「実は少し前から『トリニティ』が危ないと聞かされてたんだけど、いよいよ危険水域だ。まず『小説薫風』がなくなる」
ええと……今回読んだのは塩田武士『騙し絵の牙』。
この本、色々と話題に事欠かなくてどこから触れて良いものか悩ましいのですが……以前ご紹介した『かがみの孤城』と同じ2018年本屋大賞のノミネート作品でもあります。
伊坂幸太郎『AX』、小川糸『キラキラ共和国』、原田マハ『たゆたえども沈まず』、村山早紀『百貨の魔法』と、最近よく目にする著名人が漏れなくラインナップされた2018年本屋大賞は、辻村深月さんのぼくの予想通り『かがみの孤城』が大賞に輝きました。
全10作のノミネート中、『騙し絵の牙』は第6位。
塩野武士さんは昨年の『罪の声』3位に続き、二年連続のノミネートです。
……とまぁ、賞レースの結果としては上記のような内容となりますが、本作については本屋大賞というよりは別の部分で話題を呼んだようです。
それが……
アテガキ大泉洋
目を惹くのはそのカバー。
『水曜どうでしょう』をはじめ、バラエティや俳優としてもお馴染みの大泉洋さんが表紙となっているのです。
それもそのはず、本作は芸能事務所とKADOKAWAの編集者のタイアップにより、主人公役に大泉洋を設定した上で「完全アテガキの社会派小説」として書かれているのです。
確かに主人公の速水輝也はもじゃもじゃのヘアスタイルといい、軽妙でユーモラスな言動で周囲の人間を煙に巻く様子といい、確かに大泉洋を彷彿とさせます。
詳細はKADOKAWA社の作品紹介ページに書かれていますが、物真似のレパートリーまで大泉洋本人の持ちネタにこだわるといった徹底ぶり。
大泉洋ファンの方にはたまらない作品と言えるのかもしれません。
……そんな風に書くと「なぁんだ、企画モノか」と興ざめしてしまう天邪鬼な方も少なくないと思います。
ところが「単なる企画モノ」で済まないのが本書の優れた点です。
リアルに描かれる出版業界
主人公速水は大手出版社「薫風社」に勤め、雑誌『トリニティ』の編集長でもあります。
昨今の出版不況は「薫風社」においても例外はなく、漫画や文芸誌が次々と廃刊に追い込まれていきます。
「薫風社」の方針は明確に「電子化への転換」でありますが、電子化・廃刊は既存読者への裏切りでもあり、速水たち現場の編集者たちはなんとか紙での発行を継続しようと試行錯誤していくのです。
そこには連載による原稿料でなんとか生計を立てる小説家や、間違いなく利益を保証できる人気作家の奪い合い等、出版業界を取り巻く様々なリアルが垣間見えます。
速水たち『トリニティ』が取った策も、雑誌そのものの売り上げではなく、雑誌に連載されているエッセイや小説といった作品の二次利用による売り上げ確保である事からも、出版業界の厳しさが目に見えるようです。
速水も敏腕編集者として、接待にしくじりへそを曲げた作家をとりなしたり、意気消沈したり、時にいがみ合ったりする編集部員たちの仲を取り持ったりと、次々と巻き起こる大小様々な問題に立ち向かいます。
さらに仕事だけではなく、速水の家庭にも難しい問題が浮上し……
確かに本作は、「社会派小説」なのです。
塩田武士の本領発揮
著者の本は以前『罪の声』を読んだキリだったのですが。
正直なところ、『罪の声』はただただ捜査日記を読まされた感があって退屈且つ苦痛でした。
リアリティを目指したがために、エンターテインメント性を失ってしまったというか。
グリコ森永事件と言われても「なんとなく聞いたことがある」という世代的にはさっぱりピンと来ず……。
ところが本作はリアリティを追求しつつも、本質としてフィクションであるせいか、『罪の声』よりも数倍物語として楽しめました。
特に上に書いたような出版業界に巻き起こる様々な問題は、僕らのような本を読む側の人間にとっても興味深く楽しめるものだと思います。
僕は大泉洋ファンではないのでなんとなく彼のイメージを知っているぐらいですが、それでも十分楽しめましたし。
『罪の声』で脱落してしまったという方にも、本書は一度読んでいただきたいです。
少し違った物語作家としての塩田武士を実感できるかと思います。
エピローグは“蛇足”
残念なのはエピローグだけですね。
“蛇足”の一言です。
そんなのなくても十分楽しめたと思うんですが、塩田武士という作家はどうしても種明かしみたいなものを書かないと気が済まない性分なのかもしれませんね。
理由とか動機みたいなものって、推理小説でもない限り必須ではないと思うんです。
ましてやそれが読者の前には一切ヒントとして提示される事もなかったような真相だとすると、取ってつけた感はどうしても否めませんよね。
先日読んだ『検察側の罪人』は序盤の段階で物語の鍵となる過去の事件について語られた上、その後の展開においても過去の事件との心理的関係性等が描かれていましたから、過去と現在とのつながりが非常にわかりやすくスムーズに呑み込めました。
しかし、すべてが終わった後で「実は過去にこういう事がありました」なんて言われても。。。
途中、本人すら一切そんな感慨見せなかったじゃん、と。
この辺は人称や視点の問題もあるのかもしれませんが、いずれにせよ本作の構成としてエピローグは蛇足でしかありません。
ラストさえちょっと変えていれば、もうちょっと高い評価だったと思うんだけどなぁ。
残念です。
まぁ、早速主演に大泉洋を迎えての映像化も動き出したようですから、そちらも期待しましょう。