おすすめ読書・書評・感想・ブックレビューブログ

年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『タルト・タタンの夢』近藤史恵

「入れたはずのフェーブが、なぜか忽然とお菓子の中から消失してしまったのだよ」

今回読んだのは『タルト・タタンの夢』

第10回大藪春彦賞を受賞した『サクリファイスで知られる近藤史恵さんの作品です。

サクリファイス』といえば自転車ロードレースを題材としたスポーツ小説であり、その代表作のイメージが付きまとって、著者に「スポーツ小説家」のイメージを持つ人も少なくないと思います。

 

ところが『タルト・タタンの夢』は一変してフランス料理店「パ・マル」を舞台とし、訪れた人々が抱える様々な問題や謎をシェフ三舟が解き明かしてしまうという推理小説

謎といっても殺人があるわけではなく、あくまで過去や現在の出来事を扱ったいわゆる日常の謎米澤穂信北村薫をはじめ、昨今では特にライトノベル界隈で多く取り扱われる形式だけに、馴染みも多いかと思われます。

 

美味しそうな料理の数々

本書は全部で7つの短編からなる短編集であり、それぞれのタイトルには『タルト・タタンの夢』をはじめ、『ロニョン・ド・ヴォーの決意』、『ぬけがらのカスレ』といった料理名または素材名がタイトルに含まれたものとなっています。

 

つまり全部で7つの料理……で済むはずもなく、挙げきれないほど沢山の料理が登場します。

そもそも冒頭からし

クレープシュゼットの青い火が、燃え上がった。

という一文から始まります。

ボッと音を立てて青白い炎が上がり、店内の視線が集まるのが目に浮かぶようです。

 

そこから大して間も置かずに、シュークルートに仔羊のグリエ、クスクスにブイヤベースといった料理名が登場。

描かれる料理の描写が詳細で鮮やか。

行間からシェフの腕前や料理の美味しさが伝わってくるようです。

 

一例として、カスレについて描かれた文章を引用してみます。

カスレは、〈パ・マル〉のスペシャリテといってもいいほどの人気料理である。

鴨と一緒に煮込むものもあるらしいが、シェフが作るのは、塩漬けの豚肉を使ったものだ。ハーブで育てられた良質の豚肉に、塩をたっぷり擦り込んで、冷蔵庫に数日間置く。そうすると、味が熟成して、旨みが強くなるらしい。

その塩漬けを茹でこぼして、塩と脂気を少し抜いた後、たっぷりのインゲン豆と、豆と同じくらいの大きさに切った野菜を一緒にとろとろになるまで煮込み、その後パン粉をたっぷりかけてオーブンで焼く。

豚肉の旨みをたっぷり吸って、とろけたインゲン豆と、香ばしくきつね色になった表面のパン粉のバランス。奇をてらった味ではないだけに、何度でも食べたくなるような料理である。

思わず唾を飲み込んでしまうような文章ですよね。

こんな調子なので、読んでいるうちについついお腹が空いてしまいます(笑)

 

もちろん細かいところを突っつけば、料理人が二人にソムリエ一人、ギャルソンが一人という構成の店で、一体どうやって休みを回すんだろうとか色々と気になる点はあるのですが、こと料理についてはとにかく美味しそうの一言につきます。

 

フランス料理に興味のある方、美味しいものに目が無い方は、ぜひ読むべきかと。

 

 

推理小説としては……

あまり多くは書きませんが、昨今の日常の謎系ライトミステリ」を思い浮かべていただければそれで十分かと思います。

  • 女優と婚約したばかりの男が体調不良に襲われたのはなぜか?
  • ガレット・デ・ロアの中に隠された陶人形はどこへ消えたのか?
  • ヨーロッパ旅行から帰国したばかりの妻が黙って家を出た理由とは?
  • チョコレート屋の詰め合わせが素数である秘密とは?

などなど。

特に謎自体にとんでもない魅力があるわけではなく、あくまで平凡なものばかりです。

ある意味こじつけ、ご都合主義的なところも多分にありますが、推理小説としての説得力としても物語としての面白さ、軽快さを優先していると考えれば十分かと。

 

ただ、ガレット・デ・ロワの下りは個人的にどうしても引っかかってしまうかな。

 

一応どんな料理なのか、レシピ動画を載せておきます。

www.youtube.com

 

要するにアーモンドクリームを包んで焼いたパイのようなお菓子です。

 

↓↓↓以下ネタバレ注意↓↓↓

(白字にしてますので読まれる方は選択してください)

 

これを傾けた状態で焼くと中に仕込まれたフェーブ(小さな陶器人形)ごとクリームが寄っていびつなパイが焼きあがる……って、ちょっと無理がありますよね。

クレームダマンドはそこまで流動的なトロトロの液状ではないはずだし、仮に多少寄ったとしても、中のフェーブが一緒に動く程にはなりえないんじゃないでしょうか。

 

仮に斜めに偏ったガレット・デ・ロワが焼きあがったとして、クリームの多いところを作った本人がせしめてしまうなんてちょっと想像しがたいですよね。

分厚くなっている方にフェーブが入っている可能性が高いのは誰が見たって一目瞭然です。

そもそもそこまで気を払わなければなかった相手である友人が目の前にいるわけですし。 わざわざ傾けて、不完全なガレット・デ・ロワを作るところまでは偶然の産物と白を切る事もできなくはないでしょうが、そこで自分が分厚いのをとってしまったら明らかな謀反行為と思われても仕方がないでしょう。

 

ちなみに僕の大好きな『大使閣下の料理人』という漫画にもこのガレット・デ・ロアが登場します。もしフェーブが入っていたら、相手と結婚を決意するという運命の一幕。

画像がないので恐縮ですが、『大使閣下の料理人』では人数分に等分するのではなく、明らかに一つだけ大きく切り分けます。女性は失笑しつつも大きなものを選び、当然のようにフェーブが登場し、見事プロポーズは成功。

大使閣下の料理人』においては非常にほほえましいシーンだったんですが、本作『タルト・タタンの夢』では自分もまた女性に想いを寄せるが為に、友人の作戦を阻止するという正反対の行動をとってしまいます。

僕はやっぱり、『大使閣下の料理人』のようなガレット・デ・ロアの使い方が好きかなぁ。

この『大使閣下の料理人』、料理漫画の中でも調理の過程や描写、料理に込める想いについて非常に良く描かれていますので、興味のある方はこちらもぜひ読んで下さいね。

 

https://www.instagram.com/p/BuDVcAVl0k-/

#タルトタタンの夢 #近藤史恵 読了歴史小説にハマった……もののひとまず口直し。フランス料理店に訪れる客が抱えた様々な謎や疑問をシェフが解き明かしてしまうといういわゆる #日常の謎 系の推理小説。とはいえ出てくる料理がどれも美味しそうで、シェフの料理の腕前も一級品。レストランもとても良さそうで実在していたとしたら絶対に行きたくなります。推理小説とはいえ謎解きメインというよりはあくまでスパイスとして謎解きが加えられている感覚なので、推理小説苦手という方にもオススメです。#本が好き #活字中毒 #本がある暮らし #本のある生活 #読了 #どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい..※ブログ更新しました。プロフィールのリンクよりご確認ください。