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年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『琉球の風』陳舜臣

――明国を親とし、薩摩を兄とする。

 

陳舜臣琉球の風』を読みました。

タイトルからもわかる通り沖縄を舞台とした作品ですが、太平洋戦争に関連した『太陽の子』や『首里の馬』とは少し扱っている時代が違います。

本作で描かれているのは江戸時代初期――それも関ヶ原が終わり、天下を取った徳川家康征夷大将軍の座を二代目将軍秀忠に譲り、徳川の治世をいよいよ盤石のものにしようというそんな時代の沖縄を舞台としています。

 

早速あらすじを……といきたいところではありますが、まずは予備知識として沖縄の状況について説明しておきましょう。

 

 

当時の琉球について

当時の沖縄は琉球王国という独立した国家でした。

日本と中国の半ばに浮かぶ琉球は、明王朝と交易を行う海洋国家として、独自の文化を築いていたのです。

明に貢物を持っていくことで、その見返りとして、様々な物品を明から恩賜として賜る。手に入れた貴重な珍品を、大和の国をはじめ周辺諸国に売る事で、琉球は大きな利益を得ていました。これを朝貢貿易と呼びます。

 

当時の明王朝冊封といって明が許可を与えた国としか貿易を許しませんでした。

ちなみに日本本土との関係はというと、少し前に豊臣秀吉が行った朝鮮出兵のわだかまりが根強く残っていますので、貿易など許されるはずもありません。

唯一琉球だけが、公的に明と交易を行う権利を持っていたのです。

 

これは諸外国にとっても似たようなもので、鎖国状態にあった日本をイメージするとわかりやすいかもしれません。

当時明と交易できる相手は限られており、それがために明から運ばれる産品は珍重されていたのです。

世界的に見れば当時は大航海時代で、アジアの周辺各国ばかりではなく、ヨーロッパのオランダ・イギリス・スペイン等も含め、世界中の多くの国々が明と仲良くなりたいと望んでいたのでした。

 

そこに目を付けたのが、明との国交回復・交易開始を目論んでいた徳川家康

関ヶ原の敗戦から財政に貧窮していた薩摩藩もまた、起死回生の手段として琉球を狙っていました。それ以前から薩摩藩琉球を「付庸国である」と主張していたのですが、交易から得られる利益を自藩のものにするためにも、より実質的に支配下に置こうと考えたのです。

利害が一致した事で、家康は薩摩の琉球攻めを許可します。それどころか、元々は控えめに大島(奄美)攻めを願い出た薩摩の背中を押し、一気に本丸である琉球まで攻め入るよう焚きつけたのです。

 

第二尚氏王統の成立以来、琉球には100年以上戦はありませんでした。

さらには琉球王国は軍隊や武力・武器すら持っていません。唯一、独自の護身術として琉球空手が発展するのみです。幕末の動乱を掻い潜った粒ぞろいの薩摩兵と衝突すれば、結果は見るまでもありません。

 

平和な楽園琉球に忍び寄る、薩摩の侵攻と徳川幕府の影。

本書は琉球側の視点からその前後を描いた作品となっています。

 

 

琉球攻め前夜

物語は1606年。薩摩の琉球侵攻から遡る事3年前から始まります。

那覇市の隣、久米村に住まう震天風という老人の元に、本書の主人公格となる啓泰やその弟・啓山、羽儀・阿紀の姉妹、奇羅波丸・巴知羅といった若者たちが集められます。

 

震天風は啓泰の亡き父の盟友であり、琉球や日本のみならず、呂宋(ルソン・フィリピン)や安南(アンナン・ベトナム)などを股にかける交易集団の首領の一人とされる人物でした。

彼は集まった若者たちに「五年以内に薩摩が攻めてくる」と告げるのです。

 

震天風は若者たちに覚悟を決めるよう促し、若者たちはそれぞれに琉球の未来へ向けて動き出します。

阿紀は三司官(幕府でいうところの老中格)となった謝名親方に従い、彼の養子となった上で宮女として王宮に仕える事になります。

啓泰もまた、謝名親方の密命を帯び、震天風とともに明国へ渡る事になります。

 

そこで出会った謝汝烈から伝えられた「既に亡びかけている明の中に南海王国という新たな国をつくる」という考えは、その後の啓泰の人生に大きな影響を与えるのです。

 

