『ヘヴンリー・ブルー』村山由佳
この夏――。
私は、お姉ちゃんの年をまたひとつ追い越す。
村山由佳『ヘヴンリー・ブルー』です。
前に書いた『天使の卵』、前回の『天使の梯子』に続く形のシリーズ作品ですね。
ただし本書は前二作は少し性質が違います。
『天使の梯子』が続編だとすれば、『ヘヴンリー・ブルー』はアナザー・ストーリー。
日本語で言えば番外編という位置づけ。
『天使の卵』発表から12年、映画化公開に合わせて企画された作品のようです。
影のヒロイン・夏姫のモノローグ
『天使の卵』のヒロインは春妃ですが、妹である夏姫は作中で非常に重大な役割を果たし、続く続編『天使の梯子』においてはヒロイン役に抜擢されています。
ハッピーエンドではないにせよ、結果的に美しく輝く永遠の愛を手にした春妃と歩太に対し、夏姫は全ての罪を一身に背負うに等しい地獄に突き落とされています。
『天使の梯子』はそんな彼女のその後を描いた作品である事は前の記事に書きました。
本シリーズにおいて真(=光)のヒロインが春妃であるとするならば、影(=闇)のヒロインは夏姫であるという位置づけができるかと思います。
本作は、そんな影のヒロイン夏姫の目線で、上記二作を振り返った作品です。
『天使の卵』では歩太、『天使の梯子』では慎一が主人公を務め、夏姫は彼らというフィルターを通してしか描かれてきませんでした。
そのためその時々において夏姫が何を想い、どう受け止めてきたのかについてはあくまで想像の範囲内でしかなく、時にそれは自分勝手だったり、冷酷だったりといった誤解を読者にもたらしていたようにも思います。
本作のおいて初めて、読者は夏姫の胸の内を改めて知る事ができるのです。
しょせん番外編……かな
とはいえ本書、全254ページ中『ヘヴンリー・ブルー』本編は167ページ。その中にはところどころ挿絵が入り、僅か数行しかないような散文的なページもあり、非常に空白の目立つものです。
内容に関しても、『天使の卵』『天使の梯子』の象徴的なシーンをコピペしたような部分が目立ちます。台詞等々はそのままに、夏姫目線でちょっとずつ補足していくような具合。
なのでこれが独立した小説として楽しめるかと言うと、ちょっと難しいと言わざるをえません。
ちなみに本編以外のページはというと、執筆期間中の著者のブログをそのまま抜き出したエッセイ的内容。
こちらも編集者とのやり取りや、『天使の卵』の映画公開へ向けてのイベント等々が描かれていてなかなか興味深いものです。
でもまぁ、やっぱり全体的に見ると天使の卵シリーズを読み続けてきた読者に対するファンブック的な要素が強いかな、と思えるわけです。
夏姫は救われたのか
唯一の見どころは夏姫は救われたのか、という一点に絞られると思います。
『天使の梯子』においてもラストは曖昧ですし、慎一目線であったがために、最終的に夏姫の胸中がどうなっているのかについては想像する事しかできませんでした。
ずっとあのまま、過去の罪に苛まれたまま生きていくのか。
罪は罪と受け止めた上で、前を向いて自分の幸せのために生きていくのか。
それとも実は、既に後悔を断ち切る事ができているのか。
そんなもやもやした読者の心配に対して、本作では夏姫自身の一人称で描かれているがために、彼女の心持ちを明確に知る事ができます。
それを確認できたたけでも、個人的には読んで良かったと思えます。
前に『六花の勇者』の記事でも触れましたが、読者は基本的に登場人物たちに幸せになって欲しいという想いを持って作品を見守っているものです。
だからこそ道半ばで敗れたキャラクターに涙し、絶対に目的を達成しようと頑張るキャラクターを最後まで見届けてやろうと応援し続けます。
『天使の卵』シリーズについても、同様です。
長い人生の中、どんなに衝撃的とはいえ、たった一度の出来事だけで残りの人生を棒に振るような生き方をしたとは考えたくない。
『天使の卵』は完成された作品だからこそ、余計なものを付け足して欲しくないという反発を抱く一方で、どうにかして彼らを救ってあげて欲しい。いつかどこかで幸せになった姿を描いて欲しいと切に願ってしまいます。
本作『ヘブンリー・ブルー』にて、夏姫については一つの答えが出たと考えて良いのではないでしょうか。
残す所は完結作となる『天使の柩』。
歩太の胸に残った深く大きな傷が晴れる日が来るのかどうか。
期待しかありません。