「その事故で、トラックを運転していたドライバーは両脚切断の大怪我を負った。カーブでタイヤが外れたそうだ。そんなにタイヤってのは外れるものかな、沢田さんよ。お宅のタイヤは空でも飛ぶのか」
現在放送中の『下町ロケット』が好評な池井戸作品から、『空飛ぶタイヤ』を読みました。
第28回吉川英治文学新人賞の受賞作品であり、第136回直木三十五賞の候補作でもあります。
……候補作って事は、残念ながら直木賞は落選しているんですよね。
ちなみにこの第136回、直木賞は「該当者なし」という残念な結果に終わっています。
そんなわけで直木賞を受賞し、ドラマシリーズも好調な『下町ロケットシリーズ』や「倍返し」が流行語となった『半沢直樹シリーズ』に比べるとどこか格落ち感のある本書なのですが……
スゲー面白かった!
っていうか『下町ロケット』より断然面白くない?
僕的には圧倒的に『空飛ぶタイヤ』の方が楽しめた作品でした。
人身事故とリコール隠し
そこそこあらすじは知られているかとは思いますが、念のためおさらいをすると、主人公は運送会社の社長、赤松。
ある日従業員の乗ったトラックのタイヤが脱輪し、歩道を歩いていた主婦に直撃。
痛ましい人身事故を起こしてしまうのでした。
トラックの製造元であるホープ自動車の調査結果は、赤松運送の“整備不良”。
事故の被疑者となった赤松運送に対し、刑事からは情け容赦ない尋問を受け、大口取引先からは取引停止、銀行からは融資の見送りと、事故をきっかけに赤松運送は坂道を転げ落ちるように窮地に立たされます。
ホープ自動車の調査結果に納得のいかない赤松は再三にわたり調査結果の開示と事故車両の返却を求めるものの、ホープ自動車からはなしの礫。
そんなさ中、似たような事故が過去にもあった事を知った赤松たちは、ホープ自動車に対し疑念を深める。
……といった内容です。
三菱自動車で実際にあったリコール隠しを題材としているというのは有名な話ですから置いておくとして、概要だけ見ると『下町ロケット』等で何度も繰り返されてきた「追い詰められた中小企業」を中心とした物語ではありますが、なにせ本書は700ページ超の大作。
それだけではとどまらない世界が広がっているのです。
池井戸作品全部のせ
ページ数のボリュームに比例して、主役である赤松の他、脇を固める面々もなかなかの粒揃いです。
特に敵対関係であるホープ自動車社内にも、疑惑の中枢たる品質保証部と販売部の対立があったり、赤松運送・ホープ自動車両者に関わる東京ホープ銀行内においても、融資担当者や役員の間で様々な思惑が複雑に絡み合います。
つまり『下町ロケットシリーズ』のような「中小企業小説」であり、『鉄の骨』や『陸王』のような「大企業の腐敗」について書かれた小説であり、『半沢直樹シリーズ』のような「銀行小説」でもあるのです。
つまりこれって……
池井戸潤の集大成ですよね?
それぞれの面白いところを集めて、一つの作品にまとめたのが『空飛ぶタイヤ』だとも言えるのではないでしょうか。
簡単に言うとそれぞれの作品の「良いところ」を集めた「全部のせ」的な作品。
ただでさえ外れの少ない池井戸作品ですから、最早面白くないわけがないのです。
また、wikipediaにもありますが「本当に経済小説として書いた。まともに経済小説を書こうと思って書いたのは、これがはじめてだ。」というのは池井戸潤本人の言葉。
以前存在した著者本人が自身の作品を紹介するサイトに記載されていたようですが、残念ながら現在は存在しません。
ウェブアーカイブというサービスを使えば他の作品の紹介も含めて読む事ができますので、池井戸ファンなら一読をオススメします。
http://web.archive.org/web/20071209221046/http://home.att.ne.jp/orange/ikeido/myst_book.htm
気になるのは完成度
気になってしまうのが完成度です。
以前『下町ロケット2 ガウディ計画』のブログで僕は下のように書きました。
物語って基本はプロットと呼ばれる要点だけで出来た骨組みのようなものがあって、そこに肉付けして行ったり、場合によっては時間軸を前後させたりして作り上げていくものだと思うんですが、そのプロットをそのまま読まされてる感があるですよね。
言い換えると、非常に台本っぽい。
セリフの前に(……場面は学校。A子とB子が対峙。物陰から見守るC子)みたいに簡潔に書かれている場面描写を彷彿とさせます。
……これってもしかして、未完成作品じゃないか?
『下町ロケット2 ガウディ計画』は新聞連載とドラマ放映の同時進行という極めてタイトなスケジュールから生まれた作品だった為、プロット感が残る“未完成作品”になってしまったんじゃないかという、我ながらなかなか辛辣な意見です。
実際かなり細かく場面や登場人物が切り替わり、ドラマをそのまま文章化したような作品に仕上がっていましたからね。
その点、三社(←ここに警察や学校も絡む)の様々な事情や思惑が絡まりあうという本作も完成度は大いに気になるところだったんですが……。
全っ然問題なかったです。
もちろんそこは池井戸作品、多少のご都合主義は作風として割り切りが必要な点もありますけどね。
でも『下町ロケット2 ガウディ計画』に比べると作品としての完成度は格段に上回っていました。
同様に場面はかなり小刻みに切り替わりますが、違和感もほとんどありませんし、むしろ次から次へと問題が起きたり思惑が外れたりで読んでいるこちらもなかなか安心できず、一喜一憂を繰り返しつつハラハラしながら先の展開を見守るような興奮を楽しめました。
『下町ロケット』よりも完成度は高いと思うんですが、実際直木賞を獲ったのは『下町ロケット』なんですよねー。
なんか不思議。。。
映画、見たかったなぁ
本作は今年映画公開されました。
池井戸作品であり、主演・長瀬智也という嵌まり役のキャストもあって観たいという気持ちはあったんですが、残念ながら見ていないんですよねぇ……。
というのもほぼ同時期に『羊と鋼の森』の公開があったから。
『羊と鋼の森』は原作を読んでかなり感銘を受けた作品でしたから、未読の『空飛ぶタイヤ』と比べてしまうとどうしても優先せざるを得なかったんですよねぇ。
そうそう映画を見に行くというのもなかなか難しかったりして。
でもこうして読み終えた今となってみれば、やっぱり見ておけば良かったという後悔でいっぱいです。
休みの機会にでも、先日読んだ『容疑者Xの献身』と合わせてDVD鑑賞する事にしましょうか。