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『ドキュメント自治体汚職 福島・木村王国の崩壊』吉田慎一

「捜査を振り返って、木村を頂点とする数々の不正事実があった。捜査の対処になったか否かを問わず、一連の不正事実に関与した人は、木村の起訴を”自らの起訴”と心に銘記し真摯な反省をしてほしい」

吉田慎一『ドキュメント自治汚職 福島・木村王国の崩壊』を読みました。

前回『猛牛(ファンソ)と呼ばれた男』を読みまして、興味をそそられた福島県知事・木村守江への贈収賄事件について書かれた本です。

 

 

朝日新聞社が発行する朝日選書267という事で、著者である吉田慎一氏は実際に本事件を担当した朝日新聞の記者。紙面で木村逮捕に関するドキュメントを連載するにあたって、曖昧な部分や自身の思い込みが無いよう再度関係者に徹底取材を重ね書き上げたという、ジャーナリズムの塊のような作品となっています。

 

ドキュメントとしての迫真力を出すために、「……という」「……といわれている」など、伝聞形式の表現は一切避けることにした。しかし、これが大変な労力を必要とすることを、書き進むにつれていやというほど思い知らされた。

しかし、いざドキュメントとして事柄の正確さを期そうとすると、ノートに記された話は単なる取材の端緒にすぎなかった。すべてが再取材、再々取材を必要とした。私自身が体験しない状況を「……であった」という直接表現で角以上、当事者本人、少なくともその場に直接居合わせた人の話を取材しなければならなかった。

 

いやぁ、上記二つの引用だけでも著者のこだわりぶりが伝わってきますね。しかも当時入社して僅か三年程度の駆け出し記者だったというから驚きです。めちゃくちゃ尖りまくっていますね。

 

福島県天栄村という小さな村で起こった贈収賄を発端に、福島県内の政財界から何人もの逮捕者を出し、最終的に昭和51年8月6日に福島県知事・木村守江が逮捕されるまでを追ったドキュメント作品。

その筆致は本当に繊細なもので、とある逮捕当日の動き一つとっても、容疑者が何時何分に置き、何を食べ、どうやって移動し、一方で検察や警察、マスコミの動きに至るまで、非常に細部にわたって書き記されています。

 

一例に、県土木部営繕課長・菅野良一が逮捕される場面を引用してみましょう。

 

午前七時、寝たばこをしていた菅野は家の前で車が止まる音を聞いた。「菅野さーん」。玄関の声に、菅野が「だれだろう?」と思って玄関を開けると、見知らぬ男が二人いた。「警察の者ですが、ご一緒に来ていただきたい」。男の声はていねいだった。菅野は瞬間にすべてを理解した。まだ寝間着姿であった。

 

非常にシンプルな文章なんですが、緊迫感と早朝の穏やかさが混じったなんとも言えない雰囲気がにじみ出てくるようです。本書ではこの調子で淡々と事実が紡がれていきますので、読み物としても非常に面白いと感じられます。

 

とはいえ細部に関してこれ以上記してもキリがありませんので、備忘録を兼ねて以下にざっと本書に描かれた汚職・贈賄事件を列記したいと思います。

 

本書で描かれた汚職・贈賄事件

〇伊藤建設天栄作業所所長 長根博

  昭和50年10月8日 詐欺・横領容疑で逮捕 6千万円

 

〇前天栄村村長 北畠雄太郎

  昭和51年1月21日 収賄容疑で逮捕 346万円

 

〇桑原工務店社長 桑原橾

  昭和51年3月4日 贈賄容疑で逮捕 380万円

 

〇前天栄村議6名他、123人

  昭和51年4月17日 公選法違反容疑で書類送検

   ※容疑者は約160人。買収金額計1300万円余。

 

福島県土木営繕課長 菅野良一

  昭和51年4月29日 収賄容疑で逮捕 数十万円

 

〇大丸工務店社長 大和田昭吉

 蔭山工務店社長 蔭山藤寿

  昭和51年5月10日 増賄容疑で逮捕

 

福島県総務部長 立沢甫昭

  昭和51年5月22日 収賄容疑で逮捕 数十万円

 

〇日新電設社長 今泉英雄

  昭和51年5月24日 贈賄容疑で逮捕 数十万円

 

福島県福島建設事務所建築課長 石野智行

  昭和51年6月9日 贈賄容疑で逮捕 五万円

 

