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年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『ヴンダーカンマー』星月渉

 でも、北山君が言う通り、郷土資料研究会が、唯香のヴンダーカンマーなのだとしたら……。

 もしかしたら、唯香は人殺しを集めていたんじゃないだろうか?

 

星月渉『ヴンダーカンマー』を読みました。

出版元は竹書房といいます。

あまり聞かない名前だな、と思ったら、元々は麻雀雑誌の出版から始まった割と後発かつニッチなジャンルの雑誌・漫画・小説等幅広い形式で出版している会社だそうです。

 

上にニッチと書きましたが、竹書房が力を入れているジャンルの一つにホラーが挙げられるようです。

竹書房怪談文庫なるレーベルも立ち上げていまして、その名の通り古くから伝わる怪談やいわゆる怖い話を集めた短編集等々、かなりの数の本を出版しているようです。

角川や新潮といった大手出版社は本格的なホラーから手を引き始め、昨今ではホラーとは名ばかりのあやかし系ライトノベルばかりが書店の棚を占めるようなイメージだったのですが……そういう隙間産業に入り込んでいくあたりが、小さな出版社の面白いところですね。

 

最近山登りに関する怪談系の作品を読んでいたので、ホラーつながりでKindleUnlimitedのおすすめに出てきたのでしょう。

ちょっと調べてみたところ本書、小説投稿サイト「エブリスタ」上で行われた第1回最恐小説大賞なるコンテストの受賞作だそうです。

 

……エブリスタか。

 

以前5分シリーズなる短編集を読み、良くも悪くも玉石混交の印象がありましたので、受賞作とはいえ期待値としては上がりも下がりもしないのですが……とにもかくにも、読んだ感想を記していきたいと思います。

 

 

ヴンダーカンマーとは?

まずは内容に入る前に、題名の意味からご説明したいと思います。

ヴンダーカンマーとは、ドイツ語で「驚異の部屋」を意味するそうです。

 

驚異の部屋 - Wikipedia

 

様々な珍品を集めた博物陳列室。

簡単に言えば、コレクターズルーム的意味だと思えばいいでしょうか。

 

自分のお気に入り、または気になったものだけを集めた蒐集部屋。

その意味するところについては、本書を読み進めるに従って次第に明らかになる事でしょう。

 

 

六人六章立ての物語

本書の章立ては、なかなか物珍しいものがあります。

 

  1. 北山浩平
  2. 東陸一
  3. 南条拓也
  4. 西山緋音
  5. 渋谷美香子
  6. 渋谷唯香

 

章のタイトルとなった六人それぞれの視点で、物語は紡がれていきます。

1章である北山少年は、”みなさん”と誰かに向けて語り掛けます。

そこで明かされるのは彼自身の凄惨な生誕の経緯と、渋谷唯香が何者かに殺され、集められたそれぞれと何かしらの秘密を抱えていただろうという事です。

 

渋谷唯香を殺したのは誰なのか。

彼女との間に、一体何があったのか。

 

それぞれの視点から追っておく半オムニバス形式の作品となっています。

 

 

不快感全快のイヤミス

本書をカテゴライズするのであれば、イヤミスと言う事になるのでしょう。

後味悪く、読んで嫌な気持ちになるミステリー。

 

本書で描かれる六人は、彼らを取り巻く人々も含めて、非常に特殊な環境に置かれています。

その最たるものとして南条拓也を例に挙げれば、彼の唯一の身寄りであり、母親は知的障がい者です。

しかも彼女は、売春によってお金を得、日々の生活の糧としています。

誰かに騙されたり、嫌々ながらというわけでもなく、彼女自身がセックス好きで、楽しんでやっているのです。

母親が仕事をしている間、拓也は押入れの中で終わるのを待ちます。

母親が知らぬ男に抱かれ、歓びの声をあげるのを暗闇の中で聞き続けるのです。

 

……ね? すごく嫌でしょ(笑)

 

登場人物達はみな高校生ぐらいの年頃ですが、描かれる嫌らしさの大半は性に関するものです。それがまた悩ましい。

物語全体のテーマとして性に触れないわけにはいかないのですが、やはりなんとも気分が悪いものです。

 

ですから本書は最恐小説大賞受賞作と言ってもオバケやオカルト的なホラー小説ではありません。

ひたすらに不快感だけで埋め尽くされたイヤミス、というのが本来の姿なのです。

 

 

そこからもたらされるもの

イヤミスである以上、問題となるのは不快感と引き換えに読者にもたらされるのは何なのか、という点でしょう。

鮮やかな謎解きであったり、ざまぁみろと快哉を叫びたくなるようなどんでん返しであったり、そういったカタルシスがあるからこそ、不快感に意味がある。

 

