おすすめ読書・書評・感想・ブックレビューブログ

年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『わたし、型屋の社長になります』上野歩

「世界の三〇パーセントの金型は日本企業でつくられているんだからね」

以前読んだ『削り屋』に続いて二作目の上野歩作品になります。
『削り屋』は元々歯科医師になるために大学に通っていた主人公が友人を助ける為に大学を中退し、歯ではなく金属を削る工場に勤めるというもの。
初っ端から河川敷で大人数対主人公一人の大立ち回りという昭和漫画そのもののシーンから始まる『削り屋』は、現在僕の2018年ワースト本にダントツ首位でノミネートされています。

linus.hatenablog.jp

一方、同時に購入したこちらは同じ金属を扱う工場でも金型を作る会社になります。
五軸のマシニング等、使う機械は似たようなものなんですけどね。
こちらではプラスチックや金属の材料を流し込んで固める為の型を作っているのです。

「ええっと、鯛の形をした型に、溶いた小麦粉を流して、餡子を入れて焼いてますよね」
「あの鯛の形の型――あれが金型ね」

とまぁ、本書の表現を借りれば上記の通りとなります。

ひょんなことから実家の金型屋を継ぐことになった広告代理店勤務の女性……彼女が繰り広げる会社再建の物語こそが本書『わたし、型屋の社長になります』のお話になります。


簡単にあらすじ

主人公の花丘明希子はダイ通という広告代理店に勤務しています。
言うまでもなく、モデルは電通でしょうね。
二十九歳にして第三営業部副部長という素晴らしい肩書。
とある洋酒メーカーから全国の得意先五千軒の飲食店を紹介するガイドブックの制作を受けたと意気込んでいます。
そんな矢先、父が脳出血で倒れたという一報が。
慌てて駆け付けた明希子でしたが、父は一命をとりとめたものの後遺症が残り、企業経営を続けられる状態ではありません。
ふと寄ってみた実家の会社は暇で暇で仕方がない様子であり、不審な様子を感じ取った明希子は幼い頃から懇意にしていた新潟の同じ金型会社の社長を訪ねます。
そこで、実家の経営状態がかなり悪いという噂を耳にします。
改めて乗り込んだ実家では、やはり傾きかけた会社の実情が明らかに。
新潟の社長の後押しもあり、ついに明希子は、自分が父の代わりに社長の座につく事を決意します。

明希子の取り組み

ここからが結構ヤバめ。
明希子が最初にやるのは会社と従業員の実情を知る事。
ところが、さっそく地元のメインバンクから融資が引き上げられるという困難に遭遇します。
あちこち他の銀行を当たるも、けんもほろろ
メインバンクが引き上げるような状態の会社に、そうやすやすとお金を貸す銀行があるはずがありません。
ところがふとしたきっかけで勧められた信用金庫に当たったところ、最初こそ他行同様にすげなく断られますが、たまたま居合わせた専務理事が明希子の父親と懇意の仲だという理由だけで、突然融資を受けられる事になります。
池井戸潤が読んだらびっくりしてひっくり返りそうなご都合展開です。
そうして五千万の融資を得た明希子ですが、真っ先に行ったのは事務所のリフォーム
事務所や社長室やらを分断していた壁を取り払って、見通しも風通しも良い会社へと改造するのです。
……気持ちはわからなくもありませんが、ついさっきまで倒産しそうだと喘いでいたとはとても思えませんね。
続いては自ら会社を畳んだという元経営者の藤見を会社に連れてきて、生産管理を改革する幹部として採用してしまいます。

仕事の減少と社長の退任という危機に瀕する中で必死についてきた従業員を思えば、もっともっと大きな反発があってもおかしくないと思うのですが、反発はごく僅か。
しかし藤見はさらりと会社に馴染んでしまいます。
やがて以前の一番の取引先である自動車メーカーから仕事の依頼をもちかけられますが、会社を辞めて他の会社に移った元従業員に横取りされそうになってしまいます。
それも相手側の出来が悪くて自滅というタナボタでもう一度チャンスが巡り、しっかりと応える形で花丘製作所はハッピーエンドを迎えます。
明希子が頑張ったから、といった雰囲気ですが、読んでいてしらっとしたものを感じてしまいます。
だって大して何もやってませんからね。
最終的に困難な金型の制作に成功したのも、単に元々いた従業員が優秀だったという点が否めませんし。
なんとなく企業によくある浮き沈みの谷間に、たまたま世代交代があって訳も分からない素人の娘が社長に就いていたという風に感じてしまいます。

小学館の小説はハズレが多い

批判ばかりでなんとも微妙なブログになってしまいましたが、実際読んで面白いものでもなければ他人に勧めたくなるようなものでもないのははっきり書いておきます。
以前小学館の小説を続けて読んでみた機会があったのですが、全体的に小学館から刊行されている小説って小粒な印象です。
勿論、例外はあるのでしょうけど。
文章力にせよ、構成力にせよ、すべての面において他社から刊行される本の平均を下回っていると感じています。
本作も題材は悪くないのだから、ちょっとした違いで池井戸潤のようなエンタメ企業小説になる可能性もあったと思うのですが。
いかんせん、一つ一つのエピソードに説得力がなく、物語をつなぎ合わせる為だけに取ってつけたような章も目立ち、とにかく洗練されていないといった印象。
だったら読むな、と言われそうですが、いい加減小学館の小説はしばらく控えようかな、と思います。
削り屋にせよ型屋にせよ、小説の題材にするのは珍しいので面白い試みではあったんですけどね。
残念ながら、『削り屋』よりマシかな、ぐらいの感想で終わってしまいました。

