おすすめ読書・書評・感想・ブックレビューブログ

年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『一瞬の永遠を、きみと』沖田円

「今ここで死んだつもりで、少しの間だけおまえの命、おれにくれない?

 

沖田円『一瞬の永遠を、きみと』を読みました。

一時期の放置具合はなんだったのかと訝しまれるような連日の更新ですが、ライトノベル系は読みやすいのでサクサク進んでしまいますね。

 

本作も例に漏れずジャケ買い

そして前記事『放課後図書室』と同じスターツ出版文庫レーベルからの作品となります。

書店で文庫の棚を見ていると、沖田円という名前は嫌でも目に入るぐらいの人気作家という印象があります。

「淡く切ない涙の恋愛物語」的なライト文芸のイメージが一番似合う作家さんなのかな、と。

 

ここまではどちらかというと変化球的な作品を選んでしまったかもしれませんが、本書『一瞬の永遠を、きみと』はおそらくこれぞライト文芸というべきど真ん中の作品。

しっかりと最後まで楽しんでいきたいと思います。

 

 

自殺しようとした少女は、出会った少年と海を目指す旅へ

主人公である夏海が学校の屋上から身を投げようとしたその時、背後から声を掛けられます。

彼の名は朗。

朗は海を見に行きたいから付き合ってくれ、と夏海にもちかけます。

 

けれど彼は一文無しで交通手段は夏海が乗って来た自転車のみ。

しかも朗は自転車に乗ったことがない、したがって自分では漕げないという変わった男。

 

戸惑いを見せる夏海でしたが、不思議な少年朗とともに、遠く離れた海を目指す冒険の旅へと出発する事になります。

 

 

旅の先にあるもの

夏海はどうして死のうと考えたのか。

朗は何者なのか。

 

大きく二つの謎をフックに、物語は進んでいきます。

 

特に朗は明らかに不審です。

夏でもカーディガンを羽織ったままだし、生まれてこの方アイスを食べた事もない。あまりにも浮世離れした言動が目立ちます。

 

そうしてたまたま立ち寄ったお店の老婆に声を掛けられ、一晩泊めてもらったりと様々な幸運や巡り合わせも手伝い、二人は少しずつ海を目指して進んでいきます。

その過程の中で、初めて会ったはずの互いを理解し、心を惹かれるようになっていきます。

 

ベタ&ベタ&ベタ

細かい内容はネタバレになってしまうので省きますが……簡単に言い切ってしまえば本書はベタのオンパレードです。

特に目新しい要素や展開があるわけでもなく、どこか既視感のあるストーリーを重ねて作り上げられた恋愛小説。

朗に隠された秘密については大半の人が「どうせそういう事情だろう」と想像した通りのものですし、そこから結びつくラストもほぼ予想通りと言って良いでしょう。

 

期待値を上回る事もなく、かといって裏切りもせず、ちょうど良いところにしっかりと着地してくれます。

 

ベタ&ベタ&ベタ。

定番&お決まり&テンプレート。

 

でも極論すればこれがライト文芸ってやつなんですよね。

 

個人的に、こういった「淡く切ない涙の恋愛物語」的なテンプレート型のライト文芸は、水戸黄門暴れん坊将軍といった勧善懲悪モノの時代劇に通じるものがあると捉えています。

テレビドラマも小説も等しく余暇時間を過ごすための娯楽だとするならば、期待を裏切らない、慣れ親しんだ、自分にとって面白いと感じられると約束された作品をユーザーが選ぶのはある意味では当然であり必然な流れなのでしょう。

 

仮に本書が一般文芸レーベルから「これは文学です」という顔で刊行されていたとしたら感想も変わってきますが、ターゲットとする読者層とレーベルカラーにしっかりと合った作品であるという点においてはまず間違いないですし、やはりライト文芸スターツ出版文庫のど真ん中を捉えた作品と言えるのではないでしょうか。

 

こういう作品は事実今売れていて、書店の棚を広げつつあるジャンルなのでしょう。

 

そう言い切るには、まだまだ読書量が足りていませんが。

なのでライト文芸の記事はまだ当分続きそうです。

 

 

 
 
 
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『放課後図書室』麻沢奏

「記憶違いだったら悪いんだけど」

「うん」

「俺達、付き合ってた?」

「…………」

麻沢奏『放課後図書室』を読みました。

前回読んだのは新潮文庫nexというレーベルですが、こちらもスターツ出版文庫というライト文芸レーベルからの出版作品です。

 

スターツ出版について簡単に整理すると、ケータイ小説サイト『野いちご』を運営しており、過去には『恋空』で100万部を超える大ヒット作も打ち出した出版社です。

……と書けば、同じライト文芸という括りの中でもなんとなくレーベルカラーが見えてくる気がしますね。

どちらかというと女性向け、恋愛色の強いレーベルという印象でしょうか。

 

 

図書委員に選ばれたのは、三年前に付き合っていた二人

高校二年に上がってすぐ、果歩は同じクラスの早瀬君と図書委員に選ばれます。

図書委員とは、簡単に言えば放課後の図書室のカウンター業務を担当する係。

しかしながら実はこの二人、三年前の中学二年生の当時、彼氏彼女という関係になったはずの間柄でした。

 

ところが中学二年生という年代にありがちな話で、友達を通じて告白し、付き合う事になったものの、直接には会話すら一度も交わす事なく自然消滅したというのが実際のところ。

 

あれは付き合ったと言えるのか。

相手は自分の事をどう思っていたのか。

自分はどうだったのか。

 

図書委員をきっかけに三年の月日を越え、なんとなく消化不良のまま胸の奥にしまい込んでいた過去と、もう一度向き合うようになるのです。

 

うーん、なかなか面白い設定。

 

少女漫画風味

まぁレーベルカラー的にも仕方ない事ですけれど。

基本的には少女漫画を小説化したような作品です。

 

主人公の果歩は内向的で、高校二年生にもなったというのに化粧っ気もなく、男子とうまく会話もできないという純情少女。

クラスメイトの友人たちは何かと恋愛の話題で盛り上がり、果歩にも積極的に恋愛するよう勧めますが、果歩にはあまり興味を持てず……。ですが一たび合コンに参加してみれば、男子や周囲からは「可愛い!」「素質がある!」と絶賛される隠れ(?)美少女だったりします。

 

一方、相手役となる早瀬はサッカーのクラブチームに所属し、絵も得意、さらに勉強もできる上、結構な頻度で女の子に告白されるという絵に描いたようなイケメン王子様。

クラスでは目も合わさない彼は、図書委員の時だけ果歩と積極的に会話してくれます。

しかも一緒に帰った別れ際に、果歩の手に口づけをしてみたり、目を瞑ってとキスを連想させるような素振りを見せては、赤面する果歩をからかって笑うという思わせぶりな態度を取りまくります。

