おすすめ読書・書評・感想・ブックレビューブログ

年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『ちっぽけな世界の片隅で。』高倉かな

 願いが込められた玉は落ち、込められていない玉が残る。そんなふうに、わたしたちの生きる世の中は、うまくいかないことばかりだ。

 大切にすべきものが、ないがしろにされる。無法がまかり通り、きれいなものが汚される。 

 

高倉かな『ちっぽけな世界の片隅で。』を読みました。

もういちいち説明する必要もないかもしれせんが、今回もスターツ出版文庫からのライト文芸となっております。

しかも中学二年生を主人公とした学園モノ。

またベタなライト文芸を楽しめそうな匂いがプンプンしますね。

 

前置きは短めにして、早速本編をご紹介していきましょう。

 

 

 

厨二病(女子ver)

主人公である中学2年生の八子は、簡単に言うと女子版の厨二病罹患者。

友人である明のノロケ話にはついて行けないし、彼氏と同じ野球部の男の子といちいちくっつけようとしてくるのもウザい。母親も、クラスメートも、目に映るもの全てがウザい。

もちろん自分の事が一番嫌い。

 

こんななかなか珍しい女子バージョンの厨二病をまざまざと描いている時点で、著者の力量は推して知るべしですね。

 

そんな八子の唯一の癒しは夜のラジオ。

たまたまそこで耳にしたジュウエンムイチ、というペンネームに八子はピンと来ます。

隣のクラスで、同じ塾にも通う田岡の、掠れた名札がちょうどそのように読めるのです。

 

ジュウエンムイチの悩みは「隣のクラスに好きな子がいる」というもの。

ジュウエンムイチの正体は本当に田岡なのか。

田岡の好きな子ってもしかして?

 

そんなドキドキとした年頃の女の子の心情が活き活きと描かれていきます。

 

 

月9 ✖  →  朝ドラ 〇

そんな中で八子の田岡に対する想いとならんで本書の核となっていくのが、いわゆるイジメ。

八子の目の前で、同じクラスの同級生が、同級生に虐められる。

申し訳なく想いつつも、八子には傍観する事しかできません。

 

どんどんエスカレートしていくイジメ。

 

ある日の朝、たまたま早く出てきた八子はばったり田岡と鉢合わせ。

二人が着いた教室では、見るも恐ろしいイジメが行われており、それを見た田岡は――。

 

そんな田岡の行動に影響され、やがて八子もまた、ある行動に出ます。

 

……多分ですね、高倉かなさんという作家はすごいです。

中学二年生という年代の複雑な心模様を見事に描いています。

イジメの様子も、それを見る八子の心情も、非常にリアル。

 

あとがきに児童文学を意識して書いたとある通り、ライト文芸というよりはそちらに近いテイストの作品になっています。

恋愛要素の扱いも好きだ、嫌いだ、運命の人だ、というラノベ的ノリではなく、主人公の中で少しずつ相手に対する印象が変わっていったり、捉え方の変化によってこれはもしかしたら恋なんじゃないかと本人自身が戸惑うといった、非常にリアリティのある描き方です。

 

これまで読んできたスターツ出版文庫の作品としてはある意味異色と言えるかもしれません。

 

ただし異色なだけに、同レーベルから出版されている他の作品に比べるとちょっと単調過ぎるかな、というのも正直な印象。

ライト文芸って、極論するとある日突然出会った(再会した)相手が運命の人で、それによって自分の人生が変わる(過去に負った傷や罪から解放されたり、本来の自分を取り戻したりする)作品が大半だと思っています。

 

そういう作品を求めている人にとっては物足りないだろうな、と。

月9のトレンディドラマを期待していたら、朝の連続テレビ小説だったみたいな感想になってしまいそうな予感がします。

 

僕はこちらのテイストの方が好きですけどね。

スターツ出版文庫からもこういう作品が出てるんだなぁ、という新鮮な驚きを感じたというのが素直な感想です。

 

 

イジメの話、多いなぁ

ただ、それを読む僕の精神状態が良くなかった。

 

一言で言うなればイジメものに飽いていた。 

 

ここ最近ライト文芸が続き、間に読んだのも村山由佳天使の卵シリーズという状況。

『天使の柩』もまた中学生の女の子が追い詰められる作品でしたが、『ぼくは明日、きみの心を叫ぶ。』や『消えない夏に僕らはいる』等、スクールカースト・いじめを題材にした作品が多かったんですよね。

 

学生を主人公に置いたライト文芸となるとどうしてもそういったものが題材になりがちなのかもしれませんが、どれも基本的には自分の側で起きているイジメから目を背ける、我慢できなくなって声を上げるものの今度は自分が標的に、といった内容が多い。

こういうのって読んでる側もどんどん鬱々してきちゃいますよね。

 

あらすじ読めば大体わかるんだから読むなよ、と怒られちゃいそうですが。

ざざざっとジャケ買いで買ってみたら、もれなく学園モノ≒イジメモノだったという感じです。

 

でもまぁいい加減ライト文芸にも飽きてきたかなぁ。

そろそろまた本屋に行ってみようかと思い始めたところです。

まだ積読がたくさんあるんですけどね。。。

 

 

 
 