ところが本書……困った事にそれがない。

読んだからといって何もないのです。

 

登場人物が順々に過去を語っていきます。

どれもこれも、目を覆いたくなるような最悪の事態です。

全員、生まれながらにして不幸を運命づけられたとしか思えません。

もちろんそれこそが作者の狙いだったのでしょうけれど。

 

しかし最終的に渋谷唯香の口から全てのエピソードが語られたところで、バラバラだった時系列や出来事がなんとなく繋がったかなぁという感想に終わるだけ。

イヤミス、とは言いましたが、犯人の手がかりは全くなく、読者側で犯人探しを楽しめるような作品でもないですし。

 

あぁ、そうだったんですね。なるほどねー。

 

としか感想の述べようがないのです。

 

 

目立つ現実離れとちぐはぐさ

読んでも何もない……と書きましたが、そもそもどれもこれもが現実離れし過ぎている、という点も見過ごせません。

これは第二章である東陸一の時点から察する事ができます。

名家の御曹司として将来を約束され、周囲からはリッチーと呼ばれるという恵まれた環境に生まれ育った少年。

そして彼の姉である園美。

 

しかしながら陸一にも園美にも、全くもってそのプロフィールに見合うような人間性が伝わって来ません。

まずそんな家柄の少年は、自分の姉を「ねえちゃん」とは呼びませんしね。

特に家柄の良さを彷彿とさせるような場面もありません。

著者にとっては「日当たりのよい十二畳の部屋」と「シャインマスカット」が裕福の象徴なのでしょうか?

 

ホストに貢ぐように、ただ好きだからと理由だけで唯香に数百万の金をつぎ込む園美はただの愚か者にしか思えません。名家の娘で見た目も美しいようなのですが、高校を卒業して社会人になるぐらいまでの人生の中で、恋愛経験は一度も無かったのでしょうか。どうしてそこまで唯香という一人の同性の少女に溺れてしまったのでしょうか。そのあたりの説得力も皆無です。

 

なんだか特別な理由がありそうな〈郷土歴史研究会〉も名前として登場するだけで活動は特になし。

ただ唯香が他の四人と母親である教師を所属させるためだけに作ったようです。

それがヴンダーカンマー???

同好会に所属させるのが???

いまいち意図が掴めません。

 

本書、上記のように現実離れした設定や人物像、意味がありそうで全くないフレーズ等々があまりにも多すぎて、読んでいてちぐはぐさを感じます。

さらに登場人物達は「そうはならんやろ!」と思わず突っ込みたくなるような言動をするので、読めば読む程混乱してしまうのです。

 

あんまり書くとネタバレになってしまうので難しい所ですが……あまりにも不可解な点も多かったため、再整理の意味も含めて下記にまとめていきたいと思います。

完全にネタバレの内容を含みますので、未読の方、これから読もうという方はご注意下さい。

 

※↓↓↓以下ネタバレ※

 

 

『北山耕平』

 初めに登場するのは北山耕平。

 彼は”みなさん”、と誰かに向かって語り掛けます。

 その口から語られるのは、彼と東陸一、南条拓也、西山緋音の四人は、渋谷美香子に誘われて〈郷土資料研究会〉なる同好会に所属していたこと。

 さらに彼らを誘った張本人である渋谷美香子は既に校内で何者かに殺害されたことがわかります。四人はその場に立ち会っており、東はその容疑者として、警察に拘束されている。

 衝撃的な事に、渋谷美香子は妊娠中であり、子宮がとり除かれるという無惨な殺され方をしていました。

 北山は渋谷の遺した手帳を餌に”みなさん”を呼び出しました。

 そうして彼は、自らの出生の秘密を語ります。

 彼の母もまた、身籠っているさ中殺害され、彼は殺害犯によって胎内から取り出される事で生を受けたというのです。おそらく、彼の父親の手によって。

 母と美香子の殺され方に類似性を見た北山は、全ての真実を知りたいという想いだけで、“みなさん”を呼び出したのでした。

 

 

『東陸一』

 第二章は東陸一。

 地域の中でも名家の御曹司である陸一は、生まれながらにして跡を継ぐ事が決められています。

 そんな彼が慕ってやまないのが姉の園美。

 彼女は高校を卒業した後、父のコネによってジュエリーショップに就職。品行方正で慎ましい性格の園美でしたが、ある日一人暮らしがしたいと両親に持ち掛けます。

 陸一は度々理由をつけては姉の部屋を訪れますが、どうやら恋人がいるらしいと察し至り、ショックを受けます。

 ところがほんの数ヶ月で、預金通帳に蓄えられていたはずの大金を使い込んでしまい、両親は激高。使った先を問われても、園美は頑として口を割りません。

 迎えた中学校卒業式の日――帰宅した陸一が見たのは、脇差で自らの腹を切り裂いた血だらけの姉の姿でした。

 しかし世間体を気にした両親は姉の死を公にせず、駆け落ちして姿を消した事にする、と陸一に告げます。

 