どうせ紹介するなら面白い本の話を書きたいものです。

https://www.instagram.com/p/Bj7DYQZH8Sx/

#わたし型屋の社長になります #上野歩 読了#削り屋 に続き今度は金型屋さんの社長になる女性の話金属加工にせよ金型にせよ、小説の題材にするのは珍しいですよねただ、残念ながら本作も削り屋同様、あまりオススメできる出来ではありませんでした。全体的に #小学館 が発行する小説はいまいちが多い印象今後は出来るだけ避けたいと思います。#本 #本好き #本が好き #活字中毒 #読書 #読書好き #本がある暮らし #本のある生活 #読了#どくしょ.. ※今回もブログ更新しています。気になる方はプロフィールのリンクよりどうぞ。

 

 

『風は西から』村山由佳

明日へ突っ走れ 未来へ突っ走れ 魂で走れ

明日はもっといいぜ 未来はずっといいぜ 魂でいこうぜ

久しぶりの村山由佳『風は西から』

作中に度々登場する奥田民生の同名曲『風は西から』はマツダのCMでもお馴染みの曲でした。

www.youtube.com

村山由佳といえばデビュー作『天使の卵』をはじめ青春恋愛小説や昨今では大胆な作風転換でも話題となった官能小説に代表される“生と性”の物語でもお馴染みです。

ところが本作は“過労自殺”という非常に重いテーマを扱っています。

村山由佳の新境地とも言える作品です。

心して読みましょう。

 

爽やかな男女を襲う世間の荒波

物語は大学を卒業し、それぞれ夢を持って社会に踏み出した二人の男女から始まります。

初期の村山作品やおいしいコーヒーのいれ方シリーズを彷彿とさせる爽やかな男女の姿が続きます。

いずれ実家の飲食店を継ぐという健介は、全国に広がる有名な居酒屋チェーンへ。一方で千秋は食品メーカーへと就職します。

勤め始めてしばらくの間はこれまで通り順調な愛をはぐくんできた二人でしたが、健介が本部を離れ、店舗に配属されてから大きく歯車が狂い始めます。

健介の勤める居酒屋チェーンでは厳しい人件費コントロールのノルマが課せられ、達成するためには社員である健介達自身がサービス残業や休日出勤をしなければならないのです。

誰よりも早く出勤し、一人で開店前の仕込みをし、バイトを上がらせタイムカードを切った後も閉店後の片づけまで働き続けるという苦しい生活。

迷いと戸惑いを抱きつつも、健介は会社を離れる事も異を唱える事もかなわず、ただただ消耗していきます。

千秋も仕事上のトラブルや難問にぶち当たりますが、健介の追い込まれ方に比べればマシに思います。

日勤の千秋と夜型の健介ではそもそも生活のリズムが異なり、会う事すらままならなかったのですが、いよいよ電話すら叶わなくなります。健介の置かれた状況に警鐘を鳴らす千秋に対してまで、健介はささくれだった心をむき出しにして荒ぶります。

そしてある日……健介から届いたメッセージに違和感を感じ取った千秋は健介の部屋へと向かいます。キレイ好きでしっかり者のはずの健介の部屋は荒れ果て放題。

主のいない部屋で千秋は部屋の片づけをして健介を待ちますが……そこに聞こえてくる救急車のサイレン。

マンションの屋上から誰かが身を投げたらしい。

そしてそれこそが……健介だったのです。

 

ブラック企業との長い戦い

千秋と健介の両親は協力して健介の無念を晴らすべく戦います。

相手は健介の勤めていた居酒屋チェーンです。

いろいろなところに書かれているので特に隠す必要もないかと思いますが、モデルは居酒屋チェーン『和民』で起きた過労自殺の裁判そのもの

健介の勤務の実態や厳しいノルマ、勤務時間外に課せられる課題等、様々な不正を暴くべく情報開示を求める千秋に対し、居酒屋チェーンはのらりくらりと回答をはぐらかし、挙句の果てに「自分たちに非はない」と遠回しに主張し続けま

その度に協力者や情報を求めて奔走する千秋たちですが、新たな証拠を突き付けても相手の態度は一向に変わらず……時間も心もすり減らすような日々が続いた後、ある日唐突に戦いは終わりを告げるのです。

 

実は僕もブラック企業に勤めています

僕が今働いている勤務先も、ブラック企業です。

朝は8時出勤。正確には15~20分前にはみんな出勤して、就業前の清掃活動から始まります。

終業は僕の場合で19時ぐらいでしょうか?

