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年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『スコーレNo.4』宮下奈都

広くなったり細くなったりしながら緩やかに流れてきた川が、東に大きく西に小さく寄り道したあげく、風に煽てられて機嫌よくハミングする辺りに私の町がある。父の父の父の代あたりまでは、川上で氾濫してよく堤防を決壊させたと聞くけれど、そんな話が冗談に聞こえるほど、いつも穏やかな童謡のように流れていく川と、そこに寄り添うような町。私はここで生まれ育った。田舎だと言われたらちょっとむっとするけれど、都会かと言われれば自ら否定しそうな、物腰のやわらかな町だ。 

 ……どうでしょう?

上記の引用は本書『スコーレNo.4』の序盤で、主人公である麻子の暮らす町を説明する一節です。

 

ぞわぞわっとしませんか?

 

文章から浮かぶパステル画のような穏やかな風景や、全体に流れる柔らかな雰囲気。

 

羊と鋼の森と同じですよね?

linus.hatenablog.jp

 

「同じ作者が書いたんだからそりゃそうだ」と笑われてしまいそうですが、なかなかどうして、同じ雰囲気や匂いを感じさせる作品ってなかったりします。

事実僕は、第154回直木三十五賞候補、第13回本屋大賞受賞作として話題となった『羊と鋼の森』を読んで以後、同じような興奮を味わいたくて『誰かが足りない』、『太陽のパスタ、豆のスープ』と手に取ってきましたが、いずれも秀作ではあるものの『羊と鋼の森』には及ばず、といった印象でしかありませんでした。

linus.hatenablog.jp

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途中映画化された作品も見て、「原作に忠実で凄い!空気感まで再現してる!」と感動したものの、そうなると余計に同じような感動を味わえる作品を読みたくなります。

 

そうして手に取った四作目が、本作『スコーレNo.4』。

 

ついに見つかりました。

ようやく声を大にして言うことができます。

 

『鋼と羊の森』の後は『スコーレNo.4』読もう!

 

と。

 

スコーレ=学校(≒学びの場)

本書は四つのスコーレ(章)に分かれています。

中学生、高校生、商社に就職したものの靴店への出向、商社に戻ってから、と主人公である麻子の過ごした学びの場に合わせて、四部構成となっているのです。

麻子は代々続く古道具屋(=骨とう品店)。

厳格な祖母と母、父、そして七葉と紗英という二人の妹とともに暮らしています。

七葉は器量がよく、機転が利いて可愛げがあるという三拍子揃った妹で、姉である麻子が引け目を感じる程。

紗英は「鈴を振り振り歩くみたいににぎやかな子」と宮下奈都らしい形容の通り、周りまで明るくするような笑顔の子。

しかしながら紗英は年が離れていることもあり、「お豆さん」……つまり、“特別扱い”されているようです。

一方で麻子と七葉は、まるで双子のように仲睦まじく暮らす様子が描かれています。

第一章は厳格な家や同級生たちとの生活を描きながら、主に妹である七葉との関係に主軸を置いているようです。

中学一年生といえば多感な時期であり、“恋愛”といった言葉が自分たちの手の届くものとして認識されるようになってくる頃。

麻子の友人もお目当ての男の子が毎朝公園でジョギングしている、と聞けば麻子に一緒に公園でジョギングしようともちかけたり、帰りに部活を覗こうと誘ったりします。

そんな中で不意に麻子は、一人の男の子に今まで感じた事のない特別なものを感じてしまいます。

明確に名言はされませんが、麻子が“恋”というものを初めて知った瞬間だったのでしょう。

初恋に浮かれ、些細な事で一喜一憂を繰り返す麻子でしたが、七葉は姉の変化を敏感に感じ取っているでした。

七葉は、昨日の私を見ただけで何かに気づいた。それは七葉がすでにその何かを知っていたからだ。私は七葉が知ったときに気づいてあげられなかった。今のまままで、七葉が知っていることに気づきもしなかった。

 

もうなんかね、いちいち分析するのが野暮ったく感じてしまいます。

何よりも作者がコツコツと編み物を編むようにして紡いだ物語の上質さに対し、自分の言葉の陳腐さが身に染みてしまいますし。

年の近い姉と妹の関係というのが、すごくリアルに描かれていますね。

僕は男兄弟なので姉妹の間柄って想像する事しかできないのですが、実際に姉妹を持つ女性であればまた感じ方は変わるのでしょうか?

第一章は麻子の初恋と家であり家族との関係性、とりわけ次女七葉との対比が強く描かれています。

 

七葉との違いがさらに明瞭になるのが、第二章です。

高校に入学した麻子の家に、異分子が混ざり込みます。

従兄である槇が、近所の大学に進んだのをきっかけに度々麻子の家に出入りするようになるのです。

年上の槇に対し、淡い恋心を抱くようになる麻子。

土曜日になると槇と一緒に、映画を見に行ったりするようになります。

槇はまた、七葉の家庭教師も引き受ける事になります。

想いを胸に秘めたまま、穏やかに日々を過ごす麻子でしたが、七葉が高校の合格発表を見に行った夜、一つの事件が起こり……

子どもの頃は双子のように身近に感じていた妹の存在が、はっきりと明確に自分とは異なる人間だと認識される。

そんなエピソードかもしれません。

 

