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年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『プシュケの涙』柴村仁

 

「俺は、トラウマって言葉を免罪符にしようという考え方、好きになれない」

 

本作『プシュケの涙』の後半第二部の主人公であり、『ハイドラの告白』『セイジャの式日と続く一連のシリーズの主要人物、由良彼方の言葉です。

僕的には、この言葉をそっくりそのまま作者に投げ返してやりたい気持ちでいっぱいです。

酷く憤り感じています。

まさか“ライトノベル”を免罪符に何をしても許されるなんて思っちゃいないだろうね?

 

ミステリ?

本作は前半・後半の二部形式で構成されます。

前半部は榎戸川という高校生の目線。授業中、「○○が○○した」という漫画のような伏字でとある事件が起きます。窓の外には、上の4階から落下して死んだであろう女生徒吉野の死体。

どうやら吉野は飛び降り自殺をしたらしいとされるのですが、クラスメイトで変人と目される由良彼方だけが、目撃者とされる榎戸川に「なぜ吉野彼方が自殺したのか」謎を解こうと誘います。

変人と言われるだけあって、確かに由良彼方の言動は不自然です。奇妙な程熱心に榎戸川やもう一人の目撃者である旭を追い回す様子は奇人と呼ばれても仕方が無い程。

追い回されているはずの榎戸川の戸惑いも納得のいくものでしたが、どうしたことか前半部が進むにつれ、彼の思考も徐々に不気味な暗さを宿して行きます。

 

 真相は……?

意外と呆気ないものです。

吉野彼方は自殺したのではなく、旭の彼女であり榎戸川の幼馴染である織絵によって殺されたのでした。

しかも、榎戸川と旭が「落ちてくるのを目撃した(←○○が○○)」とされる時間より先に、です。

織絵のアリバイを作り出すために、彼らは「補修中に吉野彼方が落ちてきたのを見た」と偽装したのでした。

全てを悟られたと知った榎戸川は由良をすら殺害しようと試みますが……これは未遂にも至らないまま、彼の心の闇を描くだけにとどまっています。

 

そして迎えた問題の後半部!

これはここ数年の僕の読書経験の中でも、未だかつて無い衝撃でした。

後半は、吉野彼方の視点で彼女が死ぬ1年前の出来事が語られます。人間関係に不器用で父親との関係性にも悩みを抱えた彼女は、唯一の拠り所とも言える絵を通じて由良と出会います。

ここでは前半部の奇人ぶりは微塵も見られません。ただただ快活な少年として由良が描かれています。

ひたすら丹念に、丁寧に、吉野彼方と由良彼方。二人の少年少女が少しずつ心の距離を縮める様子が紡がれていきます。

 

僕は、かつてない期待感を胸にページをめくり続けました。

 

この時点で、僕は「きっともう一段どんでん返しが控えているに違いない」と作者の策略を警戒する気持ちでいっぱいでしたから。

 

前半部ですっきり回収し切れていない複線も多々ありましたし、わざわざ後半部を分けている以上、前半をすっかりひっくり返すぐらいの仕掛けがあるはずだと思い込んでいました。

彼方と彼方。二人の男女の名前が同じなのも偶然なはずはない。きっと何かのトリックの伏線だ。

 

しかし期待とは裏腹に、残るページは目に見えて減って行ってしまいます。

 

これはもしかしたら歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』乾くるみ『イニシエーションラブ』、古くは綾辻行人十角館の殺人のようにたった一行やほんの数行でこれまでの認識をガラリを塗り替えてくれるとんでもないトリックが隠されているに違いない、と。

 

そうして

 

最後の一ページ、一行まで期待と願いを込めて追いかけた結果……

 

読み終えてしまいました。

 

心からの叫び

 

推理小説じゃないならそれらしい伏線張りまくるのやめてよ!!!」

 

これは僕が当時インスタグラムに書き込んだ心からの叫びです。

さんざん膨らませまくった期待は見事に裏切られ、消化不良のまま物語はハッピーエンドとも言えないエンディングを迎えてしまいました。

 

後半部はただただ吉野と由良の関係を書いただけだったんです。

 

もうホント、今思い出しても腸が煮えくり返る思いです。

いや、確かに後半の青春小説ぶりは悪くないんですよ。そう遠くない未来に死を約束された少女とその死に隠された秘密を暴こうとする少年という立ち位置に変わってしまうと知った上で読めば、なんとも言えないやるせない気持ちになるのかもしれません。

 

でもだったら、推理小説のような伏線を張りまくるのはやめて欲しかった。

 

トリックを期待したのはどんでん返しのカタルシスだけではなく、全く救いの無かった前半部の救いを求める意味も大きかったですから。

 

「実は吉野は生きていました。榎戸川たちを懲らしめる為の由良の企みでした」

 

ベタかもしれないけど、そんなどんでん返しが訪れてくれたらどんなに良かった事か。

本の半分を使った後半部は、当然のごとくその為に使われるものだと信じていたのに。

 

そんなわけで『プシュケの涙』は僕の中では2017年のワースト1位に輝く残念な作品です。

 

続編に手が伸びないのは言うまでもありません。

 

“プシュケ”の意味

こちらも気になっている方が多いようですが、どうやらギリシャ語で生きること(いのち、生命)や心や魂などを意味する言葉のようです。

 

プシュケの涙=命の涙

 

そう言われるとなんとなく腹落ちできたような気もします。