20時や21時になる場合も少なくありません。

他のメンバーは21時や22時になるのもザラです。

最近ようやく「遅くとも20時には帰れるようにしないと」と言い出しました。

それでも17時が定時とすれば毎日3時間残業ですか。異常ですよね。

月にすれば60時間は超える計算になります。

まぁ、隔週の土曜日と毎週日曜日はちゃんと休めてますのでマシかもしれませんが。

でもやっぱり、残業が常態化しているのはおかしいと思うのです。

突発的にやむを得ず遅くなるのは仕方ないですし、就業前後に自主的に身の回りを片付けしたりするのは仕方ないですけどね。

何よりも不思議なのは経営陣や幹部連に一切改善の様子が見られないところですけど。

そういう会社に限って、同業の似たような会社の状況を聞きつけては「やっぱりそうだよね。働き方改革なんて言っても結局タイムカード押してから働き続けるようになるんだよね」なんて。

そりゃあ似たような会社ばかり見てたらそうなる。

大手は別。毎日定時で終わるなんてどこかの恵まれた世界の話。そう頭から決めつけてしまっているんだから改善なんてされるはずもない。

まぁ、実は今の会社に勤め始めてまだ数か月しか経ってませんので大きな口も利けないのですが。

近々退職しようと計画中の僕にとっては、本書はとても胸に染みる話でした。

まーいずれにせよ少子化が進んで若者が急速に減少しつつある現在、「人手不足倒産」もこれからどんどん増えると思いますけどね。

完全な売り手市場である現在、わざわざ条件の悪い企業で働こうとする人なんていませんから。

ましてやここ10年20年の少子化って、本当に目に見えて進んでます。

たまたま自分の母校に足を運んだりすると、並ぶ下駄箱の数が激減しているのに愕然としたりします。

でもブラック企業で毎日家と会社の往復だけして生活しているおじさん達は世の中の状況なんて目に入らないので、20年前の考え方そのままに仕事してたりするんですよね。

最近では求人の出し方も「カップルOK」とか「茶髪・ネイルOK」なんてあえて書く事で、とにかく応募してもらおうという姿勢に変わってきています。

「変な奴はいらない。できる人だけ欲しい」

なんて自分たちが出す条件の悪さに目もむけずに高望みだけするブラック企業には、応募なんてなくて当たり前なんです。

そもそも人を大事にできないからこそ、ブラック企業なんですけどね。

だいぶ脱線しましたが、キリがないのでこんなところで。

https://www.instagram.com/p/BjyvauSHdiE/

#村山由佳 #風は西から 読了恋愛や性についての物語が多い村山由佳にしては珍しく #過労自殺 #ブラック企業 をテーマにした作品新聞連載されていただけあって著者お得意の性描写は控えめというかほぼ封印。初期の作品を彷彿とさせるような清々しい恋愛を育む二人が辛い状況に陥られていくのは読んでいて胸に迫るものがあります。残された彼女と両親はお互いに気遣い合い、励まし合いながら死に追い込んだ企業との長く苦しい戦いへと入っていきます。僕の青春時代を形作ったと言っても過言ではない村山由佳さんの本だけに最初から最後まで一気読みでした。あまり話題にはなっていないようですが、官能小説ではない村山由佳をぜひ一度お試し下さい。#本 #本好き #本が好き #活字中毒 #読書 #読書好き #本がある暮らし #本のある生活 #読了#どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい ..※ブログ更新しました。プロフィールのリンクからご確認下さい。

『暗いところで待ち合わせ』乙一

……の瞬間、松永トシオの命は消えた。おそらく即死だった。そして、最後に見たのはアキヒロの顔だった。

三年前、交通事故で視力を失いたった一人で暮らすミチルの家に、殺人の容疑で追われるアキヒロが忍び込む。
じっと息を潜めるアキヒロと、徐々に異変に気付き始めるミチル。

なんて設定でしょう。

本書『暗いところで待ち合わせ』Instagramのフォロワーさんからおススメいただいた本でした。

www.instagram.com

以前何度か書いた通り、『GOTH』を読んで以来、僕の中であまり乙一という作家が好きになれず……ところが別名義とは知らずに中田栄一の『百瀬、こっちを向いて』を読んで評価が一変。
『夏と花火と私の死体』乙一肯定派になってしまいました。

その時にフォロワーの @ayapon.-.ry さんと @sakachan00123to5138ran さんにご紹介いただいたのです。
すぐさま購入に走ったのですが、後回しにし過ぎて実際読むのは今になってしまいました。

でもまぁ、読んでみたらわかります。

勧めるに値する本でした。


共同生活と殺人事件の行く末

奇妙な同居生活が始まる二人でしたが、やがてミチルは自分以外の何者から自分の家に住み着いていると確信を抱きます。
さらにミチルもまた、近所の駅で起きた殺人事件について知ります。
犯人が逃走中と知り、もしかすると自分の家にいるのはその犯人ではないかと結びつけるミチルは非常に聡明です。
アキヒロはじっと気配を殺して潜みつつ、目の見えないミチルに対して言葉にし難い親近感を持ち始めます。
視力がゼロに近い中、自分で料理をし、生活のすべてを一人で行うミチル。
しかしもちろん、危険はゼロではありません。
ある日ミチルは、手を滑らせて食器を割ってしまいます。
足元に散乱する破片を片付けるミチル。
いつか大変な事態が起こってもおかしくないと、アキヒロだけではなく読者にも思わせます。
この辺りが乙一の上手なところですね。
ネタばれすれすれで書きますが、やがてアキヒロの存在を確信するミチル。
しかし彼女がとった行動は通報でも拒絶でもなく……

