なんだか。のゆりは思う。
なんだかここは、とってもうすみどり。
川上弘美『風花』読みました。
初めて手に取る作者です。
「なんとなく聞き覚えはあるけどどんな作品書いてる人だっけ?」なんて思われる方も少なくないかと思います。かく言う僕がその一人です。
実はこの方、経歴(受賞歴)を見るととんでもない人物なんですよね。
- パスカル短篇文学新人賞(1994年)
- 芥川龍之介賞(1996年)
- 紫式部文学賞(1999年)
- ドゥマゴ文学賞(1999年)
- 伊藤整文学賞(2000年)
- 女流文学賞(2000年)
- 谷崎潤一郎賞(2001年)
- 芸術選奨(2007年)
- 読売文学賞(2015年)
- 泉鏡花文学賞(2016年)
これでもかというぐらい受賞しまくってます。
さらに文学以外にもこんな賞まで。
紫綬褒章ですよ!!!
すごくないですか?
外に芥川賞他様々な文学賞の選考委員も務められているそうです。
どこにでもいそうでいない変な夫婦
本作の夫婦であるのゆりと卓哉は結婚7年目の夫婦。
冒頭からのゆりは歳の近い叔父の真人と二人きりで泊りがけの温泉旅行へ行きます。
特に不倫や肉体関係にあるわけではないようで、のゆりは卓哉の不倫や夫婦の状況について相談したりしている様子。
……もうここから違和感ですよね。
実際チェックアウトの際に二人の関係を知った中居さんが「ご親戚だったんですか」なんて笑ったりしていますから、他人から見れば夫婦か不倫か判断つきかねる謎のカップルにしか見えなかったのでしょう。
しかしのゆりは、そんな他人の様子を気にしている様子は全く見えません。
今流行りのプラトニック不倫というやつなんですかね?
親戚とはいえ他の男性と二人きりで旅行に行きつつ、夫の不倫について相談しているというなかなか理解しがたい状況から始まる本作は、全てがそんな風にどこか世間から外れたような、掛け違ったボタンを見るような違和感を内容しながら進められていきます。
とかく夫の卓哉という人間は妻のゆりと軽視し、次々とよそに女を作るけしからん男です。
のゆりに対する態度も、完全に破綻した夫婦のそれにしか見えません。夫婦という関係が戸籍上残っているから仕方なく一緒に住んでいる。顔も見たくないし、一切干渉しないで欲しい。相手にも全く関心はありません、という最悪の状況ですね。
ところがなかなか二人を繫ぐ糸は切れず、ズルズルと形だけの夫婦を続けているだけのはずが、物語が進むに連れてどうやら奥底に流れる見えない絆のようなものが浮かび上がってくる、という作品となっています。
成熟した文学作品
正直なところ、物語そのものには特に盛り上がりもありません。
のゆりと卓哉という夫婦はもちろん、二人に関わる登場人物たちは全てどこか変わった人達ではありますが、エンターテインメント作品のように個性的なキャラクターをしているわけではありません。
ですから基本的にはどこかズレた夫婦の生活が淡々と描かれるばかりです。
個人的に驚いたのは、文章が無味無臭に徹している点でしょうか。
文学作品というと独特の比喩や個性的な文章に目が行きがちですが、本作に関しては特徴的なものがほとんどありません。
作者の顔が思い浮かばないほど、無個性で無味無臭な文章でつづられています。
これがとにかくすごいなぁ、と。
文章には確実に作者各々の個性が滲んでしまうものですし。
なんの引っ掛かりもなくスルリと頭に入ってしまうというのは、上質な日本酒を思い起こさせます。本当に上手い日本酒は水みたいなものだ、と酒飲みやよく言いますもんね。
僕はあんまりお酒飲まないんですけど。