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年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『スタープレイヤー』恒川光太郎

あなたはここで〈十の願い〉という力を与えられております。それはですな、どんな 願いでも、といったら著しく語弊がありますが、〈ある程度、どんな願いでも〉十個 ぶん叶えることができるんです

恒川光太郎『スタープレイヤー』を読みました。

恒川光太郎といえば第12回日本ホラー小説大賞を受賞した『夜市』が代表作に挙げられます。

と言っても……ピンとくる人は少ないのでしょうね。

僕も一時期ホラー小説を追いかけていた時期があったおかげで名前だけは記憶していましたが、一般的にはそう知名度の高くない作家かと思います。

 

ただ改めて調べてみると、意外や意外素晴らしい経歴の持ち主なんですよね。

 

2005年 - 「夜市」で第12回日本ホラー小説大賞受賞。
2005年 - 『夜市』で第134回直木賞候補。
2006年 - 『雷の季節の終わりに』で第20回山本周五郎賞候補。
2007年 - 『秋の牢獄』で第29回吉川英治文学新人賞候補。
2008年 - 『草祭』で第22回山本周五郎賞候補。
2011年 - 『金色の獣、彼方に向かう』で第25回山本周五郎賞候補。
2014年 - 『金色機械』で第35回吉川英治文学新人賞候補。
2014年 - 『金色機械』で第67回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)受賞[5]。
2018年 - 『滅びの園』で第9回山田風太郎賞候補。

 

上記はwikipediaの著者ページからの引用ですが、山本周五郎賞吉川英治文学新人賞山田風太郎賞に、さらには日本推理作家協会賞受賞と様々な賞レースに名を連ねているのです。

 

本書『スタープレイヤー』は特に賞レースへの参加はありませんが、NHK-FMでラジオドラマ化もされ、続刊『ヘブンメイカー スタープレイヤーⅡ』も出版される等の人気作。

僕にとっては初めて触れる恒川光太郎となります。

 

 

冴えない三十半ばの女性に突如与えられる十の願い

主人公は34歳無職の女性、斎藤夕月。

買い物帰りの路上で、突如現れた真っ白い男に促されてクジを引いたところ、一等のスタープレイヤーを引き当ててしまいます。

次の瞬間、彼女は見覚えのない平原の中へ。

スターボードというスマホのような端末と、案内人を名乗る石松という男から、彼女は自分が地球ではない別の世界へと連れてこられた事を知ります。

元の世界へ戻るには最低100日間、この世界で過ごさなければならない。

その代償というわけではありませんが、夕月にはどんな願い事でも叶えられるという〈十の願い〉という力が与えられるのでした。

 

半信半疑の夕月はまず、家の近所にある蕎麦屋からランチセットを取り寄せます。

突如目の前に現れた蕎麦によって現実を受け止めた夕月は、続いて住み慣れた自分の実家を再現するのでした。

続いて引きずっていた左足を治し、ついでに若く整った見た目に生まれ変わります。

さらには自宅の周囲に金銀財宝が煌めく広大な庭園を建造。

 

こうして見ず知らずの世界で一人、自らの理想通りの環境を構築していく夕月でしたが、当然その世界の中には夕月以外の人間や動物達も住んでいます。

原住民的な人々とともに、夕月とは別の〈十の願い〉の力を携えたスタープレイヤーも。

 

そうして様々な人種が渦巻く世界には、言わずもがな争いだって存在します。

世界に対して、スタープレイヤー達はどんな影響を与えるのか。

それに対し、夕月はどう立ち向かっていくのか。

 

いつしか夕月は、元の世界に帰る事よりも今いるこの世界で生きていく事を考えるようになっていきます。

 

 

大人の(?)異世界転生モノ……かと思いきや

こう書いてしまうと身も蓋もありませんが、一言で言うなればそういう物語に思えますよね。

34歳で、足に後遺症を負った女性がチート能力とともに異世界に転生する、という展開はまさにテンプレ的異世界転生作品と言えるものです。

 

