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年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『朝日新聞の「調査報道」』山本博

 

栃木県・那須町国有林三百七十一ヘクタールと新潟県関川村の民有林四百二十五ヘクタールが交換されたのは一九六四年と六五年のこと。坪(約三・三平方メートル)当たり立ち木も含め八十三円から六十一円の間でほぼ等価交換され、差額の百八十一万円が小針社長から国へ払われた。

山本博著『朝日新聞の「調査報道」』を読みました。

山本博氏は元朝日新聞記者であり、先に紹介した『猛牛(ファンソ)と呼ばれた男―「東声会」町井久之の戦後史』『ドキュメント自治体汚職 福島・木村王国の崩壊』同様、汚職を扱ったドキュメンタリー作品となっています。

上に挙げた二作は主に福島県西郷村の、現「TOKIO-BA」があるあたりの土地に関連する汚職事件を扱ったものですが、本書に関しては具体的なつながりはありません。

 

今回読むに至ったのは、本書に収められた4つの章・エピソードのうちの一つ、『政商の実像――福島交通・小針暦二社長の素顔』に興味があったからです。

 

小針暦二氏は元々福島県矢吹町の出身で、大阪で美福という不動産会社を興したのをきっかけに数々の政治家とのパイプが繋がり、地元福島県福島交通の社長に。さらに地元新聞社である福島民報、ラジオ局ラジオ福島を傘下に収め、この三社を中核とするグループ10数社のオーナーとして君臨したという福島県を代表する実業家です。

ちなみに僕が個人的に小針暦二氏について知っているのは、日本ロイヤルクラブというリゾート開発の会社で、福島県裏磐梯や栃木県の那須高原でホテルやゴルフ場を開発した、という点です。

 

 ・裏磐梯猫魔ホテル(現:星野リゾート裏磐梯レイクリゾート)

 ・猫魔スキー場(現:星野リゾートネコマ マウンテン)

 ・猪苗代ゴルフクラブ(現:猫魔ホテル猪苗代ゴルフコース)

 ・那須ロイヤルホテル(現:コナミクリエイティブセンター那須

 ・那須ロイヤルセンター(現:コナミクリエイティブセンター那須

 

中でも那須ロイヤルセンターにあったファンタラマは、ディズニーランドのイッツアスモールワールドによく似たアトラクションで、2000年に那須ロイヤルセンターが閉業した後も、しばらくの間は廃墟マニアの間で人気を集めていたようです。

少し前まではネット上で検索すると廃墟化した後の姿を紹介するブログ記事が引っ掛かったのですが、だいぶ年月が経ってしまったせいか、ブログは残っていても掲載されていた画像はほぼ失われてしまったようですね。サーバーが死んでしまったのでしょうか。

今でもYOUTUBEで往時の姿を偲ぶ事はできますので、興味がある方はどうぞ。かなりシュール感満載のアトラクションで、こんなものを目当てに沢山の人が訪れたとはとても信じられない想いですが。

 

www.youtube.com

 

また裏磐梯に話を移すと、猫魔ホテルや猫魔スキー場の開発地となった裏磐梯エリアは国立公園に位置しています。本来であれば国立公園内の湖畔や会津磐梯山の斜面を削ってスキー場や巨大なリゾートホテルを建設するなんて到底許されるはずはないのですが、政商・小針の力をもってすれば難なく開発許可が下りてしまった、などという噂話が地元には残っていたりします。

さらに裏磐梯エリアを結ぶゴールドライン・レイクラインの二つの有料道路にもまた、小針道路などと呼ぶ声があったり。まぁやはり地元においては小針暦二の残した遺産というか風聞というものは根強いものがあるのですね。

 

……なんて逸話の数々を昔耳にした覚えがあり、その頃から興味は募る一方だったのですが、小針暦二に関しては資料のようなものが残っていないのが不思議なところ。興味はありつつも、調べるべくもなく……と思っていたら、今回たまたま本書の存在を知り、手に取ってみた次第です。

 

 

扱われる4つの事件

本書は4章に分かれ、昭和史に残る4つの事件・人物についての調査報道について記されています。

 

 第一章 自民党「崩壊」の引き金――リクルート事件

 第二章 政商の実像――福島交通・小針暦二社長の素顔

 第三章 政・官・業癒着の構造――談合を追う

 第四章 喰いつぶされた金融機関――平和相互銀行事件

 

