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年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『ネジ式ザゼツキー』島田荘司

「すっかり全部さ。大きな地震が起こり、ルネスのネジ式のクビがゆるゆると回って、マーカットさんの目の前で、実際にころりと落ちたということになる。そう考えるしかないんだ」

ものすごく久しぶりに島田荘司を読みました。

僕は元々講談社が打ち出した“新本格推理ブーム”が大好きなのは、『密室殺人ゲーム王手飛車取り』の記事にも書いた通りです。

linus.hatenablog.jp

講談社創元推理文庫から次々とデビューする新本格ミステリ系の作家はもちろん、『十角館の殺人』に登場したエラリイ・クイーンやアガサ・クリスティーといったミステリ黄金期の古典作品も読みました。

しかし当時は松本清張の切り開いた社会派推理小説がまだまだ書店の棚を幅を利かせていた時代。地方の小書店の中でお目当ての本を見つける事は至難の業に等しい上、インターネットもキュレーションサイトもないのでそもそも本格推理小説と言ってもどんな本がオススメなのかすらわからない時代でした。

宝探しのようにまだ見ぬ作品を探していく中で、一つの指針ともなったのが島田荘司の著書である本格ミステリー宣言』でした。

 

そこで語られる島田荘司本格ミステリ観や、綾辻行人法月綸太郎らが文壇デビューするに至った経緯、新本格ミステリの成り立ち等々は興味深いものばかりで、まさしくバイブルのようにして読み込んでいたものです。

 

ですので僕の中で島田荘司はある意味では“教祖”とも言える立ち位置へと昇華されていったのでした。

実際に『占星術殺人事件』や『暗闇坂の人喰いの木』は読みごたえもあり、本格ミステリの王道とも呼べる内容で、当時は本当に心酔しきっていたものです。

 

 

ところが新本格派の作家さんたちに見られた傾向として非常に“遅筆”というものが挙げられます。発売された作品をある程度読んでしまうとすぐさま打ち止めとなり、ようやく新刊が出たかと思えば雑誌掲載分をまとめた短編集ばかり。

そうこうしている内に“新本格ミステリブーム”の鎮静化が置き始め、個人的にも名探偵・密室・謎重視の淡白な物語といった画一的な推理小説に飽きが来てしまい、推理小説そのものとともに島田荘司からも離れてしまいました。

 

以後、いまいち新刊の話題も耳にしないまま現在に至ってしまいましたが……新本格の旗手たちがそれぞれ新たな境地を切り開いている中、“教祖”たる島田荘司のその後の姿を見てみようと思い、たまたま目についた本書『ネジ式ザゼツキー』を手に取った次第です。

 

安楽椅子探偵

簡単に言うと、いわゆる安楽椅子探偵ものです。

本格ミステリ風にカタカナ表記で言うと“アームチェア・ディテクティブ”

 

推理小説の多くは探偵が事件のその場に居合わせたり、または事後に現場に足を運ぶ形で推理を試みますが、安楽椅子探偵は現場に赴くことなく、文字通り椅子に座った状態で、伝聞や資料を下に謎を解いていくのです。

十角館の殺人』に登場したバロネス・オルツィの代表作『隅の老人』シリーズが先駆けとも言われています。

シャーロック・ホームズにも似たような話はありますね。

その他、個人的に好きな北村薫の『円紫さんと私』シリーズだったり、テレビドラマにもなった『謎解きはディナーのあとで』も安楽椅子探偵ものと言えそうです。

最近はこの辺のラノベ推理小説でよく使われているイメージかもしれません。

 

ところが安楽椅子探偵ものの最大の難点というのが、動きが少ないというもの。 

探偵自身は伝聞で事件の全容を知るケースが多い為、基本的に事件は事後となります。ですから推理小説でありがちな「次に誰が襲われるか、もしかしたら自分たちにも身の危険が迫っているかも」といったスリルもなく、誰かの回想シーンが中心となる事で、物語のスピード感や起伏がなくなってしまうのです。

 

なので個人的にはできるだけ短編でやって欲しい手法だと思っています。

 

本書はそんな安楽椅子探偵の設定で600ページ超の超長編に挑んでしまった作品。

さて、どんな結果になるか……。

 

記憶喪失の男と鍵となる不思議な童話

事件は脳科学者となった(いつの間に!)御手洗潔の下に、エゴンという記憶喪失の男がやってくるところから始まります。

エゴンは会う度に御手洗と初対面であるかのような挨拶を交わし、毎回同じような他愛もない会話を交わします。

彼の記憶を辿る手がかりとなりそうなのは、エゴンが書いた『タンジール蜜柑共和国への帰還』という童話のような不思議な物語のみ。

 

全く何の手がかりにもならないようなところから御手洗は推理の糸口を見つけ、少しずつエゴンの記憶を紐解いていくのですが……

 

これって一体なんの話? 

