『出版禁止』長江俊和
一体なぜ、この作品が、“掲載禁止”となったのか? それは先ほど紹介したどのケースにも当てはまらない、極めて特異な理由からでした。
連日更新は実に久しぶりの事ではないでしょうか?
今回一日で一気読みしたのは長江俊和『出版禁止』でした。
こちらも「息を飲むどんでん返し」や「戦慄のミステリー」などという仰々しい謳い文句とともに出版された本です。
謳い文句通り、何やら評価も高いという事で今回手に取りました。
前置きは省略しまして、早速本編に入っていきたいと思います。
ノンフィクションライターが遺したルポルタージュ
本書はブックインブックの体裁を取っています。
『出版禁止』の中の大半は、ノンフィクションライター若橋呉成が遺した『カミュの刺客』というルポルタージュで成り立っているのです。
7年前、ドキュメンタリー作家熊切敏が心中事件を起こした。しかし、秘書であり不倫相手であった新藤七緒は生き残ってしまいます。熊切の妻は女優の永津佐和子だった事もあり、愛憎劇は大いに世間を騒がせました。
『カミュの刺客』において、若橋が追うのはこの事件。
熊切のファンであった若橋は知人から「この事件を追ってみないか?」という打診を受、新藤七緒に接近します。
焦点はただ一点、「熊切は本当に自ら死を選んだのか」。
七緒は自ら望んでの心中、自分だけが生き残ってしまった後悔を訴えますが、生前の熊切の言動や周囲の取材から、不審な点がいくつも浮上してきます。一方で七緒からも新たな事実や証拠が提示され、謎は二転三転、混迷を極めていきます。
事件をより複雑にしているのは、大物政治家の神湯堯。
神湯は政財界を陰で牛耳ると言われ、警察官僚にも大きな影響力を持ち、周辺には黒い噂が絶えない人物。
神湯に敵対する人物は、彼が望む、望まないにかかわらず、「カミュの刺客」と呼ばれる謎の人々に消されてしまう、というきな臭い噂もあります。
熊切は作品の中で神湯を揶揄し、世間を騒がせた事もありました。
もし、熊切が自殺でないのであれば、熊切を殺したのはカミュの刺客では。
そうであるならば、カミュの刺客とは他ならぬ新藤七緒なのでは。
謎が謎を呼び、ジェットコースターのように進展する物語なのです。
新世紀エヴァンゲリオン
読み終えた後、頭に浮かんだ作品があります。
それが『新世紀エヴァンゲリオン』。
1995年に放送されたアニメで、現在も劇場版が公開となる度に大騒ぎになる言わずと知れた超大作です。
エヴァのすごいところって沢山あると思うのですが、一番革新的だったのは「謎を謎のまま放置した」という点だと思うんですよね。いわゆる『藪の中』方式。
作品のあちこちに視聴者が首を捻るような謎が散りばめられ、その度にああでもないこうでもないとファン同士が推理を想像をぶつけ合わせる論争が繰り広げられました。未だにネットで検索すると「○○ってどういう意味?」「○○って結局なんだったの?」なんて考察がされていたりします。
全ての解答を提示せず、答えを視聴者自身に委ねた。ただし、ところどころには正答も提示しているので、確たる答えはわからずとも全体像としてはぼんやりとそれらしき姿が浮かび上がる、というバランス感が素晴らしかった。
ファンは完全に虜になって、ぼんやりとした虚像の中からより正答に近いものを探り当てるべく論争を繰り返し、それによりアニメにより深くのめり込んで行った、という構造です。
本書はそんな『新世紀エヴァンゲリオン』にすごくよく似ています。
逆に言うと、読み終わった後「はぁ?」で終わってしまいます笑
だって全部の伏線が回収されないんだもん。
フジテレビの人気シリーズ
推理小説系の作品については極力予備知識を持たず読み始めるタイプのため、読み終えた後で知りましたがフジテレビで人気だった『放送禁止』というシリーズが土台となっているようです。
「ある事情で放送禁止となったVTRを再編集し放送する」という設定の、“一見ドキュメンタリー番組だが実はフィクション”というフェイク・ドキュメンタリー(モキュメンタリー)というテーマで作られていたドラマ。
その小説版が、今回読んだ『出版禁止』だった、と。
あぁなるほどな、と思いました。
全体的にテレビっぽいですもん。ひきの作り方とか、終わり方の曖昧さとか。
一応、本書はジャンルとしては推理小説・ミステリとして扱われているようですが、断言しておきましょう。
これは推理小説ではありません。
必要な材料が全て提示されない。
最終的に全ての解答が示されない。
上記二点だけにおいても、推理小説であるとは全くもって言えません。
一応、読み終えると大筋はなんとなくわかったような気にはなるんですけどね。
じゃあ気になるところはググってみるか→考察サイト発見→ああなるほど→ただし確たる正解はわからず、、、といった具合。
さらに、これも後から知った事ですが、『放送禁止』のシリーズファンにはお馴染みの仕掛けが多数仕掛けられています。
これがもしかしたら推理小説っぽく語られがちな点なのかもしれませんが、言葉遊びの範疇のネタですね。物語中に必然的に盛り込まれているものに関しては許容範囲かもしれませんが、作者⇔読者間のためだけに仕込まれているとすれば、それはただのパズルでしかない。
しかも『放送禁止』のシリーズファンでなければ楽しめないパズル、という。
本作、テレビのディレクターであり脚本家が書いているだけあって、物語の進め方は非常に上手です。ぐいぐい引きこまれて、ぐいぐい読まされます。
ただねぇ、とにかくオチが残念。ただただ残念。
推理小説だと思って読んでたら、読み終えた後にクイズ番組のファンブックだと判明したような虚脱感に襲われています。
ファンには良いのかもしれませんね。
ただただ、残念。