 

完全に自分がイケメンだとわかった上で、女心を手玉に取るタイプですね。

 

果歩は早瀬の思惑通り、その度にドキドキするわけです。

早瀬君、何を考えているのかな?なんて。

 

いやいやいやいや、YOUたち付き合っちゃいなよ!!!と思わず言いたくなるようなもどかしい間柄。

 

ですが本書はそんな二人の行く末を、ヤキモキしながら見守る事を醍醐味とした書かれた作品だと言えるのでしょう。

 

余計な要素やキャラクターを盛り込むわけではなく、ただただ二人の関係だけに焦点を当てて作り上げられる純な恋愛小説に徹底している点は、非常に好感触です。

 

 

ネット小説でした

短い章立てで連作短編のように物語が続き、空き時間にもちょっとずつ読み進められるような作品構成と、読んでいる途中で、なんとなくそんな気がしたんですけどね。

本書は先にもご紹介したケータイ小説サイト『野いちご』で連載され、書籍化された作品でした。

わざわざ買わなくても無料で読めたんですよ。

 


確かに活字慣れしていない高校生~大人の女性が気軽に読むにはもってこいの作風だと感じました。

非常にわかりやすい、ある意味ではライト文芸の一つの典型例ともいえる作品かもしれませんね。

ただし、これ一冊でスターツ出版ライト文芸についてわかった気になるのも危険ですし、もう少し他の本にも手を出していきたいと思います。

 

 

 
 
 
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『消えない夏に僕らはいる』水生大海

小学五年生の夏は特別だった。五人はみな、そう思っている。

けれど高校一年生の夏もまた、特別だ。 

 

水生大海『消えない夏に僕らはいる』を読みました。

新潮文庫nexというレーベルから出ている作品。ライトノベル……というよりライト文芸的なレーベルなんでしょうね。

 

ライトノベルの記事が続いた後、前回はライト文芸のはしりとして『天使の卵』をご紹介しましたが、お察しの通り、ちょっとライト文芸系の作品に興味を持ち始めている次第です。

 

ライト文芸といえば青春であったり、切ない恋愛ものであったり、といった作品が多いように感じていますが……『消えない夏に僕らはいる』というタイトルは非常にそれに沿った作風に感じます。

最下部に作品へのリンクを掲載していますので後程確認していただきたいのですが、教室で、どことなく不安げな雰囲気のある五人の生徒が佇む表紙絵なんかもいかにもライト文芸的な匂いがぷんぷんします。

 

実は本書はこの表紙絵とタイトル名に惹かれたという理由だけでジャケ買いした作品です。

 

さて、内容はどんなものか。

 

 

5年前、事件に巻き込まれた子供たちが同じ高校で再会

小学校五年生の時、響の暮らす田舎町に都会の小学生たちが校外学習でやってきます。

その中にいたのが友樹、紀衣、ユカリ、宙太の仲良し四人。

木工細工の工房でたまたま母親の手伝いにやってきた響は、そこで彼らと出会います。

四人は響に廃校に案内して欲しいとねだり、みんなが寝静まった夜、宿泊施設を脱走して再びその廃校を訪れます。

しかしそこでは響の親戚に当たる青年らが怪しげな動きをしており、見つかった彼らは青年たちに追われ、紀衣は大怪我を負う事態に。

駆け付けた人々により青年たちは取り押さえられ、事件は落着したものの、青年の親戚筋であった響は両親とともに謝罪を繰り返す羽目に。周囲から厳しい声を浴びる響のためにと両親は離婚し、苗字を変え、転校を繰り返すという悲しい生活を送ります。しかし行く先々で事件の事がバレる度に、響は苦しい想いを強いられます。

 

そんな響は高校進学にあたり、隣県の進学校へ。

誰も知る人のいない環境の中で、心機一転新しい生活を夢見る響の前に現れたのは、かつてたった二日だけ一緒に過ごしたあの四人なのでした……。

 

 

ホラー?ミステリ?いやいや日常学園ものです

冒頭にある小学生時代のエピソードは、ちょっと懐かしい感じやほろ苦い雰囲気も満載で物凄く良いです。

とんでもない大冒険を繰り広げた彼らが高校で再会。

きっとここから新たなドラマが、そしておそらく過去の事件も関わる五年越しのストーリーが生まれるはず。

どんな面白い物語になるのかと思いきや……。

 

読み進めるにつれて、どんどん不安になります。

 

そもそもの構成が、一人称にも関わらず章ごとに視点が入れ替わるという非常に読みにくいもの。

つまり上に名前を挙げた五人それぞれが主人公となり、場面場面で視点がころころと入れ替わるのです。

 

その度にいちいち、友樹は高校入学にあたりどんな期待をしていたのか。紀衣はどんな心情だったのか。ユカリは他の四人とどんな風に距離を置いていたのか。といったエピソードが逐一語られます。

 

そうしてようやく物語が動き出したかと思えば、やたらと女王様気取りの面倒くさい学級委員長が頭髪について難癖をつけはじめ、校則で決まっているから天然パーマの場合には親の証明書を提出しろだのという些末なトラブルが始まるのです。

 

 

このあたりでもしや、と思いました。

……もしかして大きな事件とか期待しちゃ駄目?

予感は正しく、結局のところ最後までこんな調子の物語。

基本的に小説はしっかりと全てに目を通すのですが、あまりにもどうでも良いモノローグが多すぎるので、後半はかなり斜め読みしてしまいました。

 

つまるところがスクールカーストの最上位に位置する女生徒がいちいち問題をややこしくし、響のように過去に傷を持つ子はまんまとその餌食にされてしまう、というだけの話です。

 

冒頭の小学五年生のエピソードは響の抱える過去の傷であり、再会した五人はお互いに気まずいながらも最終的に意気投合するという、日常的なスクールカーストを描いた学園モノ作品でした。

 

もったいない……

はっきり言って、肩透かしです。

思わせぶりな表紙絵といい、魅力的な冒頭エピソードといい、かなり面白い素材あったんですけどね。

いやはや、スクールカーストの話だとは。

 

加えて、物語のキーとなる「響の過去の傷」というのが非常に弱い。

響は四人に求められて廃校に案内しただけで、どう考えても全く悪くないんですよ。

ところが彼らを襲った青年が親戚筋で、彼には身寄りもなかったことから響の両親がまとめて謝罪を繰り返す事になった。結果として響も犯罪者として扱われ、行く先々でいじめを受けたという謎の転換を起こします。

 

このロジックに説得力が皆無!!!

