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年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『新編山のミステリー 異界としての山』工藤隆雄

幽霊がゆっくりと常連のほうを見た。目があった。背筋が凍るような寂しそうな目をしていた。何かいいたそうな、問いかけたそうな表情だった。

引き続きヤマケイ文庫さんから、工藤隆雄『新編山のミステリー 異界としての山』を読みました。

登山や山に関わるオカルト・超常現象的な逸話を集めた本です。

 

というと同じヤマケイから出版されているベストセラー『山怪』があまりにも有名ですね。

 

『山怪』は山に関わる様々な不思議な話を集めた本で、第三巻が発行される程の人気シリーズとなっているのですが、いかんせんカテゴリーとしての「山」が良くも悪くもあまりにも広すぎたりします。

登山に限らず、マタギや猟師等、山とともに暮らす人々の体験談や逸話が多く収録されているのです。

「現代版遠野物語」の呼び名通り、それはそれで非常に興味深いものなのですが、ヤマケイ=登山といった印象だけで手に取ってしまうと肩透かしを食う結果になりかねません。

 

その点本書に登場するのは、登山者や山小屋の主人の体験談が主であり、より登山に近い環境から集められたエピソードが楽しめます。

 

 

4章56話の作品たち

本書に収められた不思議な話は、それぞれテーマの異なる4章に分けて収録されています。

 

  • Ⅰ 山の幽霊ばなし
  • Ⅱ 人智を超えるもの
  • Ⅲ 自然の不思議
  • Ⅳ ひとの不思議

 

なかでも一番盛り上がるのはやはり「Ⅰ 山の幽霊ばなし」でしょう。

長年数々の登山者を泊め、時には遭難や事故に関わるケースの多い山小屋には、幽霊の話はつきもの。

主人や従業員が在住する山小屋はもちろん、緊急用に設置された避難小屋を興味本位で覗いてみたところ、なんとなく背筋やひやっとするような、薄気味悪い感覚を覚える事は登山をかじった人間であれば誰しもが経験のあるところかと思います。

 

全10話の幽霊ばなしはどれも夏の夜にふさわしい作品ばかりですが、個人的には特に第10話「避難小屋の怪」がおすすめです。

 

避難小屋に到着した男が、ロフト式の上部に居場所を決めてうたたねをしていると、いつの間にか他のパーティがやってきて食事を始めています。誰もいないものと思い込んでいたパーティは、男を見ておばけだと勘違いしてしまうというお話。

なかなか秀逸なオチまでついていて、ちょっとした際に披露する怪談話としては最高と言えるでしょう。

 

「Ⅱ 人智を超えるもの」では、捜索隊がいくら探しても見つけられなかった遺体を、ふらりとやってきた身内がまるで最初から知っていたかのように簡単に発見してしまう話や、UFO・神様・天狗といった神秘的な話で占められています。

 

「Ⅲ 自然の不思議」は助けを求める声のように聞こえる鳥の鳴き声や、空を飛んでいるように聞こえるキツネの鳴き声、不思議な木との逸話、天狗らしき音の正体や突然移動した大岩等々、こちらもタイトル通り動物や植物といった自然にまつわる話です。

 

「Ⅳ ひとの不思議」はまるで死にに来たかのような登山者たちや、殺されたのではないかと疑わしい遭難遺体、山小屋を訪れた心優しい少年が実は窃盗の常習犯だった、道路も道もない山の奥深くに放置された車の謎等々、人間にまつわる不思議な話を集めたもの。

 

いずれも趣深いエピソードばかりなのですが、やはり山のミステリーの華と言えるのは一章の「山の幽霊ばなし」と言えるでしょう。

逆に言うと、一章が盛り上がった分、残る三章はちょっと物足りなさが残ってしまったかな。

 

しつこいようではありますが、僕個人としてはとにもかくにも第10話「避難小屋の怪」を読めただけでも非常に満足していますので、立ち読みでも結構なのでぜひ一読をおすすめします。

きっと誰かに話して見たくなる事は請け合いです。

 

それでは短いですが、今回はこのへんで。

 

 

 
 
 
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