『99%の誘拐』岡嶋二人
数々の名作を排出しながら、今ではもう解散してしまった岡嶋二人さん。
徳山諄一さんと井上夢人さんという二人一組の作家であったというのは周知の事実です。
かの有名なエラリイ・クイーンと同じですね。
基本的には徳山さんがプロットを書き、井上さんが執筆するというスタイルだったと聞いています。
そんな岡嶋二人という作家に対し、「誘拐の岡嶋」という呼び名があった事はご存知でしょうか?
当時人気を博した島田荘司の作品に死体をバラバラに解体するものが多かった事から、「バラバラの島田」という呼び名に対してつけられたものですが。
彼らの作品の中でも特に誘拐を扱ったものに名作が多かった事からつけられた呼び名です。
本作『99%の誘拐』は第十回吉川英治文学新人賞受賞作品であり、「誘拐の岡嶋」を代表する作品の一つでもあります。
倒叙推理
新本格推理の旗手としても名高い岡嶋二人さんだけに、探偵や密室といったものを求められる方も多いかとは思いますが、本書は俗に言う「倒叙推理」です。
あらかじめ犯人が分かった上で、楽しむストーリーというやつですね。
サスペンスもの、と言い換えた方が伝わりやすいかもしれません。
岡嶋二人という作家はとにかく作風が幅広いので、気をつけないと全く意趣違いの作品を手に取る事になりかねません。
直、ブログ最下部に作者の他のおすすめ作品も載せていますが、いずれも『本格推理小説』というやつとは異なるのはご愛嬌という事で。
繰り返される誘拐事件
主人公である生駒慎吾は幼稚園の頃に誘拐されてしまいます。
昭和四十三年九月九日。
父親の生駒洋一郎は当時米国のコープランドという半導体製造会社と提携した日本支店として半導体製造会社イコマ電子を経営していました。
ところがコープランドが欠陥チップに市場に流通させてしまい、イコマ電子も窮地へ。
日本からの撤退を決めるコープランドに対し、社長であった洋一郎は威信をかけて五千万円を用意します。
慎吾が誘拐されたのはまさにその時。
要求された五千万円は海の藻屑と消え、洋一郎は再建を断念し、大手カメラメーカーリカードに吸収合併される道を選びました。
失意の内に洋一郎がこの世を去り、残された手記から慎吾は上記のような経緯を知ります。
慎吾は現在リカードのスタッフの一員。
事件の真相に気づいた慎吾は復讐を決意します。
その復讐劇こそが本書のテーマなのですが、特筆すべきは慎吾がたった一人で復讐を試みるところです。
非常に入り組み、巧妙に仕掛けられた事件の数々。その裏にあるのはパソコンです。
当時のパソコンを取り巻く環境
本書が出版されたのは1988年。
当時はまだインターネットも携帯電話もなく、黎明期と言える時代の中です。
その年の11月にマイクロソフトからMS-DOS Ver4.01が発売になったそうで、Windowsすら登場していません。
スティーブ・ジョブスが追われるようにアップル社を退社した頃。
ファミコンが登場したのが1983年。PCエンジンの登場が1987年。スーパーファミコンが1990年。
まぁとにかく今のスマートフォンと比べてもゴミみたいな性能しかなかった時代です。
そんな時代の中、慎吾はパソコンを使って完全犯罪を試みたのでした。
いや、言い換えましょう。
岡嶋二人はパソコンを使った完全犯罪の小説を書いたのです。
それがどんなに衝撃的だった事か。
今となってみれば、古いテクノロジーの中で四苦八苦する慎吾をどこか傍観者的な気持ちで眺めてしまいます。
今だったらこんな風にできるのにな、もっと簡単になるのにな、なんて思えてしまいます。
ですが当時はパソコンなんてほとんどの民間人は触れた事もないような時代ですから。
とてつもない作品を書いた事は間違いありません。
書き下ろしの段階で本書を手にした人はあまりの先駆的な試みに震えが止まらなかったか、もしくはさっぱり理解ができずにちんぷんかんぷんのまま「ああ、そういうもんなのね」なんて読み終えてしまったか、どちらかでしょう。
岡嶋二人のその他のおすすめ
僕が読んだ中で岡嶋二人さんのその他のおすすめをご紹介します。
興味があればこちらもどうぞ。
岡嶋二人名義最後の作品であり、最高傑作。
バーチャル・リアリティーを駆使した先進的な作品です。
推理小説とは言えないかもしれませんが、非常に読み応えのある作品です。
■そして扉は閉ざされた
ある日突然、男女四人が地下シェルターに閉ざされる。
起きるのは誰が生き残るかのデスゲームではなく、
どうしてこうなったかを探る極限状態での推理。