 

だから過去の事件を知ったクラスメイト達が「謝罪しろ」と響に詰め寄る様子も、それを止められない四人の気持ちもさっぱり理解できないのです。

 

「いや、案内しろって言われたから案内しただけだよ。実際に怪我を負わせたのははとこだよ」

「そうだよね。響ちゃんは何もしてないよね。むしろ私たちが無理強いしただけだし」

 

このやり取りで済む話ですよね?

僕がクラスメイトなら「そうだったんだ。かわいそうに」と逆に同情することでしょう。

なのに作中の登場人物たちはしつこく食い下がります。

 

せめてはとこが犯した罪が津山三十人殺し並みの大量虐殺だったとか、罪を犯したのがはとこではなく血を分けた兄弟や両親というのであれば、響に厳しい視線が向けられるのもわからないではありませんが。

はとこが。

小学生を傷つけた。

しかもその小学生たちも校外学習の宿泊先から夜中に脱走するような問題児。

加えて響はどちらかというと彼らを止めようとしていた立場。

 

にも関わらずそのせいで響がイジメられ続ける……ちょっと理解できませんね。

 

一番キモとなるここの部分に共感できないのだから、物語全体通して面白いと思えないのは明白です。

むしろ共感できる人、いるの???

 

でもって、五人が再び力を合わせて立ち向かうのはスクールカースト……どうしたら面白くなるのでしょう? 頭を抱えてしまいます。

 

 

設定:ヒーロー戦隊をイメージした五人組(※五人は強い絆で結ばれている)

あとがきによると、作者は五人の主人公にヒーロー戦隊を重ねて書いたそうです。

直情的で正義感溢れる友樹はレッドで、紀衣はイエローで……的な。

 

こちらもはっきり言ってしまえば、失敗ですね。

 

ラノベ・キャラクター小説とはいえ、テンプレ過ぎて個性皆無。

特に女の子たちは名前が書いてなければ見分けがつかないレベルです。

それぞれショートカットだ、髪の毛がくるくるだ、と外見上の特徴は書かれていますが、思考レベルや発言内容ではほぼ一緒。イエロー役、グリーン役、と名札を貼られたマネキンにも等しい人間性

登場人物の中には誰かを好きになったり、失恋したりするキャラクターも出てきますが、その理由にしても外見上の優劣ばかり。

 

主人公五人を含め、心の底で繋がっている、惹かれているという印象が全くない。

 

五人はただただ昔そういう事件があって、長い時間を過ごして来たから当たり前にみんな強い絆で結ばれているという設定があるから、そういうものなんだという前提で物語が書かれています。

ラノベにありがちな設定だけの物語ですね。

とりあえず男と女が出てきて、当たり前のように惹かれ合う。でもお互いの何に惹かれているのか、読者にはさっぱりわからない。こいつら欠陥だらけじゃん? 見た目が良ければそれでいいの? なんて読者の疑問を無視したまま、男女はお互いの一挙手一投足にドギマギするという話が延々と続いていくラブコメ……そんな作品はラノベに限らず一般文芸でも時たま目にしますが、似たような作品と言えるでしょう。

 

設定:強い絆で結ばれた五人

 

誰がどんな性質であろうと、お互いの上っ面しか見てなかろうと、彼らは設定上そうなっているので、お互いの全てを無条件に受け入れる。

まー、確かにヒーロー戦隊ものと言えるのかもしれませんね。

 

ライト文芸のテンプレにあるような「青春」「恋愛」「ほろ苦」的な内容を勝手に期待していた僕の手落ちでしかないのですが……かえすもがえすも、表紙絵で彼らが深刻そうに眉を曇らせる理由が面倒な人間関係だったなんて。

 

いやはや、残念な読書でした。

 

 

 
 
 
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『天使の卵』村山由佳

「嘘つき! 一生恨んでやるから!」 

 

村山由佳天使の卵 エンジェルス・エッグ 』を読みました。

第6回小説すばる新人賞を受賞し、作家村山由佳を世の中に知らしめるきっかけとなった作品でもあります。

 

ちなみに本書は初読ではありません。

中学生か高校生の頃に初めて読んで以来、何度読み返した事か。

ここ十年程はご無沙汰していましたが、二桁を数える程何度も何度も繰り返し読んだバイブル的作品でもあります。

 

小学生の頃に宗田理ぼくらの七日間戦争』シリーズに嵌まったのが僕の読書体験の始まりだとすれば、中学生になってから綾辻行人十角館の殺人』で本格ミステリに目覚め、『ロードス島戦記』『スレイヤーズ!』でライトノベルに夢中になりました。

 

そんな偏った読書遍歴を持つ僕に、いわゆる一般文芸・恋愛小説の入り口を開いてくれたのが本書です。

以降は『BAD KIDS』や『おいしいコーヒーのいれ方』シリーズ等など、貪るように読んで来ました。

 

村山由佳も好きな作家で常に五指に入り続ける作家さんです。

 

最近ちょっと読書に飽きが来て、ライトノベルばかり流し読みしていましたので、この辺りでちょっと刺激を求めて『天使の卵 エンジェルスエッグ』に手を出してみました。

 

 

設定+設定+設定+設定……

主人公の歩太はたまたま乗り合わせた満員電車で、混雑した人波の中から一人の女性を助けます。

歩太は大学受験に失敗した予備校生。

浪人を決めたものの、芸大という潰しの利かない進路に未だ迷い続けています。

というのも歩太の父親は心の病を患い入院中。

母親が小さな飲み屋を営む事で、女手一人で家族を支えているのです。

 

そんな歩太が父のお見舞いに出かけた先で出会ったのが春妃。

新しく父の担当となったという彼女は、電車で出会ったあの女性でした。

運命の出会いと再会を経て、春妃に思いを寄せるようになる歩太。

しかし彼女は、歩太の交際相手である夏姫の姉だったのです。

 

しかも春妃には結婚歴があり、前の夫もまた歩太の父同様、心を病んで自殺してしまいました。

夫を助けてあげられなかった自分に後悔し続ける未亡人。

春姫は妹である夏姫から最近歩太とうまくいっていないと悩みを打ち明けられ、妹のためにと歩太を問いただします。しかし既に、歩太の心は春姫に向いていて……。

 

……とまぁ、序盤の主な流れを書いただけでこんな感じになってしまうのですが。

 

スゴくないですか?

