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年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『天使の卵』村山由佳

「嘘つき! 一生恨んでやるから!」 

 

村山由佳天使の卵 エンジェルス・エッグ 』を読みました。

第6回小説すばる新人賞を受賞し、作家村山由佳を世の中に知らしめるきっかけとなった作品でもあります。

 

ちなみに本書は初読ではありません。

中学生か高校生の頃に初めて読んで以来、何度読み返した事か。

ここ十年程はご無沙汰していましたが、二桁を数える程何度も何度も繰り返し読んだバイブル的作品でもあります。

 

小学生の頃に宗田理ぼくらの七日間戦争』シリーズに嵌まったのが僕の読書体験の始まりだとすれば、中学生になってから綾辻行人十角館の殺人』で本格ミステリに目覚め、『ロードス島戦記』『スレイヤーズ!』でライトノベルに夢中になりました。

 

そんな偏った読書遍歴を持つ僕に、いわゆる一般文芸・恋愛小説の入り口を開いてくれたのが本書です。

以降は『BAD KIDS』や『おいしいコーヒーのいれ方』シリーズ等など、貪るように読んで来ました。

 

村山由佳も好きな作家で常に五指に入り続ける作家さんです。

 

最近ちょっと読書に飽きが来て、ライトノベルばかり流し読みしていましたので、この辺りでちょっと刺激を求めて『天使の卵 エンジェルスエッグ』に手を出してみました。

 

 

設定+設定+設定+設定……

主人公の歩太はたまたま乗り合わせた満員電車で、混雑した人波の中から一人の女性を助けます。

歩太は大学受験に失敗した予備校生。

浪人を決めたものの、芸大という潰しの利かない進路に未だ迷い続けています。

というのも歩太の父親は心の病を患い入院中。

母親が小さな飲み屋を営む事で、女手一人で家族を支えているのです。

 

そんな歩太が父のお見舞いに出かけた先で出会ったのが春妃。

新しく父の担当となったという彼女は、電車で出会ったあの女性でした。

運命の出会いと再会を経て、春妃に思いを寄せるようになる歩太。

しかし彼女は、歩太の交際相手である夏姫の姉だったのです。

 

しかも春妃には結婚歴があり、前の夫もまた歩太の父同様、心を病んで自殺してしまいました。

夫を助けてあげられなかった自分に後悔し続ける未亡人。

春姫は妹である夏姫から最近歩太とうまくいっていないと悩みを打ち明けられ、妹のためにと歩太を問いただします。しかし既に、歩太の心は春姫に向いていて……。

 

……とまぁ、序盤の主な流れを書いただけでこんな感じになってしまうのですが。

 

スゴくないですか?

 

出て来る登場人物はさほど多くないのですが、それぞれが様々な悩みや背景を抱えていて、さらに濃密に関わり合う。

それら一つ一つにしっかりと意味がある。

無駄な要素が一つもない。

改めて読んでも作り込みに感嘆します。

ちなみにこれは、物語の構成としても同様です。

 

無駄がない

一般的に小説って途中中だるみがあったりするものかと思うのですが、本書には見当たりません。

新たな事実が判明したり、新たな事件が起こったりしながら、最初から最後までずっと休むことなく物語が動いていきます。

これもスゴい。

この“新たな”というのがキモで、物語が落ち着こうとするちょうど良いタイミングでポーンと加速させてくれます。

実に軽妙かつ絶妙なタイミング。

元々200ページ強とボリュームが少ない作品である事を除いても、飽きさせる事なく最後まで一気に読まされてしまいます。

 

とにかく全てが『天使の卵』という作品に必要なものだけで構成されています。

無駄な登場人物はいませんし、無駄なエピソードもない。

改めて読んだ今、その事を再確認できて本当に目から鱗です。

 

初めて読んだ時には「とにかく面白かった!最後まで一気読みした!」というだけで満足でしたが、そこにはちゃんと理由がある事が再認識できました。

 

 

言葉の呪縛

いつも記事の冒頭にはその作品の中で印象的だったシーンや言葉を引用するようにしているのですが、今回はすぐに決まりました。

もう一度書いておきましょう。

 

「嘘つき! 一生恨んでやるから!」 

 

読んだ人であればわかると思いますが、この言葉の重みって途轍もないですよね。

言った側も、言われた側も、言葉通り一生引きずるだけの重みをもった言葉です。

もちろん、言った時は感情に任せてつい口をついて出てしまっただけなのかもしれませんけどね。

 

けれどその後の状況次第では、一生続く後悔を生み出す事もある。

そんな言葉の持つ力や重さを再認識される物語です。

 

主人公である歩太や、ヒロインである春妃に思いを寄せがちですが、大人になってみるとこの物語で一番苦しい想いをしているのはこの発言の主だという事に改めて気づかされたりします。

 

村山由佳さんはちゃんとそんな点も見逃さず、後日談・続編ともなる『天使の梯子 Angel's Ladder』や本作の視点を変えた『ヘヴンリー・ブルー』を書いてくださっています。

大きな楔を背負った彼女が、いつか救われる日がくるのか……本作を読んだという方には、ぜひそちらも手に取っていただきたいと思います。

 

 

 

 

今でいうライト文芸のはしり

昨今ではライト文芸が書店の棚の面積を広げつつあります。

いわゆる大人向けライトノベル、というやつですね。

 

『ビブリア古書堂の事件簿』や『君の膵臓をたべたい』が代表作として挙げられるようですが、おおよそ「ラノベのように個性的なキャラクターが、甘く切ない恋愛を繰り広げる」(その物語としてミステリやあやかしといった要素が取り入れられたりする)といった作風が多いようです。

 

そうして比べてみると、『天使の卵』は今で言うライト文芸のはしりと言えそうです。

 

小説すばる新人賞の講評では「よくここまで凡庸さに徹することができる」と五木寛之が述べていますが、それこそ現在のライト文芸の手法だったりもしますよね。

 

病や死といった悲劇的題材を扱い、どこか既視感のある登場人物たちが、既視感のある恋愛模様を繰り広げ、読者の胸をぎゅっと締め付けるような切なさをもたらす。

 

これはまさしく本書『天使の卵』であり、村山由佳初期の作品群に当てはまるものだと思います。

 

ライト文芸レーベルが好きでよく読むけれど、『天使の卵』は読んだ事がないという方は、ぜひ一度読んでみませんか?

おいしいコーヒーのいれ方』シリーズや『BAD KIDS』と合わせて、自信を持ってお勧めしたい作品です。

 

 

 
 
 
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