最初にこういう薀蓄を小説内に入れ始めたのは誰だったんでしょうね?
もちろん昔の文豪たちの小説にはそれこそ西洋の王道と呼ばれるような文学作品の名前が度々登場したりしていましたが。
こと推理小説となると、発祥が難しいところです。
それこそ綾辻行人の『十角館の殺人』ではエラリイだのカーだのと本格推理小説の大家の名前でお互いを呼び合った上で、王道トリックについて語り合ったりしていますので、案外その辺りが発祥だったりするのでしょうか。
現在においてはその『十角館の殺人』がむしろ推理小説の金字塔としての立場を確立し、たびたび様々な作品内で触れられるあたり、なかなか感慨深いものがありますね。
……冒頭から脱線しました。
今回読んだのは『屍人荘の殺人』。
第二十七回鮎川哲也賞の受賞作品であり、著者今村昌弘のデビュー作。
先に書きましょう。
スゴい本でした!
結論的には、読むべき本です。
とんでもないです。
推理小説の中には数え上げればキリが無いほど、とんでもない本は過去に沢山ありましたが、本作もまた間違いなくとんでもない本の一つ。
しかもこれまでにないとんでもなさが味わえる本となっています。
うーん、と腕組みして唸るようなとんでもなさでもなく、ふざけんなっと本ごと投げ出したくなるようなとんでもなさでもなく、事態が飲み込めずに読了後に慌てて最初からページをめくり直すようなとんでもなさでもなく……。
例えるならば、ヘラヘラ笑いながら万歳してしまうような、そんなとんでもなさ。
脱帽。
斜め上すぎ。
調べてみたらさらに『このミステリーがすごい!2018年版』第1位 『週刊文春』ミステリーベスト第1位 『2018本格ミステリ・ベスト10』第1位と各タイトルを総なめにしたとんでもない作品だという事がわかりました。
以下、アマゾンの内容紹介を抜粋しますが
たった一時間半で世界は一変した。
全員が死ぬか生きるかの極限状況下で起きる密室殺人。
史上稀に見る激戦の選考を圧倒的評価で制した、第27回鮎川哲也賞受賞作。
神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と会長の明智恭介は、曰くつきの映画研究部の夏合宿に加わるため、同じ大学の探偵少女、剣崎比留子と共にペンション紫湛荘を訪ねた。合宿一日目の夜、映研のメンバーたちと肝試しに出かけるが、想像しえなかった事態に遭遇し紫湛荘に立て籠もりを余儀なくされる。緊張と混乱の一夜が明け――。部員の一人が密室で惨殺死体となって発見される。しかしそれは連続殺人の幕開けに過ぎなかった……!! 究極の絶望の淵で、葉村は、明智は、そして比留子は、生き残り謎を解き明かせるか?! 奇想と本格ミステリが見事に融合する選考委員大絶賛の第27回鮎川哲也賞受賞作!
……ねー、、、なんかスゴそうじゃないですか?
“大学生の合宿”で“ペンション”に“立て籠もり”を余儀なくされ、“連続殺人の幕開け”とくれば、もう定番中の定番路線ですよね。
最近見なくなった本格ミステリのど真ん中を突く作品を想像させます。
さらに、その装丁もこんな感じ。
どことなく『another』のような暗い雰囲気を感じさせるものです。
こりゃあきっと、本格中の本格作品を味わえるに違いありません。
もしかして、ライトミステリ?
「カレーうどんは、本格推理ではありません」
第一章の冒頭は、主人公である葉村のセリフから始まります。
ミステリ愛好会の会長であり「神紅のホームズ」と呼ばれる明智会長とともに、推理ゲームに興じる場面からスタートするのです。
探偵役でちょっと変わり者の明智会長は、映画研究会が合宿を行うと聞きつけて参加したいとお願いするものの、断られてばかり。
そこにヒロイン役である比留子が現れ、彼女の仲介によって葉村たちは念願叶って映画研究会の合宿に参加するのですが……。
驚いたのは、そのユルさ。
アマゾンの説明文や表紙から連想される硬派なイメージとは異なり、物語は葉村のコミカルな一人称で進められます。
さらに、合宿で向かう車中、登場する人物はなぜかしら美女ばかり。
ヒロイン役であるミステリアスな美女・剣持比留子からはじまり、アイドルのような美女に神経質そうな美女、ボーイッシュな美女に黒髪の美女と、もはや美少女ゲームの様相を呈してしまう。
もしやこの作者、女といえば美人・美女と形容すれば良いと思っているなろう作家じゃあるまいな、と勘繰ってしまうような展開です。
……ちなみに、一応補足しておくと美女揃いであるのにはしっかりとした理由があるんですけどね。
着いた先にはペンションのオーナーの息子であり、彼らの先輩である七宮と二人の先輩が登場。三人はすごく嫌な印象で、いかにも女の子たちを狙ってますといった雰囲気。
正直なところ、この辺までは「あー、やっちまったかなー」と思っていたんですよ。
数々の賞やら表紙の雰囲気に騙されただけで、今時のライトミステリなんだと思っていたんです。
ちょっと変わったトリックが仕掛けられているだけで評価された、しょうもない作品なのかなって。
……ところが。
ところが
ところが、ですよ
93ページから、とんでもない事になるんです!!!