 園美が死んだ理由を探る陸一は姉が腹違いの子どもだった事を知り、渋谷唯香と何らかの関わりがあった事を知ります。

 唯香のスマホを盗み、中身を調べようとする陸一ですが――唯香には全てお見通しでした。

 陸一は唯香の口から、唯香こそが園美の恋人であったと知らされます。

 さらに園美が死んでいるという秘密すらも唯香は知っているというのです。

 陸一に対し、唯香は一つの動画を見せます。

 それは園美の死の一部始終が撮影された動画でした。

 その中には発見した陸一や、その後園美の遺体をバラバラにする両親の姿が残っていたのです。

 弱味を握られた陸一達家族は、その日以来唯香に這いつくばる奴隷と化したのでした。

 

 

『南条拓也』

 特待生である拓也は、父親も他の身寄りもない中で、知的障害の母親一人の手によって育てられたという異色の生い立ちを持っています。

 しかも母親のしいちゃんは、売春によって生活を成り立たせているのです。

 障害を持つしいちゃんは売春に対する罪悪感など全くありません。他の売り子のようにNGもないため、グループの中では常にナンバーワンの人気を誇っています。

 さらに子供のような無邪気さで、セックスそのものが好き。

 そのため拓也が生活保護の需給を訴えても、どんなに辞めさせようとしても、しいちゃんは売春をやめようとはしません。

 そんなしいちゃんを止めるために、拓也は決意を固めます。

 自ら母親であるしいちゃんの相手となるのです。

 

 そうしてしいちゃんは売春を辞めるのですが……ある日、売春仲間の女の子カオリンが遊びにやって来ます。

 数日後、新入生代表としてあいさつに立った少女の顔を見て拓也は驚きます。

 彼女こそカオリン――渋谷唯香だったのです。

 やがて拓也は再びしいちゃんが売春を再開した事に気付きます。拓也が大学に進学したら、しいちゃんを捨てて家を出ると誰かに吹き込まれたようです。

 口論の末、拓也は衝動的にしいちゃんの首を絞めて殺害してしまいます。

 そこに現れたのは唯香。

 呼びつけた二人の男女に命じ、お風呂場でしいちゃんの遺体をバラバラに解体させます。

 そうしてしいちゃん殺害の事実は、闇に葬られてしまったのでした。

 

 

『西山緋音』

 緋音の母は、西山家の後継ぎとして緋音に婿をもらうよう常々言っています。

 なぜか娘がブラジャーを着けているのが気に食わず、ブラジャーを見つけるとハサミで切り裂いてしまうという不思議な思考の持ち主です。

 なんとかしてブラジャーを手に入れたいと考えた緋音は、万引きによってブラジャーを手に入れるようになります。

 いつものようにブラジャーを選んでいたところ、知らない女の子に声を掛けられる緋音。その相手こそ、渋谷唯香です。

 万引きGメンに狙われているのに気づき、緋音を助けてくれたのでした。

 唯香からアルバイトを持ち掛けられた緋音は、早速援デリのやりとり代行等をするようになります。

 そんなある日の事、帰り道でクラスメイトに強姦される緋音。相手は母が婿養子にと望み、緋音が常日頃から毛嫌いする本家の三男坊でした。

 それからは緋音自身も売春に手を染めるようになります。

 自分よりも人気だというしいちゃんに嫉妬し、「息子は大学に行くからしいちゃんなんて捨てられる」と吹き込んだのも緋音でした。

 ある日ブラジャーを探して母の部屋へ忍び込んだ緋音は、タンスの中から母の日記を見つけます。それは緋音の生理の周期等について細かくチェックした恐るべき記録でした。

 緋音が強姦された日には、排卵日の文字が。それにより本家の三男坊に緋音を襲うようけしかけたのは、緋音の母親だったと気づきます。

 激昂した緋音は、寝ている母親を殺害し、ネットで買ったという大型の冷凍庫の中に隠します。

 

 

