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年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『さしすせその女たち』椰月美智子

「魔法の言葉さしすせそ、よ。さしすせそ、を使うの」

「さしすせそ?」

「さすが、知らなかった、すごい、センスある、そうなのね、のさしすせそよ」

椰月美智子『さしすせその女たち』を読みました。

前回ご紹介した『平場の月』を読んで以来読書熱が復活し、とりあえず何かないかとKindle Unlimitedの中を検索してたどり着いた作品。

 

椰月美智子さんの名前はよく書店で見かけて知っていたのですが、実際に著作を手に取るのは初めて……かと思いきや、だいぶ前、2017年に一冊だけ読んでいましたね。

 

linus.hatenablog.jp

 

上記ブログに書いた通り、内容的にはさらりとした語り口で母親へのDVを語る主人公のサイコっぷりだけが妙に印象に残っているのですが。

 

今回は『体育座りで空を見上げて』からは打って変わり、中学生ではなく、夫も子どももいる母親視点でのお話です。

 

 

多忙を極める妻と、非協力的な夫

主人公の多香実は39歳。

年中クラスの姉杏莉と、年小クラスの颯太という年子の姉弟を持つ母親です。

子ども達はまだまだ手のかかる年頃とあって、多香実の毎日は多忙を極めています。昨今の一般的な例に漏れず、多香実もまたフルタイムで働く兼業主婦。しかも職場では責任ある立場を任せられ、家庭に、職場に、気の休まる暇など全くありません。

 

そんな多香美の夫、秀介は一つ年上の40歳。

食品メーカーに勤務し、他人からは若々しく見られるという風貌の持ち主ですが、これがまぁ絵に描いたような駄目夫。

家事も子育てもほぼ全てを多香美に任せっきりにし、夕飯が買って来た弁当だと聞けば不満顔。最後に入った人がやると決めたはずの風呂掃除の約束も守らず、唯一の当番である子ども達の朝の登園も遅刻しそうだと嫌がります。

 

秀介に対し、多香実の不満は募る一方(←当然!!!)

ある夜、高熱により痙攣を起こした颯太に対し、秀介が気持ち悪いと言い放ったのをきっかけに、離婚すら考えるようになります。

 

そんな多香実に対し、友人である千恵が教えてくれたのが冒頭のテクニック。

相手を気分良くさせて、人間関係がうまくいくようになるというのです。

 


これ、本書の中では特に触れられませんが、だいぶ前から水商売の女性の間に伝わる有名なテクニックのようですね。

とはいえ多香実には、まるで秀介のご機嫌伺いみたいで真似する気にはなれません。自分流のさしすせそを考えると、ブラックジョークになってしまいます。

 

「砂糖切らしたから買って来て。知らないじゃ済まされないわ。すっとぼけるのはやめて。責任感を持って。そろそろ本気で怒るわよ。かな」

 

まぁ、仕方のない話でしょうね。

 

 

夫婦関係に正解はない

基本的に本書、ひたすら多香実のフラストレーションの種が書き連ねられただけの作品です。

子育ての大変さ、夫秀介への不満、仕事上の問題……等々。

こんなに大変な想いをしながら、よく毎日やっていけてるなぁと感心することしきりです。

 

特に、夫秀介。

彼に対して愛情や信頼のようなプラスの感情が描かれるのはほぼ皆無に等しいが故に、よく離婚しないものだと逆に不思議に思えてしまいます。

 

ところが、羨ましいほど仲睦まじいかに見えた友人・千恵の夫婦関係の裏側にも大きな問題を抱えていたりして……。

一体どんな夫婦関係が正解なのか、そもそも正解なんて存在しないのでは? というのが本書の裏のテーマのようにも思えます。

 

ここでひとつ断っておくとすれば、本書の中には上に述べてきたような問題の明確な答えは一つとして記されません。

日々の生活から浮かび上がる感情の襞を書き表したのが本書であって、離婚してすっきりした、はたまた夫秀介を見直すような出来事が起こり仲直りして一件落着、といったわかりやすいエンディングを迎える事はないのです。

 

問題は問題として、当人たちの間に横たわったまま物語は終わりを告げます。

 

それはおそらく、本書がエンタメ小説ではなく、文学寄りの作品として書かれた事を示すものなのでしょう。

ですので、本書のような作品を読む際にはなんらかの答えやカタルシスを求めるのではなく、文章から浮かび上がる一つ一つの場面や感情の機微のリアルさを楽しむようオススメします。

 

あいうえおかの夫

さて、本書にはまるでアンサーソングのような、夫秀介目線での短編も収録されています。

主に職場での秀介を中心に描く事で、家事に参加しようと思えない男心を描いた作品……と言えそうですが。

 

これに関しては断言しておきます。

 

完全に蛇足です。

 

なんだかなぁ……いかにも取って付けた感が拭えないんですよね。

『さしすせその女たち』で悪く書きすぎた秀介をフォローしておこう、的な。

 

秀介は職場では米澤課長と呼ばれ、優秀なビジネスマンとして描かれます。

部署に困った新人が配属され、彼女に振り回されながらも周囲のメンバーのフォローにも回るという心配り。

職場での秀介は信頼も篤く、後輩からの尊敬も集めています。

 

……ってあのさぁ……ただの別人、だよね?

職場と家庭での二面性を描きたかったのかもしれませんが、ここまで漫画のように極端に人間性が変わるってありえませんよね。

僕は上の『さしすせその女たち』についてフォローを入れました。

本作はあくまで文学的な作品であって、エンタメ作品ではないのだから問題に対する明確な答えやカタルシスを求めてはいけない、と。

 

だからこそ、『あいうえおかの男』によって描き出される漫画感には拒絶反応が強く出ました。

 

自分の妻や子どものフォローすらまともにできない人間が、職場では上手く立ち振る舞っているだなんてそんなのはあり得ないんです。

そんな完璧人間が、一度家へ帰れば「疲れてるから家事なんてしたくない」「風呂入って気持ちよくなっている時に掃除なんてやってられない」なんてぐーたら言わないんですよ。

仮に実在したとしても、上記のような言い訳は多香実に家事を押し付ける理由としてはさっぱり共感できず、やっぱりただの駄目男にしか思えません。せいぜい外面だけは良い男、といったところでしょう。

 

もうちょっとね……職場で重い仕事や人間関係に疲れ果てている感があれば仕方がないとも思えたのかもしれませんが……どうひいきに見ても、多香実の方が圧倒的に大変そうなんですよねぇ。

まぁ、そんな風に反感を抱いたり、同情したりと、心が揺さぶられる点も著者の上手さなのかもしれませんね。

 

本当につまらない作品は、読んでも何も残りませんから。

 

やっぱり読書って、良いものですね。

 

 

 
 
 
 
 
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