「人生はプリンみたいなものってことね」
「どういう意味だい?」
「甘いところだけで美味しいのに、苦いところをありがたがる人もいる」
先日読んだ『君の膵臓をたべたい』に続き、二作目の住野作品となる『また、同じ夢を見ていた』です。
正直『膵臓』は事態が動き出す中盤以降まではどうにも退屈で、主人公とヒロインの掛け合いシーンや文章も洗練されているとは言いがたく、苦しい読書でした。
終盤に入ってからは序盤の綿密な描き込みが奏功し、結果的には読んで良かったと思えた作品です。
そんなわけでいまいち住野よるという作家の真価を計りかねていたので、二作目へのチャレンジとなります。
可愛げのない主人公
本書は小柳奈ノ花という小学生の女の子の一人称で書かれています。
そのため地の文はです、ます調でちょっと読みにくいと感じられます。
それよりも問題なのはこの主人公の性格。
可愛げがないんです。
あのね、先生は私がふざけてあーいうことを言ったと思っているのかもしれないけれど、私には私なりの計算があって、もっと言えば勝算まであったのよ
冒頭からこんな調子で、小生意気で敏い性格が存分に発揮されています。
彼女の得意技は落語の謎賭けのように物事を例えること。
「人生とは冷蔵庫の中身みたいなものだもの」
「んだ、そりゃ」
「嫌いなピーマンのことは忘れても、大好きなケーキのことは絶対に忘れないの」
いやはや、生意気です。
彼女は自分が賢い事を自覚しており、その上で同級生たちを「馬鹿なクラスメイト」と当然のように見下します。
とにかく全く可愛げがないのです。
この時点で読むのを止める方もいるようです。時間と費用を投じて物語を手にするからには、誰しもが好感を持てたり、自己投影できるキャラクターの本を読みたいはずですから。
正直、僕もちょっと嫌悪感を感じました。
でもこういう時こそ一旦頭をクリアにして考えてみるべきです。
作者だって何も好んでいやらしい性格の主人公を描くわけはない。
あえてこういった性格のキャラクターを描いているのだとしたら。
それが作者の狙いであるとするならば、狙い通り嫌悪感を抱かせるのは「上手い」という事に他なりません。
事実、読み進めるに従って主人公の性格は物語を進める上で重要なファクターとなっている事がわかってきます。
三人と一匹の友達
主人公には友達がいません。
学校では馬鹿なクラスメイトたちの他は、主人公と同じく読書が好きという荻原君にだけは好んで接触します。
あとはちょっと頼りないけど絵を描くのが好きな桐生君ぐらい。
なので学校が終わると、一人で遊びに出かけます。
彼女の友達は一匹の猫。
「南さん」、「アバズレさん」、「おばあちゃん」という三人の大人だけ。
女子高生の「南さん」とはある日たまたま出かけた廃墟で出会います。名づけの理由はスカートにそう刺繍してあったから。
「アバズレさん」は猫が瀕死状態で転がっているのを助けたのが縁で知り合いました。夜になると季節を売る仕事に行くという、表札に「アバズレ」と描かれた女性。
「おばあちゃん」は丘の上の木の家に住んでいて、いつも美味しいマドレーヌをご馳走してくれます。
学校では嫌われ者の主人公ですが、三人はとても親身に、彼女に対して接してくれます。
そんなある日、学校で「幸せとは」という課題を出されます。
主人公は隣の席の桐生君と幸せについて相談しつつ、三人の大人たちに幸せの意味について尋ねます。
童話か、自己啓発か
物語は両親が仕事でほとんど家にいない主人公の家庭の事情や、桐生君を襲う事件を介して進んで行きますが、基本的なテーマは「幸せとは」という疑問になろうかと思います。
正論で周囲を困惑させ、正しいはずなのに疎外されてしまう主人公という善と悪の逆転した構図や、ほのぼのとした日々の情景、ですます調の語り口から、どことなく童話や児童小説を連想させられてしまいます。
または、翻訳の自己啓発書に近いと思わされます。
チーズを求めて鼠たちが冒険する『チーズはどこへ消えた?』のイメージにも繋がります。
本書ではチーズの代わりに「幸せとは」という答えを探して主人公が行動を続けるのです。
でも、ある程度まで読み進める事でやがてブレイクスルーが訪れます。
これは童話でもしょうもない自己啓発でもなく、かなり考えて作りこまれた小説であるという事を思い知らされるのです。
ちょっとした謎解き要素も含まれていますが、ほとんどの読者は中盤で作者の意図しているところが想像できてしまう事でしょう。
「南さん」、「アバズレさん」、「おばあちゃん」という仮の名前がついた人々が何者なのか。
それがわかってくる事で、主人公の可愛げのない性格に込められた必然性も理解できるようになります。
ある意味では陳腐な仕掛けかもしれません。
でも、非常によく出来ています。
同じようなテーマを思いついたとしても、しっかりと作品として確立させ、成立させたものは少ないんじゃないでしょうか?
せいぜい藤子不二雄あたりの短編で似たような構造を扱っている程度かと。
加えて、特筆すべきは『君の膵臓をたべたい』よりも格段に文章力が向上している点です。
『君の膵臓をたべたい』ではあまりにも荒さが目立ち、それが序盤の読み辛さを助長していましたが、本作ではその辺りはほぼ解消されています。
しっとりとした読後感も味わえ、僕的には名作と名高い『君の膵臓をたべたい』よりも良かったと思います。
薔薇の下で
最後に一つだけ、ネタバレをしておきます。
というもの作品の大筋に関わる部分ではなく、ある意味ではあってもなくても良いような謎ですので、特にネタバレしたところで物語の面白さに影響はないと思われたからです。
読んだ人にはわかりますが、本書の一番最後は「薔薇の下で」という一文で結ばれるんですね。
これ、前後の文章にもノーヒントなので、きっと前に出てきた何かのキーワードなんだろうとは思うんですが、探すのもなかなか難しいんです。
結果、どうにも消化不良を起こす結果となってしまうんです。
なので答えをこちらに書いておきます。
答えは本書の56ページ。本文中にあります。
いくつかしてくれた南さんのお話の中で一番素敵だなと思ったのは、英語で「薔薇の下で」というのは「秘密」という意味だというお話です
わかりましたか?
「秘密」ですね。
種明かしをしてみると、正直「なあんだ」という感じです。
こういうあってもなくても良いような仕掛けは、なくしても良いと思うんですけどねー。