そして殺人事件の方も、物語が進むにつれて大きく姿を変容させていきます。

ホラーサスペンスから心温まる物語へ

最初は間違いなくホラーでありサスペンスです。
だって失明して一人で暮らす女の子の家に殺人事件の容疑者が潜んでるんですから。
実際気味の悪い表紙や前半の物語の雰囲気はサスペンスそのものです。
しかし読み終える頃には、最初とは全く違う印象を抱いているのは間違いないでしょう。
乙一というとトリック重視で狙いすぎの意地悪な作者というイメージがありますが、一気にぐるりと世界観をひっくり返すどんでん返しというよりは、少しずつ世界の色合いが変わっていく、そんな一風変わった作品となっています。

言い訳と蛇足

最近、忙しいです。
毎日仕事の帰りが遅くなっています。
なんとか本を読む時間は捻出しているのですが、こうしてアウトプットする時間がとれません。
実はあと二冊読み終えた本があるのですけれど、書く時間がとれないのが歯がゆいところです。
どうにもこうにも先が見えないので、ちょっと転職なんぞも考えているところです。
良い方に進めばいいんですが。

https://www.instagram.com/p/BjryIirHQNj/

#暗いところで待ち合わせ #乙一 読了以前フォロワーさんにおすすめいただいた本。すぐさま購入していたのですが読むのはこんなに遅くなってしまいました。でも勧められる理由がわかります。良い本です。乙一得意のの最後のどんでん返し狙いというよりは、最初と最後で物語の様相がじわじわと変わっていく一風変わった物語。表紙も序盤の展開もサスペンスかスリラーかホラーかといった雰囲気なんですけどね。終わってみればなんともハートフルな。皆さんも良い本があれば他にも教えてくださいね。尚、最近多忙を極め久しぶりの投稿になってしまいました。なんとか読書の時間は捻出してあと2冊読み終えているんですけどね。アウトプットが追いつきません。転職しようともがきはじめたところです。生暖かく見守っていて下さい。#本 #本好き #本が好き #活字中毒 #読書 #読書好き #本がある暮らし #本のある生活 #読了#どくしょ #読書好きな人と繋がりたい#本好きな人と繋がりたい ..※ブログも更新しました。大した事は書いていませんがお暇な時にでも覗いて下さい。リンクはプロフィールから。


 

 

『勝手にふるえてろ』綿矢りさ

ただ、恋が死んだ。ライフワーク化していた永遠に続きそうな片思いに賞味期限がきた。

2001年に『インストール』第38回文藝賞を受賞した綿矢りささん。
当時17歳という最年少タイ記録での受賞は話題になりました。
それよりも何よりも耳目を集めたのは彼女の見た目の麗しさではなかったでしょうか。
続く2004年に蹴りたい背中芥川賞を獲った時には「文壇のアイドル」と持て囃され、ストーカー被害に遭うという悲劇まで招きました。
その後、メディアへの露出が減るのと比例して作家としてはすっかり低空飛行に入ってしまい、佳作作家として細々と作品を書き続けているという印象でしたが、最近Instagramなどで目にする機会が増えたのが本作勝手にふるえてろ
2017年に映画化されたのがきっかけで、発表後7年近く経って突如爆発しているようですね。

 

二股女性の失恋

物語は一人の女性の恋が終わるところから始まります。
彼女は相手となる男性たちをそれぞれ“イチ”“ニ”という記号のように呼ぶ一方で、失恋のショックから会社のトイレの個室に閉じこもります。
ここまでの冒頭の流れから恋愛上手なOLさんの物語かと思いきや、続いて始まる回想で事実は全く正反対である事に気づかされます。
彼女は26歳だというのに恋愛経験がないのです。
中学校時代に出会った“イチ”に想いを寄せ続ける彼女の前に現れるのが、同僚の“ニ”。
“ニ”は彼女の理想とは程遠い能天気で自己顕示欲の強い今時男子。
初めて自分を思ってくれる相手に出会い、彼女は抵抗を感じながらも“ニ”とデートを重ね、告白への回答を焦らしながらもずるずると関係を続けます。
一方で“イチ”に対する思いを忘れられず、海外留学した友人の名前を語ってSNSで当時の同級生たちと連絡を取り、ちゃっかり同窓会を企画したりします。
念願かなって“イチ”と再会する主人公。
“イチ”も同じく東京に住んでいるとわかり、上京したメンバーだけで東京で集まろうとチャンスを繋げます。

十年以上思い焦がれた“イチ”の為に、狂気じみた大胆な行動に出るのです。

現実の彼と理想の彼、そのはざまで揺れ動く主人公ヨシカの 恋の行方は……。

 

独特の観察眼

これまでにも何度も書いてきていますが、僕は著者独特の比喩表現が好きです。

そういう意味では朝井リョウさんは鉄板ですし、『鋼と羊の森』で初めて触れた宮下奈都さんも一気にファンになりました。

綿矢りささんも、僕の中では朝井リョウさんに負けず劣らずの感性豊かな比喩表現と独特の観察眼に溢れています。

自分で自慢をふったくせに謙遜されると、頼んでもいないのにあざやかな手つきで手品を披露された気分になる。で、隠された私のコインはどこへいったの? 