 

出て来る登場人物はさほど多くないのですが、それぞれが様々な悩みや背景を抱えていて、さらに濃密に関わり合う。

それら一つ一つにしっかりと意味がある。

無駄な要素が一つもない。

改めて読んでも作り込みに感嘆します。

ちなみにこれは、物語の構成としても同様です。

 

無駄がない

一般的に小説って途中中だるみがあったりするものかと思うのですが、本書には見当たりません。

新たな事実が判明したり、新たな事件が起こったりしながら、最初から最後までずっと休むことなく物語が動いていきます。

これもスゴい。

この“新たな”というのがキモで、物語が落ち着こうとするちょうど良いタイミングでポーンと加速させてくれます。

実に軽妙かつ絶妙なタイミング。

元々200ページ強とボリュームが少ない作品である事を除いても、飽きさせる事なく最後まで一気に読まされてしまいます。

 

とにかく全てが『天使の卵』という作品に必要なものだけで構成されています。

無駄な登場人物はいませんし、無駄なエピソードもない。

改めて読んだ今、その事を再確認できて本当に目から鱗です。

 

初めて読んだ時には「とにかく面白かった!最後まで一気読みした!」というだけで満足でしたが、そこにはちゃんと理由がある事が再認識できました。

 

 

言葉の呪縛

いつも記事の冒頭にはその作品の中で印象的だったシーンや言葉を引用するようにしているのですが、今回はすぐに決まりました。

もう一度書いておきましょう。

 

「嘘つき! 一生恨んでやるから!」 

 

読んだ人であればわかると思いますが、この言葉の重みって途轍もないですよね。

言った側も、言われた側も、言葉通り一生引きずるだけの重みをもった言葉です。

もちろん、言った時は感情に任せてつい口をついて出てしまっただけなのかもしれませんけどね。

 

けれどその後の状況次第では、一生続く後悔を生み出す事もある。

そんな言葉の持つ力や重さを再認識される物語です。

 

主人公である歩太や、ヒロインである春妃に思いを寄せがちですが、大人になってみるとこの物語で一番苦しい想いをしているのはこの発言の主だという事に改めて気づかされたりします。

 

村山由佳さんはちゃんとそんな点も見逃さず、後日談・続編ともなる『天使の梯子 Angel's Ladder』や本作の視点を変えた『ヘヴンリー・ブルー』を書いてくださっています。

大きな楔を背負った彼女が、いつか救われる日がくるのか……本作を読んだという方には、ぜひそちらも手に取っていただきたいと思います。

 

 

 

 

今でいうライト文芸のはしり

昨今ではライト文芸が書店の棚の面積を広げつつあります。

いわゆる大人向けライトノベル、というやつですね。

 

『ビブリア古書堂の事件簿』や『君の膵臓をたべたい』が代表作として挙げられるようですが、おおよそ「ラノベのように個性的なキャラクターが、甘く切ない恋愛を繰り広げる」(その物語としてミステリやあやかしといった要素が取り入れられたりする)といった作風が多いようです。

 

そうして比べてみると、『天使の卵』は今で言うライト文芸のはしりと言えそうです。

 

小説すばる新人賞の講評では「よくここまで凡庸さに徹することができる」と五木寛之が述べていますが、それこそ現在のライト文芸の手法だったりもしますよね。

 

病や死といった悲劇的題材を扱い、どこか既視感のある登場人物たちが、既視感のある恋愛模様を繰り広げ、読者の胸をぎゅっと締め付けるような切なさをもたらす。

 

これはまさしく本書『天使の卵』であり、村山由佳初期の作品群に当てはまるものだと思います。

 

ライト文芸レーベルが好きでよく読むけれど、『天使の卵』は読んだ事がないという方は、ぜひ一度読んでみませんか?

おいしいコーヒーのいれ方』シリーズや『BAD KIDS』と合わせて、自信を持ってお勧めしたい作品です。

 

 

 
 
 
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『ハサミ男』殊能将之

「チョキ、チョキ、チョキとハサミ男が行く。三人目の犠牲者が出る。血が流れ、苦痛がみちあふれる。人々は恐怖し、激怒し、おびえ、あるいはおもしろがる……」

殊能将之ハサミ男』を読みました。

説明するまでもないですが、ミステリ界隈では超がいくつも並ぶほどの有名作です。歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』、乾くるみイニシエーション・ラブ』、我孫子武丸『殺戮にいたる病』あたりと並んで紹介される事が多いですね。

Amazonの商品ページだと「よく一緒に購入されている商品」、「この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています」あたりにセットでよく出て来ます。

……と書くとどういう傾向の作品かなんとなく、いやほぼ大筋わかってしまうのが苦しいところですが。

インターネット全盛の時代、仕方のない事と諦めるしかないかもしれません。

 

それでもずっと常に名前が挙がり続ける以上、きっと一筋縄ではいかない驚きに溢れた作品なのでしょう。

そう期待しての初読です。

 

連続殺人鬼『ハサミ男

物語は主人公となる“わたし”の一人称で始まります。

小規模出版社に非正規で勤め、駅から近いというだけでボロアパートに住む

“わたし”はどうも冴えない暮らしぶり。しかし道行く若い女の子に視線を向ける“わたし”の言動から、どうやらこの主人公こそがタイトルでもある『ハサミ男である事がわかります。

 

既に二人の少女を手に掛けたハサミ男は、次なる獲物として女子高生・樽宮由紀子に目をつけます。

何日もかけて彼女の周辺を探り回り、ついに機会が訪れたと思ったある夜――公園の茂みで、ハサミ男は既に殺された樽宮由紀子を発見。しかも彼女の首には、見覚えのあるハサミが突き刺さっていました。

 

ハサミ男が殺す前に、樽宮由紀子は殺害されてしまったのです。しかも、ハサミ男と同じ手口で。

そこへタイミングよくもう一人の通行人が通りがかり、咄嗟にハサミ男は第一発見者のフリをします。

 

ハサミ男模倣犯による被害者の第一発見者が真のハサミ男という歪な形の下、以後は捜査を進める警察と独自に被害者を追うハサミ男という二つの視点から、物語は進展していきます。

 

 

見え透いた下心は嫌らしい

細かくネタバレしている記事は他にいくらでもあるので当ブログでは改めて触れる事はしません。

争点は面白かったか、ひっくり返るような驚きが味わえたか、という点かと思います。

 

これがねぇ……正直微妙でした。

 

こういう作品って、それまで見ていた世界がひっくり返るガラガラと割れて中から違う世界が姿を現すといったピークにどれだけ高い山を作れるかという点が勝負だと思うのです。

そのためには読者が予想する裏のそのまた裏を掻いたり、予測不可能なラインでひっくり返してみせたりといった荒唐無稽さが要求されます。

 

