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年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『パッとしない子』辻村深月

「子供の頃は、あの子、パッとしない子だったんだよね。『銘ze』でデビューして、うちの小学校の出身だって聞いても、『え? あの子が?』って思っちゃったくらい。あの代だったら、目立ってたのはもっと別の子たちだったんだけど」

辻村深月『パッとしない子』を読みました。

 

こちら、元々は『嚙みあわない会話と、ある過去について』という短編集に収録されている作品らしいのですが、KindleではKindle Singlesというとして1話のみで切り売りされています。

切り売り、という表現にはネガティブイメージもあるかと思いますが、音楽に例えれば短編集=CDアルバム、短編=曲のようなもの。現在の音楽業界は月額聞き放題のサブスクか、または一曲ごとの販売が基本となっていますから、小説業界も同じような流れになって行くのかもしれませんね。

実際にKindle Singlesは米国で「電子書籍リーダーを買うべき最大の理由」と評価されたそうですよ。

 


……とまぁいきなり脱線してしまいましたが、このKindle Singlesに収録されている作品も、僕が登録しているKindle Unlimitedでは無料(月額定額)で読む事ができるのです。

 

と言っても本音では一話こっきりの読み切り短編とか、あんまり読む気がしないなぁと思わないでもなかったのですが。

 

ちょうど時間が空いたので、隙間時間にさっくり読んでみようと思った次第です。

 

 

人気タレントの昔は「パッとしない子」だった

主人公は小学校で教員を務める松尾美穂。

彼女の勤務先に、かつての教え子であり、現在はアイドルグループとして活躍する高輪佑がやって来ます。

よくある母校訪問的なテレビの企画です。

 

厳密には美穂が担任していたのは佑の三つ年下の弟なのですが、兄である佑も知らないわけではありません。運動会の入場ゲートのデザインで迷っていた佑の背中を押してあげたというのが、美穂の持つ唯一のエピソード。

 

そして佑について聞かれる度、美穂が常套文句のように口にするのが「パッとしない子」だったというもの。

佑は昔は目立つ子ではなく、今のようなトップアイドルに登り詰めるなんて想像できなかったというのです。

 

やがて撮影当日を迎え、高輪佑が学校にやって来ます。

テレビに出るのは美穂とは別の教師が受け持つクラスです。しかし撮影が終わり帰り間際、美穂の姿を見つけた佑は自ら美穂に近づき、少しだけ二人きりで話す時間を取って欲しいと持ち掛けます。

 

娘が大の佑ファンである事も手伝い、ドキドキした気持ちで二人きりの面談に臨む美穂。

しかし佑は、思いも寄らない質問を美穂にぶつけます。

 

 

※以下ネタバレ注意※

 

 

鈍感と繊細の狭間から生まれるもの

本書で描かれる人間模様は、あまりにも残酷で、あまりにも醜いものです。

そして教師とはどれほどまでに因果な商売なのかと、考えさせられずにはいられません。

 

美穂はおそらく、そう常識外れな教師ではないでしょう。

誰もが既視感のある、どこの学校にでも一人はいそうな、一般的な教師像の一つです。

若く美しい時分、憧れのお姉さんのように子供たちからチヤホヤされ、そんな自分に対して無意識にほんのちょっとだけ天狗になっていた。自分をチヤホヤして周囲に群がってくる子供たちが可愛くて、彼らばかりが目に入ってしまい、その影で悩みや痛みを抱えていた子どもに気付いてあげる事ができなかった。気付こうとしていなかった未熟な自分。

 

そんな若き日の自分を、当時の教え子から徹底的に非難され、糾弾される。

 

どちらが正しくて、どちらが悪いとか、どちらに感情移入するかといった話は抜きにして、あまりにも美穂は報われないように感じてしまいます。彼女を慕い、彼女に憧れて教師になるような子だって、ちゃんといるのです。

でももしこんな目に遭ったとしたら、次の日以降も教師を続ける自尊心やモチベーションは、完全にすり減って無くなってしまうのではないでしょうか。

もちろんそれこそが、佑の目的だったのかもしれませんが……。

 

