見る間に影が薄くなっていった印象があります。

勿論、そもそも本業が違うと言えばそれまでですが。

ともあれ、僕にとっては初の羽田圭介作品となります。


二十八歳失業者の僕と八十七歳要介護者の祖父

主人公は二十八歳にして、失業後七ヶ月が経つ僕。

退職後は宅建の勉強をしたり、早々に目標を行政書士に切り替えたり。

かと思えば何かと理由をつけて勉強をしている様子は見られません。

一方で大して本気でもない彼女と遊びに出かけたりとなかなか優雅に暮らしています。

しょうもない男、と言うのは簡単ですが、でも意外と等身大の若者の姿だったりするようにも思えます。

目的意識を持って、日々無駄なく生活している二十台の若者なんて意外と少ない。

こうして「目標も夢もあるんだけど」と大義名分を抱えながら、なんとなく日々を暮らしてしまう時って、誰しも経験がある事だと思います。

そんな主人公の家には、三年前から介護が必要な年老いた祖父が同居……主人公の言葉を借りれば居候しています。

実の娘である母親からは「甘えるな!自分でやれ!」とことあるごとに叱咤される肩身の狭い存在。

無職で年中家にいる主人公は祖父を面倒を見つつ、そんな自分を冷めた目で俯瞰しています。

健斗は自分の今までの祖父への接し方が、相手の意思を無視した自己中心的な振る舞いに思えてくるのだった。家に生活費を入れないかわりに家庭内や親戚間で孝行孫たるポジションを獲得し、さらには弱者へ手をさしのべてやっている満足に甘んずるばかりで、当の弱者の声など全然聞いていなかった。

本書はそんな孫と祖父の関係をシニカルに見つめた作品と言えます。


究極の自発的尊厳死とは

祖父は口癖のように「もうじいちゃんは死んだらいい」と言います。

上記のように自分の態度が自己中心的であったと半生する主人公は、祖父の言葉通りに受け止め、尊重する必要があるのではないかと考えます。

介護職に就く友人は、そんな主人公にアドバイスをくれます。

被介護者の動きを奪うのが一番現実的で効果的

人間、骨折して身体を動かさなくなると、身体も頭もあっという間にダメになる。筋肉も脳も神経も、すべて連動してるんだよ。骨折させないまでも、過剰な足し算の介護で動きを奪って、ぜんぶいっぺんに弱らせることだ。使わない機能は衰えるから。要介護三を五にする介護だよ」

主人公はこれまで母がそうしてきたように祖父に自分でできる事はできるかぎり自分でやらせる事が社会復帰の訓練に繋がっていると考え、祖父が歩きやすいよう掃除や整理整頓をしたり、これまで以上に祖父の面倒を見るようになります。

祖父を手助けする事が、結果的に祖父の寿命を縮める事に繋がるという考えですね。

一方で自分は思い立ったかのようにジョギングや筋トレを始めます。まるで衰え行く祖父と自分の若さを対比させ、優越感を得ているようでもあります。

彼女との性行為の為に一日に三度の自慰行為を義務付けたりもします。

祖父という鏡を通し、生きる力を漲らせているようにも思えます。


意外としぶとい祖父

ところが、祖父は意外としぶといのです。

ある日主人公が帰宅すると、台所から出てくる祖父。置き捨てられたゴミから自分でピザを焼いて食べたらしいと知ります。普段はお湯を沸かすことすら億劫がるはずなのに。

またある日は、やってきたひ孫と戯れます。数キログラムの重さがあるはずのひ孫を抱き、疲れる様子も見せません。

さらには看護士の若い女性の身体を介護のどざくさに紛れて必要以上に触れているところを目撃してしまいます。

衰え、半分呆けたような祖父は演技なのか? それとも……。


オチなんてありません

芥川賞ってそんなもんだよ、と言ってしまえばそれまでですが。

オチなんかないですよ。

期待するだけ無駄です。

その点は『火花』も一緒ですよね。

中村文則『銃』を読んだ際のブログにそのあたりの個人的な考えは書いてありますので、興味があれば読んでみて下さい。

linus.hatenablog.jp

僕もできればどんでん返しやオチがある作品の方が好きですが、世の中にはそうではない作品も沢山あります。

夏目漱石だってオチなんかありませんし、むしろ本来の小説とか文学ってそういうものなのでしょう。

「最後呆気なく猫が死ぬなんてびっくりした」からといって名作とされているわけじゃないですもんね。

この作品はそういう作品じゃない、というだけの話です。

 

個人的に気になる羽田圭介

僕、あまりテレビを見ないのですが、それでも時々羽田氏がテレビに出ているのを見る事があります。

でも大概その時の印象って「痛々しい」「無理してんな」という感覚になってしまうんですよね。

芥川賞とったからって儲からないとか、仕事くれとかあの真顔で言ってみたりとか。先日はなぜか旅番組に出演されてましたけど、他の出演者とうまくいっていないのか、どうにもぎくしゃくした内容でした。

2003年に第40回文藝賞に17歳という当時最年少受賞を果たして以来、キャリアとしてはかなり長い作家さんですが、いまいちベストセラーと呼べるような作品は出せていない印象です。

同じく若くして作者デビューを果たし、次々と映像化されるような人気作を書き上げ、芸能人やミュージシャンとも信仰があるという朝井リョウと比べると光と影のようなイメージすらあります。

でもどうしてか、僕は気になってしまうんですよね。

気になるからこそ、噛み合っていない旅番組をついつい見てしまったりするんですが。

せっかくの芥川賞をより話題性の高い相手と同時受賞になってしまったり、どうにもツイていない印象や、不器用なんじゃないかと思ってしまえるのです。

あ、芥川賞の選評内容については下記にリンクを貼りますので興味のある方はごらん下さい。

prizesworld.com

いずれにせよ文学賞作品はなかなか真価が図りがたいところがありますから、他の作品も読んでみるつもりです。

羽田圭介についてはその時にでも改めて。

https://www.instagram.com/p/BgubvRrHSkb/

#スクラップアンドビルド #羽田圭介 読了初の羽田作品は #第153回芥川賞 受賞作。あの #火花 と同時受賞したどうにもアンラッキーなイメージの作品。28歳無職の主人公が老齢の祖父の介護を通して過ちと気づきを繰り返します。手厚く介護すればするほど本人の生活に必要な力はどんどん失われていくという発想がシニカルで恐ろしい。にこにこ笑顔で優しくしてくれる看護士は自分を死に誘う死神で、厳しく接する身内は実は真に本人を思いやる心優しき天使なのかもしれせん。それもこれも本人が何を望むかによって異なるのでしょうが。オチも何もない、と叩く評価も見られましたが、本作はそもそもそういう作品じゃないのでしょうね。前に #中村文則 #銃 のブログにも書きましたが。ご興味があればプロフィールのリンクからブログをどうぞり#本 #本好き #本が好き #活字中毒 #読書 #読書好き #本がある暮らし #本のある生活 #読了#どくしょ #読者好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい