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年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『あしたはうんと遠くへいこう』角田光代

 そうやって禁止事項で自分を追いつめ、さらに事態を悪化させるぐらいなら、と悩んであたしが考えた解決策は、「修三瞑想時間」だった。夏休みのあいだ、一日に一時間半、縁側に座って物思いにふける。その時間内だけは、野崎修三のことをどれだけ考えても、また、どんなこと――恥ずかしくて口に出せないことでも、現実味も突拍子もないことでも考えて可、とした。

角田光代『あしたはうんと遠くへいこう』を読みました。

ついひと月前に『愛がなんだ』を読んだばかりなので、短期間で角田光代作品が続いています。

 

『八日目の蝉』以来の角田光代ファンですが、先日読んだ『愛がなんだ』がこれまでの彼女の作風とはガラリと変わって、それがまた良かったせいでもあり……

 


 

ついに観た劇場版『愛がなんだ』もまたすこぶる良かったせいで、その余韻に浸りつつ、角田光代作品を読みたくなったわけです。

 

Kindle Unlimitedには都合よく角田光代作品も多数収録されていますが、その中から厳選したのが本作『あしたはうんと遠くへいこう』。

気になる内容については、早速下記よりご紹介していきます。

 

ちなみに『愛がなんだ』については下記記事をご覧ください。

 

恋愛依存体質の15年間

主人公の栗原泉は、一人の異性を好きになるととことん没頭してしまうタイプ。

冒頭から、野崎修三という同級生の男の子に夢中になる高校生時代が描かれます。

 

朝から晩まで野崎修三の事で頭がいっぱいな泉は、ある日修三に渡すためにと、厳選した曲を録音したカセットテープを何時間もかけて作成します。

しかし、受け取った修三と友人の反応はさんざんなものでした。

 

「何今の」小さな声で中村が彼に訊く。「知らねーよ」「告白? もてるねえ」「ていうか、こえーよ」「え?」「あいつなんかこえーよ」

 

勝手に期待と妄想を膨らまし、実際の相手がどうであるかなんてどうでもいいぐらいに突っ走った挙句、失敗する――そんな自己満足で構成された盲目的な泉の恋愛体質が顔を覗かせる一面でもあります。

 

大学に進んだ泉は、バンドのヴォーカルのぶちんに恋をします。

のぶちんの歌は、何もかもがどうでもよくしてくれて、自己肯定感をもたらしてくれると盲目的に彼に心酔するのです。

 

サークルで結成されたバンドで、泉は楽器も歌もできないにも関わらず、彼らのため、のぶちんのために、ライブの度に雑用係として参加します。

のぶちんはじめ、バンドメンバーからは良いように使われる泉ですが、特に不満を抱くわけでもなく、献身的に彼らのために尽くします。

 

そんな泉の恋がどうなるかというと……これはまぁ、読者の想像通りのパターンですね。酔っぱらった流れで正式なプロセスもなく体を重ねた後も、意識高いバンドマンの彼には泉よりも重要なものがたくさんあって、ぞんざいな扱いばかりを受ける。

まるで幸せになる日が来るとは思えない関係です。

 

やがてのぶちんはバンドのヴォーカルに迎えたエチカという女の子をあからさまに優先するようになり、そんなのぶちんとの関係に病んだ泉はアイルランドへ旅に出ます。自転車に乗って、アイルランドを一周するという無謀な旅は当然うまく行かず、不本意ながら現地の学生アパートに入って、無為な生活を送るように。

そうしてのぶちんとの関係を良くしようと決行したアイルランド旅行でしたが、約一年の海外生活を経て、戻ってきた泉を待ち受けていたのは自分の居場所にすっかり収まってしまったエチカでした。

 

居場所を失い、収入もない泉は、毎夜行きずりの男と体を重ねては、引き換えに寝床を得るような堕落した生活を送るようになります。

そのうちの一人、大学5年生のキョージは何人もガールフレンドがいて、泉はキョージから違法薬物の味も教わります。

もうひたすらに墜ちていくばかり。

 

そんな中始めたCDショップのアルバイト先で、ポチと名付けた年下の男の子から生まれて初めて愛を告げられ、二人で普通の幸福を得るためにと海のある田舎に引っ越し、同棲生活を送るようになります。

一見幸せなように見えますが、ポチはあまり率先して働かず、泉は毎日水産加工会社でアルバイトをこなし、薄給で爪に火灯すような貧乏生活。

ポチと二人で所在なく過ごす休日が苦痛な泉は、スポーツクラブへ入会します。そして今度は、そこのインストラクターに恋をしてしまうのでした。

 

ポチと同棲する一方、インストラクターに好かれるためにトライアスロンへの出場を決め、順調にインストラクターとの恋を育む泉でしたが、次章ではポチとの同棲生活も破綻し、そのインストラクターが泉のストーカーに変貌を遂げているという恐ろしい展開に。

 

本書は上記のように、高校時代から始まり、約15年にも及ぶ泉の恋の変遷を描いた作品です。

 

愛がなんだ……?