翻って本作を見てみると……期待外れという他ありません。

読みなれた読者であれば、「おっ怪しいぞ!」と真っ先に疑ってかかるところがまさしく本ネタであるという。

そのまま普通に描くと粗が目立ってしまうから、物語の中途をわざと書かずに省いてみたり、登場人物たちが存在しないかのように不自然に目を背けるという、意図的にこねくり回す事で読者を煙に巻く事だけを目的とした嫌らしい作品

 

いやはや、こういう下心見え見えの作品は嫌らしいですね。本当に嫌らしい。

 

読者を混乱させるのを第一義としているので、当然読み心地もよくありません。文章を読んでいても、物語を読んでいるという感覚があまりないのです。手がかりがどこにあるかわからないので、仕方なく読まされているような感覚。

しかし残念ながら、そのほとんどは本筋とは関係のない文章だったりします。かといって物語に深みを与えたりするようなものでもありません。

具体的に挙げれば、ハサミ男に二重人格的な別人格が存在したり、殺害された女子高生が意外な本性を隠していたり、衒学的な知識があちこちに散りばめられたりといったスパイスはあるものの、どれも本ネタの臭みを消したり、深みのないストーリーに風味を加えたりといった文字通り香辛料としての役割でしかないのです。

 

本来ならばじっくりと味を染み込ませ、臭みを消すような下ごしらえが必要なのに、上からパッパッとスパイスを振りかけて誤魔化したような塩梅。ですので読んでいても非常に薄っぺらく感じます。

 

一例を挙げると、樽宮由紀子が年上の男をとっかえひっかえ、ふしだらな生活を送っていたという設定。物語的に彼女は「年上男性と交際関係にある」必要があったのでしょうが、だったらヤ〇マンにしちゃえってそりゃあずいぶんと強引な話です。

そうなった人物背景も非常におざなりです。なんとなく母親の話から親の影響があるのかもしれないと匂わされるのみで、具体的に何があったかは語られません。早くに父親と別れた事によるエディプス・コンプレックスの発露なのだとすれば、それこそ陳腐過ぎるでしょう。

 

上は一例ですが、他にも義姉への恋慕を匂わされた義弟の真意であったり、樽宮由紀子と関係した男性陣の心境だったり、警察側の主人公格である磯部の心情変化だったり、ことに恋愛感情についてはとかく浅い描写が目立ちます。

 

可愛い女子高生が思わせぶりに近寄ってきたから飛びついた。

好みの女性だったから一目ぼれした。

 

男性陣は皆一様に下半身に脳みそがあるかのような行動原理に終始します。

上記は一例ですが、他も似たようなもので、物語の流れやプロットが先にありきで、取って付けたような設定を登場人物たちに付加して誤魔化すばかり。

これが僕がスパイスであると断じる理由です。

 

 

例えば――仮にエディプス・コンプレックスに起因して年上男性をたぶらかさずにはいられない少女だったとして、犯人はそんな彼女に寄り添う側の人間だったりするとまた違ったと思うのですが。

彼女の生い立ちや心情を理解し、どうにかして立ち直らせたいと思い悩んだ末に、何かの手違いで被害者を殺す結果になってしまった、とかね。

 

でもまぁ現実には他の男たち同様にたぶらかされた男が、恨み骨髄で殺すというだけの単純な動機で終わってしまったわけです。ああ、もったいない。

 

そもそも周囲の人間に隠しもせず堂々とお付き合いしていた男が、警察の捜査網からも聞き取り調査による情報からも全く浮上して来ないという時点で無理過ぎる設定。そんな男が隠し通せると自信満々に犯行を犯すのも無理があり過ぎる話。

せめてもうちょっと現実的なラインで物語を進めていただかないと、、、

 

ぐちぐち書いてきましたが、とにかく本書、500ページという文庫本にしては厚みのあるボリュームに比して、細部の作り込みが非常に荒い。もっと掘り下げて欲しい、厚みを持たせて欲しいという物語の骨肉がぺらぺらなのに、やたらとどうでもいい知識や描写で膨らまされています。

 

よくできた推理小説なのだから人物描写が、物語としての深みが、なんて難癖付けるのは野暮だという向きもあるでしょうが、ロジックパズルなのであれば無駄に膨らまさずむしろシンプルさを追求すべきでしょう。

 

本書が刊行されたのが1999年。

本格ミステリといえばとにかく分厚いノベルス版、が流行していた名残りもあったんでしょうか。

いずれにしても冒頭に並べたような”似たような”とされる作品と本書を同列に並べるのは個人的に反対です。

 

ちょっと過大評価され過ぎてるんじゃないでしょうか。

 

 

 
 
 
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『六花の勇者』山形石雄

「よく確かめるのだ! ありえん、六花の勇者が七人いるなど」 

 

皆様明けましておめでとうございます。

あまり季節感のない当ブログですが、2021年最初の更新となります。

 

今回読んだのは山形石雄六花の勇者』。

例によってライトノベルですね。

こちらもテレビアニメ化もされたという人気作。


とはいえ『ソードアートオンライン』や『転生したらスライムだった件』などの大ヒット作に比べると一般的な認知度は低いように感じています。

アニメも一期のみで止まっていますし、小説の方も2011年から始まり、2015年に第六巻が出版されて以降は打ち止めとなってしまいました。

 

昨今では二ケタを数えるシリーズものも少なくないラノベ業界においては、比較的小粒と言われても仕方ないかもしれません。

ただし六巻の時点ではまだ全ての問題や伏線が解き明かされたとは言えないため、ファンの間では続編を望む声も少なくないようです。逆に言うと、打ち切りなの?といった不安の声も。

 

……と書いていくと打ち切りされた不人気作?と思われてしまいそうですが、本作の卓越した点についてご紹介したいと思います。

 

 

 

運命の神に選ばれた6人の勇者……でも集まったのは7人⁉

上記が全てと言っても過言ではありません。

魔神復活を前に、運命の神に選ばれた6人の勇者終結

ところが集まった勇者の数は7人

誰か一人が偽者……つまり敵であると判断した勇者たちは、互いに疑心暗鬼になりながら偽者探しに奔走する。

 

……という内容。

いやもう、この時点で面白そうって思いますよね?

 

しかも冒頭は主人公であるアルフレッドが、仲間であるナッシュタニアに追われる場面から始まります。

つまり――主人公アルフレッドこそが偽者だと仲間たちに命を狙われているのです。

 

ルフレッドはどうやって事態を潜り抜けるのか?

本当の偽者は誰なのか?

 

数々の謎をフックに、物語はぐいぐいと進んでいきます。

既視感あると思ったら、ハイ・ファンタジーのような皮をかぶってはいますがこれってWhat done it (ホワットダニット)――何が起こっているのか?という立派なミステリーじゃないですか!!!