『渋谷美香子』

 彼女は同じ教師であった英雄と出会います。英雄は彼女が教員免許を持たずに教壇に立っているという秘密を握っており、半ば強引に美香子と関係を結びました。

 美香子が嫁いだ渋谷の家は、嫁を人とも思わぬ鬼のような姑のいる家でした。

 三年子なきは去れ。

 子供が欲しいと願う美香子ですが、なかなか身籠る事ができません。

 そんな美香子の前に、突然英雄が一人の赤ん坊を連れ帰ります。

 自分の子どもだから、うちで育てようというのです。

 それが唯香でした。

 その後美香子自身も身籠りますが、姑は「明日始末しなさい」と言い放ちます。唯香がいればそれでいい、というのです。

 計三度も堕胎し、四度目の妊娠になった頃には姑も始末しろとは言わなくなりました。唯香が姑の思う通りに育たなかったからです。

 今度こそ産めると喜んだ美香子でしたが、唯香はわざと階段にリンスをぶちまけ、美香子を転倒させることでお腹の中の子どもを殺します。

 

 美香子と唯香の、歪んだ母娘関係が明らかになります。

 

 やがて英雄の失踪を気に、美香子は渋谷の家を出ると決めます。しかし、唯香もまた、一緒に連れて行けとせがみます。

 断る美香子を、唯香は「だったらあの子を殺す」と脅します。

 後に自ら命を絶った東陸一の姉――陸一とは腹違いの姉だという彼女の母親こそが、美香子なのです。

 美香子は陸一の父・世一と関係を結び、子どもを産みましたが結婚は許されませんでした。東の家に取り上げられた園美を影ながら見守るため、という理由で美香子はこの町にやってきたのです。

 

 唯香の死後――自分達を呼び出した北山耕平に対し、美香子は驚きの事実を告げます。唯香と耕平は、二卵性双生児だというのです。

 耕平の母親である鈴子の腹から取り出されたのは、耕平だけではなく唯香も一緒だった。そのうち唯香だけを、英雄が家へ連れ帰ったのだろう。

 さらに美香子は、唯香を殺したのは耕平であり、唯香の子の父親もまた、耕平だと指摘します。DNA鑑定でバレるのが怖くて、腹を切り裂いたのだと。

 

 

『渋谷唯香』

 唯香は一度目にした光景をそっくりそのまま記憶するカメラアイという特殊能力を持ち、さらに、一度記憶したものは決して忘れることはないという才能を持っています。

 胎児の頃から記憶を有する彼女は、自分達を生んだ母親鈴子が自らの意で自分達を宿したのではない事を知っています。彼女はむしろ英雄の子である双子を生みたくない、どうにかして殺したいと願っていたのです。しかし英雄はそれを許しませんでした。

 陣痛に襲われた鈴子は恐怖のあまり首を吊ります。死体の腹から二人の赤ん坊を取り出したのは、英雄です。

 彼は自分のこどもをどんな形でもいいから沢山この世に残したいという事だけを生きる目的にしていたのでした。

 生まれる前から母親の殺意に晒されてきた唯香にとって、「お母さん」と呼べる存在は初めて自分に愛情を向けてくれた育ての親――美香子でした。

 初めて美香子に抱かれたその日から、唯香の生きる目的は「お母さんと一緒にいること」になったのです。

 

 成長した唯香は「お母さん」こと美香子の実子である園美に近づきます。

 園美の気持ちを弄び、一方で援デリの顧客である銀行関係者から東の家に園美の無駄遣いを吹き込む事で、園美の心を追い詰めていきます。

 

 ここで一旦、唯香としいちゃんが出会った過去へと遡ります。

 鈴子の腹から唯香を取り出した英雄は、美香子の前にしいちゃんに育てられないか掛け合っていたのです。

 しいちゃんであれば、英雄の他のこどもに関する手がかりを持っているかもしれないと考えた唯香は、自ら援デリに加わる事でしいちゃんと懇意になります。

 やがて唯香は自らが援デリの元締めとなり、しいちゃんのアパートの隣の部屋を待機所として借ります。

 そしてしいちゃんの冷蔵庫の中から、英雄のコレクションの記録を探し当てます。英雄には六十人ほどの子どもが存在する事がわかりました。

 その中に、園美の弟である東陸一の名前も見つけるのです。

 これが唯香中一の冬の事でした。

 

 リストから英雄の子どもを探すサンプルとなったのが西山緋音。

 万引きを止めるのをきっかけに、緋音に近づいた唯香は、その裏で緋音の母親にも近づきます。

 緋音をこの町に釘付けにしたい母親の希望をくみ取り、緋音が嫌う本家の男に緋音のGPS情報を送るよう促したのも唯香の仕業でした。

 

