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年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『天使の梯子』村山由佳

「ほんとに、長かったよな、十年。――もう、いいよ夏姫。もう、いいかげんに解放してやろう。俺らが春妃に縛られてるだけじゃない。春妃のほうも、俺らに縛られてるんだ」

村山由佳天使の梯子』を読みました。

青春恋愛小説の金字塔とも言われる『天使の卵』の後日談・続編となる作品。

本作についても以前読んだ覚えがあります。ところが内容についてはいまいち思い出せないというちょうど良いぐらいの記憶の薄れ加減。

せっかく『天使の卵』を読んだ事ですし、未読の『天使の柩』も含め、改めてシリーズ通して読んでやろうと思った次第です。

最近似たようなライト文芸ばかり好んで読んでいただけに、ちょっと食傷気味なのも否めませんし。

 

村山由佳作品で一旦感性をフラットに戻した上で、ライト文芸に戻ろうかな、と。

なお『天使の卵』については先日再読した記事を公開したばかりですので、そちらをご確認下さい。

 

夜叉の道に落とされた夏姫のその後

本作の主人公はフルチンこと古幡慎一。

幼い頃に離婚し、それぞれが自由に恋愛を繰り返す両親を持つ彼は、祖父母宅で育てられます。

祖父は数年前に他界し、現在では祖母との二人暮らし。

 

しかし冒頭から、その祖母が亡くなったシーンから始まります。

悲しみに沈む慎一に一人の女性が寄り添い、二人で死生観や後悔について話し合います。

「逝ってしまった人より、残された者のほうが大変だったりもするけど、それでもどうにか自分をだましだまし生きてかなきゃしょうがないんだからね」

そう訳知り顔で諭す彼女に、慎一は反発を覚えるばかり。

ですが僕たち読者が、どうして彼女がそんな事を言うのかよく知っています。

 

彼女こそは天使の卵』において、決して逃れる事のできない後悔を背負って生き続ける宿命を背負わされた夏姫なのです。

 

慎一を主人公としつつ、本作は遺された歩太と夏妃のその後を描いた作品となっています。

 

後悔と向き合う生き様の物語

本作を読んだ感想を一言で言い表すなら……暗い、です。

とにかく暗い。

天使の卵』も決して明るい物語ではありませんでしたが、それでも歩太と春妃が互いに寄り添いながら、幸せになろうと進んでいく様子はほんわりと温かいものがありました。

あちらは冒頭にも書いた通り、基本的には青春恋愛小説ですからね。

 

一方で本作『天使の梯子』は青春恋愛小説と呼ぶ事にためらいを覚えてしまいます。

もちろん、慎一と夏姫の恋愛模様を中心に物語は進むのですが、物語の主題は明らかに恋愛ではないのです。

 

じゃあ何かと問われれば、天使の梯子』は過去の後悔と向き合う人々の生きざまを描いた作品だと思います。

 

天使の卵』からの出演となる夏姫と歩太はもちろんですし、主人公の慎一もまた、祖母の死に際し、夏妃と同じような罪を重ねてしまいます。

それぞれが罪と後悔に苛まれ、喪に服し続けるような日々を送っています。

 

彼らは救いを求めているようでもあり、反面、自ら進んで罰を科しているようにも見えます。

 

いつか彼らが過去から解放される日がくるのか。

暗闇の中を手探りで歩き回る人々を見守るような、そんな物語――最初から最後まで暗い雰囲気に覆われているのも、仕方がないのかもしれません。

 

 

完璧な恋愛との対比

本書、批判的な声も少なくないんですよね。

天使の卵』はあれ自体で完成されているのだから余計な事はしないで欲しかったという意見と散見されるのは成長した夏姫のキャラクター像についての幻滅

 

天使の卵』は間違いなくそれ自体で完成された作品です。

だからこそ今もなお再版を重ね、書店の棚に並び続けています。

 

それはつまるところ、春妃と歩太の恋が完成されていると言い変える事もできます

悲しいけれども、それ故に彼らの恋は永遠のものとなった。

 

後日譚となる『天使の梯子』においても、歩太は春妃への想いを貫き続けています。

再び失う事への恐怖もあり、新しい恋は全くしていない。

言葉の節々からも、十年経っても変わることなく春妃を想っている様子が感じられます。

 

