おすすめ読書・書評・感想・ブックレビューブログ

年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『去年の冬、きみと別れ』中村文則

 

あなたが殺したのは間違いない。……そうですね?」 

 

まもなく劇場公開を控えている中村文則『去年の冬、きみと別れ』を読みました。

wwws.warnerbros.co.jp

主演のEXILEの岩田剛典をはじめ、山本美月斎藤工浅見れいな土村芳北村一輝らが出演することでも話題になっています。

僕にとっては初の中村文則作品。

かなり短い事もあって、一日であっという間に読み終えてしまいました。

 

【追記】その後処女作である『銃』も読んでみました。

linus.hatenablog.jp

新潮新人賞の受賞作とあって少し文章に重きを置いた作品ですが、本書と空気感や登場人物の造形は似通ったものを感じます。是非ご一読を。

 

 

あらすじ

冒頭の言葉のように、“僕”が殺人犯の下を訪ねるところから始まります。

“僕”の目的は犯人についての本を書くこと。

しかし明らかに異様な犯人の言動に、翻弄されるばかりで終わってしまいます。

 

物語はこのようにして、“僕”が事件に関わる人々に相対する形で進められていきます。

ところがどの相手も言動に一癖も二癖もある奇妙な人間ばかり。

 

まるで湊かなえ『白ゆき姫殺人事件』を彷彿とさせるようです。

そういえば僕、ああいうのあんまり得意じゃなかったんだよなぁ……

linus.hatenablog.jp

入り乱れる“僕”と“きみ”……避けられぬ混乱

“僕”が書こうとしている相手は木原坂雄大

二人の女性を殺害した罪で起訴され、一審で死刑判決を受けたという猟奇殺人の犯人。

 

すると「1」「2」と続いてきた章題が突然「資料2」という表記に変わります。

 

“きみ”に対して呼びかけるような文章……どうやらこれは、犯人である木原坂雄大が書いた手紙のようです。

“きみ”とは当然、最初に出てきた名も無き主人公の事でしょう。

普通はそう受け取ります。

 

……思い返せば、ここでメモを用意すれば良かった。

 

僕は登場人物が多い作品や推理小説の場合、必ずメモを用意します。

人物名やキーワードを書き取って、後々読み返したりする手間を省くためです。

でもこの時、僕はそれを怠りました。

よく内容もわからないまま読み始め、加えて「中村文則芥川賞をとった文学小説」のイメージがありますから、まさかこれが推理小説だなんて思いもしませんでしたから。

 

続く「3」では“僕”が木原坂雄大の姉である朱里に会いに行きます。

その後の「資料3」は雄大から朱里に向けた手紙。

 

「4で」“僕”は雄大の友人であるという加谷に会い、

「資料4」では再び雄大から“きみ”へと向けられた手紙が載せられます。

 

きみがなぜK2のメンバーになったのかを、次の手紙では絶対に知らせて欲しい。

 

……K2ってなんぞや???

 

もうこの辺りで確信を抱きました。

みんな言っていることがちぐはぐです。

登場する誰もが気の触れたような言動ばかりを繰り返しています。

まるでドグラマグラを読んでいる時のような混乱に陥ります。

間違いなく作者の意図に陥っています。

 

核心に触れるのは「9」が終わり、「資料5」に入ってからです。

ここでは再び、木原坂雄大から“きみ”に対しての手紙が書かれています。

 

しかしこの中で、雄大「本を書こうとしている人間がもう一人いる」と語ります。そのもう一人の人間が「会いに来た」とも

 

だから、一度根本的な質問をしなければならないね。いったい……、きみは誰だ?

 

 

ここで、ようやく混乱の種明かしがされます。

“僕”=“きみ”=主人公だと思い込んで来ましたが、“僕”≠“きみ”である事が明らかになったのです。

そうすると一つの謎が浮かび上がります。

それこそが、

 

“きみ”は誰だ?

 

という謎です。

そのままストレートに雄大に言わせるなんて、作者のあざ笑う声が聞こえて来そうです。

 

ここまで来ればもう後戻りはできません。

再度メモを取り直しながら読み返すという手段もあったのですが、このまま作者の思惑通り、最後まで読み通す事にしました。

 

「(11)」となぜか括弧書きの章を挟み、以降の資料で全てが明らかにされていきます。

 

あーなるほど。……ふむふむ……あれ? ちょっと待てよ。だとすると前に出てきた○○と○○は……あれ?

 

……

 

……

 

……

 

……

 

……

 

読了。

 

あーさっぱりよくわからん。

 

……結果、ブログを書くためにも再度読み返す必要があるのでした。

 

でもさ、一回読んだだけじゃよくわからないままって作品としては結構問題じゃない?

