『ひらいて』綿矢りさ
無駄に生きてるんだ、もう無駄にしか生きられないんだ。
長い長い『新・平家物語』の読書を終えた後、本棚にたくさんある積読本から選んだのは綿矢りさの『ひらいて』でした。
綿矢りさで読んだ事があるのは2001年に当時17歳という最年少タイ記録で第38回文藝賞を受賞した『インストール』。
それから記憶に新しいところではかなり変わった女性の自己中心的な(?)陶酔的な(?)一風変わった恋愛模様を描いた『勝手にふるえてろ』。
『勝手にふるえてろ』は個人的にはかなり面白く読みました。
本作もまた、『勝手にふるえてろ』と同じ匂いを感じさせる1人の自己陶酔型少女の恋愛を中心としたお話です。
モテ系女子と地味系男子
本書の主人公である愛は華やかで見た目もよく、モテるタイプの女の子。
彼女が恋した男子というのが、クラスでは存在感の薄い地味系男子。
彼は都内でも最難関と呼ばれる大学を目指す秀才でもあります。ただし、日常風景を見る限り友達も少なく、運動神経もあまりよくなさそう。
それでも彼女は、いつの頃からか彼に惹かれるようになってしまいます。
ある日、彼が学校でみんなから隠れるようにして手紙を読むシーンに遭遇する愛。
ひゅんなことから夜中に学校に忍び込むに至った愛は、彼の机から隠されていた手紙を盗み出します。
元そこに書かれていたのは、恋人からのラブレターを思わせる内容でした。
美雪、という署名に元クラスメートの顔を思い出す愛。
愛は疎遠になっていた美雪に近づき、彼との関係をそれとなく聞き出そうと試みます。
少女マンガかと思いきや……
途中までは、上に書いた通り少女マンガを思わせるようなベタな学園ラブコメなんですよね。
ところがどっこい←
途中から愛が想像をはるかに超える言動をはじめ、物語は斜め上の展開を見せるのです。
いやはや、めちゃくちゃびっくりですね。
ずっと憎んだり憎まれたり殺したり殺されたり権謀渦巻く平安時代の話を読み続けていただけに、こういう爽やかな青春ものもガラリと気分が変っていいなぁ、なんてのほほんと読んでいたのですけれど。
何やら雲行きが怪しくなってきて以降は、目を離せなくなってしまってすっかり夢中に読みふけってしまいました。
要許容力・要寛容性
個人的には一気読みするぐらい面白い物語でしたが、『勝手にふるえてろ』同様、登場人物の思考や人間性にかなり偏りが見られるため、読む人によっては拒絶反応が出そうなのは避けがたいところ。
事実、読後にAmazonのレビューを見てみると低評価のものも多いです。
内容も予想通り、思考や人間性に対する拒絶反応を示すものが大半を占めているようです。
物語の登場人物である以上、個性的である方が面白いと思うんですけどね。
このぐらい滅茶苦茶だと読者側の想像力を超えてくるので、先の読めない面白さも楽しめますし。
物語に順当さを求める人が多い事も承知はしていますが、「エンタメ色強い登場人物とストーリーを文学作品らしい密度の濃い文章」で書きあげるのが綿矢りさなのだと思っています。
私の笑顔はちょうど、いま穿いているソックスの刺繍。表側の真白い生地には、四つ葉のクローバーの刺繍が施されているが、裏返せば緑色の糸がなんの形も成さず、めちゃくちゃに行き交い、ひきつれているだけ。
衝動的に行動してすぐに衝動的に謝る人間は、反省が足りないから、また同じことを繰り返す。
朝井リョウもそうですけど、日常生活における着眼点とか、それを文章化する能力が凄過ぎます。
普段からこんな風に物事を見ているのだろうなぁ、と思うと感心しかありません。
けど綿矢りさがもっと大衆受けする平々凡々な物語を書いたら、きっと直木賞や本屋大賞に輝くような作品になると思ったりもするんですけどね。
彼女の書く物語って良い意味でも悪い意味でもアクの強い、奇人変人ものが多くなってしまうので。
主演・松岡茉優
上にリンクを貼った『勝手にふるえてろ』の記事に詳しく書きましたが、僕は松岡茉優が好きです。
『勝手にふるえてろ』は彼女が主演で映画化されましたが、どうも綿矢りさ作品と松岡茉優の親和性って異常に強いと感じます。
松岡茉優は今でこそ人気女優の地位を築いていますが、どこか他の女優さんとは異なる狂気性というか異常性を感じるんです。
常に無理してキャラを作って演じて、一向に素の人間性を見せない感じ。
どうも本人すら、自分の真の姿なんてわからない。わからないどころか、わかろうとする事すら放棄してしまった人から感じる開き直った感といいますか。
その辺りの狂気性が、綿矢りさ作品が感じさせる異常性と非常にマッチするんです。
なので本作『ひらいて』も勝手な脳内イメージでは主演・松岡茉優で変換して読んでいました。
内容的に本作の映像化は絶対無理だと思いますけどね。