夜の時間、黒い粒をまとって六本の足を囃し八つの目をぎょろつかせる姿。
昼の時間、人間の姿をしてみんなからずれまいといじめに加わる行動。
それとも、いつも心の中に巣くって生きている、矢野さんが信じたような僕を覆い隠してしまうほど大きく育ったこの黒いもの。
どれのことだ。
化け物って、本当はなんのことだ。
『君の膵臓をたべたい』『また、同じ夢を見ていた』に続く住野よる作品です。
今春以降、『君の膵臓をたべたい』の実写版映画が地上波で初公開されたり、『また、同じ夢を見ていた』が文庫化されたりといった恩恵を受けて、実は当ブログでも一、二を争うPV稼ぎ頭だったりしています。
住野よるはラノベ的な読みやすい文章と、一見ベタなストーリーからひと捻りもふた捻りも加えた意外性が、ファンを集める秘訣だと思っているのですが。
取り急ぎまだ読んだ事のないという方は、下記のブログをご参照ください。
ある日突然、ばけもの化
主人公はある夜、突然ばけものに変化しました。
夜な夜なばけものに変化する自分の体に戸惑いながらも、深夜の徘徊へと繰り出します。
そんな中で、ふと向かった深夜の学校の教室で、会うはずのないクラスメートに会ったのでした。
彼女の名は矢野。
元々変わり者としてクラスで浮いていた彼女は、とある事件をきっかけにいじめに発展し、現在ではクラス中からのけ者にされるという非常に微妙な立場の人間でした。
ところが矢野はばけものの正体が主人公である事を見抜き、その上で「また、明日」と促します。
そうして夜な夜なばけもの化した主人公と、クラスの変わり者矢野との“夜休み”の時間が繰り返されるようになるのです。
フランツ・カフカ『変身』
冒頭にも書いた通り、住野よるは一見ベタなストーリーからひと捻りもふた捻りも加えた意外性を描くのが上手な作家だと思っています。
『君の膵臓をたべたい』では古くは堀辰雄の『風立ちぬ』から続く“死を描くことで愛がより際立ち、喪失感で涙を誘うというお決まりのパターン”をベースに一捻り加える事で、より現代的な新しい物語へと昇華させました。
ベタにベタを重ねてベストセラーとなりつつもどこか陳腐な『世界の中心で愛を叫ぶ』『100回泣くこと』に比べると、既存の物語の構造を生かして大いに成功したと言えると思います。
また、続いて発表した『また、同じ夢を見ていた』についても、自分の未来の姿に出会う中から学びと教訓を得て、本来向かうはずであった未来を変えていくという物語は、藤子不二雄をはじめ、特に漫画やアニメの世界を中心に繰り返し使用されていた物語の構造だと感じています。
このように住野よるは既存の物語の構造やテーマをうまく作り変えて新しい物語を作り出す能力に長けているのです。
そこで本書『よるのばけもの』ですが、やはりすぐに思い浮かぶのはフランツ・カフカの『変身』でしょう。
『変身』はある日突然、巨大な幼虫のようなものに変身した男が主人公です。
家族は当初は驚き、嘆き悲しみますが、やがて幼虫を家族として愛そうと試みます。
しかし男が幼虫に変身してしまったその日から、他の家族の生活も少しずつ狂い始めてしまい、いつしか家族に忌み恨まれる存在となってしまうのです。
“幼虫に変化する”というのはある意味象徴的な例であって、変化は「事故による身体の不自由」等と同じようにとらえる事もできます。
ある日突然、些細な出来事をきっかけに家族の生活が一変し、本人は何一つ非のある行動はしていないにも関わらず、疎まれ、厄介者になってしまう可能性があると暗に考えさせてくれる作品です。
とはいえ、本書『よるのばけもの』の主人公はずっとばけものでいるわけではありません。
彼がばけもの化するのは、夜の間だけ。
それに対比する存在として描かれるのが、昼間と同じ姿・性格で表れるクラスメートの矢野なのでしょう。
誰もが持つ二面性に気づかせてくれる物語
十代の学生時代、誰しもが幾つもの顔を持つのではないでしょうか。
学校と家で人格が違う、なんていうのはよく見られるケースかと思います。
主人公もまた、昼間は他のクラスメートとともに矢野を無視し、時と場合によっては矢野を嫌っているという立場を実際に言動に表したりもします。
しかし、実際に胸の中では後悔を抱き、夜の学校で矢野本人に対して謝ったりもする。
そんな主人公に、矢野はあくまで昼夜同じ“矢野”として対峙します。
夜の学校で矢野を相対する中で、主人公は矢野の“変わらなさ”にも気づき、昼間クラスメートと歩調を合わせる自分と、夜は矢野に対して懺悔を繰り返すような自分に次第に戸惑いを抱いていくのです。
確かに、よくある事ですね。
仲間内での空気感を優先して、本来であれば好意を抱いている相手に心ない言葉を投げかけてしまったり。本音と建て前の間で葛藤し、苦しむのは思春期ならではの悩みといえるのかもしれません。
主人公もまた、葛藤と悩みを繰り返します。
ばけものなのは夜の自分。
しかし本当の意味で化け物なのは、クラスメートの顔色を伺って偽りの自分を演じる昼の自分なのでは。
本書はそんな誰もが持つ二面性に気づかせてくれる話なのです。
重い雰囲気と苦い後味
イジメに合うクラスメートと、本音と建て前に苦しむ自分。
そんなテーマで進められる本書の雰囲気は、なんと言っても暗いです。
矢野は常に笑顔を絶やさず、元気な様子なのですが、補え切れないほど暗鬱とした雰囲気が支配しています。
ましてや空気を読み過ぎるがために思ってもいない言動を繰り返す主人公の姿には、自身の経験を投影してしまって痛々しい程に感じられてしまうかと思います。
はっきり言って、前ニ作とは趣きが大きく異なります。
爽快感はありません。
ラストには人それぞれの捉え方もあるでしょう。
よくやった、これからも頑張れと温かい気持ちになる一方で、胸を大きく占めるのは主人公のこれからを案じる不安ではないでしょうか。
読んだ後で感想を述べあうような本ではなく、自身の心の中で静かに反芻を繰り返すようにして味わうべき物語なのかもしれません。
僕は嫌いじゃありませんけどね。