そしてなんと言ってもイチオシなのが第三章

得意教科である英語を活かし、輸入貿易を主とする商社に就職した麻子でしたが、入社して直後、輸入した靴を販売する靴屋に出向させられてしまいます。

本社からの出向である新入社員という毛色の違う立場に加え、元々靴やファッションに興味もなく、情熱もない麻子の性質が災いし、配属された直後から職場で浮いてしまう麻子。

大した仕事もできず、専門用語がわからないと先輩に叱られる、暗澹たる日々が続きますが、ある日先輩に勧められて店の中から自分に似合う靴を一足選び、履く事で麻子の靴に対する印象が一変させられます。

たった一足の靴が、私の世界を変える。靴に対する見方がぐるりと回転し、同時に私も回転したのだろう。違う場所からのぞく世界は、ちゃんとそれにふさわしい、今まで見たこともなかったような顔を向けてくる。靴をもっと、もっともっと知りたいと思った。

靴の素晴らしさ、重要さ、奥深さといったものを理解した麻子は、「靴が好きになる」のです。

好きこそものの上手なれ、という言葉通り、その日から麻子はめきめきと仕事を覚え、上達していきます。なかなか頭に入らなかった専門知識もぐんぐん吸収していきます。

 

……ここで突然ですが、何かに似ていませんか?

 

靴屋”を舞台に、“靴の販売員”たちが“靴に対する想い”を抱きながら成長していく物語。

 

羊と鋼の森』、ですよね!

 

ピアノの魅力に目覚め、虜になった状態で調律師の道を選択した外村君に対し、麻子は不本意ながら靴屋に配属されてしまうという点は異なりますが、先輩とのやり取りをきっかけに靴の魅力に目覚めたり、一心不乱にその道を究めようと突き進んでいく様は、やはり羊と鋼の森』とよく似たものを感じないわけにはいきません

 

 

真摯に努力を重ね、成長を続ける麻子が一体どんな変化を遂げるのか。

そこはぜひ本書を読んでご確認いただきたいと思います。

 

続いて本書のラストを飾るのが第4章。本書の書名でもある『スコーレNo.4』です。

本社に戻った麻子は「仕事ができない」と揶揄され、靴屋とは異なり顧客の顔が見えない距離感に戸惑いながら働き続けるものの、そんなさ中にイタリアへの買い付け出張を命じられます。

同行するのは麻子の所属する皮革課とは全く異なる線維課の原口課長と茅野さん。

「ぱっとしない」「駄目」と先輩からは切って捨てられる二人が、出張先では補ってあまるほどのタフさを発揮します。

特に何かと麻子の面倒を見てくれるのは茅野さん。そうして旅先で同じ時間を過ごしていく内に二人の距離は縮まり、小さな出来事をきっかけに急接近する事に。

最終章は有川浩を思わせるベタ甘な展開ではありますが、実家に帰った麻子を迎え、成長した七葉、紗英の三姉妹の様子が描かれるラストが非常に印象的なものになっています。

 

丁寧なだけで何が悪い

面白いもので、小説というものは読む人によって合う合わないが出てしまいます。

僕にとっては先に読んだ『天地明察』伊坂幸太郎が合わない作品、作家に該当します。

本書についても、やはり「つまらない」とする声はあるようです。

物語が躍動するように次々と展開する物語と望む人にとっては、淡々と日常が描かれる“だけ”という単調さが「つまらない」所以となってしまうようです。

羊と鋼の森』に大しても同じような批判はありましたよね。

 

本書の巻末解説は文芸評論家の北上次郎さんですが、非常に的確な表現をされています。

派手なところは一つもなく、ケレンたっぷりの仕掛けもなく、丁寧に描いているだけだが(これがいちばん難しいのだが)、そのことによってヒロインの青春が見事に立ち上がってくる。静謐で、素直で、まっすぐだから、現代では目立ちにくいが、しかしこの長編を読み終えると、希望とか善意とか夢、そういう前向きなものを信じたくなる。それを背景に隠していることこそ、この長編の最大の魅力といっていい。

あまりにも腹落ちし過ぎて、この解説が全て、と言いたくなってしまいます。

派手なところも、ケレンたっぷりの仕掛けもありません。

そういうものを読みたい場合には別の作品をどうぞ。

織物を紡ぐように丁寧に、丁寧に描かれた物語を読みたいという方は、ぜひ読んでいただきたいと思います。

しつこいようですが『羊と鋼の森』が良かったという人は、絶対に読んでくださいね。

もちろん宮下奈都の他の作品もオススメですよ。

https://www.instagram.com/p/BoNd6N5Hnm-/

#スコーレno4 #宮下奈都 読了#羊と鋼の森 を読んで以来、似たような穏やかな興奮を味わいたくて宮下作品を読んできましたが、ようやく見つけました。丁寧に、丁寧に、ただひたすら丁寧に、糸を紡ぐようにして綴られた言葉の数々が、自分自身が実際に見た風景であるかのように、自分が体験した出来事のように浮かび上がらせてくれるあの感じ。派手さもハラハラドキドキもありませんが、読んだ後で穏やかな余韻に包まれるような読後感が味わえる本です。羊と鋼の森を読んで良かったという人は絶対に読んでみて下さい。自信を持ってオススメします。#本が好き #活字中毒 #本がある暮らし #本のある生活 #読了 #どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい..※ブログ更新しました。プロフィールのリンクよりご確認ください。