ちなみに調査報道とは、

 

あるテーマや事件に対して、取材する側が主体性と継続性を持って様々なソースから情報を積み上げていくことによって新事実を突き止めていこうとするタイプの報道である。なお、警察・検察や官庁、企業などによるリーク、広報、プレスリリースなどを中心とする報道は発表報道という。

 

という意味です。

つまり発表された内容をそのまま報じるのではなく、自力取材によって集めた独自の情報から浮かび上がる事実や問題を報じようというマスコミ魂のようなものを表しているようです。

 

まぁただ正直なところ、『ドキュメント自治汚職 福島・木村王国の崩壊』が客観的な事実に基づいて記された非常に素晴らしい名著だったのに比べ、本書はどうも「朝日新聞はこの時こんなスクープを突き止めたぞ」「朝日がこうして報じた事で事件が明るみになった」といった朝日新聞自画自賛的な文章や主観的な表現がかなり鼻に付き、各事件についてもいまいち頭に入ってきませんでした。

リクルート事件も題材としてはかなり面白い事件なんですが、事件そのものについて知りたいのであればもっと詳細に書かれた他の本をオススメします。これは他の事件についても同様ですね。

 

 

本題:小針暦二

さて、そんなわけで本来の目的である小針暦二についての記述ですが……これもまた前述通り、ちょっと期待していたものとは程遠かった印象です。

 

 しかし、三度目の小針社長とのインタビューは不発に終わった。小針社長が、突然、態度を変えて会おうとしなくなったのだ。

 多分、記事差し止め工作がうまくいかず、逆に私たちの取材が急進展してるのを知ったからであろう。これ以上インタビューにつきあっていたら、損するばかりだと思ったのかもしれない。

 が、私は平気だった。こうした疑惑追及の調査報道の確信は、相手とのインタビューにある。二度にわたりその壁を乗り越えることができた。

 

上記は一例ですが、鼻につくという理由がなんとなくおわかりいたけるでしょうか。

インタビューが不発に終わった理由を”多分””であろう””かもしれない”という憶測で語るばかりで、真偽は不明。にも関わらず「が、私は平気だった」という自画自賛。全般を通して、大手新聞社というよりはゴシップ雑誌の記事のような記述ばかりが目立つのです。

 

小針氏がグループ会社や子会社を悪用して多額の政治献金をばら撒き、新潟の山奥の二束三文の土地とリゾート開発で賑わう那須国有林を等価交換したり、そうして得た土地をすぐさま転売して巨額の利益を手にしたり、マスコミの追求を妨害するために国会議員らの力を使ったりと、絵に描いたような悪事が様々描かれはするのですが、肝心かなめの、日本ロイヤルクラブ絡みについてはほとんど触れられていませんでした。

まぁ那須ロイヤルセンターの用地買収に怪しげな動きがあったにせよ、ロイヤルセンターの運営に不正があったわけでもないですし、そうなると調査報道を主とした本書の目的を考えれば、いちいち細かいグループ事業の運営やら沿革まで触れる必要がないのは当然ですね。

僕は那須ロイヤルセンターがどこにあったのかも知らないのですが、それ以外の土地を藤和不動産に売却したという記述から、なるほど今の那須ハイランドパークのあたりにあったのか、と察する事ができたのが唯一の収穫です。

 

maps.app.goo.gl

 

調べてみたら、今はコナミクリエイティブセンター那須という保養施設に変わっているようですね。

一般開放はされていないようですが、いつか那須に行く機会があれば、一度目の前の道路ぐらいはドライブしてみたいと思います。

那須高原の高台に位置し、かなり景観が良かったと語られる那須ロイヤルセンター。一度行ってみたかったなぁ。

なお、福島県裏磐梯にある裏磐梯猫魔ホテル(現:星野リゾート裏磐梯レイクリゾート)は、現在星野リゾートの手により大好評営業中です。

www.lakeresort.jp

日本ロイヤルクラブの建設から何度も経営者が変わり、現在の星野リゾートに至るまでに何度も改装を重ねてはいますが、猫魔離宮のロビーに見られる白亜の大理石や荘厳なシャンデリアなどはほぼ建設当時そのままかと思います。

山の中にこんなホテルがあるのか、と仰天するほど巨大で贅を尽くした建物ですので、機会があればぜひ一度立ち寄ってみていただきたいです。