イチがなにも言わずに右手を顔の横ぐらいまで上げて、こちらにむかって首をかしげる。クラスで一番可愛い女子みたいな仕草だ。毛穴という毛穴がひらき震えがつま先から登ってきて脳天までのぼりつめてから抜けた。 

 これは作者である綿矢さん本人そのものから生まれたものなのか、今回の主人公の根暗で独りよがりなキャラクターに合わせて導き出されたものなのかが気になります。

どちらにしても、読んでいてなんだか楽しく感じてしまう文章なのは間違いありません。

ぜひ文章も楽しんでいただきたいと思います。

 

劇場版主演は松岡茉優

先に述べた通り、2017年には映画化されました。

www.youtube.com

主演は今や大人気女優の松岡茉優さん。

僕が彼女を知ったのはNHKの朝ドラ『あまちゃん』でした。

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GMTのネギガールとして出演していた頃、すっかりファンになってしまいました。

あまちゃん』はほかにも能年玲奈橋本愛有村架純等の今を時めく大女優さんが多数出演していましたから、全員のファンでしたけれど。

正直映画化して、スクリーン映えする作品なのかどうかは微妙な気がしますが……主演が自分の好きな俳優さんだとやっぱり気にもなりますよね。

レンタルも開始されているようなので、近々見てみたいと思います。

https://www.instagram.com/p/BjKSPXdno1l/

#勝手にふるえてろ #綿矢りさ 読了面白かった。綿矢りさの描く妄想女子の破壊力がスゴい。かといってそこまで荒唐無稽なストーリーではないのだけど。綿矢りさの独特の視点や表現、思考にすっかり魅了されてしまいました。最近やたらとインスタやTwitterで見ると思ったら、昨年映画化されていたんですね。しかも主演は松岡茉優。これはDVD借りてきて見なければ。#本 #本好き #本が好き #活字中毒 #読書 #読書好き #本がある暮らし #本のある生活 #読了#どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい ..※今回もブログを更新しています。興味があればプロフィールのリンクよりご確認下さい。

 

『罪の声』塩野武士

きょうとへむかって、いちごうせんを……にきろ、ばーすーてーい、じょーなんぐーの、べんちの、こしかけの、うら

最近では『騙し絵の牙』で俳優の大泉洋さんを「あてがき」し、実際に本人をキャストに迎えての映画化が話題の塩野武士さん。
ある意味では本書『罪の声』出世作と言えるのではないでしょうか?
第7回山田風太郎賞を受賞し、週刊文春ミステリーベスト10でも第1位を獲得。さらにこのミステリーがすごい!で第7位、第38回吉川英治文学新人賞候補と、数々の賞に食い込んだうえで、本屋大賞2017の第3位にも入賞しています。

ちなみにその年の本屋大賞第1位は未だヒットが続く恩田陸さんの蜜蜂と遠雷です。

ちょっと割を食った感は否めませんが、それでも尚、注目を集めていたと言えます。


昭和最大の未解決事件、グリコ森永事件の真相を描き切った会心作

あまりにも有名で改めて説明する必要もないかもしれませんが、本書はグリコ・森永事件を題材としています。
1984年と1985年に西日本を舞台として食品会社を狙った脅迫事件で、当時の江崎グリコ社長を誘拐して身代金を要求したのを皮切りに、脅迫を繰り返し、実際に江崎グリコ社屋に放火したり、製品に薬物を混入させたりしたうえ、マスコミ宛に「グリコの製品にせいさんソーダいれた」といった挑戦状を「怪人二十面相」の名で送ったりと、企業ばかりではなくマスコミや消費者を巻き込んだ一大事件へと発展しました。
「キツネ目の男」と呼ばれる犯人の似顔絵は誰もが一度は見覚えのあるイラストに違いありません。
現実の事件については丸大食品・森永製菓・ハウス食品不二家駿河屋と次々とターゲットを変えて繰り返され、最終的には犯人側からの終息宣言を最後に犯人の動きは途絶え、そのまま時効を迎えてしまったのでした。
まぁ、改めて僕がかいつまんで説明するよりはwikipediaに詳しく書かれていますので興味がある方は下記のリンクをご確認下さい。

グリコ・森永事件 - Wikipedia

 

事件を追う二人の主人公。鍵は子供の声

本書には二人の主人公が登場します。
一人は新聞記者である阿久津
阿久津は元々文化部の記者でしたが、年末企画として同事件(本書の中ではギン萬事件)を追う事になります。
もう一人は京都でテーラーを営む二代目店主曽根敏也
敏也はある日、自宅から一冊のノートとカセットテープを発見します。
カセットテープに収められていたのは冒頭の引用と同じ子供の声……それはギン萬事件で犯人側が使用したメッセージと同じものでした。
さらに敏也は、重大な事実に気づきます。
誘拐事件に使われた子供の声は、紛れもなく自分の幼少時代のものだったのです。
亡き父なのか、それとも……自分が事件に関係していたのかもしれないという恐怖に突然襲われる敏也。
敏也もまた、ノートとカセットテープを手掛かりに事件を追い始めます。

 

