小学五年生の夏は特別だった。五人はみな、そう思っている。
けれど高校一年生の夏もまた、特別だ。
水生大海『消えない夏に僕らはいる』を読みました。
新潮文庫nexというレーベルから出ている作品。ライトノベル……というよりライト文芸的なレーベルなんでしょうね。
ライトノベルの記事が続いた後、前回はライト文芸のはしりとして『天使の卵』をご紹介しましたが、お察しの通り、ちょっとライト文芸系の作品に興味を持ち始めている次第です。
ライト文芸といえば青春であったり、切ない恋愛ものであったり、といった作品が多いように感じていますが……『消えない夏に僕らはいる』というタイトルは非常にそれに沿った作風に感じます。
最下部に作品へのリンクを掲載していますので後程確認していただきたいのですが、教室で、どことなく不安げな雰囲気のある五人の生徒が佇む表紙絵なんかもいかにもライト文芸的な匂いがぷんぷんします。
実は本書はこの表紙絵とタイトル名に惹かれたという理由だけでジャケ買いした作品です。
さて、内容はどんなものか。
5年前、事件に巻き込まれた子供たちが同じ高校で再会
小学校五年生の時、響の暮らす田舎町に都会の小学生たちが校外学習でやってきます。
その中にいたのが友樹、紀衣、ユカリ、宙太の仲良し四人。
木工細工の工房でたまたま母親の手伝いにやってきた響は、そこで彼らと出会います。
四人は響に廃校に案内して欲しいとねだり、みんなが寝静まった夜、宿泊施設を脱走して再びその廃校を訪れます。
しかしそこでは響の親戚に当たる青年らが怪しげな動きをしており、見つかった彼らは青年たちに追われ、紀衣は大怪我を負う事態に。
駆け付けた人々により青年たちは取り押さえられ、事件は落着したものの、青年の親戚筋であった響は両親とともに謝罪を繰り返す羽目に。周囲から厳しい声を浴びる響のためにと両親は離婚し、苗字を変え、転校を繰り返すという悲しい生活を送ります。しかし行く先々で事件の事がバレる度に、響は苦しい想いを強いられます。
そんな響は高校進学にあたり、隣県の進学校へ。
誰も知る人のいない環境の中で、心機一転新しい生活を夢見る響の前に現れたのは、かつてたった二日だけ一緒に過ごしたあの四人なのでした……。
ホラー?ミステリ?いやいや日常学園ものです
冒頭にある小学生時代のエピソードは、ちょっと懐かしい感じやほろ苦い雰囲気も満載で物凄く良いです。
とんでもない大冒険を繰り広げた彼らが高校で再会。
きっとここから新たなドラマが、そしておそらく過去の事件も関わる五年越しのストーリーが生まれるはず。
どんな面白い物語になるのかと思いきや……。
読み進めるにつれて、どんどん不安になります。
そもそもの構成が、一人称にも関わらず章ごとに視点が入れ替わるという非常に読みにくいもの。
つまり上に名前を挙げた五人それぞれが主人公となり、場面場面で視点がころころと入れ替わるのです。
その度にいちいち、友樹は高校入学にあたりどんな期待をしていたのか。紀衣はどんな心情だったのか。ユカリは他の四人とどんな風に距離を置いていたのか。といったエピソードが逐一語られます。
そうしてようやく物語が動き出したかと思えば、やたらと女王様気取りの面倒くさい学級委員長が頭髪について難癖をつけはじめ、校則で決まっているから天然パーマの場合には親の証明書を提出しろだのという些末なトラブルが始まるのです。
このあたりでもしや、と思いました。
……もしかして大きな事件とか期待しちゃ駄目?