 

僕的にはイニシエーション・ラブ『葉桜の季節に君を想うということ』という二つの作品の手法に似てるかな、と思えるんですが、この二つを比べても、後者の方がわかりやすさという点では圧倒的に勝っているもの。

 

イニシエーション・ラブ』は読み返して、さらに解説しているブログでも読まない限りは全貌は掴めない。

 

本作もそれに近い作品と言えそうです。

 

正直読後感を重視する僕にとっては、いちいち読み返したり確認したりしないと良さがわからない本作は、やっぱり苦手なタイプの作品でした。

 

以降、ネタバレ

悔しいので読み返しながら分析しなおしました。

主題は“僕”は誰か。“きみ”は誰か。

二人称で曖昧にされている人物を明らかにする事で、物語の全貌を掴みなおします。

以下はざっくりとしていますが、実際のメモ書きを書き出したものです。

 

1 僕(主人公)と木原坂雄大のやり取り


2 僕(主人公)

資料2 木原坂雄大ときみ(編集者小林)


3 僕(主人公)と木原坂朱里(小林百合子)

 ※雪絵から電話が来ることから、編集社小林ではなく主人公であるとわかる。

  (編集者小林と雪絵は関わりがない)

 ※朱里は「過去の写真は捨てた」と供述(←朱里ではなく百合子であるため)

 

資料3 弟(木原坂雄大)から姉(木原坂朱里)へ向けての手紙
 ※朱里が一人目の被害者(吉本亜希子)の遺族に辛辣な言葉を吐いたらしい

  (亜希子を誘拐し、殺したのは朱里だから)

 

4 僕(主人公)と加谷
 ※雪絵からメールで主人公であるとわかる。

 

資料4 木原坂雄大ときみ(編集者小林)のやりとり

 ※“きみ”がK2のメンバーであると明かされる。

  (主人公はK2とは関係がない)

 

5 木原坂朱里(小林百合子)の部屋に僕(主人公)
 ※子どもの頃の雄大と朱里(本物)の写真を見せられる。
 ※朱里(小林百合子)が「私を助けて」

  (編集者小林と弁護士から、という意味)

 

6 僕(主人公)と木原坂雄大が面会
 ※雄大は二人の死を「自殺」だと言う
 ※姉が追い詰めた
 ※朱里にトラブルがないか確認するが、雄大は何も知らない。

  (朱里に成りすました百合子が主人公に対し助けを求めていたから。

  しかし雄大は成りすましの事実を知らない)

 

7 僕(主人公)と斎藤(K2のメンバー) 
 ※雪絵からメールで主人公であるとわかる。

 

8 僕(主人公)と斎藤(K2のメンバー)

 

9 木原坂朱里(小林百合子)の部屋に再び僕(主人公)
 ※朱里から「殺して欲しい人間がいる」ともちかけられる

  (この時点で事件の全容を百合子の口から聞かされる)

 

資料5 木原坂雄大ときみ(編集者小林)のやりとり
 ※きみ(編集者小林)がK2のメンバーだったらしいと雄大の台詞からわかる。
 ※さらに、雄大の本を書こうとしている人間がもう一人いると語られる(主人公のこと)

 ※一人称で表される「僕」や「きみ」が同一人物ではなく、二人の人間であると読者に提示される。

 

10 僕(主人公)と人形師

 ※人形師は吉本亜希子が燃えている写真を持っている。

  しかし写真は失敗であったという。

  だから二人目の小林百合子の殺人に及んだと証言

 (人形師は写真を持っているだけで事件とは無関係)

 

(11) 僕(主人公)と編集者(小林)
 ※ここだけ数字に()がつく!!!

資料6 第三者により男と女の性行為を盗撮したシーンが語られる

 ※編集者小林と弁護士が入れ替わり、朱里を凌辱するシーンを収めたもの

 

資料7 10歳の雄大の作文

資料8 僕(雄大)がらきみ(主人公)への手紙
 ※二つの事件は僕のせいじゃない、と無罪を主張する雄大

 ※吉本亜希子は盲目であった、
 ※火事は偶発的で写真なんて撮っていない

 ※二件目の小林百合子は相手から近づいてきた。
 ※監禁したなんて陰謀
 ※やはりこの時も写真は撮っていない

 ※死刑になりたくない、無罪だと訴える

雄大は実際に何もしていないので一切嘘をついていない)

 

資料9 小林百合子のツイッターと手記

 

資料10 小林百合子と男(小林)

 ※死んだのは小林百合子ではなく木原坂朱里だと明かされる。

 

資料11 僕(編集者)ときみ(吉本亜希子)

 ※僕と吉本亜希子の関係、及び木原坂朱里と出会う経緯。

 

