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年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『愛がなんだ』角田光代

 マモちゃんと会って、それまで単一色だった私の世界はきれいに二分した。「好きである」と、「どうでもいい」とに。そうしてみると、仕事も、女の子たちも、私自身の評価というものも、どうでもいいほうに分類された。そうしたくてしたわけではない。「好きである」ものを優先しようとすると、ほかのことは自動的に「好きなものより好きではない」に変換され、つまりはどうでもよくなってしまうのだった。

角田光代『愛がなんだ』を読みました。

これまでにも何度となく書いてきましたが、『八日目の蝉』を読んで以来、僕は彼女のファンです。

 

あれ程までに心を揺さぶられ、”親子”や”血のつながり”、はたまた”善と悪”に至るまで考え去られたのは、本当に稀有な読書体験でした。

残念ながら読んだのはブログを始める前だったので、当時の興奮や衝撃を現すものはどこにも残っていませんが、過去に記した角田光代作品の記事にその片鱗を感じる事はできるかと思いますので、ご興味があればぜひご一読を。

 




そして本作もまた、『八日目の蝉』同様、映画化もされた作品。

www.youtube.com

 

主演を務めるのは岸井ゆきの

非常に個性あふれる実力派の女優さん。

このキャストを見ただけで、つい観たくなってしまいます。

 

しかも本作、wikipediaによると

 

当初は全国72館で公開されたが、10代後半 - 30代の女性やカップルを中心にSNSや口コミで評判となり、独立系の低予算作品としてはあまり例を見ないロングランヒットを記録。2019年6月時点で152館まで上映館が拡大された。

 

とあり、なかなかの高評価だったようです。

存在すら知らなかったのは本当に残念……というか完全に僕個人の手落ちですね。

まぁ地方住まいだとこの辺りの感度の低さは如何ともし難いところはありますが。

 

が……とりあえずはまず先に、原作作品を楽しませていただく事にしましょう。

 

 

〈究極の〉片思い≠ストーカーすれすれ?

本書の主人公山田テルコは、少し前に出会った田中マモルに恋をしています。

友達を通じた飲み会で知り合い、意気投合。その後も数度のデートを重ねた後、マモルの家にお泊りした事もありました。

 

ただし、付き合っているわけではない。

ここがキモです。

 

四日に一度ぐらいのペースでくれるマモルからの連絡を、テルコは心待ちにして毎日を過ごしています。

連絡が来たらすぐに駆け付けられるようにと、彼の会社の近くをうろうろして時間を潰し、結局連絡が来なかったと諦めて自宅に帰った後、夜中の12時過ぎに来た電話に浮かれながら出かけて行く始末。

しかし彼女はストーカーとは違い、自分から相手に迫るような真似はしません。

あくまで彼が「会おう」と言ってくれた時のためだけに、自主的に近くで待機をしているだけなのです。

テルコの精神状態は冒頭の引用に抜き出した通り、仕事も、同僚の目も、何もかもがどうでもよくなってしまうという依存を通り越した異常な状態。何もかもをもマモル一人に向けてしまうのです。

 

そんなテルコに対し、マモルは同棲カップルのような日々を過ごしたかと思えば、不意に「ハイ終わり」とばかりに「帰ってほしい」と冷たく言い放ったりもする。

テルコはマモルを思えばこそ、それに対して不平や不満を唱えることはありません。

 

必要な時だけ呼び出され、気が済めばお払い箱にされるという、絵に描いたような都合の良い女。

それがテルコです。

 

本書は一言で言えば、そんな度を越した恋愛依存体質を持つテルコの恋愛模様を描いただけの作品です。

 

 

愚かで馬鹿馬鹿しくて、でも愛おしい

ある日のこと、マモルに呼び出されたテルコはすみれという女性と引き合わされます。

テルコの嫌な予感のとおり、すみれはマモルが心惹かれる相手でした。

ところがすみれはというと、マモルになんてとんと興味のない様子。

しかしながらすみれはテルコを気に入った様子で、その後も遊びに誘ったりしてくれます。

 