 

次々と一癖も二癖もある男に恋をしては、その度に自分の人生ごと捻じ曲がっていく様子は、目を覆いたくなるほど醜悪な一方、どこかコミカルでもあります。

 

よくもまぁ次から次へと変な男ばかり渡り歩くもんだ、と呆れたいところではありますが、実際には笑えませんよね。

しかしながら、今現代、まさに青春真っただ中にあるような若い子の恋愛がどうなのかはわかりかねますが、少なくとも二十年ぐらい前の若い世代の恋愛って、本書のような無謀なものが多かったように思います。

 

ナルシストでやたらと自意識過剰なバンドのヴォーカルがカッコよく見えたり、自暴自棄になってワンナイトラブに身を任せてみたり、別に好みでもなんでもない相手から「好きだと言ってくれる」という理由だけでお付き合いしてみたり。

沢山の失敗を繰り返し、その代償として取返しのつかない傷を負ったり、助けを求めて踏み出したつもりの恋愛がむしろ泥沼だったり、まさに無謀という他ないような恋愛を繰り返しながら、気づいてみるといつの間にかみんな結婚してそれなりに無難な家庭を築いて幸せになってる……という昭和末期~平成にかけて過ごした若い世代の青春時代。

 

本書で描かれる泉達は、まさしくその時代を生きているのだと思います。

そう考えると、今の若い子たちがあまり恋愛しないという理由もわかってくる気がしますね。

 

生まれながらにしてリスク社会で育った若い世代は非常に理知的で、後先考えず衝動的に恋に走るなんてなさそうですし。

まずはSNSで繋がるところから始めて、少しずつ距離を縮めていくのが今の若い世代の恋愛であって、大きく傷つきそうな気配があれば先手を打って終わらせる、というのが常套でしょうから。

 

もちろん、未だに恋愛が最優先というタイプもいるでしょうが、それはあくまで思春期のとある時期の話で、泉のように長々と恋愛を中心に人生を送るような人は少ないのでしょうね。

 

さて、話を本書に戻すと、恋に、愛にと衝動的に、病的に不可解な方向へと突っ走っていく泉の姿は、『愛がなんだ』のテルコに通じるモノを感じたりもします。

そういう意味では、僕のチョイスは完璧なように思えます。

元々『愛がなんだ』のような作品に触れたくて本書をチョイスしたのですから。

 

とはいえよく似たようでいて、蓋を開けてみれば二つの作品の方向性は全く正反対だったりもします。

 

『愛がなんだ』のテルコは、あくまで自身の恋愛(信念?)に向けて迷いなく突き進んでいく様が印象的でした。他人がどう思おうと、どう見られようとテルコには一切関係なく、テルコにあるのはただただマモちゃんとの繋がりを保ち続けたい一心のみ。その姿は歪ながらもどこまでも一途で、純愛で、きらきらと輝いて見えるようでもありました。

ただし、泉は違います。

泉は常に、迷いの中にあります。自分の選択に対しても、相手との関係性に対しても、疑心暗鬼であり続けます。その人に会えるだけで毎日幸せと思えるぐらい盲目的に恋に溺れる一方で、こんなのは普通じゃないと拒否反応を覚える理性を持ち合わせています。

 

恋に夢中になる女の子のお話として、一見よく似た題材を扱っているように思えるのですが、『愛がなんだ』と『あしたはうんと遠くへいこう』は全く違う作品なのです。

それは二つのタイトルにもそのまま現れていると言えるかもしれません。

『愛がなんだ』と吐き捨て自らの思うまま歩み続けるテルコと、『あしたはうんと遠くへいこう』と常に現状から逃げ出したい願望に苛まれる泉。

 

作風で言えば、『愛がなんだ』はどこまでも前向きなのに対し、『あしたはうんと遠くへいこう』は後ろ向きと言えるかもしれません。

そういう意味でいうと、読んでいて面白かったのは、圧倒的に前向きな『愛がなんだ』の方でした。『あしたはうんと遠くへいこう』も文章の熱量こそ高いのですが、そのほとんどが負のベクトルに向かっている感覚があって、読んでいて気が滅入ってくるような気がしました。

 

『愛がなんだ』と同じようなテーマを扱いつつ、全く違う作品に仕上がっているという時点で興味深く、十分に楽しませて貰ったんですが。

主人公泉に当たり前のように岸井ゆきのを想像していたのも、楽しめた理由かな。

 

ここのところ毎日、寝ても覚めても岸井ゆきのばっかりです。

僕も病的なのかも。

 

 

 
 
 
 
 
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