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年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『眠れるラプンツェル』山本文緒

私は夫を愛している。好きなことだけして生きていくために、結果的には嫌いなことも懸命にこなしているらしい、夫が。

山本文緒『眠れるラプンツェル』を読みました。

先月『あなたには帰る家がある』を読んだばかりですので、短いスパンで山本文緒作品が続く事になります。

 

Kindle Unlimitedに掲載されている作品の中だと、角田光代作品や山本文緒作品って妙に目につくんですよね。

どちらも実力派の作家さんだけに、読み放題に掲載されているというだけでつい読んでおかなくちゃという使命感のようなものに追われてしまいます。

 

さて、前置きはさておき、さっそく内容をご紹介していきたいと思います。

 

 

現代の有閑夫人

有閑マダム、なんて言葉であれば一度は耳にした事があるのではないでしょうか。

 

有閑夫人とは、昭和3年(1928)発表に発表された池谷信三郎の小説であり、そこから転じて「時間的にも経済的にも余裕があり、趣味や娯楽などで気ままに暮らす夫人」を指す言葉になりました。

太宰治の作品『斜陽』から斜陽族という言葉が生まれたように、昔は人気小説から流行語が生まれるケースも多かったんですね。

 

本書の主人公汐美は特に仕事にも就かず、子どももおらず、毎月夫から振り込まれる15万円の生活費で勝手気ままな生活を送る、まさしく有閑夫人と言えそうな女性です。

とはいえ似た境遇の奥様方と優雅にティータイム……というわけでもなく、汐美の場合には日がな一日ごろごろしたり、テレビゲームをしたり、パチンコをしたりと、どうしようもなく怠惰な日々を送っています。

 

そんな彼女がふらりと立ち寄ったゲームセンターで、隣の部屋に住む中学一年生の男の子を見かけます。補導されそうになった彼を助けてあげた縁から、彼は毎日汐美の部屋で学校や塾をサボるようになります。

映画『フック』の登場人物によく似ているという彼を、汐美はこっそりルフィオと呼んでいました。

 

彼の母親はエリート志向で、ルフィオの中学受験が済んだ後は妹を子役タレントとして売り込むのに必死です。ルフィオはそんな毎日に飽き飽きしていたのでした。

 

 

続いて汐美は、パチンコ屋でルフィオの父親と遭遇します。慣れない手つきでパチンコに興じるルフィオの父を手助けしたのをきっかけに、こちらもまた、汐美の部屋まで遊びに来るように。

チビでハゲでデブという外見から、映画『ツインズ』にちなんで汐美は彼をダニーと呼ぶようになります。

 

母親と妹は芸能活動に忙しく、ルフィオとダニーは自分の家ではなく汐美の部屋に入り浸るように。

汐美とルフィオ、ダニーによる不思議な疑似家族の生活が始まるのでした。

 

 

塔の上のラプンツェル』の原作

言わずもがなですが、タイトル通り本書は『ラプンツェル』をモチーフにしています。

ただし、ディズニー映画のきらきらしたプリンセスものではなく、ややブラックな原作版『ラプンツェル』を下敷きにしているのだと思います。

 

あまり『白雪姫』や『シンデレラ』に比べ、原作版の『ラプンツェル』については認知度が低いと思われますので、簡単にご説明しましょう。

ラプンツェルと言われる女の子が魔女の手により高い高い塔に閉じ込められるのはディズニー同様。そこへ訪ねて来た王子を、長い髪の毛を垂らして招き入れると、二人は関係を結んでしまいます。

毎夜二人は愛し合い、やがてラプンツェルは王子の子どもを身ごもる事に。それを知った魔女はラプンツェルの髪を切り、ラプンツェルは放逐されてしまうのです。

 

……という予備知識を前提に本書を振り返ってみると、汐美が住むのは塔ではなく、高層マンションの一室。

彼女を閉じ込めたのは魔女ではなく、夫です。

 

そこへ王子様役のルフィオが現れ、何かと汐美に対して声を掛けてくる。

そのうち汐美はルフィオに心惹かれるようになり、やがて二人は……というのが本書で描かれる物語の主軸となります。

 

上に描いた通り、原作においてラプンツェルは王子様と関係を結び、身ごもってしまうのですが――果たして汐美とルフィオの場合には、どのような運命をたどるのでしょうか。

その結末は、ぜひご自身の目で確かめていただきたいと思います。

 

 

『あなたには帰る家がある』との繋がり

小ネタですが、本書には『あなたには帰る家がある』とリンクする部分があります。

というのも、作品の舞台となっているマンションは、『あなたには帰る家がある』において主人公の佐藤真弓らが住んでいたのと同じマンションなのです。

 

実際に、マンションの会議への参加を促しに汐美が真弓を訪ねるシーンが、それぞれの作品で描かれています。

 

本書ではこちら。

 

明らかに迷惑そうな彼女に、私は自転車置き場を作る話し合いをしているのだと説明した。いるのに連れて来なかったなんてことが三十代主婦にばれたらまた厭味を言われる。私は佐藤さんに、ご近所との関係もあるからたまには顔を出したほうがいいですよなんてお節介なことまで口にしてしまった。

 

これを『あなたには帰る家がある』の真弓視点で描いたのがこちら。

 

「あの、差し出がましいですけど」

 真弓が何も答えずにいると、隣の奥さんはおずおずと言った。

「佐藤 さんはいつもお家にいらっしゃらないから、たまには顔を出しておいた方がいいと思いますよ」

 彼女の言葉に厭味はなかった。たぶん、他の住人達から文句が出ているのだろうと 真弓は思った。

ちなみに真弓が見たその時の汐美の印象は、以下の通り。

 

隣の奥さんは抑揚のない声で言った。彼女はたぶん真弓と同い年ぐらいだろうと思わ れる。けれど、潑剌としている真弓に比べてどこか疲れた感じがあった。

 

こういう全く関係のない二つの作品で物語や登場人物をリンクさせるのって、作者やコアなファン向けの遊びのような部分があり、賛否両論あったりするのですが……山本文緒の場合、元々の作品を壊さず、邪魔しないレベルで自然に描いてしまうのが好印象ですね。

これがいかにも「皆さんが大好きなあのキャラクターを特別出演させました!魅力もたっぷり描いてますよ!」とばかりに本筋となんら関係のない会話やシーンを挿入されると興ざめになってしまうんですけどね。

 

『眠れるラプンツェル』と『あなたには帰る場所がある』のリンクについては、気づく人が気づけばそれで良いし、知っても知らなくても作品にはなんら影響を及ぼさないレベルの些細な仕掛けですし。

まぁどうせどちらも読むのであれば、頭の片隅にでも入れておけばちょっとは楽しみも増えるかなぁ、なんて思いました。

 

本書をはじめ、『あなたには帰る家がある』や直木賞受賞作である『プラナリア』等など、山本文緒作品はじんわりと楽しめる良書揃いです。

読みたい本がない時、リラックスして肩ひじ張らない読書を楽しみたい時などに、気軽にお試しになってみてはいかがでしょう?

 

 

 
 
 
 
 
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