坦々と進む捜査

急にざっくり切り捨ててしまいますが、以降はただ坦々と二人が事件を解き明かしていく様子を交互に描いていくのみです。
あまり物語に起伏もなく、手掛かりを追うと新たな手掛かりにたどり着き、さらにそこから次の手掛かりに……と一種の謎解きゲームのような具合です。
特に驚くような事実が現れてびっくり仰天……なんて展開もありませんし、正直言うと捜査の流れはご都合主義的なものです。
30年以上未解決に終わってしまった事件が、そんなにサクサク順調につながってしまうもんなの? と。
確かに真相は納得のいく内容ではありますが、物語としてどうかというと、うーんと首をひねらざるを得ません。
リアリティを追求し過ぎてなんの面白みもないというかなんというか。
事件に巻き込まれた子供がその後どんな人生を送ったのか、事件に子供を巻き込むという事がどういう事なのかという点を主軸として描いた点については文学的と評価できるかもしれません。
なんだかいまいちな感想だな、とお思いかもしれませんが、実際そんな読後感でした。
とにかく物語に起伏もスピード感もないのでただただ記録を読まされている感じで良く言えば読み応えがあるものの、悪く言えばさっぱり読書も進まず……元新聞記者さんの書く作品とは相性が良かったはずなのですが、本書については残念ながら合いませんでした。

評価も高いはずの話題作なだけに、残念なばかり。
本書の後で話題の『騙し絵の牙』『盤上のアルファ』を読もうと思っていたのですが、ちょっと躊躇してしまいました。
どちらかというと僕たちの世代よりは実際に『グリコ森永事件』に接した世代の方が読む方が思い入れが強いのかもしれませんね。

https://www.instagram.com/p/BjHr-2HHnP0/

#罪の声 #塩野武士 #読了すっかり間が空いてしまったのは仕事のせいもあるけれど、本作が良い意味で読み応えがあったせい。悪い意味に言い換えるとなかなかページをめくる手が進まない。#グリコ森永事件 を題材にしているのですが、登場人物が多すぎるのとストーリーが平坦であまりにも起伏がないのとで意気消沈。その割に30年越しの未解決事件を追っているとは思えない軽快さで次々と手がかりが繋がっていくちぐはぐさ。#山田風太郎賞 を始めたくさんの賞に輝き、評価も高い割に僕には合いませんでした。ちょっと残念。#本 #本好き #本が好き #活字中毒 #読書 #読書好き #本がある暮らし #本のある生活 #読了#どくしょ#読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい ..※ブログも更新しましたので興味のある方はプロフィールのリンクよりご確認下さい。

『削り屋』上野歩

「歯医者の卵が、削りつながりで旋盤工になるか、こいつはいいや」

おお、なるほど。

上の一行がほぼ全てを表していますね。

『削り屋』は、元々は歯科医の次男坊として生まれ育った主人公が、旋盤工といういわゆる金属加工の職人を志すお話です。

旋盤工、なんて一般的には聞きなれない言葉ですが、世の中には驚くほど旋盤に携わる職人さんって多いんですよね。

しかしながら、物語の主役級で取り上げられるような事って少ないのではないでしょうか?

今回本書を手に取った理由もまさにそこにあります。

旋盤工というマイナーな世界を主題とした作品に、惹かれたのです。

 

物語の始まりは熱血青春の渦中から

主人公の名前は剣拳磨。

名は体を表すと言いますか、冒頭から河川敷で大勢の敵に一人で立ち向かうというシーン始まります。

主人公、歯医者の息子でありながら腕っぷしがめっぽう強い。

集団の先に立つのは超巨大企業グループの御曹司神無月純也。

自らは手を汚さず、金の力で全てを解決しようとする悪者です。

そんな主人公に味方してくれるのは幼馴染のゴローと紗世。

馬鹿だけれど人の好いゴローと、美人でしっかり者の紗世というコンビ。

紗世と拳磨はお互い惹かれながらも、ゴローを気遣い思いを果たす事は出来ません。

やがて身から出た錆で窮地に陥ったゴローを救うため、拳磨はそれまで通っていた歯科大学を中退していまいます。

実家からも飛び出し、東京へとやってきた拳磨が見つけたのが「従業員募集」の張り紙。

それこそが物語の舞台である鬼頭精機だったのです。

 

そろそろお気づきでしょうが……

上のあらすじ、なんか変じゃないですか?

どこかで聞いた事のあるような……しかもどことなく誇り臭い昭和の香りがするような……

 

そうなんです。

 

まさにこの本、昭和の少年漫画のすべてを詰め込んだようなトンデモナイ本だったのです。

河原で殴り合うシーンから物語が始まるなんて、今や平成から元号が変わろうという時代においては狂気の沙汰でしかありません。

ましてや金にものを言わせる気障な悪役とか。

思わず発行日を確認しますが、2015年と、つい数年前に間違いありません。

拳磨は鬼頭から下される課題をこなし、目覚ましい進展を見せます。なぜかそこで働いていた同級生の室田をはじめ、先輩方をあっという間に追い抜いてしまう成長ぶりです。

まるで将太の寿司を思わせる展開です。

また、僅か300ページほどの漫画チックな作中で、次々とヒロイン級の女性が現れるのも不可思議なところ。

冒頭から幼馴染み紗世との切ない関係が語られますが、次いで語られる大学時代のシーンではすぐさま絵理奈という他の女の子との一線を越えた関係が明らかになります。「削りの天才」という言葉も絵理奈に言われたもの。ちなみに絵理奈は「削りの天才」というエピソードの為だけに登場するようなもので、主人公が突然大学を辞めてからは、あっという間にフェードアウトしてしまいます。

