『一瞬の光』白石一文
白石一文『一瞬の光』を読みました。
通常当ブログの最上部にはその本の特徴的・印象的な一文を引用するという形を取っているのですが、本書に関しては何度も何度も見返して探したのですが、結局どうしても該当しそうなところが見当たらないので省く事にします。
だって無かったんですよ、本当に。
派閥抗争×二男二女の恋愛模様
大企業社長の腹心を務めるエリートサラリーマン橋田浩介が主人公。
異動したばかりの人事部では反体制派の上司がいたりとちょっとしたストレスはあるようですが、社長の姪を恋人に持ち、基本的には順風満帆。
そんな彼が、男に絡まれているところを助けた縁で、女子大生・中平香折と出会う事になります。
異常に怯えを見せる香折には壊れた家族環境があり、浩介は彼女の就職活動を支援したり、新しいマンションを提供したりと親身に世話を焼くように。
香折には彼氏がおり、浩介との間には肉体関係のないプラトニックな関係が続きますが、同時に浩介は恋人である瑠依と親密さを増し、香折もまた新たな彼氏を見つけます。
しかしながら、それでも浩介と香折は互いに特別な関係を続けようとします。
一方で浩介の属する現社長派にも看過できない事件が発生し、浩介は派閥抗争の大きな波へと立ち向かう事になります。
あらすじだけ読むと、そこそこ面白そうに思えるんですけどね……
小説版『島耕作』(劣化)
簡単に言うとコレでした。
ただし、現行版『島耕作』ではありません。
連載開始当初の『課長島耕作』です。
- 大企業における派閥抗争
- 執拗なラブシーン
- ドンペリや高級外車のバブリー感
幾つか要素だけ抜き出しただけでも島耕作感がありますね(笑)
社長にも愛人がいて、その腹心の上司にも愛人がいたり。
上司と愛人との揉め事にまで主人公が奔走したり。
そういえばこんなの、ずっと昔に島耕作で読んだっけな……なんて既視感がぬぐえませんでした。
しかしながら『島耕作』は現在も連載が続く指折りの人気作品でもあります。
その人間模様や象徴的なシーンの多さには舌を巻くものがあります。
登場人物の中にはかなり破天荒なキャラクターも多いですが、それが逆に味となり、登場人物たちの盛衰を感情移入しながら見守った読者も少なくないでしょう。
翻って本書を見た場合、“似た系統の作品”だけに劣化具合がより鮮明になってしまいます。
本書の登場人物たちも破天荒ではありますが、感情移入するどころか敬遠したくなるようなサイコパスばかりなのです。
サイコパスな主役男女
そもそも香折との出会いからしてヤバい。
バーで飲んだ帰りに、路地の暗がりでもみ合う男女を浩介が見かけるところからスタート。
仲裁に入った浩介は、即座にためらいもなく男の腕をねじ上げ、腹部に膝蹴りを食らわせるという大立ち回りを演じます。
いやいや、大企業の現役エリート社員が暴力はいかんでしょ(笑)
その後、香折との関係が始まるのですが、この導入部がかなり強引。
浩介がなぜ香折を放っておけなくなってしまったのかという理由がかなりおざなりなので、突然ほぼ見ず知らずの女子大生の世話を焼き始める主人公の行動に戸惑いを隠せません。
家賃のほぼ半分を自らが負担する形で引っ越しを手伝うに至っては、正気の沙汰とは思えなくなってきます。一部上場企業のエリートというのは、課長クラスでも30代でも月々数万円をポンと出せる程の給料を貰えているのでしょうか?