謝名親方をはじめ、薩摩の侵攻を阻止すべく様々な策を練りますが、結局そのどれもが実を結ぶ事なく、決戦の時を迎えます。

抗戦派とされる謝名親方・浦添朝師をはじめとして迎え撃つ準備を進めますが、結果としてはあくまで「最低限の抵抗はしたぞ」という面子を守るためだけの細やかな戦いに終わり、ほぼ全面降伏に近い形で琉球は陥落。

 

琉球王・尚寧は薩摩預かりとなり、三司官のうち謝名親方・浦添朝師もまた、薩摩に幽閉される事となります。

徐々に状況を受入れ、態度を軟化させていく浦添朝師とは裏腹に、ひたすら囚人としての身分を貫き続けます。

やがて「島津の琉球侵攻は、他国の侵略ではなく、附庸国の奉仕によって懲罰を受けた」とする起請文は歴史の捏造であるとして署名を拒んだ謝名親方は、薩摩の手によって処刑されます。

最期まで己を曲げる事のなかった不屈の剛直さに、薩摩の人々の中にも同様を寄せる人は少なくありませんでした。

 

そして――大島や琉球各地には薩摩の役人が逗留するようになり、年貢を計算するための検知が行われ……と薩摩の実質的な琉球支配に向けた準備は着々と進んでいきます。

 

啓山は羽儀とともに大和へ渡り、琉球舞踊を元にした芸の技を磨きます。

一時は医者の道へ進もうとした啓泰は、商人になると翻意し、沖縄を中心とした南国の島々を舞台に国籍を問わない貿易集団を作ります。

琉球のために生きてきた彼らは、琉球に囚われずにそれぞれの道を歩んで行くのです。

 

 

薩摩支配後の琉球

薩摩の支配後、表向きには独立国としての体裁を保ちつつ、徳川幕藩体制に組み込まれた琉球は諸外国との仮面外交や、重税に苦しんだはずなのですが、本書において薩摩支配後の苦しい状況というものはほとんど描かれません。

ただ淡々と、水が染みるように薩摩に侵食されていく様が描かれるのみです。

当時先頭に立って琉球の政治を担っていた親方衆やその仲間たちが次々とこの世を去ると、啓泰らの世代は自らの信条の下、それぞれ思い思いの道を生きていきます。

 

琉球王国を扱った作品という意味では、琉球陥落~謝名親方の死までがクライマックスなのでしょう。少なくとも僕は、そう感じました。

あるいは作品そのものが、琉球というよりは琉球と明の間の広い南海を描きたかったのか。

 

なので薩摩支配後~琉球処分の期間については、また別の作品を探した方がよいのかもしれませんね。僕はまだ未読ですが、池上永一テンペスト』あたりが良さそうです。

とはいえ『テンペスト』、評価があまりにも二分されるので手を出すのがはばかられるのですが。

 

とりあえず沖縄に関する作品としては、この後にもう一冊だけ読んで終わりにしようかなぁと思っています。

その昔読んだ作品で、それなりに思い入れもあったのですが、すっかり記憶から消えていた盲点とも言えそうな作品でした。考えてみると、僕の中にある「イリオモテヤマネコ」や「ミミガー」、「シーサー」、「ハブ」といった断片的な沖縄知識の多くが、その作品によって形成されたものなんですよね。

次回紹介するその作品は一体なんなのか……ぜひご期待いただきたいと思います。

 

打ち切り大河ドラマ

最期に念のため触れておこうと思いますが、本作『琉球の風』はあのNHK大河ドラマ化もされていたりもします。

1993年1月~の放送枠です。

とはいえ一つ伝説がありまして『琉球の風』は6月までの僅か全31回で終わるという、NHK大河ドラマ唯一の半年作品なのです。

 

www2.nhk.or.jp

 

主演はジャニーズの東山紀之

今では「打ち切りだったの?」といぶかしむ声もあるそうですが、あくまで予定通りだったことがわかっています。平均視聴率は17.3%、最高視聴率は24.1%だったそうなので、今なら大ヒット・大人気ドラマと呼ばれる事間違いなしです。

その当時から、既に大河ドラマも試行錯誤を繰り返していたのですね。

 

とはいえ動画を見る限り、今とはエキストラの数も舞台装置の豪華さも比較になりませんね。その代わり、往年の大河といった風情で全体的に薄暗い印象ですが。

 

www.pref.okinawa.lg.jp

今年令和4年は本土復帰50周年にあたります。

春以降、きっと沖縄の露出も増えてくることでしょう。本書をはじめ、沖縄関連作品にも注目が集まるかもしれません。

皆さんも今のうちからぜひ、予習・復習はいかがでしょうか。

それでは、また。