『無銭優雅』山田詠美
「でも、いつか死んじゃうかもって思うと、うっとりする。おまえのこと、すごく大事にしたくなる」
「人を勝手に殺さないでよね」
「うん。ひとりでなんか死なせないよ。どうせ死ぬなら、一緒に死のう」
「ええっ!?」
「……というような気持で、一緒に楽しもう」
引き続き“大人の恋愛小説”の二作目として山田詠美の『無銭優雅』を読みました。
山田詠美作品もこれが初体験となりますが、そこも含めて楽しむべく、チョイスしました。
大人の恋愛(?)
登場するのは花屋に勤める斎藤慈雨と予備校講師北村栄。
42歳女と45歳男。
この二人が出会い、初めて関係を結んだところから物語は始まります。
始まるというよりは、そこからはただ延々と二人の生活の様子が描かれるだけなんですが。
ほぼエッセイに近いような軽い文体で、日々がつづられていきます。
ただとにかくこの二人……一般的に言うといわゆる“イタイ”人たち。
言葉を変えると“バカップル”だったりします。
お互いの出会いを“運命”と呼び、あけすけに互いを湛え、賞賛しまくる様子は赤面もの……というか、正直おぞましいものがあります。
世に多くある恋愛小説のように、美男美女の組み合わせではなさそうなのも見苦しさを倍増させます。
例えば慈雨の目から見ると「かわいい」という栄ですが、
「おれ……おれ、出まかせは、いっぱい言ったかもしれないけど、嘘ついてないもん。慈雨ちゃんに対する気持ちに、これっぽっちも嘘ないもん。ほんとだから!!」
もん!
40過ぎた男が語尾に「もん!」とか。。。
しかもこの場面、決して二人っきりではありません。
他者の目もある店内での一幕なのです。
……ちょっとこれは……人によるのかもしれませんけどどんびきせざるを得ません。
とはいえこれこそが等身大の恋愛だったりするんでしょうね。
40過ぎて色恋にうつつをぬかす男女がいちゃいちゃと。
思わず目を背けたくなるけど、現実には有り余るほどに溢れている場面なのでしょう。
既存の恋愛小説へのアンチテーゼ
そもそも本書は当時ブームを迎えていた恋愛小説へのアンチテーゼとして書かれた側面もありようですね。
なにせ序盤から栄の口を借りて、
「だって、感動的な恋愛小説って、だいたいどっちか死ぬだろ?」
という言葉が飛び出すぐらいです。
また、途中途中に挿入される引用文も、『風立ちぬ』を始め“死”が作品の根幹を占める感動的な恋愛小説ばかり。
山田詠美としては、「そんな夢みたいにキラキラしたお涙頂戴の恋愛小説ばっかり書いてんじゃねーよ。あたしが現実の男女の恋愛ってもんを描いてやるよ」と気を吐いた作品だったのかもしれませんね。
他の記事中でさんざん触れましたが、僕も死を描くことで愛がより際立ち、喪失感で涙を誘うというお決まりのパターン化された作品にはだいぶ食傷気味でしたので、作者のやろうとした事についてはとっても賛同します。
そうは言っても、アンチテーゼの結果が本作だと言われるとちょっと首をかしげてしまいます。
現実を写し出した文学作品として考えれば、アリなのかもしれませんが。
歴史小説を読もう
実は本書を読んでいる最中に、Kindleで遂に吉川英治の『私本太平記』を読み始めてしまいました。
たまたま時間が空いたものの、周囲にはスマホしかなく……という状況が発生し、ついに踏み切ってしまったところです。
まだほんの数ページしか読んでいないのですが、非常に面白く感じてしまいまして。
室町時代に入ろうという激動の戦乱の世の中に生きる武士たちの物語に対し、本書は40過ぎの男女が(略)……というのですっかり頭の中は『私本太平記』に移ってしまい、早く読み終えたい一心でとにかくページをめくり、文字に目を走らせたような読書になってしまいました。
かくなる上は、腹を決めて『私本太平記』に取り掛かろうと思います。
しばらくの間更新は途絶えてしまうかと思いますので、ご了承ください。