 東陸一に近づいた唯香は、園美の話を持ち出します。

 陸一は動揺を示し、園美は既に死んでいると確信を抱いた唯香は、自分が作った〈郷土歴史研究会〉に陸一を引き入れます。

 おそらく園美は「死ぬところが見たい」と言った自分のために、なんらかの記録を残している。唯香の予想通り、園美が死んだ蔵の中から唯香はビデオカメラを発見。それと陸一の出生の秘密(=父親が英雄)をダシに、東家を掌握します。

 拓也が殺したしいちゃんを始末したのは、唯香に弱味を握られた陸一の両親だったのです。

 

 迎えたその日――唯香は北山耕平に呼び出されます。

 彼は唯香の父親が自分の父親であり、自分達が兄妹であると気づいたのです。

 DNA鑑定を勧める耕平に、唯香は既に手遅れであると告げます。自分のお腹の中には、耕平の赤ちゃんがいると。

 産みたいと言った唯香を、耕平は階段から突き落とし、殺してしまいます。

 

 薄れゆく意識の中、最後に明かされる唯香の秘密。

 それは小学校六年生のある日、自分のベッドにもぐりこんできた父の英雄の記憶でした。

 鈴子の腹から取り出された赤ん坊のうち、唯香だけを連れ帰ったのは、唯香にも自分の子を産ませようと考えたからだったのでした。

 しかし、事態に気付いた母・美香子がバッドで英雄を殴り殺してしまいます。

 英雄の死骸は、唯香がバラバラにしてたくさんのホルマリン漬けにしました。それは今も、唯香と美香子が住む家に隠されているのです。

 

 自分が死ねば、あのホルマリン漬けも英雄を殺したのも自分のせいという事にできる。

 唯香は最後まで「お母さん」である美香子を想いながら、死んでいきました。

 

 

致命的な欠点

こうして読み返していくと、いくつもの欠点が浮かび上がります。

まずは緋音ですね。

彼女のエピソードは全て、本作には必要がない。無くても成立するという完全な蛇足です。

殺した母親を冷凍庫にしまう、というのも目茶苦茶です。

何もしなくても彼女は二三日後には間違いなく逮捕されてしまいますもんね。冷凍庫を注文する前に、自分で気づきそうなものですが。

それこそ陸一の両親にバラして貰えば良かったのに、そうしなかったのが不思議でなりません。

 

家庭環境等々、非常に不快感の伴う場面が多いのですが、実際に登場人物達が殺人を犯すシーンや動機に関しては、意外とあっさりとしているのも謎です。えー、そんな事で殺しちゃうの?死んじゃうの?と。

園美にしても蔵の脇差で割腹自殺は流石に選ばんでしょ。ましてや保険金目当てで。

もうちょっと事故に見せかけるとか、苦しまずに死ぬ方法を考えると思うんだけどな。

拓也がしいちゃんを殺す経緯なんて唐突過ぎてびっくりしてしまいました。そこで殺してやるーとはならんでしょ。

 

感嘆に唯香に屈する陸一の両親なんて、アニメもびっくりのお粗末な展開ですよね。

いや弱味握られたからって女子高生相手にそう簡単に奴隷化はしないでしょ。

ましてや殺人の片棒担がされたりするぐらいなら、唯香自身を始末しようとか考えると思うのですが。

その辺りの逡巡や葛藤が全くないまま、あっさり奴隷化してしまうのは流石にご都合主義が過ぎますよね。

 

そして一番致命的なのは――何といっても渋谷唯香の生きる目的や、そこへ向かうプロセスの意味不明さでしょう。

ここに説得力がないのが、物語を最高に陳腐化してしまっている。

全ての発端である渋谷唯香自体が「いや、そうはならんやろ」というツッコミの塊みたいな存在なので、そこから派生する数々のエピソードが絵空事にしか感じられないのです。

「お母さんと一緒に暮らしたい」→「親父の隠し子集めてウンダ―カンマー作ろう」って言う時点でもう理解の範疇を軽く超えているという。

 

唯香で言えば本当に一人か?と疑わしく思えるほど同時進行的にあまりにも多くの事をやり過ぎているのも気になるところですが……この辺でやめておきましょう。

 

面白いとか面白くないとか抜きに、いったん設定から書き直してみませんか、というのが僕の結論です。

ここまで混沌としていると言う事は、おそらく著者の中でも時系列やストーリーが明快でないまま書き終えてしまったのではないか、と邪推します。

そうしてしっかりと骨太な枠組みから組み直せば、遥かに優れた作品に生まれ変わる事でしょう。

そうでない限り……無料のネット小説として流し読みし、雰囲気だけ楽しむのが一番かな。

 

 

 
 
 
 
 
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