テルコはマモルが喜ぶからと、自分とすみれが一緒にいる場所にマモルを呼び寄せたりします。

マモルもまた、そんなテルコを利用し、すみれに接近しようと試みます。

 

いやー……いくら尽くしたいタイプとはいえ、ちょっとやりすぎですね。

平気でテルコを利用しまくるマモルも最低です。

三人で飲み、マモルの下心を見透かしたすみれが一次会であっさり帰った後、テルコに対して「やらせて」とお願いする下衆っぷりなんて開いた口がふさがりません。

テルコもテルコで、喜んでとばかりに酔っぱらったマモルを自らベッドに引っ張ったり。

まぁこのエピソードは、テルコがどんなにご奉仕してもハートブレイク中のマモルはさっぱり奮い立つ事ができなかった、というオチで終わるのですが。

 

テルコは本当に、どうしようもない馬鹿です。

自分の知人だったら、必死になって止めるでしょう。

でも彼女は止まらない。

他人から見たらマモルが冴えないやせっぽちの男だろうと、さんざん好き勝手利用されているだけだろうと、彼女にはすべて「どうでもいい」ことなのです。

彼女にとっては「好きである」以外の物事はすべからくして「どうでもいい」のですから。

 

でも……実際こんな人、自分の周りにもいましたよね?

盲目的に恋に溺れてしまうタイプ。

それどころか、誰しもが一度ぐらいは似たような状況に陥ってしまった事があるのではないでしょうか?

勉強も仕事もそっちのけで、頭の中は恋人でいっぱい……なんて。

もしかしたらテルコは他の誰かではなく、ある一時期の自分の姿なのかもしれません。

 

どうしようもなく馬鹿で、つくづくどうしようもないと思いつつも、そんなテルコをどこか懐かしく、愛おしく思えてしまうのは僕だけでしょうか?

 

 

不毛な恋の行きつく先

読後にアマゾンのレビューを見ていたら、気になる感想を見つけました。

 

面白いは面白い。軽く読める。ここまでの恋愛体質、本当にいるか?って思う。まあ、それは物語なんだから、置いといたとして。なぜ、中途半端に終わる。なぜ、この結末。これって読書に結末を任せる内容かな?結局、終わりが描けなかっただけ?書いてて飽きた?中途半端で消化不良。この作家の考える恋愛体質な女の子の恋愛論を最後まで読みたかった。主人公に終わりを作ってあげたい。

 

……は?

まぁ、気持ちはわからなくもないですけどね。

 

きっと「マモルはついにテルコの良さに気づいて二人はめでたく結ばれました」とか「別の優しい男性とテルコは出逢い、後からテルコの大切さに気付いたマモルが想いを伝えても手遅れでした」なんていう結末が欲しかったのでしょう。

これが雨後の筍のように量産されつつあるライト文芸作品ならそうなのでしょうね。

 

でもこの本の作者は、角田光代なのです。

『八日目の蝉』や『紙の月』を書いた角田光代なのです。

 

そんなベタなオチ、書くはずがない。

もしそんな作品なら、きっと今泉力哉監督の手により映像化される事もなかったでしょう。

『スカッとジャパン!』あたりで映像化ならあり得たかもしれませんが、そういうものをお望みならライト文芸を読んだ方がよろしいかと。別に見下しているわけではなく、小説にも様々なジャンルや作者がいるわけですから。

角田光代に結末を求めて文句を言うというのは、僕から見ると逆に「ライトノベルを読んであり得ないキャラクター像やご都合主義的エピソードにいちゃもんをつける」というぐらい筋違いに思えてしまうわけです。

 

じゃあ、作者が書こうとしなかった物語の未来はどんな結末になっていたかというと……それは読者一人ひとりによって、異なるのだと思います。

頭の中でイメージするテルコの容姿や声が一人ひとり異なるように、未来のテルコの姿も人によって違うのは当然です。

 