野球のはずが闘牛に
もう、斜め上ですよ。
予想外過ぎてびっくり。
巻末に第27回鮎川哲也賞の選考経過が載っているんですが、そこにある北村薫さんの例えが全て。
野球の試合を観に行ったら、いきなり闘牛になるようなものです。
これがもう言い得て妙、というもので。
でもとにかくわけもわからずに読み続けるしかない。
作中もパニックですけど、読んでる側もパニックに陥ってしまう。
……で
どひゃーと天を仰いで脱帽してしまうのは、気づいてみたらちゃんとクローズドサークルが出来上がっている事。
あらすじ通り紫湛荘に立て籠もりを余儀なくされるわけです。
とにかく読んで(※)
もうあとはそれが全てですね。
とにかく読んで!!!
ネタバレになっちゃうので詳しくは書けないわけですよ。
でもどうにか面白さを伝えたい。
わかって欲しいという一心でもって書いてるんですが、どうしたって限界。
もうとにかく読んで、としか言えない。
ただし!
上の見出しに(※)を入れたのにはちゃんと理由があります。
これから書くのは大事な事です。
ただし、ある程度推理小説を読んだ経験のある人に限るという事です。
本書はもしかしたらメタミステリと呼べる性質のものなのかもしれません。
冒頭に書いたような本格ミステリに関する薀蓄はじめ、ある程度推理小説に対する素養や耐性がないと、きっと期待外れに終わってしまうと思います。
探偵役の立ち回りとか、クローズドサークルとか、つまるところのお約束をお約束として理解できてはじめて面白みがわかるのだと。
野球を見に行ったつもりが途中からいきなり闘牛になったとしても、そもそも野球がなんなのかを知らない人にとっては意外さがピンと来ないですよね? こういうもんなのかな、と思ってしまうだけで。
なので、間違っても初めて読む本格推理小説として本書を選んではいけません。
普段は小川糸や原田マハ、村山早紀のような作品を読んでいる人が、「話題になっているから」という理由で手に取るのも危険です。
なんじゃこりゃ、でぶん投げるハメになりかねません。
そういう意味では、立ち位置としては米沢穂信の『インシテミル』が近いかもしれません。
僕はとても大好きで、何年も離れていた推理小説を再び読むきっかけとなった作品でもあるのですが、おいそれと他人に勧めようとは思えませんから。
でもある程度推理小説を読んでいる人にとっては間違いなく楽しめるし、喜んでもらえる作品だと思います。
映画化、って正気?
……って言ってる側から、映画化のニュースを目にして「正気かい?」と目が点になっています。
いやいやいや
無理でしょ(笑)
だって上に書いた通り、万人向けする作品じゃないもの。
それを映画化したところで、B級〇〇〇映画になってしまうのは目に見えてるし。
もうまさしく『インシテミル』で行われた原作レイプ再来の予感しかしない。
ホリプロ50周年記念作品として華々しく公開された『インシテミル』は、日本全国の原作ファンを一人残さず敵に回した上、予備知識ゼロで訪れた一般客すら絶望させましたから。
『インシテミル』の二の舞にならない事を祈ります。
有名な俳優集めればいいってもんじゃないんですよ。
僕の好きだった関水美夜を原作通りやり直して(泣)
2019年2月20日 続編爆誕
ブログを書くのにアマゾンで検索したら、たまたま見つけてしまいました。
マジかぁ、続編出すかぁ。
デビュー作があまりにも衝撃的だっただけに、二作目のハードルは滅茶苦茶高くなってると思うんですが。
加えてシリーズもの続編となれば、嫌が応にも期待値は高くなってしまいますし。
しかしシリーズ名。仮かもしれませんけど〈屍人荘の殺人〉シリーズとはなんとも安直な。。。
もうちょっと良いネーミング、なかったんですかね?
まぁこれは読まないわけにはいかないですよね。
館シリーズだって、あまりにも有名な一作目と三作目が比べると二作目は凡庸といったものですから、少なくとも三作目まで追いかけるべきか。
また一つ、楽しみが増えました。
未読の方はぜひ読んで、楽しみを共有しましょう。
では。