 

 

密室!!!

しかもしかもですが、本作には本格ミステリーの華である密室も登場します。

勇者たちが集まる直前、凶魔を追って神殿へとたどりついたアルフレッドが封印された扉を開くと、敵を閉じ込めるはずの夢幻結界は作動させられた後でした。

 

しかし扉は一度開けられれば再度封印する事は不可能。

最初に開けたのは間違いなくアルフレッド。

 

密室内で殺害された被害者の第一発見者が容疑者の最右翼として疑われるのと同様に、勇者たちはアルフレッド以外に夢幻結界を作動できる人間はいないという結論に至るのです。

 

ルフレッドは仲間たちに追われながら、誤解を解く術を考えます。

偽者はどうやって密室内の夢幻結界を作動させたのか。

そのトリックさえ見破る事ができれば、自分の無実を証明できる。

 

つまるところルフレッドは自らが犯人であるという無実の罪を着せられた探偵役という事になります。

 

ルフレッドが戦う相手は他の6人の勇者であり、本来戦うはずの凶魔や魔神もほとんど登場しません。

物語の軸となるのはあくまで「誰が偽者か」という点

その意味でもやはり本作はハイファンタジーの皮をかぶったミステリと言えるかもしれません。

 

いまいち爆発しなかった理由

大筋を聞いただけで絶対に面白いと確信できる本作なのですが、冒頭に書いた通り不人気アニメの汚名を着せられていたりと、いまいちパッとしないのが実情だったりもします。

確かに原作も、読んでいて謎に惹き付けられる部分は大きいのですが、それ以外の物語としての面白さみたいなものには欠けているように感じてしまうんですよね。

 

その要因の一つが、キャラクターが味気ない事にあるように思いました。

 

主人公アルフレッドは努力によって力を身に着けた一般人であり、小細工と策を弄して相手の裏をかくような戦い方が中心となります。

逆に言うと、他の六人に比べると物足りないように感じてしまいます。

 

かといって他の六人がどうかというと……ヒロイン格とされるフレミーも陰鬱な感じで外見的な愛らしさはあまり感じられません。対してウサ耳の姫ナッシュタニアも、周囲に感化されやすい単純一辺倒のお嬢様といった印象。モルゾフはそんな彼女に従うだけの悩筋お供。自分の考えらしきものは何一つ見られません。

チャモなんかはなかなか良いキャラクターかと思ったんですけどね。子どものような外見には似つかわしくない情け容赦ない残酷さとか。ただし、だとすればどこか人間味のようなものも見せて欲しかったというのが残念なところで、一作目だけではチャモには感情移入しようがありません。

一番のリーダー格であるモーラも同様ですね。偉そうにみんなにああだこうだと指図するものの、頭からアルフレッドが偽者だと決めつけている様子であったり、やや強引なやり方には首をひねらざるを得ません。彼女なりの理屈や正当性が上手く描けていれば良かったのですが。

 

なので基本的に登場人物全員が感情移入しがたいキャラクター造形であり、その言動についても理解しかねる点が多いのです。

仮に推理小説であるとするならば、もっとそれぞれが独自の推理を働かせ、警戒したり、手を結んだりが繰り返される中でさらなる事件やどんでん返しが起こったりするんですけどねー。

最終的に解き明かされる密室の謎も、カタルシスをもたらすかと言えばそれほどでもなく……まだまだ続くシリーズだからと言えばそれで終わりですが、一作目を読んだだけでは理解できない謎も多いですし。

 

つらつら書いてきましたが、何よりも最大の理由として暗い

これに尽きます。

なんだか出て来るキャラクター全員が暗くて、最初から最後まで暗いムードが支配しています

 

これ、ちなみに表紙や挿絵が暗い感じなのも助長しているように思えなくもないのですが。

 

ルフレッドとフレミーの間に恋愛関係も見られたりはしますが、やっぱりこれも暗くて、気持ちよくわくわくする事ができない。作品を読んでいく中で、どうも二人がこの先一般的なハッピーエンドを迎えるとは思えないんですよね。

魔神を倒した後、二人は結婚して幸せに暮らしました……という想像ができない

 

これって意外と重要な要素な気がします。

 

物語の読者って、感情移入した登場人物たちが最終的に幸せになるところを見届けたいと思っているんですよね。

だからこそ鬼滅の刃のように仲間が次々と死んでいくと、衝撃も大きいわけで。

無惨を倒して欲しいと読者が見守るのは、世界に平和を戻すためというよりは、炭次郎達自身に幸せになって欲しいというという想いがあればこそ。

無惨を倒せば世界は救われる。でも炭次郎達も幸せにはなれそうにない。そんな作品だったら、鬼滅の刃も今のような人気を博してはいなかったでしょう。

 

六人の勇者のはずが七人いた。偽者は誰だ。

 

取っ掛かりの謎としては卓越していますが、残念ながらそれが作品の全てであり、出オチだったというのが正直な感想です。

 

 

『11人いる!』萩原望都

さて、長々書いてきましたが最後に本作に似た作品をご紹介。

萩原望都『11人いる!』

 

 

大体「〇人のはずが一人多いぞ!」系の作品の元ネタを追うと、本作にたどり着きます。

 

名門大学の最終テストとして外部からのコンタクトが遮断された宇宙船に10人の受験生が乗り込んだはずが、船内にいたのは11人。

さらにアクシデントが重なり、11人はそれぞれ疑心暗鬼になりながらも事態の収拾に奔走し……と「選ばれた〇人」「一人多い」「それによってもたらされる疑心暗鬼の人間ドラマ」な点でほぼ『六花の勇者』と共通したような内容です。

 

ただしこちらは少女漫画ですし、物語の雰囲気や仕掛けも異なってきます。

クスリと笑える、ほほえましいようなオチも名作とされる所以でしょう。

 

六花の勇者』を気に入ったという方は、『11人いる!』についても手に取ってみる事をお勧めします。

ただし1975年の作品と言う事で、相応の時代感があるのは大目に見ていただきたいと思います。

 

 

 
 
 
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『千年戦争アイギス 白の帝国編Ⅳ』むらさきゆきや

 ルチアが、この魔界で、魔物たちに囲まれ、いたぶられながら殺されるのは――女神の指示なのか。

 帝国に見捨てられ。

 女神に死を望まれ。

 ――だとすれば、私は何のために戦う? 何のために生きる?

