友引の夜に現れる死体を引いた狐には注意しないと
『たぶらかし』は第23回小説すばる新人賞受賞作。
主人公は元・舞台女優のマキ。
役者としての夢を経たれた彼女は、ORコーポレーションという会社に入社する。
ORコーポレーションは舞台ではなく、日常の中で様々な人物に成り代わる事を生業とした役者組織。
つまり代役業。
マキはORコーポレーションの一員として、様々な人物の役を演じます。
婚約者、母親、弔問客、教祖に花嫁……果ては死体まで
見出しの通り、マキは様々な代役を務めます。
田舎から出てくる母親相手に婚約者を務めたり、小学校のお受験用に園児の母親を務めたり。
通夜の弔問役なんてベタなものから、新興宗教の教祖なんていう物騒なものも。
中でも一番の見所は練炭自殺した死体役でしょうか。
生きたまま棺桶に入り、死体として弔問を受ける描写は圧巻のものです。
また、上記の役柄の中には単発では成り立たないものも多く存在します。
受験の時と入学時で母親が変わっていたらおかしいですもんね。嘘がバレたら、最悪入学を取り消されてしまう可能性だってはらんでしまいます。そういう場合にはある程度継続してその役柄を演じなければならないという事も出てきます。なかなか綱渡りで、大変な仕事です。
そういった意味で、プロの役者としてマキの力量が問われてくるわけです。
実際にはないけどあり得そうな職業の持つ魅力
一時期結婚式や葬式への出席を代行するサービスなんていうのは話題になりましたよね。
美味しい料理を食べてお給料まで貰えるとニュースになったりしていました。
今でもインターネットで検索すれば同様のサービスが見つかります。
どうやら冠婚葬祭ばかりでなく、各種セミナー等への代理参加やレンタル家族、レンタル友達も実在するようです。
ただし本書に出てくるように何年も、何十年もその役を演じ続けたりするプロ組織というのはおそらく実在しないでしょう。
ただ「あってもおかしくない」と思わせるのがミソですよね。
少し前に読んだ垣根涼介『君たちに明日はない』も「リストラ請負会社」という実際にあるんじゃないか、と思わせるような職業を生み出した上で、様々なストーリーへと発展させています。
設定だけで読者を虜にするような、そんな力を持っている作品です。
惜しまれるのは結末に至る尻すぼみ感
マキは様々な役柄を演じる中で数々の問題に巻き込まれ、時には逆に化かされたりといった失敗も重ねながら、役者として成長して行きます。
小説すばる新人賞に応募した際の作品名は『百狐狸斉放』だけに、化かし合いも一つのテーマだったのかもしれません。
そんな中、マキの役者時代を知るモンゾウが現れ、やがて二人は交流を深め……という感じなんですが。
設定の面白さの分、もうちょっとラストに一捻り欲しかったところです。
悪くない小説なのに、いまいち盛り上がらない理由はおそらくそこにあるのでしょう。
似たような作品の紹介
ここまで「代行業」という設定の面白さについて駆け抜けてきましたが、実は同じような設定の作品がいくつかあります。
似たような設定の作品が気になる方は、下記を参考になさって下さい。
■荻原浩『母恋旅烏』
元大衆演劇役者が家族全員を巻き込んでレンタル家族派遣業を始める話。
「本の雑誌」が選ぶ2002年上半期ベスト10の3位。
■P.A.(プライベートアクトレス)
著名な俳優を両親に持つ16歳の高校生が、
親譲りの天才的な演技力を活かして依頼された人間を演じる全8巻の漫画。
過去に榎本加奈子主演でドラマ化もされました。