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年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『本日は、お日柄もよく』原田マハ

世の中に、早ければ早いほどおいしいものが、三つあります。一、ボージョレ・ヌーヴォー(ふむふむ)。二、『吉原家』の牛丼(爆笑)。三、結婚(ほぉ~)

ごめんなさい。

最初にお詫びしておきます。

TwitterやらInstagram原田マハの名前を目にする機会が増え、一度読んでみようと思い手に取った本書『本日は、お日柄もよく』でしたが、結果から書いてしまうと僕には合いませんでした。

以降はかなり辛辣に自分の感じたところを書き連ねています。

なので彼女のファンの方はここで読むのをやめていただいた方が良いかと思います。

 

“スピーチライター”!?

本書は結婚式や政権演説などのスピーチの原案を考えるスピーチライターという職業を題材にした作品です。

20万部を売り上げるという大ヒットとなった本作。

インタビューの中で著者は「当時話題になっていたオバマ大統領候補のスピーチ」に影響を受けて本書を書き始めたと述べています。

www.oricon.co.jp

確かにオバマ大統領のYes we can!」「Change!」といった言葉は日本でも話題になりました。

彼の背後にも、若干27歳のジョン・ファブローをはじめとするスピーチライターがいた事は周知の事実となっています。

現在では実際に政治家や実業家にはスピーチライターはなくてはならない存在とも。

そんな背景はよく理解した上で本書を読み始めたところ、結婚式でおもむろに始まるスピーチライターのスピーチで、びっくりしてしまいました。

それが冒頭の引用。さらに下記の言葉へと続きます。

そして、年月を重ねれば重ねるほど、深いうまみを増してくるものが、三つあります。一、愛情(おお~)。二、人生(おお~)。そして三、結婚です

実はこの前段階に退屈のあまり主人公が目の前のスープ皿に顔面を突っ込んでしまうという可哀想な祝辞を披露する社長がいたのですが、僕にとっては社長とスピーチライターの彼女の話の違いがさっぱりわかりませんでした。

結婚式で「三つ」とか言い出す時点でものすごくつまらないスピーチなんですけど。。。

結婚式の祝辞の定番、「お袋」「給料袋」「堪忍袋」の三つの袋並の寒さです。

加えて台詞の間に入る(おお~)という表現の浅さ。

いやいや、ならないよ。普通にポカーンだよ。

加えてこの一流スピーチライターさん、初めて会った主人公に対して先に挨拶した社長の駄目だしを容赦なく行います。

これに対して切れ味が鋭いなんて思える方がどうかしていますよね。主賓は新郎新婦やご両家にとっても大切なゲストです。忙しい中わざわざ時間を割いて二人に向けたはなむけの言葉まで用意してくれているのです。それを全否定するわけですから。学生が校長の挨拶に影で悪口を言うのとは話が違います。性格が悪いどころで済む話ではなく、どこか欠落しているとしか思えません。

そもそも結婚式の挨拶なんて型どおりでつまらないもの、不慣れで可哀想なぐらいガチガチなものがほとんどですから。プロのスピーチライターであれば「不慣れな社長さんだったのね」で済ませられるはずです。

この時点でかなり嫌な予感はしていたのですが、結局最後まで不安は払拭されないまま、読み終える事になりました。

 

リアリティーの希薄さ

説得力を演出する場面で肝心の説得力を得られないまま、物語は進みます。

主人公が友人の結婚式でスピーチを頼まれ、前出のスピーチライターに師事を仰いだのをきっかけに、主人公はライターに弟子入りします。

ちなみに友人の結婚式でのスピーチは大成功。

その場にいた政財界の皆様や会社のお偉いさん方にも大好評の出来となりました。

これも正直僕には良さがわかりません

結婚式の友人スピーチではよくある涙涙のスピーチでしかありません。

しかしそれが目に留まり、主人公は会社の創業80周年を記念するブランディングプロジェクトチームに大抜擢されます。

友達の結婚式でスピーチしただけなんですけどね。

それがブランディングって。

こうして要所要所で勘所が掴めないまま、強引なご都合主義でストーリーが進められてしまうのです。

Amazon等での口コミでも「漫画」という指摘が多いですが、いまどきの漫画の方がしっかり作りこまれていると思います。

 