 戦意が消える。

 ルチアは顔面をデーモンに殴られた。 

 

むらさきゆきや『千年戦争アイギス 白の帝国編Ⅳ』。

長々続いていた『千年戦争アイギス』ノベライズも遂に最終巻を迎えました。

前巻までで色々と張り巡らせられていた伏線がこの一冊で回収されると思うといささか短すぎる気がしないでもありませんが、一気に最後まで読み切っていきましょう。 

ちなみに過去三巻の記事はこちらとなっています↓↓↓




 

 

強すぎる王子軍

これまでのあらすじを経て、いきなり始まる本編では王子軍の様子からスタート。

山の町に布陣する白の帝国軍に対し、海辺の街へとやってきた王子軍でしたが、すでに街は壊滅状態。

生き残った人々を発見したかと思いきや、彼らは魔神の化身であり、不意を突かれた王子は魔神の眷属に胸を刺し貫かれてしまいます。

ところが風水師リンネの能力により、王子は無事怪我一つ負わずに済んでしまいました。

その後もデーモンや怪物たちを蹴散らし、海辺の街は白の帝国の領土であるにも関わらず、生き残った住民が見当たらない事に胸を王子たちは痛めます。

そんな彼らの様子に、行動をともにする白の帝国の軍師レオナは自分達との差を突きつけられているようです。

どうやら魔神達は海辺の街を滅ぼし、山の街へと向かったと知った王子達は、白の帝国軍が控える山の町へ加勢へと向かう事を決意。

山の町もまた、白の帝国の領土であるにも関わらず、です。

短いエピソードではありますが、王子軍の強さや、損得勘定抜きで行動する偉大さがまざまざと描かれていきます。

 

 

ダンタリオンとの戦い

一方帝国軍は、3巻では省略されてしまった魔神ダンタリオンとの戦いへ。

ソラーレを想う気持ちで覚醒したフォルテが迎え撃ちますが、ダンタリオンはあまりのも強大な力を持っています。原作プレイヤーにはお馴染みのリーゼロッテや、2巻の主要キャラクター風霊使いハルカなどが駆け付けますが、フォルテは瀕死の重傷を負ってしまいます。

そこへ駆けつけた白の皇帝と、瀕死のフォルテの助力によりダンタリオンの首を落とす事に成功しますが、首だけになったダンタリオンは魔界へと逃げ去るのでした。

 

 

魔界突入

当然ながら、白の皇帝はダンタリオンを追って魔界へと突入しようとします。

しかし、レオラたちに諫められ、兵を再編しなおした上で改めて魔界へと討ち入る事とします。

 

その頃魔界では、大悪魔召喚士ラピスの前に魔神化した白の皇帝の妹リィーリを連れたケラノウスが現れます。

そこへやってきたのは魔界へ逃げ帰ったダンタリオン

魔神は自己再生能力を持つ代わりに他者からの回復魔法を受け付けられないという特異体質を持つのですが、魔神化したリィーリはその魔神を癒す力を持っているのです。

兄である白の皇帝たちが必死に追い詰めたダンタリオンでしたが、無常にもリィーリの力により元の身体を取り戻してしまいます。

 

謎展開

ダンタリオンが全快してしまうという途轍もなく危機的状況なのですが、何故か話はここから謎の展開へと進んでいってしまいます。

魔界へと突入しようとする白の帝国軍ですが、軍師レオナは第一陣を神官戦士ルチアに命じます。

まずは魔界の偵察と橋頭保の確保を目指そうというのです。

ところがルチア達は次々と襲い掛かるデーモンたちに呆気なく蹂躙されてしまいます。

ゲームのプレイヤーにはお馴染みの設定ですが、魔界ではデーモン達は力を増し、人間は逆に瘴気によって弱体化されてしまうのです。

結果、第一陣は奮闘も敢え無く壊滅。

重傷を負ったルチアはラピスによって保護されます。

 

そこへやってくるのがデーモンたちの親玉グレーターデーモン。

彼はルチアを引き渡すよう迫りますが、ラピスは応じません。

こっそりとルチアを逃がすラピスでしたが、それはグレーターデーモンたちに悟られていました。

 

森の中、デーモンたちに追われるルチア。

ルチアを救おうと後を追うラピス。

そしてグレーターデーモンの前には、白の帝国と縁があるという魔神団長メフィストが唐突に現れ、立ちふさがります。

 

メフィストの活躍もあり、無事ルチアを救い出すラピス。

いつしかラピスには、ルチアに対する特別な想いが生まれているのでした。

 

……ってこのくだりなんぞ???

 

全く不必要なエピソードの気がするんですが、気のせいですかねぇ???

 

ちなみにこの間に白の帝国はレオナ自らが率いて第二陣がやってきましたが、デーモン達の熾烈な攻撃と強烈の瘴気を前に退却するシーンがほんの少し描かれています。

 

本来楽しみにしてたのって、そっちの話だったはずなんですけどねえ……。一体どうしてラピスとルチアの話に乗っ取られてしまったんでしょうか。

 

第三陣・白の皇帝出撃

そしてついに白の皇帝が第三陣として魔界へと出撃。

全317ページのところ、231ページにしてついに。

 

ついに!!!

 

いや、遅ぇよ!!!

 

もう残り4分の1しか残ってないじゃん。

 

しかも……しかもですよ。

”使え”と要求された気がした。

握りしめ、薙ぎ払う。

宝剣から光が広がった。

喪やのような瘴気が払われる。

兵たちをむしばんでいた魔界の瘴気が、はっきり薄れるのがわかった。

おお! と兵たちから歓声があがる。

エリアスが目を丸くした。

「陛下、身体が軽くなりました! 呼吸も楽になっています!」

第一陣のルチアや第二陣のレオナたちを苦しめてきた魔界の瘴気は、白の皇帝の持つアダマスの神器によっていとも簡単に効果を打ち消されてしまうのです。

 

いやまぁ、これもゲームのプレイヤーなら理解できるギミックなんですけどね。

 

とはいえあまりにも酷い目に遭ったルチアが不憫すぎるじゃありませんか。部隊は壊滅、自身も死を覚悟するような場面に何度も追い詰められたというのに。

 

しかも、本筋とはほぼ関係のない不要な謎展開の中で。

 

もうルチアが可哀想で可哀想で仕方がないのですが、いざ最終決戦へと突入です。

 

 

最終決戦

まぁ後はお決まりの展開ですね。

再びダンタリオンは白の皇帝と対峙します。

そこへやってきたのが妹リィーリ。

リィーリが魔神化し、さらに相手方へと加担している事に白の皇帝たちは衝撃を隠せません。

 

しかもダンタリオンをどれだけ傷つけようとも、リィーリが回復させてしまう。

ただでさえ強靭な魔神だというのに、都度回復されたのでは勝ち目がありません。

かといってリィーリは皇帝の妹だけに、リィーリから先に始末するというわけにもいきません。

 