一方で僕には、佑や弟の気持ちもよくわかります。

僕の小学校二年生の時の担任は、何故か僕に対してだけ非常に当たりが強いように感じる先生でした。同じような失敗や悪戯に対しても、みんなの前で徹底的につるし上げるような真似をされた記憶があります。

どうして僕にだけあんな風に強く当たったのか、何が原因だったのか、当時も今も、僕にはとんと見当もつきません。

唯一心当たりがあるとすれば、「きっとあの先生は僕が嫌いだったんだろうな」という点だけです。

 

もしかすると事実は異なるのかもしれませんが、意外と子供の頃って、大人のそういう不平等さみたいなものに敏感なのかもしれません。

学校に限らず、兄弟との関係なんかでも、子どもってよく口にしがちですもんね。「なんで僕だけ」「私だけ」って。常に自分だけが貧乏くじを引いているような被害妄想。

 

でもそうして一年や二年、苦手な先生と過ごす時間って意外と後々まで引きずるんだろうなと思います。僕もまだ鮮明に覚えていますし、関係性の度合いによっては、恨み骨髄に死ぬまで引きずる事だってあり得ると思います。

本書に出て来る佑や、その弟のように。

 

 

他者の否定

あとは表題にも関わるところですが、知人について聞かれた時、マイナスイメージが付くような言葉は避けるべきなのだと、本作を読んで改めて再認識させられました。

結構ありますよね。「前に一緒に働いていた〇〇さん、知ってる?」と前職の同僚について聞かれたり。

そういう時、皆さんはどんな風に答えますか?

真っ先に口をついて出るのは、相手の長所?

それとも短所?

 

相手による、と言いたくなるところでしょうが、意外とこれ、質問に答える人物の人柄が現れやすいタイミングに思います。

あくまで僕の経験上ですが、知人について聞かれた際、「あの人はとっても優秀な人ですよ」と肯定的に語る人には人格者が多いように感じます。

対して「あの人は色々と問題が多くて」と否定的な話をする人は、決まってニヤニヤと嫌らしい笑顔を見せるか、表情を曇らせ、語るのも嫌だというような苦虫を噛み潰したような顔を見せます。本人は気づいていないのでしょうが、いずれも非常に醜い表情です。

 

教え子や知り合いに対して「パッとしない子だった」と答える美穂は、同じように醜い顔つきだったのではないでしょうか。

 

若い頃ならばいざ知らず、ある程度の年齢になったからには、誰かの事を尋ねられた際には十分に配慮した返答をするように配慮したいですね。どう回り回って当事者の耳に入るかわかりませんし、相手を貶めているつもりで、より以上に自分の心証を悪くしているかもしれません。

美穂は何よりも公職にある身なので、誰よりも気を付けるべきだったのでしょうが、教職とはいえ人間ですからね。すっぽり気が抜け落ちてしまう事だってあるのでしょう。

 

 

短編と侮らず読むべし

ここまでつらつらと思い付くままに書いて来ましたが……間違いなく言えるのは、短編一つでここまで色々と考えされられる作品というのも非常に稀有だという事です。

本作に対し、Amazonのレビュー等々では「後味が悪い」という感想が非常に多いのですが、単なるバッドエンドですっきりしないという後味の悪さとは大きく意を異にしています。

 

誰が正義で、誰が悪なのか。あるいは何が正義で、何が悪なのか。

どこまでが許されて、どこからが許されないのか。

 

きっと読者一人ひとりにとって答えは違っていて、そもそも明確な答えすら一人では導き出す事のできない問題を、あまりにも鮮やかに浮き彫りにしているのです。

その結果、読み終えた後も正解を見出せないまま、もやもやと自分の胸の内に生まれた割り切れない思いと向き合う事になります。

 

長編小説やせめて中編ならともかく、僅か42ページの短編でここまでもやもやさせられるとは……げに恐ろしきは辻村深月の技量。

短編だからと侮らず、ぜひ一度は呼んでみる事をおすすめします。

 

電子書籍代の202円を払う価値はある作品だと、断言しておきましょう。

 

また、「どうしても実本じゃないと読みたくない」という方は、下記の短編集『嚙みあわない会話と、ある過去について』をどうぞ。