小説に政治の世界は難しい

更に主人公は縁あって政治の世界へと足を踏み入れます。

亡き政治家の後釜に幼馴染が二世議員として立候補する事になるのです。

当然のごとく、二世議員のスピーチライターを仰せつかる主人公。

ちなみに設定としては自民党民主党政権交代選挙

幼馴染は民主党の要職を務め、志半ばで他界した大物政治家の息子という立場です。

当該選挙区が今回の選挙の要になると、序盤から両党の党首が応援に駆けつける凄まじい状況。

そんな重要選挙区のスピーチライターを、何の実績もない主人公が務めるなんて。

現実感はどんどん希薄になってしまいます。

極めつけは街頭演説のシーン。

長いので引用は控えますが、ただ淡々と候補者の演説内容がテキスト本文として書かれています。

結果、主人公をはじめとする関係者は涙々に感動するわけですが。

なんというか……クドいんです。

まさしく“演説”なんです。

作者は政治家のスピーチとかあまり聞かないんでしょうか? 街頭演説で声を張り上げる姿とか、知らないんでしょうか?

本作ではスピーチで「何を言うか」に重きを置き過ぎているように思えます。

重要なのは「何を言うか」ではなく、「どう感じてもらえるか」ですよね。

「内容」よりも「印象」なんです。

正直内容なんて二の次です。実際の選挙で辻立ちともなれば、とにかく顔と名前を覚えて貰って、その上で少しでも好印象を持ってもらえれば御の字なんです。

「何を言うか」よりも「どう言うか」であり、立ち居振る舞いや空気感のようなものの方が間違いなく重要なんです。

場合によっては途中でスピーチを投げ出して、目の前の聴衆一人ひとりと握手を交わし、直接声を掛けるぐらいの演出の方が心に残る場合もあります。

オバマ大統領のスピーチについても上に出てきたような鍵となるフレーズを繰り返し用いるという点は間違っていませんが、より重要なのは喋り方であり、立ち居振る舞いでした。オバマ大統領は内容の他にも話す早さや間の取り方、身振り手振りから視線のあり方まで、まさに一挙手一投足まで研究を重ねていたと言います。

だからみんな覚えているのはYes we can!」「Change!」ばかり。オバマが何を言っていたかなんて、今さら話題にもなりません。それよりも、ひと言ひと言区切るように言葉を発し、その度に真摯な目で聴衆に視線を向ける、オバマ氏の語りかけるような演説姿勢のほうが記憶に残っていることでしょう。

「内容」よりも「印象」なんです。

誰にでもわかりやすいキャッチーなフレーズに加え、とても好感の持てる良い印象を残せたからこそ、オバマ氏は大統領に当選したんです。

そういった極め細やかな部分の描写が、本書には絶望的に欠けています。

昨今では選挙であってもなくても全国で遊説を繰り返す自民党小泉進次郎氏も、スピーチのコツとして「その地域ならではの話題を最初に持ってくる」事をあげていました。

ご当地グルメや史跡、自然等、その地域ならではの話題を持ち出すことによって、まず最初に聴衆の好感と共感を得るのだそうです。

○○が美味しかったね、○○が素晴らしかった、感動したけど皆さんはどうですか、と語りかけるのです。

その際には方言や訛りを真似して披露する事もあります。

突然慣れない政治の話題や選挙の話をしても聴衆は置き去りにされてしまいますから、最初にぐっと惹き付ける事で相手に聞く準備を整えて貰うんですね。

話の内容がどうでも良いとはいいませんが、言いたいことを聞いてもらえるようになるまでの間に、膨大なテクニックと労力が科せられているのです。

本書ではどうでしょう?