でも多分ですが、そこそこ似通ってたりはするんじゃないかな……なんて思えたりもするのですが、それには理由があります。

上で少し触れましたが、僕はテルコは誰しもが一度は陥った事のある「理由もなく恋に盲目的な自分」を描いたものだと思っています。

プロが描いた似顔絵が、その人の特徴を極端にデフォルメしているのと同じように、テルコは極端化して描かれています。マモルを優先するあまり、会社をクビになるエピソードなんてその典型的な例でしょう。恋人のために会社や学校をズル休みしたり、周囲に迷惑をかけたりしても、普通の人は取返しのつかない事態に至る前に自制心という名のブレーキが働きます。しかし、極端化されたテルコにはブレーキがない。どこまででも突っ走って、相手に尽くしてしまう。結果として同僚から無視され、会社をクビになっても、相手の事ばかり考えて頭から離れない。

それは一歩間違えれば、僕達自身が陥っていたかもしれない恋愛の一つの形です。

だからこそ、読んだ人間が親近感を覚えたり、どうしようもないと思いつつも惹かれたりしてしまう。

 

なのでテルコの未来がどうなるか……それは自分自身であり、自分の身の回りを見ればなんとなく想像がつくはずなんです。

まぁ世の中には半世紀以上生きてなお、異性に利用され続ける事でしかアイデンティティーを保てない人間もたまにいますが、ほとんどの人はそうはなりませんもんね。

学校をサボって恋人とデートをしては親や先生から怒られてばかりいたあの子が、いつの間にか自分の子どもの将来を案じる教育ママになっているのと同じように、テルコもまたいつまでも作中のように盲目的に恋に溺れ続けるわけではないのでしょう。

 

そんな事を読後に想像するのも、読書の一つの楽しみだと僕は思います。

中途半端で消化不良なんて、言わないで欲しいなぁ。

 

※追記※映画版観ました!!!

普段、公開済みの映画を観る機会って非常に少ないんですが、ようやく本作の映画版を観る事ができました。

結論から端的に書くと……滅茶苦茶良かったです!!!

 

何よりもですね、テルコ役の岸井ゆきのが素晴らしい!

原作を読んでいた身からするとちょっとイメージと違うかなぁと思わなくもなかったのですが、そんな先入観はすぐに吹き飛びましたね。

だって彼女の演技力、あまりにも素晴らしかった。

 

岸井ゆきのが演じるシーンはどこを取っても魅力的で、最初から最後まで飽きる事なく見続けてしまいました。

 

仲原役の若葉竜也もすごく良い味を出しているし、葉子訳の深川麻衣もなかなか。

個人的に気になったのは、マモちゃん役の成田凌かな。

 

マモちゃんってヒョロガリで猫背で、誰が見ても「あんなのどこがいいの?」と言われてしまう冴えない男子像なはずなんですが、成田凌はちょっとイケメン過ぎましたよね。

成田凌自身も原作を知らないのか、イケメンとして振る舞ってるのも残念でしたし。

体型や顔はいかんともしがたいとしても、猫背な姿勢ぐらいは意識して欲しかったな。

どんな時もシャキッとした立ち姿のマモちゃんは違和感しかありませんでした。

 

まぁとにもかくにも岸井ゆきのが素晴らしい映画でした。

すっかり彼女のファンになってしまい、毎日のように彼女に関する作品やニュースの検索ばかりしています。

 

公開中の映画『やがて海へと届く』や、間もなく始まるドラマ『パンドラの果実〜科学犯罪捜査ファイル〜 』も気になるところ。

 

 


しばらくは読書と並行して岸井ゆきのの追っかけも続きそうです。

本当に素晴らしい役者さんなので、ぜひ皆さんもチェックしてみてくださいね。

 

 

 

 
 
 
 
 
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