和夫は早速新しい仕事に出かける
そこで本編の探偵役が登場する
探偵役が事件に介入するのは無論偶然であり
事件の犯人では有り得ない
『星降り山荘の殺人』を読みました。
初、倉知淳作品です。
これまでに何度か僕は新本格推理ブームの話に触れてきました。おそらく一番長々と書きなぐったのは『密室殺人ゲーム王手飛車取り』の記事かと思います。
上記記事を読んでいただければ話は早いのですが、いちいちリンクなんて踏んでられるか、という方も多いかと思いますのでかい摘まんで整理すると、僕は綾辻行人から始まる新本格推理ブームに見事嵌まり、その中でも特に歌野晶午・我孫子武丸・法月綸太郎と続いていく講談社デビュー組の作品を中心に読んで行きました。
そこから二階堂黎人、麻耶雄嵩、太田忠司、そして森博嗣に京極夏彦といった後発組にも食指は伸びていくのですが、初期デビュー組の純然たる本格ものとは異なり、後発組は奇をてらったトリックや奇想天外な構成、キャラクター性に特化した探偵等、オリジナリティーを模索していった結果、本格推理小説たる要素は薄まり、より広く一般の人にも読まれる大衆小説化していったと感じています。
初期作品に心酔していた僕としては徐々に変わっていくそれらの作品が受け入れられず、かといって似たような作品になりがちな本格推理小説にも食傷気味となり、いつの間にか離れていく結果となりました。
ただし当時は推理小説ブームの渦中だけあって、次から次へと新星が投入されていた時期でもあります。「推理小説は読み切ったかなぁ」という個人的な感慨に反し、手も触れず、一冊も読まずに終えた作者も沢山いました。
今回読んだ倉知淳も、未読のまま終わってしまった作家の一人。
それもそのはず、主な作家をデビュー年ごとに列挙すると、
1987年 綾辻行人
1991年 麻耶雄嵩
1992年 二階堂黎人
1996年 森博嗣
ちょうど僕が推理小説に飽き始めた時期にぶつかるのです。
しかも同年には新・新本格推理の申し子とも言える京極夏彦がデビュー。
世に巻き起こった空前の百鬼夜行ブームのさ中、ひっそりと文壇に登場していたのが倉知淳だったのです。
尚、本書『星降り山荘の殺人』は1997年に出版され、第50回日本推理作家協会賞(長編部門)の候補にもノミネートされています。
奇想天外のトリックはさぞかし当時の推理小説界を賑わせただろうことは想像に難くないのですが……いまいち世の中の認知度は低いままです。
なにせ前年1996年にはあの『すべてがFになる』を引っ提げて森博嗣が華々しくデビューしていますから。世は妖怪と理系ミステリで塗りつぶされてしまっている中では、本書のようなクローズド・サークルの探偵ものの注目度や評価が低かったのは仕方がなかったと言う他ありません。
だからこそ発表から20年が過ぎた今更、僕は本書『星降り山荘の殺人』を取り上げてみたいと思います。
雪の山中に取り残される一行、そこで起こる連続殺人
完全に王道路線です。
ザ・王道。
主人公の和夫は勤務先の広告代理店でトラブルを起こし、芸能マネージメントの部署へと転属されてしまいます。
そこでの業務はタレントのマネージャー。
女性のような美貌で注目と人気を集める星園詩郎のマネージャーとして、埼玉の山中にあるキャンプ場へと出向きます。
和夫は勤務先である広告代理店の社長と懇意にしているという不動産開発会社の社長、岩岸の求めにより、星園の他、ベストセラー作家の草吹あかねやUFO研究科の嵯峨島一輝といった顔ぶれが集まります。岩岸の所有するこのキャンプ場を、彼らのネームバリューとアイデアにより再生させたい、と言うのです。
さらにそこには、どこかの飲み屋で拾ってきたような女子大生二人組も加わります。
ところが翌朝、コテージの一室で岩岸が死んでいるのが発見され、未曾有の寒波によりキャンプ場は陸の孤島と化している事が判明。
岩岸を殺したのは一体誰なのか。
犯人の狙いとは。
明晰な頭脳を発揮し、真相究明へと乗り出そうとする星園とともに、事件を探る和夫。
しかしそこに、更なる事件が発生し――
……とまぁ、やっぱり王道の展開ですね。
誰もがどこかで聞いた事のあるようなストーリーです。
本書の特徴は、それが非常にユーモア感あふれる文章で進む点。
星園のマネージャーとして帯同したはずの和夫は、岩岸やその部下である財野からは「付き人」扱いされ、終始雑用係として酷使されます。
この“軽め”のエッセンスが人によっては大きく評価が分かれるところ。
綾辻行人や島田荘司、京極夏彦のような幻想的なムードや重々しい雰囲気を推理小説に求める人は、序盤から投げ捨ててしまう事請け合いです。
加えて物語の展開としては、王道であるが故に、非常に凡庸なんですよね。
みんなが集まり、一夜明けた朝に起きてこない人がいる→見に行ったら部屋で死んでた、なんてお約束過ぎる展開です。
ホラー映画でカップルちゃいちゃいちゃし始めたら死亡フラグ的な。
死体が見つかったにも関わらず、登場人物たちがほとんどパニックも起こさず、互いに疑心暗鬼にもならず、冷静にアリバイの供述に入ってしまう展開なども、だいぶ現実離れしています。
二日目の夜は「全員一緒に一夜を明かそう」という提案も、呆気なく却下されてしまったり。
終始王道の、言い換えればベタで凡庸な本格推理小説の流れに沿って物語が進みます。
ただし、本書の評価すべき点はそこではありません。
しっかりと、ベタな本格推理小説らしからぬ驚きの展開が用意されているからです。
ネタバレが嫌いです
毎度毎度書いていますが、ネタバレが嫌いです。
許しがたいレベルです。
極端に言ってしまえば、僕にとって推理小説を読むというのは、初めて『十角館の殺人』や『迷路館の殺人』を読んだ時の衝撃をもう一度味わいたくて読んでいると言っても過言ではありません。
なのにこのネット社会、安易にタイトルで検索しただけで、次の瞬間にはネタバレが目に入ってしまったりする。いやーホント、勘弁してほしいです。
毎度書いていますが、「○○トリック特集」や「驚愕のどんでん返し○選」もやめて欲しい。というかやめろ。
「○○トリック」なんてわかってたら読む楽しみ半減ですよ。
なので推理小説について書く時はいつも一緒ですが、詳しい内容については触れません。
何書いてもネタバレにつながっちゃう気がしますからね。
そういう意味で本書も、頭白紙の状態で読んで欲しい本です。
頭空っぽで読んで、素直に「騙されたー」と思えたらすごく面白かったと言えると思いますよ。
ちなみに僕も思わずtwitterでつぶやいちゃいました。
騙された。
— ライナスの毛布@読書垢 (@s_b_linus) 2020年3月5日