資料11-2 僕(編集者)と弁護士

 ※僕と弁護士は手を組み、木原坂姉弟への復讐を計画

 

11 編集者と僕(主人公)

 ※木原坂朱里(小林百合子)から全てを打ち明けられ、
  編集者に迫る僕(主人公)

 

こんな風に二人称(僕、きみ)を明確にするとともに、ストーリーも浮かび上がってきます。

混乱を招いていたのは木原坂朱里のせいもあります。

二回目の殺害以降は小林百合子に入れ替わっていますから。

事件の前後や主観となる人物によって、表記は木原坂朱里であっても実際には小林百合子であったりもするのです。

 

よくもまぁ滅茶苦茶にしてくれたもんだ

 

でも全ての人物が明確となることで、ようやく散りばめられていた伏線も理解できるようになりますね。

 

タイトルはどこから?

資料11-2の中で、僕である編集者の台詞の中から抜き出したもののようです。

去年の冬、きみと別れ、僕は化け物になることに決めた

彼が木原坂朱里を抱いた後、吉本亜希子殺害の真相を聞かされ、復讐を決めた段階で彼は化け物になることを決めた。

それまでは吉本亜希子から別れを告げられても、死んだと聞かされても真の意味では彼女から離れられず、彼女を求めるがゆえに人形まで求めた彼は、復讐を志した段階で自分を捨ててしまった。

 

尚、どうして彼がそこまでえげつない復讐を試みたのか。

それもまた、吉本亜希子自身の口からヒントが与えられています。

二人で見ていたテレビにとある殺人事件のニュースが流れた際、吉本亜希子はこんな事を口走ります。

もしあなたが殺されたらどうしよう

もしあなたが殺されたら私は復讐を考える。……もちろんそれは正しいことじゃないし、私はどちらかといえば、死刑にも参加してない。だけど……、大切な人が殺されてしまったら、復讐を初めに考えてしまうのは仕方ないことなんじゃないかな。 

 対して彼はこう感想を残します。

あの時僕は何も言わなかったけれど、僕もね、きみと同じことを考えていたんだ。 

彼はその言葉通り、吉本亜希子を殺した相手に復讐を試みただけなのです。

読み返してみたからこそ気づき、じんわりと胸に響く悲しさです。

 

冒頭のイニシャルM・M、J・Iって誰?

物語の最後に男(編集者小林)の口からヒントが語られています。

彼女にもこの本を捧げる。彼女は目が見えない。だから映像の資料も全部文字になっているんだよ。さらに後で点字にもしないと。……だから、物語の最初のページには彼らの名前を書くことになる。外国の小説のように。……でも日本人には気恥ずかしいから、アルファベットにしよう。これは『小説』だから本文でも仮名を用いたけど、そこには彼らの本名を。……まずはあの死刑になるカメラマンへ、そして大切なきみに」

……全く同じ本を、片方には憎悪の表れとして、そして片方には愛情の現われとして……。M・Mへ、そしてJ・Iに捧ぐ。

おわかりでしょうか?

M・Mは木原坂雄大、J・Iは吉本亜希子の本名を表すイニシャルなのです。

これが本書の中にも献辞として収められているという事は……

 

本書そのものが、男(編集者小林)が書き上げた本である事を表しているのです!

 

ブックインブックと言いますが、最後まで推理小説のような仕立てでした。

 

おすすめの本

さて、すっかり長くなってしまいました。

アマゾンのレビュー等々でも評価が二分されている本書ですが、もし気に入ったという方がいらっしゃれば、途中似たような本として紹介した『イニシエーション・ラブ』『葉桜の季節にきみを想うということ』のリンクを貼っておきますね。

イニシエーション・ラブ』も実写映画化されていますから、よろしければそちらもご覧になって下さい。

 イニシエーション・ラブ

■ 葉桜の季節に君を想うということ

https://www.instagram.com/p/BgFkhQOldxG/

#去年の冬きみと別れ #中村文則 読了いやはやまさか推理小説だとはいつも用意するメモなしで読んでしまったので、完全に混乱したままで終わってしまいました。 もう一度読み返してようやく腹落ちす仕上がり。#イニシエーションラブ や #葉桜の季節に君を想うということ を彷彿とさせます。形式的には #白ゆき姫殺人事件 にも近いかな?これは確かに賛否分かれるのも納得です。明日、 #岩田剛典 主演で劇場公開。どう映像化するのか気になるなぁ。#本 #本好き #本が好き #活字中毒 #読書 #読書好き #本がある暮らし #本のある生活 #読了#どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい 尚、いつものようにブログも更新しています。よろしければプロフィールのリンクからご覧になって下さい。