おわかりだろうか。つまり同じ日が何度も繰り返されるのである。しかしそれを認識しているのはどうやら僕独りで周囲の誰もそのことに気がついていない。
西澤保彦『七回死んだ男』を読みました。
彼の作品はだいぶ前に『人格転移の殺人』を読んで以来なのですが、そちらはクローズ・ド・サークルの中で、登場人物たちの身体と人格が一定期間ごとに入れ替わる中、次々と殺人が起こるというかなりぶっ飛んだ作品で、最初から最後まで面白く読んだのを覚えています。
西澤保彦について記事にするのは初めてなので、作者について改めて説明しておきます。
西澤保彦は芦辺拓や二階堂黎人らと賞レースを争っていた世代となります。
ただし彼の場合、メフィスト賞や鮎川哲也賞を受賞して作家デビューを果たしたわけではなく、賞レースで最終選考に残る等の実績から作家や編集者に引き上げられた形となります。
その作家というのが島田荘司であり、編集者というのが宇山日出臣。
いずれも綾辻行人、法月綸太郎、我孫子武丸、歌野晶午らをデビューさせ、「新本格」ムーブメントの仕掛け人となった人物でもあります。
ちなみに宇山日出臣はその後メフィスト賞を創設し、京極夏彦、森博嗣、舞城王太郎、西尾維新らの発掘にも関わる等、日本の推理小説界を陰から支えた立役者ですので、興味がある方は色々と彼の功績を調べてみるのも良いでしょう。
つまるところ、西澤保彦という人物は綾辻行人、法月綸太郎、我孫子武丸、歌野晶午らに続く系譜の作家である、という事がおわかりいただけたかと思います。
ただし、本人自らもあとがきで
むしろ西澤保彦は、デビュー四年目にして早くも使い古されつつある“新勢力”の一員だという認識の方が強いようで、“イロモノ”とは、そういう意味です。
と記す程、推理小説作家の中では異端の部類に入れられてしまう作家だったりします。
西澤保彦は“SF新本格推理”なる作風を得意とする作家なのです。
そしてその代表作と呼ばれるのが本作『七回死んだ男』なのです。
“反復落とし穴”というタイム・パラドックス
主人公久太郎(以下・キュータロー)は自らが“反復落とし穴”と呼ぶ不思議な体質の持ち主。
“反復落とし穴”はある日突然始まり、全く同じ一日が9回繰り返されるという謎の現象。
基本的に他の人物たちは同じ言動を繰り返すものの、唯一繰り返しの記憶を持つキュータローだけは意図して別の行動を選択する事ができる(一周目に踏んだ犬のフンを二周目以降は踏まないように避ける等)。それにより、他の人物たちの言動には大小の影響を与えたりする。ただし、大筋としてのオリジナル周の内容が変わる事はほとんどない。
そんなキュータローは外食チェーンを経営する祖父を持ち、祖父にはキュータローの母を入れて全部で三人の娘がいます。毎年正月には親族一同が会し、祖父が遺言状をしたためるのが恒例行事となっていました。
祖父の財産を巡りそれぞれの陰謀や思惑が渦巻く中、1月2日に“反復落とし穴”に嵌まってしまうキュータロー。一周目であるオリジナル周には何事もなく帰宅したはずが、二周目では祖父が殺されるという事件が発生してしまいます。
祖父を殺した犯人は誰なのか。
三周目では疑わしい人物を祖父から遠ざけ、殺人事件が起こらないように画策するキュータローですが、なぜか同じように祖父は殺されてしまいます。
四周目には、二周目・三周目でそれぞれ犯人と思わしき人物を隔離しますが、それでも祖父は殺されてしまう。
オリジナル周では殺人事件など無かったにも関わらず、二周目以降は何度やり直しても殺されてしまう祖父。これこそが『七回死んだ男』たる由縁。
一体どうして殺されてしまうのか。どうしたら祖父の殺害は防げるのか。
まさに“SF推理小説”の金字塔とも呼べる作品なのです。
ゲームブック
ただねぇ……七回は多い(笑
キュータローが一周ごとに考察を重ね、反省と改善を繰り返す事でそれぞれの登場人物の隠されていた関係性や思考等が明らかになっていくのが本書の醍醐味だとは思うのですが、基本的には都度やり直しになってしまうというのがなかなか歯がゆいところ。
一周ごとに変わったところもあれば、変わらないところもあるわけで。
キュータローの行動が何に影響を及ぼし、逆に一切関わりのない事柄はなんなのか、といった点にも注意しながら読み進めるわけですが、流石に何度も何度も繰り返されると読んでいる方も疲れてきますね。
連想したのは昔流行ったゲームブック。
前回『殺戮にいたる病』でご紹介した『かまいたちの夜』の小説版のようなもので、選択肢を選ぶ度に違うページに進み、誤った選択をするとすぐゲームオーバーになってしまう、というもの。
まさしくこれに近い感覚がありました。
いやいや、それじゃ殺されるのはわかったわー。
はよ正解教えてよー、的な。
どうすれば殺人を防げるのか
本書においては一周ごとに犯人(と思われる人物)は異なるため、一般的な推理小説のような犯人当てゲームではありません。
最大の謎(答え)は「どうすれば殺人を防げるのか」という一点に尽きます。
7回死ぬのはタイトルからわかりきった話です。
ところがどっこい(←古)、要所要所にちょっと気になるような違和感があったりするんですよねぇ。妙な感じがするんだけどもしかしたらこれってなんか企んでない?みたいな。
この辺り、西澤保彦の代表作として、さらには新本格推理小説の中でも読むべき本の一冊に挙げられるだけの事はあるなぁ、と唸ってしまいます。
SFだったりコミカルだったり色々と複合的な要因は多いんですが、読み終えてみればやっぱりこれは『本格ミステリ』なんですよね。
しかもフェア&フェア&フェアで、伏線と手がかりがしっかりと提示された王道の推理小説だったりします。
普段はできるだけ無防備に読んで「騙されたー」と楽しむ僕ですが、本書に関しては6割方作者の狙いに気づいたり。。。むしろわかり易過ぎるぐらいのトリックかもしれません。
“SF本格推理”などと聞くと食わず嫌いを発症してしまう方もいるかもしれませんが、中身は間違いなく“本格推理”ですのでぜひぜひ手に取ってもらいたいです。
なお、冒頭にご紹介した『人格転移の殺人』もオススメですよ。