「死ぬってどんなものか、わかってるつもりだ」ピアソンがだしぬけにいった。「どっちにしろ、今はわかった。死そのものは、まだ理解できてない。だが死ぬことはわかった。歩くのをやめれば、一巻の終わりだ」
翻訳書が当ブログに登場するのは珍しいですね。
今回読んだのはスティーブン・キングの『死のロングウォーク』。
スティーブン・キングといえばタイトルと主題歌いずれもたぶん知らない人はいない『スタンド・バイ・ミー』をはじめ、『IT』や『ミザリー』、『キャリー』、『シャイニング』、『ペット・セマタリー』等々、枚挙にいとまがないぐらいに数々の作品を残しているホラー作家です。
昔からあまり海外ものは読まないのですが、上に挙げたようなキング作品に関しては貪るように読みふけったものです。
ちなみに、今回読んだ『死のロングウォーク』は当初リチャード・パックマン名義で発行されました。
こういった事例は海外では少なくないようで、本格推理小説の大家であるエラリー・クイーンもまた、彼の代表作である『Xの悲劇』をはじめとするドルリー・レーン四部作においてバーナビー・ロスという変名を使用しています。日本だと最近では乙一⇔中田永一の別名義などが有名でしょうか。
ライトノベル黎明期の名作・問題作として沢山の子供たちにトラウマを植え付けた異次元騎士カズマシリーズの著者である王領寺静もまた、藤本ひとみの別名義であったと知られています。
本来であれば「作風が大きく異なる作品を書く」等の意図があって別名義が用いられる事が多いのですが、キングの場合には少し事情が異なっています。当時の米国における出版業界では「一人につき年一冊しか本を出せない」という暗黙の了解があったので、年に複数冊を発表する場合には別名義で出さざるを得なかったのだそうです。たぶんに商業的な理由だったんですね。
ダーク・サイド版『夜のピクニック』
久しぶりにキングの本を手にした理由は、以前恩田陸『夜のピクニック』を読んだから。
2回本屋大賞、第26回吉川英治文学新人賞を受賞し、映画化もされた『夜のピクニック』は言わずと知れた恩田陸の代表作の一つですが、必ず引き合いに出されるのが本作『死のロングウォーク』なのです。
『夜のピクニック』は全校生徒が夜を徹して80キロ歩き通す歩行祭というイベントを舞台としていますが、『死のロングウォーク』もまた、100人の少年たちが長き道のりを歩くイベントの話です。
『夜のピクニック』と異なるのは、常に時速4マイル以上で歩み続ける事が求められ、4回目の警告を受けると同時に射殺される、という点。最後の一人になった時点でゲームは終了となり、優勝者は本人が望むどんな賞品でも受けとる事ができます。
同じような設定でありながら、『夜のピクニック』は高校生たちの心を描いた青春小説であるのに対し、『死のロングウォーク』は『バトル・ロワイヤル』の原型とも言われるいわゆるデス・ゲーム。
スティーブン・キングならではのホラー小説なのです。
名作……ではない!?
名作揃いのキング作品の中で、『死のロングウォーク』はあまり有名ではありません。
『夜のピクニック』に引きずられる形で国内で俄かに脚光を浴びるようになった、という印象の作品。
なので内容もそう際立ったものではありません。
暑さや寒さ、空腹や疲労、怪我や故障といった苦しみに耐えながらとにかく歩き続け、一人また一人と脱落者が出ていくのを見守るお話。
ある者は足の痛みに耐えかねて立ち止まってしまい、またある者はゲームからの逃亡を企てて失敗したりします。ちょっとした不注意から警告を受けるケースもあるので、一つ、二つと増えていく警告に精神的に追い詰められていく様子はキングならでは。
しかしながら少年たちは全員見知らぬ他人同士なので、『夜のピクニック』のような背後関係も特にありません。その代り、デスゲームを通して友情や敵愾心が成立していく様子はうまく書かれています。ただ一人生き残る事がゴールという極限状態の中で、それでもお互いに助け合ってしまう彼らの心理描写については流石の一言ですね。
その意味でキング作品の特徴として、全般的にあまりどんでん返しや奇想天外な展開はないんですよね。一つの敵や事件といった対象に対し、主人公等の登場人物が心身ともに追い詰められていく様子が精緻に書き連ねられていくだけで。少年たちをためらいもなく銃で撃ち殺す兵士や、最高権力者である少佐に対しても、取り立てて恐怖の対象として描かれているようには感じられません。少年たちが歩き続けるように、彼らもまた死のロングウォークというゲームのいち参加者でしかない。
ホラー小説としては非常に淡白であり、新たな恐怖をこれでもかと畳み掛ける昨今のホラー・サスペンスに慣れた今の読者には物足りなく感じられるかもしれません。
ただし一つだけ苦言を呈しておくと、ジャパニーズ・ホラーは『リング』の貞子以来、衝撃的な映像とCGやメイクを駆使した恐ろしい風貌に偏ってしまい、一切の進化が滞ってしまっているように感じています。
どれを見ても貞子の焼き直しのような「怖いお化け」を作り出す事に注力してしまっている印象。
昨今では「ホラー映画は当たらない」といった風潮も出ているそうで、現在上映中の2018年正月のホラー映画『来る』も動員数・感想ともに低調な模様。
まぁ、確かにホラー映画をわざわざ見に行こうという人は周囲でも減っているような気がします。
ネットで検索するとリアルな心霊動画や、お化けよりもぞっとする衝撃映像なんでいくらでも出てきますしね。
CGで作り込まれたお化け見せられても「はいはい、良くできましたね。今の技術はすごいですね」ぐらいの感慨しか抱けなかったりします。
そんな中、こうして改めてキングに触れるとホラーの基本ともいうべき原点が見えてくるように感じられますね。
「怖いオバケを出すだけがホラーじゃない」というか。
見た事がないという人にはぜひ、『ミザリー』や『キャリー』といったキングの名作を手に取ってみていただきたいと思います。映画でもいいですし、原作なら尚良いです。『ペット・セマタリー』なんてホラーの中のホラーですよね。『シャイニング』も歴史的な名作ですし。
いずれの作品も今のホラー映像には欠かせない象徴的なシーンがあったりします。
『シャイニング』の双子や『キャリー』の真っ赤な少女なんかは特に有名ですよね。
尚、先日リメイクされた『IT』に続き本作もまた、実写映画化に向けた製作が始まっているそうです。
リメイク版や続編で話題の『IT』に続き、キング作品に再び注目が集まるのはうれしい限りです。
今年の年末年始はいつもよりも長い休暇になりそうですから、キングの原作&映画に浸ってみるのも良いのではないでしょうか?
キング原作のホラーの古典たち。
おすすめです。