狙撃兵ラルフたちがリィーリを取り押さえようとしますが、見た目に反した強大な力に返り討ちにあってしまいます。

自分の部下たちが殺されたのを見てリィーリに向かい攻撃しようとする白の皇帝でしたが、どうしてもリィーリを斬る事はできません。

その隙を突かれ、魔神の一撃を食らってしまいます。

しかし、皇帝が瀕死の重傷を負った事でリィーリが自我を取り戻しました。

 

リィーリによる治癒の力を受けられなくなったダンタリオンに対し、白の皇帝はアダマスの神器の真の力を開放します。

追い詰められたダンタリオンは自ら自分の首を千切り、再び首だけの姿で逃亡しようと企てますが……そこへすかさずリィーリが回復魔法。ダンタリオンの残した身体に新たな首が生え、ダンタリオンは元の身体へと戻ってしまうのでした。

すかさず皇帝はダンタリオンの首ごと一刀両断。

今度こそ魔神ダンタリオンの息の根を止める事に成功します。

 

なお、ダンタリオンが逃亡と援軍用に開けた光からは王子軍の軍師マツリが登場。

援軍のデーモンたちは既に王子軍の手によってほぼ全滅させられたところでした。

 

リィーリは王国へ

リィーリを白の帝国へ連れ帰ろうとする皇帝ですが、リィーリは応じません。

魔神の姿となり、自らの手で兵を殺してしまった以上、もう帝国へは戻れないというのがリィーリの主張です。

 

そんな彼女に、マツリは「王国へ来たら?」と声をかけます。

王子の下には多種多様な種族がいるので、魔神であっても問題ない。

 

リィーリはマツリの提案を受け入れ、王国へと身を寄せる事となります。

 

エピローグ

執務室にいるレオナのところへ、治癒士エリアスがやってきます。

百合エロっぽい風味を醸しつつ二人でリィーリやルチアについて話す二人。

 

そこでまた、唐突に原作ゲームを想起させる会話が。

 

「むしろ、心配は、あの王子だが……」

「むしろ?」

「いや……リィーリ殿下は、白の帝国の皇女だ。さすがの王子も自重するだろう」

「なになに?」

「何も心配は要らない、ということだ」

 

R18版アイギスでは仲間になった女性キャラクターの好感度を上げるとエッチなイベントが楽しめるという設定がありますので、おそらくそれをさして「王子がリィーリにいけないことをするんじゃないか」と懸念しているのでしょう。

 

原作ゲームでは王子は次から次へと部下に手を出す鬼畜王子ですから。

 

ただまぁ……ここまで小説内では「損得勘定抜きに平和のために戦う英雄王」としての側面ばかりが描かれるばかりで、王子のそういった一面は一切ありませんでしたので、今さら感が……。

 

あくまでゲームはゲーム、小説は小説なんですから、王子は小説内の清廉なキャラクターを貫いて良かったと思うんですが。

 

そしてそこへシャルムとハルカ、フォルテという前三巻のキャラクター達が乱入してきて、ドタバタ、わちゃわちゃとラノベらしく騒いで物語は終わりとなります。

 

コレジャナイ感

というわけで『千年戦争アイギス 白の帝国編Ⅳ』、シリーズ四巻を読み終えました。

それにしてもこの四巻目に関してはつくづくコレジャナイ感でいっぱいでした。

 

魔神になったリィーリの話はもちろん、前巻で切ないままとなってしまったソラーレのその後や、再序盤に重要人物っぽく登場して以後はいつのまにか王子軍へ離反し、尻切れトンボのようにいなくなってしまったイザベル等など、もうちょっと掘り下げるべきエピソードは沢山あったはずだったんですが。

 

せめて白の帝国のキーマンであるレオナとレオラの姉妹の過去に踏み込んでみる、とかねぇ。

 

まさか唐突にルチアを苦境に陥れた挙句、これまで無関係かつ白の帝国とはなんの関わりもないラピスとの話が大半を占めるとは。

二巻、三巻と上り調子で盛り上がっていただけに、正直、いただけませんね。

 

ルチアは白の帝国軍とは離れたまま、その消息についても不明のままになってしまいましたし。

おそらくラピスとともにいるのでしょうけど。

 

そういった読者にとって気がかりな面には触れないまま終わってしまった点が沢山あるのはただただ残念です。

 

まぁあとは付録のリィーリちゃんを手に入れて、ゲーム内で白の皇帝と一緒に戦わせてあげましょうか。

なおこちらがゲーム内でのリィーリ。

 

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覚醒させてあげるとこんな感じに変わります。

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さらにR要素を省いたandroidiphone版がこちら

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……個人的意見ですが、やっぱり服は着ていた方が良い気がしますねー。

エロか否かは別として、無駄に裸っぽいのはなんだかなぁ、と。

 

推しはディアナさんです

ここからは完全に蛇足です。

『千年戦争アイギス』というゲームは結構前からプレイしていたのですが、小説版を読もうと思ったのはこちらのキャラクターを遂に手に入れたから。

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白の帝国騎士団長ディアナさん。

このキャラクターが僕の推しでして。

イラストも良ければ性能も良い。とりあえず攻略には必ず連れて行く一番のキャラクターとなっています。

 

このディアナ、力こそ全ての白の帝国において現在の白の皇帝のやり方に不満があり、実際に白の皇帝に一騎打ちを挑んだという経歴の持ち主。

実力的には白の皇帝に次ぐナンバー2と言っても過言ではないのでしょうか。……あ、レアリティブラックのガチャ限定キャラクターなので、ゲーム内の性能としては白の皇帝よりも断然上ですけどね。

そんなエピソードに惹かれて、「そういえば白の帝国の小説あったな! 読んでみよう!」となったわけです。

 

ところがどっこい、ディアナは比較的新しめのキャラクターなので小説にはほとんど登場しないんですよね。

一部名前が出るだけで挿絵もなし。

うーん、残念。

唯一四巻の最後、イラストレーターの七原冬雪さんのあとがきにディアナが描かれていたのが救いでした。

 

『千年戦争アイギス』、エロ要素のないスマホ版も非常に面白いゲームですので、興味のある方はやってみて下さいね。

ゲームシステムに慣れるまで、とある程度ユニットが揃い、育成が進むまではひたすら忍耐力勝負になってしまいますのでいまいち勧めがたいゲームではあるのですが。

数か月かけてじっくり進めていけば、加速度的に攻略スピードは上がっていくはずですよ。

 

以上長くなりましたが 『千年戦争アイギス 白の帝国編』でした。

 

 

 
 
 
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