相手の候補がこう言った。だからこっちはこう言い返す。

某掲示板で「論破した」とはしゃぐ輩と同レベルにしか感じられません。

正しい事を言ったから支持を得られるなんて、単純な世界じゃないですよ。


クライマックスの決起大会においても、二世議員はひたすら「私は」を繰り返します。

自分の妻を襲った事件や亡き父の話ばかりです。

おそらく会場の大部分を占めるであろう亡き父の地盤を固めてきた地元の支援者たちに対しては、あっさりとした感謝が述べられるに留まります。

今回、この選挙戦出馬のお話をいただいたときも、最初は固辞するつもりでした。二世議員と言われるのは居心地が悪い。色眼鏡で見られるのもいい気分ではない、と思ったのです。けれど、何かを動かすためには、誰かが動かなければ始まらない。それが自分だとして、どうしていけないのか。そう気がついたのです。

いま、こうして、今川篤朗の息子として、また、民衆党の一候補として、皆さまがたの前に立っていることを、私は誇りに思います。私の妻の夫であることを誇りに思います。私を支えてくださる支持者のかたがたの友人であることを、ふるさと・神奈川県民であることを、この国の、日本の国民であることを、誇りに思います。そして、このつたないスピーチを聴くために、わざわざこの場所に足を運んでくださった皆さまがたおひとりおひとりを、心から誇りに思います。

どうでしょう?

僕は父の代から続く支援者だとすれば、かなり物足りなく感じると思います。

二世議員と言われるのが嫌だったから敬遠してたけど、自分がやるべきだと気づいた」そうです。

きっと彼の裏では必死に擁立の準備を進め、出馬を鼓舞すべく走り回った支援者が数多くいるはずなのですが、その人たちは完全に無視されているように感じませんか?

党首討論の場で民衆党の党首が繰り返し「私たち」と称し、国民の一人という立場を貫き通した姿を絶賛した下りはすっかり忘れ去られています。

野党とはいえ亡くなった幹事長の息子が立候補したのです。期待感や熱意は想像を絶するものがあるでしょう。

候補者はまず最初に、何を先置いても、彼らにお礼と感謝を述べるべきではありませんか?

「亡き父の衣鉢を背負って未熟ながら自分が立つ。父亡き後も応援してくれてありがとう。支えてくれてありがとう。皆さんの期待を一身に背負って頑張ります。よろしくお願いします」

常識的にはそこが一番だと思うんですけどねー。

ところが彼は「自分の妻が大変な目に遭った。実際に経験してみて自分にも初めて実感が湧いた。だから改革を志した」とか言い出す。

いやいや、完全に裸一文から始まった候補者じゃないんだからさ。

親父さんを支え続けてきた支援者の皆さん、ずっこけちゃいますよ。

 

ましてや本書に書かれている政策の話についてもかなり怪しいネットの怪情報に振り回されたネトウヨの安易な政策論が平気で振りかざされる。

フィクションとはいえ、仮にも現実世界を舞台にしているのだからこういった滅茶苦茶を書くのはどうかと思います。

戸川猪佐武さんのような政治小説の大家は、ただただ政治家の思想と言動を写実的に書き記すに留めていました。本書を読んで、その意味がよくわかったつもりです。

小説家は簡単に自分の政治観のようなものを表現の場に反映すべきじゃないのですね。

しっかりとした知識に裏打ちされない場合、さらにとんでもない物語になってしまうという事がよくわかりました。

 

他の作品も読みます

話題の原田マハさんの本を読んでみたのですが、結果としてはかなりがっかりでした。

包み隠さずに言えば腹立たしいぐらいです。

ただ、一作で全てを断じてしまうのはあまりにも大人気ないですから、別の作品も読んでみるつもりです。

もし何かおすすめがあればご教示ください。

最後に、もし本ブログを読んで不愉快になってしまった方がいたとすれば心よりお詫び致します。

あくまで個人的な感想ですので、ご容赦いただければ幸いです。

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#本日はお日柄もよく #原田マハ 読了絶望的に合いませんでした。TwitterやInstagramではよく見る作家さんだけに、かなり多くのファンがいらっしゃるのかと思いますので、正直な感想を書くのが怖いぐらい。思いの丈は全てブログに書き記しました。ファンの方は読まないで下さいね。#本 #本好き #本が好き #活字中毒 #読書 #読書好き #本がある暮らし #本のある生活 #読了#どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい ※ブログはプロフィールのリンクをご参照下さい。