「まあ、興味のない人からすれば些細な違いなのかも知れないけど…… 山のほうとかに行くと、猫の顔みたいな鉄塔もあるんだよ」
「猫の顔?」
「頭の上が 猫の耳みたいになってて、顔の真ん中がぽっかり空いてる鉄塔。烏帽子型鉄塔って言うんだけど」
賽助『君と夏が、鉄塔の上』を読みました。
賽助という著者の作品を手にするのは初めて。
加えて言えばディスカバー21という出版社も、ビジネス書や自己啓発書、手帳といったイメージが強くて、こういった小説を手掛けている事も初めて知りました。
こういった見慣れぬ作品に出会えるのもKindle Unlimitedの魅力と言えるのかもしれませんね。
一方、割とメジャーどころの新作本はなかなかラインナップに加えられず、掘り出し物を探すようにして読みたい本を探さなければならないという欠点も大きいのですが。
聞きなれない作品とはいえ、Amazonのレビューを見たところ、かなり評価も高い様子ですので、安心して楽しむ事にしましょう。
鉄塔マニアの僕、破天荒少女帆月、幽霊が見える比奈山
物語は羽根つき自転車に乗った同級生の帆月が、校舎の屋上から鳥人間コンテストよろしく飛び立ち、落下するという事故のシーンから始まります。
彼女こそが物語をぐいぐい引っ張っていく破天荒なヒロイン役。
その後、夏休みに帆月と出会った僕は、帆月から鉄塔について質問されます。
冒頭の引用の通り、主人公は生粋の鉄塔マニアなのです。
そこへ通りかかったのが、不登校気味の比奈山。
彼はお化けを見る事ができるという特殊な能力を持っているそうです。
鉄塔マニアと霊能力者。
破天荒少女帆月と、そんな二人の間にどんな関連があるかというと……彼女には、鉄塔の上に座る一人の少年の姿が見えるというのです。
呼び掛けても反応はなく、ただ座って景色を眺めているだけに見える少年の正体はなんなのか。
彼に一体どんな目的があるのか。
二人の少年と一人の少女が謎の解明へと駆け抜ける、ひと夏の青春ストーリーです。
……で、なんの話?
上ではそれらしくあらすじをまとめてみたのですが、読んでいる最中、ずっと頭にあったのは「……で、結局のこの物語ってなんの話なの?」というクエスチョンでした。
この作品の残念なところは、とにもかくにも着地点が見えないところなんです。
帆月という破天荒な美少女キャラに陰キャ主人公が振り回される青春モノ、という構図だけは見えるのですが、鉄塔の上の子どもの謎はなかなか解き明かされないまま幽霊が見える見えないの話になり、工事中のまま廃墟になったマンションに肝試しに潜入して……と、物語全体が進んでいる方向がわからない。
終盤に入り、鉄塔の上の子どもの正体に近づくとともに、生き急ぐような帆月の破天荒ぶりの理由がわかったあたりから物語は加速度的に動き出すのですが……それもまた、「こんなシーンって幻想的でしょ?」「ダイナミックでアニメにしたら映えそうでしょ?」といわんばかりの宮崎駿作品のオマージュ的な絵面が展開されるだけで、「……で、なんの話?」という一番の物語の芯の部分はよくわからないままです。
ファンの方には大変恐縮ですが、キャラクターと映像だけに特化して、中身のないアニメ映画によく似てるかな、と。
様々な謎についても物語の中で一応の解答的なものは提示されるものの、やはり核心については謎に包まれたままです。
・そもそも鉄塔(高圧線)である理由は?
・海を目指す理由は?
・正体は神様?お化け?それとも帆月の妄想(セカイ系?)
さっと思いつくところでも、上記な内容については不明のまま。
消化不良で結末を迎えるという、なんとも残念な結果になってしまいました。
読後の想像という楽しみ
書いていて自分でも不思議だったのですが……ちょうどひとつ前の記事『愛がなんだ』で書いた内容とは全く正反対となってしまいましたね。
そんな事を読後に想像するのも、読書の一つの楽しみだと僕は思います。
中途半端で消化不良なんて、言わないで欲しいなぁ。
矛盾してる!なんて言われないためにも補足しておきますが、本書と『愛がなんだ』では、消化不良の意味が違います。
『愛がなんだ』は作中で描かれてきた恋愛の結末的な部分が欠けていたせいで消化不良という指摘を受ける事も少なくないのでしょうが、それ以外の要素に関しては特に不明点や説明不足があるわけではありません。
対して『君と夏が、鉄塔の上』は、一応の結末は迎えているものの、不明点や説明不足が多々残るという消化不良です。
パズルに例えれば、『愛がなんだ』は完成させた絵柄の構図が意図的に省かれていたという状態でしょう。人物の絵のはずなのに首の部分までで終わっていて肝心の顔がわからないから、想像するしかないというような。でもそれは、読者に想像してもらうために、あえてそうしているわけです。
ところが『君と夏が、鉄塔の上』はパズルを完成させたにも関わらず、ところどころピースが欠けているという状態。
穴だらけのパズルで完成していると言われても気持ち悪さだけが残って、満足はできませんよね。
個人的には「主題歌と雰囲気だけ良かった」と酷評されたあのアニメ作品が思い浮かびました。
物語そのものはなんかよくわからないけど綺麗なシーンと甘酸っぱい青春っぽさだけを楽しめるという意味では、本当によく似ていると思います。
そういうこと
はて、なんでこの作品がこんなに高評価なのかと不思議だったのですが、ちょっと調べてみてすぐにわかりました。
賽助という作者、『SANNINSHOW』というゲーム実況系のyoutuberのメンバーだったんですね。
Amazonの口コミによると、そこからの流れで読んで高評価を付けているというファン方がほとんどのようです。
そういうこと、ですね。
せっかく良さげな本を見つけたと喜んだのに、はなはだ残念でした。
まぁ本当に良書だったら、Kindle Unlimitedあたりに載せてないか。
とにかく残念ですね。
今はただ、面白い本が読みたいです。