『下町ロケット』池井戸潤
そうだ。――佃は思った。オレは自分の夢のことは考えたが、社員のことはそのとき考えなかった。
結局、社員が反抗するのは、その結果ではなくプロセスに問題があったからではないのか。
だとすれば、オレはどこかで、手順を間違えたらしい。
第145回(2011年上半期)直木三十五賞受賞作品『下町ロケット』。
この回の直木賞は島本理生『アンダスタンド・メイビー』、高野和明『ジェノサイド』、辻村深月『オーダーメイド殺人クラブ』、葉室麟『恋しぐれ』を押しのけての受賞でした。
一部ではエンタメ色の強い本書に対しての批判も少なからずあったようですが、その後の売れ行きや人気ぶりを見れば納得せざるを得ませんね。
テレビドラマ化、ラジオドラマ化に加え、現在は続編となる『下町ロケット2 ガウディ計画』、『下町ロケット ゴースト』が刊行されています。
今秋2018年9月28日にはシリーズ4作目となる『下町ロケット ヤタガラス』が発売されるとか。
今や「半沢直樹シリーズ」を抜いて池井戸潤の新たな代表作となりつつあります。
下町の町工場がロケットのエンジン部品製造へ
主人公である佃はもともとはロケットの技術者でしたが、担当していたロケットの打ち上げ失敗と父の死をきっかけに、実家である佃製作所を継ぎます。
持前の才覚と技術者としての経験を生かし、業績を急上昇させた佃製作所でしたが、その前に一つの事件が起こります。
大口取引先の一つであった京浜マシナリーから、発注停止を申し渡されるのです。
年間売上の1割を失うという事態に佃をはじめ佃製作所の面々は色を失いますが、その上、ライバルの大手企業であるナカシマ工業から特許侵害で訴訟を起こされてしまううという危機に襲われます。
更にはロケットの開発を進める帝国重工から、佃製作所の虎の子であるバルブの特許を譲るよう求められ……資本金僅か三千万円の佃製作所が、はるかに巨大な大企業たちの起こす荒波に翻弄されていくのです。
勧善懲悪のご都合主義?
池井戸潤は人気作家で僕も大好きなのですが、彼の作品についてよく聞かれる批判があります。
それこそすなわち
勧善懲悪
ご都合主義
といったものです。
本書について書かれたレビューの中にも、「完全懲悪」と書かれたものが目につきました。
でもちょっと待ってください。
本当にちゃんと読んだ?
確かに「半沢直樹シリーズ」をはじめ、勧善懲悪ものとして書かれた作品も少なくありません。
例えば僕の読んだ『陸王』も、怪我で窮地に陥ったランナーと経営の危機に瀕する中小企業に対する、横柄で傲慢な大企業という構図の物語で、まさしく勧善懲悪を言えるものです。
でも少なくとも本書は違います。
登場する大企業に属する人々は意地悪で傲慢な態度も目につきますが、本書においてはそればかりではありません。
登場時はテンプレ的な悪役キャラだった人間が、物語が進むに連れて考えを改めたり、思い悩んだりする展開が幾重にも絡まりあっているのです。
それは対する大企業側ばかりではなく、佃製作所の内側でも一緒です。
銀行からの出向組である経理部長の殿村をはじめ、佃の決定に異を唱える若手たちの言動など、十把ひとからげに“善”と“悪”には分けられないのです。
それぞれが状況と立場の中で悩み、考えてその時々の意見に基づいて行動しています。
物語の終盤では、佃の周囲の状況は序盤とは大きく変化しているはずです。
そんな点も含めて、勧善懲悪という言葉では済ませられない人間ドラマを楽しんでいただきたいと思います。
ええと……ご都合主義という批判に関しては、甘んじて受け入れるしかないのですけど。
じんわりと胸を突くラスト
エピローグには題名相応のシーンが描かれているのですが……なぜだか僕、ジーンとしてしまいました。
登場人物たちの興奮や盛り上がりが妙に胸に迫ってきたのです。
正直、あってもなくても良いエピローグだと思うんですけどね。
その手前までで物語としては十分完結していると思いますし。
こればかりは自分でも説明できませんが、その光景を頭に思い描いたら、胸が熱くなるのを避けられませんでした。
さすがに涙を流すことはありませんでしたけどね。
こみあげるものがあったのは確かです。
また、『下町ロケット2 ガウディ計画』の伏線ととれる一幕も。
これって最初から連作ものの予定だったのかな?
池井戸潤はやはりハズレがないので、いずれ続編についても読みたいと思います。
そもそも『空飛ぶタイヤ』が読みたかったんだけど……なんて最後の最後に書くのは余計かな。