ただしちょっと語り口が固かったり、夕月ら登場人物の心情が繊細だったりするので、ネット小説・ライトノベル界隈で見られた異世界転生モノよりは読みごたえがあるかなぁ……なんて。

 

油断していると、足元を掬われますよ。

 

特に秀逸なのは、悩んだ末に夕月が選んだ三つ目の願い事。

彼女の左足は、以前通り魔的な犯行に遭った故の後遺症だったのです。

しかもその犯人は、まだ捕まっていない。

 

夕月は異世界に檻を用意し、真犯人を呼び出します。

様々な手を使って犯人に自白させよう、謝罪させようとする夕月の試みは、非常に鬼気迫るものです。

 

「なんだこれ?ただの異世界転生モノじゃね?」と鼻白んだ読者も、「どうやらこいつは一味違うらしいぞ。心して読み進めてやろうじゃないか」と居住まいを正さずにはいられなくなるでしょう。

 

 

でも……やっぱり異世界転生モノでした

自分の人生を滅茶苦茶にした犯人を呼び出し、どうやって復讐してやろうかと夕月が思考を巡らすあたりは間違いなく傑作の匂いがプンプンするんですけどねぇ。

残念なのは、結局はそれがあくまでエピソードの一つとして消化されてしまう点。

 

むしろ十もある願い事を消化させるべく無理やりねじ込んだ蛇足と言っても過言ではないかもしれません。

 

明らかに本書の中で一番魅力的で、一番読み応えのある犯人×夕月のエピソードは本筋になんら関わる事はなく、物語は至って平凡・ありきたりな異世界転生モノコースへと進んでしまいます。

簡単にまとめてしまうと、原住民達の間に元々存在していた勢力争いに加担しようとする異世界転生人に対し、同じ異世界転生人である夕月がスタープレイヤーの力で対抗しようというものです。

 

〈十の願い〉は無尽蔵なチート能力なので、ぶっちゃけ夕月が「対抗勢力を全員消滅させろ」とか「対抗勢力が入り込めないような巨大な城壁を張り巡らせろ」とか願ってしまえば一件落着なはずなのですが、なかなか力を使おうとはせず、後手後手に回って追い詰められて、ようやく読者の想像よりも遥かに小さな願いでもって中途半端に終わらせてしまうまでの過程がコツコツと描かれていくのみ。

途中犯人×夕月のエピソードから期待値は上がりまくっているので、きっと何かとんでもない幕切れが訪れるのだろうと固唾を飲んで見守っている分、読書自体のテンポは非常にスムーズで、一気読みしてしまうのですが、終わってみるとそれ以上に特別な事など何もなく、結局ただの異世界転生モノだったなぁというのが正直な感想です。

 

惜しい。

本当に惜しい。

 

〈十の願い〉を使って、真犯人や夕月の知らなかった事件の裏側が少しずつ暴かれていく、というミステリ仕立て・ホラー仕立ての作品にしてしまえば絶対に傑作になっていたと思うんですが。

願いによって犯人を呼び出し、あの手この手の拷問を使って自白させてみたら、そいつはあくまで下手人であって真犯人は別にいる、なんてね。

そうやって一人、また一人と呼び出して探っていく内に、家族やら元恋人やら親友やらが次々登場して、どうやって本音を探るか、何が嘘で何が真実なのかを探る心理ゲームだったりしたら面白かったのになぁ、と思ってしまいます。

 

それこそ米澤穂信あたりなら上手く昇華してくれたんじゃないでしょうか。

 

もしかすると第67回日本推理作家協会賞を受賞した『金色機械』あたりは、期待したようなミステリテイストを遺憾なく発揮した作品なのかもしれません。

本作『スタープレイヤー』は非常に惜しい作品とはいえ、非凡な才能の片鱗を窺わせてくれるだけに、『金色機械』に期待してみたい気持ちもあります。

 

今はまだKindle Unlimitedには収録されていないようですが、いずれ忘れずに読んでみたいと思います。

 

 

 
 
 
 
 
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