代わりに現れるのは美咲というたまたま一人焼肉をしていた女性。

拳磨と美咲はデートを重ねる間柄になりますが、就職活動に励む美咲の口から出たのはあの神無月グループの企業。

美咲は無事神無月グループに就職を果たし、あろうことか神無月の女になり、すぐさま捨てられます。

神無月のステレオタイプさを引き立たせるためだけの登場ですね。

こういった1エピソードの為だけに登場するような人物が非常に多すぎて辟易します。エピソード自体も今まで何度となく繰り返されてきたステレオタイプそのままの焼き直しですし。

織田作之助夫婦善哉のようなゴローと紗世といい、色んな要素を詰め込みすぎです。

ゲームの中で、プレイヤーが自分で作ったエディット・キャラクターのようなちぐはぐな印象しかありません。

最終的に主人公は技能五輪全国大会へ出場する事になりますが、それすらもあっという間に過ぎてしまいます。神無月グループからは大挙して配下の者たちが参加しますが、最終的に勝ち抜き、延長戦に突入するのは主人公である拳磨と、その少し前にぽっと出てきたベトナム人ディエップ。

この辺りが駆け足どころかプロットの抜き出しのような勢いで描かれます。もう感情移入も何もあったもんじゃない。

蜜蜂と遠雷も構図だけは似たようなものなんですが。

ホント、書き手一つで大きく変わるものですね。

 

気安く震災を書いて欲しくない

いつになく辛口というか辛辣なんですが……一番不愉快なのは東日本大震災が描かれている点なんですよね。

まぁ昭和的な人物像・ストーリーも宗田理を読み返していると思えばマシか、なんて思っていたのですが、虚を突いて震災が登場したのですっかり頭に血が上ってしまいました。

 

だって、稚拙なんですもん。

 

以前ちょっと触れましたけど、僕は東日本大震災を被災地と呼ばれる場所で経験した一人です。

当時の苦しみや心細さは未だに忘れらせませんし、当事者であっても語りつくせない事ばかりなんです。

それを、あきらかに技量の足りない作者がどこかで齧ってきたような話をちょろちょろっと書く。それで震災を書いた気になる。

 

はっきり言って不愉快です。

 

 

書くならちゃんと書いて欲しい。

しょうもないスパイスの一つとして震災を使うのはやめて欲しい。

笑いのネタにでも使われた方がよっぽどマシですよ。

 

上野歩とは

尚、念のため著者のご紹介。

1994年に『恋人といっしょになるでしょう』で第7回小説すばる新人賞を受賞し、デビューしたベテラン作家さんです。

実は本書と一緒に『わたし、型屋の社長になります』という著書と買ったのですが、残念ながら今は読む気になれません。

文体的には読むのに時間が掛かるでもなし、いずれ時間を見つけて読んでみようとは思うのですが。

なにはともあれ、旋盤工という珍しい対象にフューチャーした作品だっただけに、甚だ残念でした。

https://www.instagram.com/p/Biwlgwin7rj/

#削り屋 #上野歩 読了歯医者の次男が削り繋がりで旋盤工を志すというなかなか面白いテーマの作品。でも駄目だ。面白いのはテーマだけだった。昭和の熱血少年漫画が好きな人、さらに薄いストーリーやステレオタイプなキャラクターが苦手じゃない人には楽しめるかもしれません。東日本大震災が登場するに至っては不愉快でしかない。薄っぺらい書き方するぐらいなら触れてくれるな。めっちゃ毒だらけですけど、個人的には今年のワーストかも。エンターテインメントは人それぞれだから僕には合わなかっただけかもしれませんけど。あー面白い本が読みたい。#本 #本好き #本が好き #活字中毒 #読書 #読書好き #本がある暮らし #本のある生活 #読了#どくしょ#読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい ..※今回も一応ブログを更新しています。興味のある方はプロフィールのリンクよりどうぞ。

『たったそれだけ』宮下奈都

たったそれだけ。それだけのことが、どうして言えなかったんだろう。

今回読んだのは羊と鋼の森でお馴染みの宮下奈都さんの作品『たったそれだけ』

羊と鋼の森』を読んでこんなにも素晴らしい文章を書く作者に感銘を受けるとともに、それまでまったく存在自体を知らなかった自分の無知を恥じて以降、出来る限り早く著者の他の作品を読みたいと思い続けていました。

今回、ようやく念願かなって手にすることができました。

羊と鋼の森』については下記の過去ブログを参考にしてくださいね。

linus.hatenablog.jp

 

一人の男性を軸とする連作短編集

望月正幸は海外営業部長。

彼と他人には言えない関係を結ぶ夏目は、ある日同僚の蒼井から糾弾される。

収賄の疑惑を抱えたまま姿を消した彼を嵌めたのは、お前だ、と。

それにより夏目は、彼とただならぬ関係にあったのは自分だけではなかったと知る事になる。

……とまあ、初っ端から『羊と鋼の森』にはなかった泥沼な展開から始まります。

全六話から構成される本作の第一話は、そんな夏目の目から見た事件の始まりが語られます。

以降も、望月正幸に関係、またはそこから繋がる人々の物語がそれぞれ独立しつつ展開されていきます。

 第一話 夏目(望月正幸の不倫相手)