予感は正しく、結局のところ最後までこんな調子の物語。
基本的に小説はしっかりと全てに目を通すのですが、あまりにもどうでも良いモノローグが多すぎるので、後半はかなり斜め読みしてしまいました。
つまるところがスクールカーストの最上位に位置する女生徒がいちいち問題をややこしくし、響のように過去に傷を持つ子はまんまとその餌食にされてしまう、というだけの話です。
冒頭の小学五年生のエピソードは響の抱える過去の傷であり、再会した五人はお互いに気まずいながらも最終的に意気投合するという、日常的なスクールカーストを描いた学園モノ作品でした。
もったいない……
はっきり言って、肩透かしです。
思わせぶりな表紙絵といい、魅力的な冒頭エピソードといい、かなり面白い素材あったんですけどね。
いやはや、スクールカーストの話だとは。
加えて、物語のキーとなる「響の過去の傷」というのが非常に弱い。
響は四人に求められて廃校に案内しただけで、どう考えても全く悪くないんですよ。
ところが彼らを襲った青年が親戚筋で、彼には身寄りもなかったことから響の両親がまとめて謝罪を繰り返す事になった。結果として響も犯罪者として扱われ、行く先々でいじめを受けたという謎の転換を起こします。
このロジックに説得力が皆無!!!
だから過去の事件を知ったクラスメイト達が「謝罪しろ」と響に詰め寄る様子も、それを止められない四人の気持ちもさっぱり理解できないのです。
「いや、案内しろって言われたから案内しただけだよ。実際に怪我を負わせたのははとこだよ」
「そうだよね。響ちゃんは何もしてないよね。むしろ私たちが無理強いしただけだし」
このやり取りで済む話ですよね?
僕がクラスメイトなら「そうだったんだ。かわいそうに」と逆に同情することでしょう。
なのに作中の登場人物たちはしつこく食い下がります。
せめてはとこが犯した罪が津山三十人殺し並みの大量虐殺だったとか、罪を犯したのがはとこではなく血を分けた兄弟や両親というのであれば、響に厳しい視線が向けられるのもわからないではありませんが。
はとこが。
小学生を傷つけた。
しかもその小学生たちも校外学習の宿泊先から夜中に脱走するような問題児。
加えて響はどちらかというと彼らを止めようとしていた立場。
にも関わらずそのせいで響がイジメられ続ける……ちょっと理解できませんね。
一番キモとなるここの部分に共感できないのだから、物語全体通して面白いと思えないのは明白です。
むしろ共感できる人、いるの???
でもって、五人が再び力を合わせて立ち向かうのはスクールカースト……どうしたら面白くなるのでしょう? 頭を抱えてしまいます。
設定:ヒーロー戦隊をイメージした五人組(※五人は強い絆で結ばれている)
あとがきによると、作者は五人の主人公にヒーロー戦隊を重ねて書いたそうです。
直情的で正義感溢れる友樹はレッドで、紀衣はイエローで……的な。
こちらもはっきり言ってしまえば、失敗ですね。
特に女の子たちは名前が書いてなければ見分けがつかないレベルです。
それぞれショートカットだ、髪の毛がくるくるだ、と外見上の特徴は書かれていますが、思考レベルや発言内容ではほぼ一緒。イエロー役、グリーン役、と名札を貼られたマネキンにも等しい人間性。
登場人物の中には誰かを好きになったり、失恋したりするキャラクターも出てきますが、その理由にしても外見上の優劣ばかり。
主人公五人を含め、心の底で繋がっている、惹かれているという印象が全くない。
五人はただただ昔そういう事件があって、長い時間を過ごして来たから当たり前にみんな強い絆で結ばれているという設定があるから、そういうものなんだという前提で物語が書かれています。
ラノベにありがちな設定だけの物語ですね。
とりあえず男と女が出てきて、当たり前のように惹かれ合う。でもお互いの何に惹かれているのか、読者にはさっぱりわからない。こいつら欠陥だらけじゃん? 見た目が良ければそれでいいの? なんて読者の疑問を無視したまま、男女はお互いの一挙手一投足にドギマギするという話が延々と続いていくラブコメ……そんな作品はラノベに限らず一般文芸でも時たま目にしますが、似たような作品と言えるでしょう。
設定:強い絆で結ばれた五人
誰がどんな性質であろうと、お互いの上っ面しか見てなかろうと、彼らは設定上そうなっているので、お互いの全てを無条件に受け入れる。
まー、確かにヒーロー戦隊ものと言えるのかもしれませんね。
ライト文芸のテンプレにあるような「青春」「恋愛」「ほろ苦」的な内容を勝手に期待していた僕の手落ちでしかないのですが……かえすもがえすも、表紙絵で彼らが深刻そうに眉を曇らせる理由が面倒な人間関係だったなんて。
いやはや、残念な読書でした。