自民党県連幹事長 県議 大野正一

  昭和51年6月26日 公選法違反容疑で逮捕

 

〇県経済連専務理事 古川悟郎

  昭和51年6月26日 公選法違反容疑で逮捕

 

〇農協五連会長 斎藤初四郎

  昭和51年7月5日 公選法違反容疑で逮捕

 

〇東亜相互企業開発部部長 黒沢利勝

  昭和51年7月14日 増賄容疑で逮捕 一千万円

 

自民党県連幹事長 県議 大野正一

  昭和51年7月17日 不法寄付受領で再逮捕

 

福島県生活環境部長 赤井茂雄

  昭和51年7月17日 収賄容疑で逮捕 一千万円

 

福島県知事 木村守江

  昭和51年8月6日 収賄容疑で逮捕 五百万円他

 

ざっくり読み返しながら拾ったところで上記のようなそうそうたる顔ぶれとなりました。

数人漏らしているかもしれませんが、主要人物はほぼほぼ網羅しているかと思いますのでご容赦下さい。

 

 

芋づる式

県知事はじめ、県庁の部課長らが次々と謙虚されるという稀に見る連続汚職事件だったわけですが、はじまりは小さな村のほんの些細な詐欺・横領事件でした。

昭和50年という当時は、全国各地の田舎で水道網を張り巡らせるというインフラ整備事業が盛んだったそうです。そんな中、天栄村も総延長5万2千メートル、予算総額4億3千円という水道事業に踏み切ったのです。

そこへ現れたのが伊藤建設であり、所長の長根でしたが、手抜き工事が相次ぐ伊藤建設に対し村民の不満は募る一方。村の執行部と癒着があるのではないか、と悪評が立ちます。

実際に伊藤建設は、村議らの研修旅行に際し餞別を送り、「議会を抱き込む気か?」とかえって反感を招いたりします。

支持率が急落する中、目前へと迫る村長選。現職の村長北畠雄太郎は各業者らから約1500万円もの献金をかき集めます。それらを各地区の有力者に握らせ、文字通り「票を金で買う」買収工作へと走るのでした。

ところが求心力を失った現職村長の金は末端まで行き渡らず、途中で家の改修費やトラクター代金に化ける始末。北畠は選挙に敗れ、村長の座を失います。

 

一方伊藤建設の所長長根は、何かと理由をつけて村から六千万円もの金を水道工事の前払い金として払わせていました。ところが伊藤建設には一銭も入っておらず、逆に伊藤建設から村へ請求書が届きます。伊藤建設の請求書も領収書もあるにも関わらず、伊藤建設は金を受け取っていないという大事件に発展します。

長根は指名手配の後、詐欺罪と横領罪により逮捕。ここから事態は大きく進展していきます。

 

金の使途を調べる中で、長根は前村長北畠への贈賄を自白。村長と業者との黒い癒着が顕在化するのです。

しかし北畠が収賄していたのは、長根だけではありませんでした。桑原工務店社長の桑原からも多額の賄賂を受け取っている事が発覚。

さらに桑原は北畠以外にも、数多く贈賄を行っており……これが発展し、県庁・県知事の逮捕へと繋がっていくわけです。

 

……とまぁ長々書いてきましたが、まるで映画や創作の世界の話のような汚職事件が次々と繰り返されるという、本当に興味深いドキュメンタリーでした。

個人的には何よりも、冒頭の天栄村周りの話がとても好きです。

 

小さな小さな村でも公共工事の利権をめぐって贈収賄があり、さらには選挙戦のためにと金のバラマキがあり……と、おとぎ話を読んでいるような不思議な世界観でした。

ましてや選挙に勝つためにと大金をバラ撒いたり、その金が途中でせしめられたり、最終的に関与した百人を超える村人が公選法違反容疑で逮捕されたり、取り調べを受けたりと、現代では信じられない話ばかりです。

たかだか人口数千人の村の村長に、そこまでの価値があるものなのでしょうか?

現職村長が負けたのは金を受け取ったにも関わらず働かなかった村議のせいだと、村の青年達に村議が15人も呼び出され、糾弾され、頭を小突かれ、辞表を書くよう強制されたりといった場面も描かれています。警察よりも検事よりも、支持者の方がよっぽど怖い。

 

意外と山奥の農山村には、こういった風習がまだまだ残っているものなのでしょうか。

興味は尽きませんね。