一方で、夏姫。

運命的、と言えば聞こえはいいのですが、以前高校教師を務めていた彼女は、再会した教え子である八つ年下の慎一とあっという間に恋に落ち、肉体関係を結んでしまいます。

しかも前の恋人と別れたその夜の話です。

 

決して尻軽なわけではなく、こんな事になったのは慎一が初めてだと彼女の貞淑さを補足するような記述はありますが、多くの読者にとってはう~ん、と唸らざるをえないわけです。

前の恋人も、あまり好きではなかったような雰囲気ですし。

 

大学生の慎一もまた、一回こっきりや短い付き合いを本条としているような発言もあり、それが家庭環境や様々な事情を背景としたものだとしても、やっぱり軽薄な印象を抱いてしまいます。

 

片や永遠の愛。

片や出会ったその日にベッドイン。

 

夏姫と真一が独立した物語であればまた印象は違ったかもしれませんが、本作はどうしても『天使の卵』が前提にあるがために、どうしても春妃と歩太の関係と比較されてしまいますよね。

 

春妃と同じように夏姫もまた八歳年下の男と恋に堕ちてしまったんだ、と理解しつつも、でもやっぱりあの二人とは重みが違うよな、なんて鼻白んでしまうわけです。

 

 

黒・村山

夏姫のキャラクター像には、どうも数年後に発表される『ダブル・ファンタジー』へ続くものを感じてしまいます。

 

恋愛という心の面については様々な想いや消えない過去を抱えつつも、現実的には目の前の人間とフランクに恋愛関係を結ぶ。そこには肉体関係だって当然のようにある。

好きじゃない相手と平気で寝るのかと問われれば、そうではない。相手の事はちゃんと好き。だからといって過去の傷や思い出までリセットできるわけじゃない。

だとしたらそれはきっと本当の恋じゃないからだ。やっぱり本気で好きじゃないんだ……なんて理想論でしかないよね。人の記憶とか想いって、そんな簡単なものじゃあない。

 

とまぁ、ある意味では現実的と言えるのですが、逆に言うと美しくない姿。

村山作品はいつしか初期の恋愛青春もののテンプレとも呼べそうなキャラクター造形が影を潜め、本作あたりから著者自身を投影したかのような等身大の人物像が中心になっていきました。

青春小説から文学小説への飛躍。

白・村山から黒・村山への転換。

それを象徴するのが夏姫というキャラクター像なのだと思います。

永遠の愛の中にいる歩太や春妃と並べば、夏姫の醜さは嫌が応にも目立ってしまいます。

 

慎一もまた、歩太と夏姫の関係を邪推し、誤解し、嫉妬を繰り返し、非常に醜い。

青臭さと未熟さが鼻にツンとくるほど強烈な醜さを惜しげもなく披露してくれます。

落ち着き払った歩太との対比で、慎一の醜さもまたこれでもかと際立つのです。

 

読者はきっと夏姫の奔放さに眉を潜め、慎一の醜さに顔をしかめることでしょう。

夏姫はドライ過ぎて本当に慎一が好きとは思えない。

慎一はガキ臭くて何が良いのかわからない。

二人を見ていても、歩太と春妃の関係を見守っていた時のような暖かい気持ちにはなれない。ドキドキしない、と……。

 

歩太と春妃の理想的な完璧さに比べたら、慎一と夏姫の現実的過ぎる醜さはあまりにも残酷です。

けれどそれこそが、本書の持ち味のようにも思えてきます。

 

天使の卵』の再来を期待した人にとっては肩透かしを食うかもしれませんが、著者自身も成長し、地に足が付いた現実的な作品として『天使の卵』から派生させたのが本作である、と捉えるべきなのかもしれません。

 

ちなみにここから続く『ヘヴンリー・ブルー』や『天使の柩』は完全に未読なので、ここからどう彼らが進んでいくのか、非常に気になります。

『天使の柩』は確か歩太のその後の話だったかな?

夏姫と慎一も登場するんでしょうか?

あっさり別れていたりしたら、それはそれで村山由佳らしくて面白いな、と思ったりもするんですが。

期待が膨らみます。

 

 

 
 
 
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