「当たり前のようにいってもらった言葉が、ジグソーパズルの一片が空から降りて来て、心にふわりと嵌まるように、胸におさまる」
相変わらず柔らかで色彩に溢れた表現です。
僕の中では表現の上手さという点で北村薫・朝井リョウに注目せざるを得ません。
本作は「時と人三部作」の二作目『ターン』。
前回僕は一作目となる『スキップ』で非常にやるせない思いにさせられてしまいました。
次こそは希望や救いのある爽やかな話であって欲しい、と願いつつの読書です。
慣れない二人称小説
読み始めてすぐに、混乱を来たします。
小説と言えば主人公が「私」「ぼく」「俺」と主人公の視点で物語が進む一人称、または神の視点で俯瞰するようにそれぞれの登場人物を描く三人称が一般的です。
この『ターン』の地の文はというと、“私”でも主人公の“真希”でもなく、“君”と真希に呼びかける何者かの視点で描かれているのです。
「さあ、作戦会議だ。皆な集まって!」
君、一人だろう。
「—そうだけど」
紅茶をいれて、テーブルに着く。
「まず、水、電気は今のところ、普通に使えます」
「それは大きい」
「そこで、目下、最大の問題点は、生ゴミかと思います」
上記の引用の赤字の部分が“君”と呼びかける人物の視点です。
お気づきかと思いますが、小説中には姿も形もないはずのその人物と、真希は普通に会話を交わしているのです。
……誰?
冒頭から何の前触れもなく読者に投げかけられる大きな謎です。
もしかしたらペットか何か?
それとも真希が霊能力者だとか?
読者の疑問をよそに、物語はどんどん進んでしまいます。
視点の人物が誰なのか気になる上、慣れない二人称の文章の為になかなか頭に入ってきません。
正直なところ、中盤を越えるぐらいまでは非常に苦痛で仕方がありませんでした。
“ターン” = “くるりん”
物語の主人公真希は29歳の版画家。ある日交通事故に巻き込まれるのをきっかけに、前日の午後に戻ってしまいます。そこには自分以外誰もいない、たった一人だけの不思議な世界。
そして事故に遭った3時15分になると再び前日に戻ってしまう、という不思議なループの中に閉じ込められてしまうのです。
真希はその現象に“くるりん”という名前をつけます。
作者はおっさんの癖になかなか微笑ましい表現です。この辺りが北村薫らしさ、とも言えます。
しかしながら“くるりん”の日々は楽しいものではありません。
孤独に耐えながら同じ生活を繰り返すという無意味な時のループが永遠に続く毎日。
版画家としてエッチングの作業をしたとしても、“くるりん”でまた元に戻ってしまいます。
何をしたとしても、結局無かったことになってしまうのです。
これは想像しただけで辛過ぎます……。
鳴らないはずの電話が、鳴る
150日が経過したある日、突如電話が鳴ります。
真希以外誰もいないはずの世界で、誰かからの電話がかかってくるのです。
電話の相手は真希に作品を使わせて欲しいというラストレーターの泉洋平。真希は絶対に電話を切らないでと懇願します。日付が変わり、“くるりん”を迎えても電話は繋がったままでした。
ここから、物語はようやく動きを見せます。
洋平によって、“くるりん”に閉じ込められた真希とは別に、現実世界の真希の様子が明らかにされていくからです。
二人称で読みにくかった文章も、ストーリーが動き出す事によってようやく解消されました。
“くるりん”の世界を走る自動車
一方“くるりん”の中でも異変が起こります。
真希以外いないはずの世界を、自動車が走り抜けていくのです。
現れたのは柿崎という男。
こういう場合敵か味方かが焦点になるのですが、柿崎に関しては最悪の相手だったようです。
柿崎の魔の手から逃れようと必死で試行錯誤する真希でしたが、自宅まで突き止められてしまい、最終的には追い詰められてしまいます。
まさに万事休す。そして――
そこに救いはあったのか?
全部明かして気持ちを共有したいところではありますが、ラストに関しては伏せたままにしておきます。
前作『スキップ』では読了後二三日は引き摺ってしまうぐらいダメージが残りました。
さて、本作『ターン』はどうだったのか。
そして最大の謎である真希に“君”と呼びかける二人称視点の主は正体は。
これについてもやはり、最後まで読んだ上で確かめていただきたいと思います。
ただ、どうしてでしょう。『スキップ』のやるせなさが効いてしまっているのか、前作に比べるとどうにも小粒な印象が残ります。
タイムパラドックスものの中でもタイムリープという面白いテーマを扱っているだけに、もっともっと心に残ってもいいはずなのですが。
その他タイムリープ作品
最後にせっかくなので僕のしっているタイムリープ作品をご紹介したいと思います。
■西澤保彦の『七回死んだ男』
自分では制御出来ないタイムリープ「反復落し穴」能力を持つ主人公が探偵役という、SF要素が入っているコメディタッチのミステリー小説。
■乾くるみ『リピート』
現在の記憶を持ったまま過去の自分に戻れる「リピート」の説明会へ誘われます。年齢も性別もバラバラの9人が集まり、説明係を合わせた10人で、実際に過去の世界へ戻るんですけど…リピート仲間たちが次々に不審な死を遂げていく。
■谷川 流『涼宮ハルヒの暴走』
僕は読んでいませんが「涼宮ハルヒシリーズ」の第5弾となる短編集の中の一作「エンドレスエイト」がループものになっているそうです。8月が延々と終わらないとかなんとか。
もちろん「時と人三部作」の三作目である『リセット』も忘れずに。
タイムループというよりは『君の名は。』を彷彿とさせる前々前世な物語ですが。