 

ぶっちゃけわけわからないんですよね。

 

これが例えば「記憶をなくした少女の右手に血まみれのナイフが握られていた」みたいなところから始まるベタな物語であれば話は早いのですが、そもそもエゴンって誰? なんでこの人の記憶を探りたいの? という一番重要な理由づけがないまま話が始まり、進んで行ってしまうのでさっぱり入り込めない。

 

名探偵の前に記憶喪失の男を登場させたら、そりゃ記憶探るだろー的なお約束を元に強引に話が進められていってしまいます。

さらにそこに島田荘司にありがちな物語と関係があるんだかないんだかも不明な衒学的なあれこれが肉付けされ、ただでさえ冗長に感じているところに『タンジール蜜柑共和国への帰還』を読まされるに至ってはもうさっぱり意気消沈。なんでこんな謎文章読まないといけないの?と。

 

もちろん、最後にはとんでもない謎と解決が待っているかもしれない。

エゴンの記憶も面白くもない空想童話もそれらの重要な材料かもしれないとはわかっているんですが、推理の材料でしかない文章ってとにかく読むのが苦痛。

 

「どうやら猿人の発掘に関わっていたっぽいぞー」

 

なんて新たなヒントが浮上してきても、なんでこの人の記憶を探りたいの?というそもそもの理由が欠落しているため、さっぱり興味を持てないんですよね。

どんなに推理を展開されても、こちら側としては全く乗り気になれないという。

 

どうやら過去に起きた殺人事件と関わりがあるらしいという事が明らかになってくる中盤以降、ようやく推理小説らしき匂いがしてきます。

ただまぁ、それとてぶっちゃけどうでも良くない?とか思えてしまえたり。。。

 

赤の他人じゃ駄目だ

ここまでブログを書き進めてきて、本書に決定的に欠けている点に気づきました。

記憶喪失から始まってそこから導き出される様々な過去の事件について、どうして興味を持てないのか。

 

冒頭になんでこの人の記憶を探りたいの?というそもそもの理由が欠落していると書きましたが、もっと言えば利害関係者でもなんでもない赤の他人の過去とか事件とか全くもってどうでもいいって事です。

逆に言うと、登場人物たちに感情移入できるような関係性が欲しいんです。

 

御手洗潔の友人だとか知人だとか恋人だとか、それらの人のつながりでもいいです。

具体例を挙げれば、過去に『 暗闇坂の人喰いの木』と『水晶のピラミッド』と『アトポス』に登場したヒロイン役・松崎レオナとかね。

 

読者が「この人を助けてあげて欲しい」「救って欲しい」と思えるような対象がいて、その人のために活躍するからこそ、名探偵は名探偵なんです。 

 

どこかから連れて来られた赤の他人の記憶や過去の出来事をああでもないこうでもないと推理されたところで、読者が興味を持てないのは当然です。

 

暴れん坊将軍』や『水戸黄門』のような勧善懲悪ものを例にとれば、単純明快です。

金さんや黄門さまは、自ら一般社会の中に入り込んで、その中で出会った市民の窮地を救うために、悪と戦います。

出会ったばかりタイミングでは、市民は根っからの善人ばかりではなく、時には金さんや黄門さまに無礼な言動をぶつけたり、愚かな行動をとったりする事もあります。しかし、やり取りを交わす中で、改心や成長したり、金さんや黄門さまと心を通わせ、ひいては視聴者との間にも親近感のような関係性が構築されていきます。

そこに出会いがあり、関係性が構築されているからこそ、視聴者も彼らを「悪い奴らを懲らしめて助けてあげて」と思えるわけです。

 

この構造から「一般社会の中に入り込み、心を通わせる」という出会いの場面を除いてしまったらどうでしょう?

 

最初から見ず知らずの町人が金さんや黄門さまに「助けて下さい」とやって来て、話を聞いたり調査を重ねたり……最終的に悪い商人が白洲に引き出されて首を刎ねられそうになりますが、温情措置により許しを得、改心を誓う。

 

……面白いですかね?

 

島田荘司は従来の固定化された本格ミステリの既成概念を打破しようと色々と試行錯誤しているようですが、本作に関してははっきり大失敗と言えるでしょう。

 

世界を舞台にインターネットを駆使し、や古代遺跡発掘・スペースコロニービートルズ等々、様々な要素を詰め込む事で、従来の推理小説から大きく飛躍したスケール感は素晴らしいと思うのですが、スケール感を大きくしたからといって傑作につながるわけではないですよね。

 

昨今ではどんどんスケールが大きくなっていく傾向にあるようですが、どこかで一度「閉ざされた山荘」的な本格推理小説の原点に立ち返ったような作品にも挑戦して欲しいものです。ページ数も400ページぐらいにまとめて。

 

実際に、最近はラノベ系・奇抜系の推理小説推理小説風味の何かが大量生産されるばかりで、ど真ん中を突くような王道ミステリは久しく見ていない気がします。

そんな今だからこそ、需要はある気がするんですけど。

講談社さん、原点に立ち返って『新・新本格ミステリ』的なムーヴメントをもう一度仕掛けてみて貰えませんかねぇ。

ラノベ全盛の今じゃあ難しいのかな。

 

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#ネジ式ザゼツキー #島田荘司 読了#新本格推理 の教祖と勝手に思っている島田荘司の作品を久しぶりに読みました。しかしながら #安楽椅子探偵 #アームチェアディテクティブ ものは長編には向きませんね。島田荘司お馴染みのスケールの大きな衒学的あれこれとも結びついて、なんとも冗長的な物語でした。やっぱり名探偵は赤の他人の依頼に応える医師のような役割ではなく、当事者として悪と戦うヒーローであって欲しいと改めて思います#本が好き #活字中毒 #本がある暮らし #本のある生活 #読了 #どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい..※ブログ更新しました。プロフィールのリンクよりご確認ください。