 第二話 望月可南子(望月正幸の妻)

 第三話 有希子(望月正幸の姉)

 第四話 須藤(望月正幸の娘・涙の担任)

 第五話 望月涙(望月正幸の娘)

 第六話 大橋(望月涙の元同級生)

ある一人の登場人物を軸に展開される連作短編としては桐島、部活やめるってよが思い起こされます。

それぞれの短編の中で、中心人物である桐島を一度として登場させずにして、桐島の姿を描いた朝井リョウの素晴らしいデビュー作でした。

対して本作は、それぞれの登場人物を通して望月正幸の人物像を描くというよりは、望月正幸失踪事件が及ぼしたそれぞれへの影響を描いているように感じられます。

特に娘の涙は何度も転校を繰り返す中、いつの間にか父親の事件が知れ渡り、その度に辛い思いを強いられます。

過去に起こした事件はインターネットを通していくらでも掘り返す事の出来てしまう現代の息苦しさが、著者独特の流れるような文章の中で描かれています。

後に進むほど年月は過ぎ、第五話・六話では涙は高校生になっています。そして妻である可南子も、なかなか共感を得にくい生き方の選択をしたと知ります。

それぞれが様々な選択をし、現在進行形で生き続ける……『羊と鋼の森』とは全くテイストの異なる物語と感じました。

 

板鳥さんが最終話に

羊と鋼の森』といえば美しい文章の他に、主人公を支える先輩調律師たちの個性的で、かつ真摯な人柄が印象的でした。

とりわけ存在感を残したのは主人公が調律師を志すきっかけともなった板鳥さんでしょう。

序盤の象徴的な登場シーン以降は物語の中にほとんど登場しない板鳥さんでしたが、要所要所で主人公に意味深い言葉を掛けてくれます。

そんな板鳥さんを彷彿とさせる人物が、第六話に登場します。

高校を中退し、特養施設の介護士の道に就いた大橋の先輩であるベテラン看護師の益田です。

彼は懐深い対応で入居者の心に寄り添いつつ、大橋に様々なアドバイスを授けてくれます。

ある時、「俺、ばかだから、すごく失礼なことを言ったりやったりしてるんじゃないかと気になります」という大橋に、こんな言葉を返します。

「ほんとうはね、自分ではなく、相手を信用していないんですよ。信用しているなら、多少の間違いや失礼は聞き流してくれると思えるはずです。いいですか、大橋君のまじめな気持ちはよくわかります。あとは、まわりを信用するといい。みんな、大橋くんの味方――とまでは言わないまでも、仲間ですよ」

まるで板鳥さんのようですよね。

そうして日々を過ごす中で、増田は大橋に対して少しづつ自身の過去についても口にします。具体的には明かされない話の数々ですが、その節々から、僕たち読者は彼という人間の本質に気づかされてしまうのです。

 

文句なく面白い。しかし……

一気読みです。

そもそも200ページ強しかありませんし、約30ページ前後の短編集なので一晩で読み終えてしまいました。

読みやすい文章も手伝っているでしょう。

しかし、では『羊と鋼の森』と比べてどうかと聞かれると……ちょっと答えにくいですね。

読みやすいし、面白いんですが。

題材が題材だし、文字数に限りのある誌面に連載されていた短編だし、という点も否めないのか、『羊と鋼の森』で見られたような、踊るような情景的な文章は影を潜めています。

ポーン、とピアノの音が文章から飛び出してくるような衝撃を再び味わいたかったのですが、本作では残念ながら叶わず……。

上で記したようないくつかの印象的なセリフはありますが、ストーリー全体を通しての感想がどうかというと、至って凡庸というかありきたりというか。

でもまぁ面白い作家さんには間違いありませんからね。

また他の作品を手にしてみたいと思います。

https://www.instagram.com/p/BirXkBmH-Ji/

#たったそれだけ #宮下奈都 読了#羊と鋼の森 を読んで衝撃を受けて以来、こんなにも素晴らしい作家さんを知らなかった事に対して激しく後悔。早く他の作品も読みたいと思い続けてきたのですが……ようやく手にする事ができました。本作は贈収賄容疑を抱えたまま疾走した一人の男に関わる六つの短編で構成されます。浮気相手や妻、姉、娘、娘の担任、娘の元同級生。インターネットからは過去の罪も容易く見つけ出されてしまう世の中で、男の疾走が未来にどんな影響を及ぼしたか。特に娘は転校する先々で苦しい思いを余儀なくされます。雑誌で連載されていたとあって、文字数制限などもあったのでしょうか?羊と鋼の森で見られたような踊るような文章が影を潜めていたのは残念ですが、これはこれで、といった感じ。第六話には板鳥さんを彷彿とさせるベテラン看護師も登場しますので、板鳥さんファンの方は読んで見てください。#本 #本好き #本が好き #活字中毒 #読書 #読書好き #本がある暮らし #本のある生活 #読了#どくしょ#読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい ..※ブログも更新しています。宜しければプロフィールのリンクよりご確認下さい。