「そこの御嬢さん、ごきげんはいかがですか?」
鴉は気取った聲で言いました。
「だれ?だれかいるの?」
「大丈夫、あやしいものではないのです。ただ、あなたとお話がしたいだけなのですよ」
乙一の『暗黒動画』を読みました。
乙一は僕にとって第一印象が悪く、準じて評価もかなり低く捉えていたのですが、別名義である中田永一名義で書かれた『百瀬、こっちを向いて』をそうと知らずに読んで以来、僕の中での乙一に対する評価が180度引っくり返ったという経緯があります。
その辺りの経緯については『夏と花火と私の死体』や『吉祥寺の朝日奈くん』の記事にて触れていますので興味のある方はご一読を。
その後はそれまで敬遠していた分を取り返すように、インスタグラムのフォロワーさんからおすすめいただいた『暗いところで待ち合わせ』、その他中田永一名義である『くちびるに歌を』等々読んできましたが、どれもこれも出色の出来でした。
作家さんでは朝井リョウさん等が僕の中で「間違いのない作家」としてインプットされているのですが、乙一及び中田永一もまた同様に現在では「間違いのない作家」にリストアップされている状態です。
本作『暗黒童話』は最近ちょっと読書へのモチベーションが下がりきっているところもあって、なにか読みやすそうな作品をと思いチョイスした作品でしたが、読み始めてから20日近くかけてようやく読み終えるというなんとも長い読書になってしまいました。
ただ本に向き合っている時間が少なかっただけで、本腰を入れて読み始めてからはあっという間の一気読みとなりましたが。
記憶を繋ぐ目玉
『暗黒童話』という題名通り、人の言葉を話すカラスが、目を失った少女に話しかけるという不思議な設定から始まります。
カラスはパン屋の少年や老婆等、町の様々な人々からくちばしで目をくりぬき、少女に届けるようになるのです。
カラスから受け取った目玉を入れると、少女には目玉の持ち主が見てきた景色が見えるようになります。パン屋の少年の目玉が見た、パンをこねる母親の姿やブランコに乗って遊ぶ様子を疑似体験できるようになるのです。
また、花を育てるのが好きだった老婆の目玉を入れれば、目の前に色とりどりの花畑が広がります。
幼少時に目を失った少女は、二度と見ることのできない色鮮やかな世界が経験できる事に喜び、カラスもまた、そんな少女を喜ばせようと次々と新しい目玉を届けます。
しかしそれらの目玉は、町中の人々から生きたままえぐり出されたものなのです。
……といったものが、プロローグに代わって「アイのメモリー」と名付けられた作中作。物語の中に登場する絵本『暗黒童話』の中の一作品。
本編では菜深という少女が、不幸にもだれかの傘にぶつかって左目を失うシーンから始まります。
菜深が失ったのは左目だけではなく、その時の衝撃で記憶すら失ってしまうのでした。
両親は菜深のために、どこからから手配した左目を移植。
菜深は視力を取り戻す事が出来ますが、記憶は戻らず、以前の菜深とは別人のような変わってしまった彼女は、学校や両親とも馴染めない日々を送ります。
そんな中、菜深は時折、夢を見るようになります。
睡眠中の夢ではなく、ふと目にした何かがトリガーとなって記憶が呼び起されるような、不思議な白昼夢。
夢が繰り返される頻度が増え、やがて菜深は、その夢は移植された左目が見てきた光景だと気づきます。菜深は何が引き金となってどんな夢を見たのか、都度記録を残すようになります。自らの記憶を失った菜深にとって、左目のもたらす夢はまるで自分自身の記憶のようにかけがえのない意味を持つようになるのです。
そうして菜深は、両親や学校から逃げるように、旅に出る決意をします。
左目のもたらす夢の場所を、実際に訪ねるのでした。
グロ注意
上記がざっくりとしたあらすじですが、ご覧の通り、目が持ち主の記憶を繋ぐというダーク・ファンタジーな風味の物語となっています。
序盤からカラスが少年の目玉をくり抜いたり、といった場面が出てくるのですが、物語が進むにつれ、グロテスクな描写はどんどんエスカレートしていきます。
かなり控え目に書いていますが、実際にはものすごくグロいです。
グロさの度合いで言えば綾辻行人の『殺人鬼』や平山夢明の『独白するユニバーサル横メルカトル』に匹敵するものがあります。
もっと比喩的に言ってしまうと臓物系。
駄目な人は極端にダメでしょうねー。
僕は嫌いではないんですが、読んだ後に胃のあたりがムカムカしてしまうのは避けられません。
乙一らしさ
結局のところ、乙一作品を読むにあたって読者が期待するものって“乙一らしさ”という点に終始すると思うのです。
簡単に言うとミステリ風味。
その中でも倒錯系というか、アリバイやら密室トリックといった物理的な謎解きではなく、もっと読者そのものを煙に巻くような仕掛けだったりするかと思います。
あんまり書くとネタバレになってしまうので自重しますが。。。
その意味では、本作でも十二分に楽しめるものと思います。
移植された左目が見てきた光景を白昼夢として見ることができ、それを現実に確かめに行くわけですから。
『君の名は。』にも通じる大きな謎をフックに、物語はぐんぐん進んで行きます。
そうして迎えた終盤では、物語の盛り上がりとグロ描写の苛烈さに合わせて、乙一の持ち味である倒錯性によってしっかりと読者を煙に巻いてくれます。あとがきにある通り、本作は乙一が初めて書いた長編作品だそうですから、最初からこんな構成が出来たのかと思うと感心しきりです。
今回は僕自身のモチベーションがあまり良くなくて、時間をかけて飛び飛びに読み進めたような形になってしまいましたが、最初からあまり休まずに読んでいたらもっと楽しめたんじゃないかな、と若干後悔が残るぐらいには終始息切れせず、最後まで引っ張ってくれる良作でした。
グロ描写が苦手でなければ、ぜひお試しを。