本書は浩介の一人称で書かれていますが、自分について説明する際のなんら衒いのない形容にも必見です。
女性というのは、私にとっては自然に近づいてくるものだった。自分から近づいたことはなかった。せいぜい選択する程度で、好きになられて好きになった。だが、私はいつも思っていた。どうして彼女たちはこんな私を好きになるのだろうかと。
私は子どもの頃からずば抜けた秀才として通してきた。
鼻につくどころの騒ぎじゃありませんね。
さらに、かつての恋人恭子との二回目のデートではこんな会話も
「橋田さんの方こそ、彼女はどんな方なんですか」
「さあ、沢山いるから、何て言っていいか分からない。学生の頃から付き合ってる人もいるし、仕事先で知り合った人もいるし、それに女子大生もいるしね。その子は銀座の店でアルバイトしてて、つい最近知り合ったんだけどね」
「へえ、そんなにいっぱいの人と付き合ってるんだ」
「まあ、付き合ってるってわけでもないけど。時々呼び出して飯食ったり、セックスしたりするってとこかな。それにしたって忙しいしね。たまに時間ができたらって感じ」
……これが狙っている女性との二度目のデート時の会話だというのだから、正気が疑われますよね。
そうかと思えば、友人の遠山が死んだ後、その妻である千恵が半年後に再婚をしようとした際には、たった半年で他の男と暮らすなんて、と激昂したり。。。
自意識過剰で自分には甘い癖に、他人には厳しいという最悪の人間性なのです。
更に、最初に香折に絡んだマスターを組み伏せて後も、カラオケボックスでちょっかいを掛けてきたチンピラ少年を路上で執拗に暴行したり、自分を裏切った社長にナイフを突きつけて暴行した挙げ句土下座を強要したりと、やたらと刃傷沙汰を好む側面もあったりします。
腕っぷしが強い=格好いいというかなり古臭い世界線の上で作られた物語のようです。
さらに、香折というヒロインがかなりの曲者。
DV被害に遭うばかりか現在も実の兄に着け回されるというかなり複雑な家庭環境を抱えているのですが、浩介にやたらと信頼を寄せたかと思えば彼氏がいたり、さらにいつの間にかその彼氏とは別れて新しい彼氏ができていたりと、驚きの尻軽ぶりを見せます。それも香折の部屋を訪れていた浩介と、やってきた新しい彼氏がばったりご対面して、初めて知るような顛末。
DVの事は初めて浩介に話したと言ったかと思えば、過去の恋人にも話してきた事が明るみになったり。全く信用のおけない虚言癖が疑われるような一貫性のない発言にも驚かされます。
読めば読むほど、どうして浩介が香折を大切に思えるのか謎が深まるばかりです。
放っておけないと言う意味がわかりません。
DVの家族から逃げ回り、言い寄る男には次々と体を許し、さらに嘘をつきまくるというかなりヤベーやつとしか思えないのです。
香折の長所と呼べそうなところどうやら見た目が良いらしい、という点ぐらい。
そのルックスを武器に次々と男を引き寄せては、嘘や気のある素振りで翻弄する魔性の女としか思えません。
さらに浩介・香折の最大の被害者が、彼らの恋人である瑠依と柳原。
瑠依は社長の姪であり、お嬢様育ち。学生時代に雑誌の表紙を飾る程に容姿端麗で、浩介に負けずとも劣らない大企業務め。料理が大好きで献身的に浩介のお世話をしてくれます。しかもエッチです。
柳原もまた頼りなさげではありますが、大企業勤務で学生時代にはラグビーを経験。彼もまた甲斐甲斐しく香折に寄り添おうとします。外見上はあまり触れられませんのでそう優れてもいないのかもしれませんが、至って穏やかな常識人というイメージ。
本書の最大の謎は、聖人君子のような瑠依と柳原が見た目以外はサイコパスな浩介と香折に入れあげてしまうという点にあります。
瑠依と柳原は本当に一途に恋人の事を想い続けるのです。
一方で浩介はといえば瑠依に向かっても平然と「香折は大事な人」と言い切り、関係を解消したりする素振りすら見せません。納得の行かなさそうな瑠璃への提案が「今度4人で食事をしよう」です。あまつさえ4人揃った場でも香折と仲良さげな様子をこれでもかと見せつけたりします。通常の神経であれば怒り狂いそうなところですが、瑠依はそれすらも許容し、受け入れた上で浩介に身も心も捧げようと尽くします。
さっぱり意味がわかりません。
僕は社内闘争に敗れた浩介をあっさり見放して去っていく、瑠依の打算高い本性を期待していたのですが、それすらもありません。瑠依は本当に最初から最後まで、浩介に純愛を捧げ続ける天女なのです。
そんな瑠依を捨ててまで、香折が大事だと想い続ける浩介。
こんなの作者の思い込み・打算以外に説得力のある理由なんて皆無でしょう。
香折も同様で、柳原を恋人と言いつつも、少し苦しくなるとすぐに浩介を頼ってしまいます。瑠依に配慮するような雰囲気もなくはありませんが、その割にきっぱり身を引くわけでもないのだから、さっぱりわかりません。
それでも柳原は甲斐甲斐しく香折を愛し続けます。
ホント、そこまで男たちを虜にする香折の魅力とは見た目以外に一体何があるのか。
作者の設定の力、としか言いようがありません。
時代性……なのか
小説というものは大なり小なり書かれた時代を反映するものです。
時代を超越すると言われる本格推理小説の古典、さらにクローズドサークルものだったとしても、登場人物の言動等に時代性はどうしても現れてしまいます。
『一瞬の光』で描かれるエリートサラリーマン浩介の姿とは、もしかしたらまさしくそういうものなのかもしれません。
口説こうという女性を前に自分がいかにモテる男かを講釈したり、チンピラに暴力でやり返したり、高級外車で高級レストランに出入りし、一回で百万もの家具を買い揃えたり、高級ワインを惜しげもなく開けたり、理想的な女性像が家柄も頭脳も容姿にも優れた上、料理も万能な才色兼備の超人だったり。
僕にはいまいち想像できないのですが、きっと昭和のトレンディドラマ的なあれこれが人々の心を刺激した時代もあったのでしょう。
……と思って発行年を調べてみたら、単行本の初版が2000年。
2000年ってまだそんな時代だったかなぁ?
いずれにせよ作者とは感性が合わなさそうなので、もう作品を手に取る事はないと思います。
僕よりももっともっと年齢が上の世代の人だったら、もしかしたら楽しめるのかな?