同棲は結婚に続いていないみたいだ。一緒に生活して、お互いの素顔を見せることで家族同然になり、その安らぎをもっと本格的にしたくて結婚するものだと思っていたけれど、家族同然になったからといって、家族になれるわけではないのだ。
しばらくぶりの更新になりますが、読んだのは綿矢りさ『しょうがの味は熱い』です。
綿矢りさ作品を読むのも久しぶりですね。『ひらいて』以来となります。
彼女について思うところは過去の記事に書いていますので、気になればそちらもご覧になって下さい。
同棲カップルのお話
本署に収められた『しょうがの味は熱い』『自然に、とてもスムーズに』はいずれも奈世と絃という同棲カップルを中心として描かれた作品です。
大学を卒業した絃は、バカにしていたはずの会社人間として毎日を疲弊しながら暮らしています。簡単に言うと絃は几帳面で繊細、こだわり屋で恋愛に関してはあまりべとべとしたくないタイプ。気難しいと言われそうな人物像ですね。
対する奈世はがさつで大雑把、いつでも相手の側に寄り添っていたいというタイプ。
自分の事で精一杯の絃に対し、常に絃に寄り添おうとする奈世。
まぁこんな二人だから、うまくいくはずもありません。
あまりにもすれ違いが大きくなるものだから、部屋を出て行こうと決心する奈世。彼女に対し、起きがけ絃が発するひと言が大きなインパクトを残します。『しょうがの味は熱い』ある意味、このひと言のために書き連ねてきたような作品。
続く『自然に、とてもスムーズに』は二人の数年後の様子が描かれています。入社から五年が経ち、すっかり仕事にも慣れた様子の絃。しかしながら同棲から三年を過ぎたある日、奈世が区役所で婚姻届けを貰ってきた上、勝手に自分と絃の名前まで書いてしまった事に怯えを見せます。
以来、毎晩のように泣きながらぶつかり合う二人。なんとかして絃と分かり合いたいと願う奈世と、そんなことよりもただただ安らぎを欲する絃。亀裂は決定的なものとなり、奈世は今度こそ部屋を出、故郷の実家へと帰ります。
平凡な物語の中の、平凡ではない人々
こうしてあらすじを書いてみると、びっくりするぐらい平凡な話ですね。
すでに同棲しているぐらいですから好きだの嫌いだのと一喜一憂するラブコメではありませんし、ミステリーやホラー、サスペンスといった要素は一切ありません。
あくまでも結婚したい女と結婚に乗り気ではない男という男女の日常を描いただけの平凡な話。
しかしながらストーリーとしては平凡でありながら、物語としては面白おかしく成立してしまうというのが綿矢りさの面白いところなのでしょう。
特に女性キャラクターの描写には舌を巻くものがあります。『勝手にふるえてろ』や『ひらいて』でも思わず「そんな事考えんのかよ」と突っ込みたくなるような突拍子もない発想や思い込みをする女性が主人公でしたが、本書の奈世も同様です。
最初から最後まで、奈世は絃の事ばかり語り続けます。ずっとです。仕事や、自分の他の私生活はほとんど登場しません。ひたすらに絃を観察し、絃が何を考えているかを想像し、絃と自分との関係性を考え続けます。彼女は怖いぐらいに、絃の事しか考えていないのです。
鍋が煮えるまで、またはグリルで魚が焼けるまでの、何もすることがないこの空白の時間を、私はうまく過ごせない。おかえりなさいから夕食を食べるまでの、日常の隙間の四十分が人を絶望させる力を持っているなんて、絃に会うまでは知らなかった。
たった四十分で彼女は一体何に絶望を強いられたのか。その答えがこれ。
帰って来てから絃がほとんどしゃべっていないことがどうしても気になる。
絃は家に帰ってきてからも、黙々と持ち帰った仕事を続けます。その沈黙に耐えられない、という事なのでしょう。
付き合ってすぐならばともかく、もう一年近く同棲していてこの状態だというのだから、なかなか面倒くさい人です。
そう、奈世という女性はとにかく面倒くさいのです。
だからずっと絃を見続け、相手の意識が自分に向くのを期待して待っている。絃はと言えば、奈世がそう期待していると知りながらあえて応えようとはしません。さながら、付き合っていられないといった心境なのでしょう。
かといって絃が悪いとも、奈世が悪いとも言い切れません。
単純に言ってしまえば二人とも「相手に合わせる」という事ができない人たちなのです。その合わなさ、と細部に至るまで緻密に書き連ねた物語が、本作とも言えます。滑稽で、シュールで、どこか恐ろしかったりもするおかしな二人のおかしな日常。
エンターテインメント小説としてのウケが悪いのはいかんともしがたいところですが、個人的には非常に好きな作品です。
平凡なストーリーで非凡な物語を作り上げてしまう筆力がとにかくすさまじい。こんなの一朝一夕では書けませんよ。
綿矢りさの作品にはハズレがないだけにもっとどんどん読みたいところなんですが、唯一彼女に欠点があるとすれば多作家ではない事かなぁ。平凡な話ばかりでつまらない、という声を払拭するような、とんでもないエンタメ作品にも一度挑戦してみて欲しいと思ったりもするんですが。
今回もダラダラ書き連ねましたが、良い読書でした。