 
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『春となりを待つきみへ』沖田円

「あの星の裏側でおれの名前を呼んでみてよ。どこに居たって見つけてあげる」

さて、再びライト文芸へと戻り沖田円『春となりを待つきみへ』を読みました。

ここ最近当ブログで取り上げる事の多いスターツ出版文庫の作品。

つい先日『一瞬の永遠を、きみと』の記事を書いたばかりですので、記憶に新しい方も少なくないとは思うのですが。

 

 

ちなみに上記作品は「これがライト文芸ってやつ」と絶賛に近い内容となっています。

ご興味のある方はぜひご一読を。

 

個人的に沖田円という作家はスターツ出版文庫を代表する作家のひとりと思っていますのでね。

二冊目となる本作も、感想を書いていきましょう。

 

失くした双子の弟・春霞と突然現れた謎の男・冬眞 

どこか世の中に絶望した感のある主人公・瑚春は、冬眞と名乗る男に突然呼び止められます。

冬眞は「俺を連れて行って」と言い、迷惑がる瑚春につきまといます。

仕舞いには瑚春の部屋までやってくる始末。

そうしてあれよあれよという間に、いつの間にか二人は一緒に住む事になります。

 

……

 

……

 

……

 

ちょっと何言ってるかよくわからないですよね←

 

読んでもらえばわかるんですが、実際こんなお話になんです。

割愛はしていますが、基本的にありのままの話です。

 

よく大人の恋愛小説にありがちな、意気投合してワンナイトラブのつもりで一夜を共にしたら、そのまま一緒に住むようになった……とかいう話でもありません。

「帰れ」「そんな事言うなよ」的な軽い押し合いを繰り返した後、料理が苦手な瑚春のために冬眞がインスタントラーメンを作ってあげただけです。

 

結果、「ちょっと大きな捨て猫を拾っただけ」というノリで、二人は一緒に住む事になります。

 

なので本書については、もう最初のこの強引な展開を許容できるか否か、で全ての評価が決まります。

お、面白れーじゃん、と思えればそのままサクサク読み進めるべきです。

ありえねーよ、という方は回れ右して忘れるべきです。そういう人が読むべき本ではありません。

 

思い返してみれば、上に挙げた『一瞬の永遠を、きみと』もそれまで面識のない高校生同士が突然自転車に乗って海を目指す事になるという、かなり強引な話でしたし。

沖田円という作家は、もしかしたらそんな強引な展開を得意とする作家なのかもしれません。

 

 

短編で十分

以降の物語がどう展開するかというと、あらすじを読んだ時になんとなく想像できるそのままの内容です。

336ページというライトノベルにしては長めの作品ですが、様々な日常的エピソードを通して瑚春と冬眞の心が繋がっていき、やがて瑚春に何があったのか、冬眞は何者なのかという謎の答えが提示される。

 

……これは 『一瞬の永遠を、きみと』にも共通するのですが、本作は基本的にベタです。

 

 ベタ&ベタ&ベタ。

定番&お決まり&テンプレート。

 

 それ以上でも以下でもありません。

なので謎の答えとは書きましたが、基本的に読者の多くは読み始めてすぐに「きっとこういうオチじゃないの?」と予想できてしまう事でしょう。そしてその通りの結末が見られる。

 

まさに水戸黄門暴れん坊将軍を彷彿とさせるテンプレート型のライト文芸

ただそれだけに……さすがに本作に関しては、ちょっと膨らませすぎじゃないかな、と思ってしまいました。

 

だってもう答え見えてんだもん。

どうせこうでしょ、ってわかっちゃうんだもん。

 

水戸黄門はせいぜい一時間ドラマだから良いのであって、劇場版水戸黄門とか流石に飽きちゃいますよね。八兵衛のくだり何回やんのよ。弥七も佐助ももう十分でしょ。わかったからさっさと助さん格さん、懲らしめてやりなさい。早く印籠だしてははぁってやってよ、とまぁそんな気分。

 

本作の内容的にはアンソロジーの短編集や、WEB小説の短編もので十分なものです。

それをとにかく膨らませに膨らませた。

沖田円の書く文章や雰囲気が好き、という人には嬉しいかもしれませんが、そうではない人には食傷気味になる事間違いなしです。

 

まぁでも、それもこれもWEB小説からの書籍化作品の多いスターツ出版文庫のレーベルカラーというやつなんですかね。

 

もうちょっとひっくり返すような作品があっても良いんじゃないかと思ったりもするんですが、だったら他のレーベル作品を読めと言われてしまいそうですね。

 

色々と悩ましい面もあるものです。

 

では、今回はここまで。

 

 

 
 
 
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『天使の柩』村山由佳

彼はただ、ずっと長い間どうしても閉じることができずにいた柩の蓋に、今やっと手をかけて、お弔いを終えようとしているだけだ。

村山由佳『天使の柩』を読みました。

ふと思い立って、『天使の卵』からシリーズ作品を読み返し始めたわけですが、本作で完結となります。

 

天使の卵』から『天使の梯子』まで十年、そこからさらに本作『天使の柩』まで約十年。

約二十年続いてきた天使の物語が、ついに終わりを遂げます。

 

そう思うと、感慨深いものがありますね。

本文に先立ち、これまでの記事を下記に置いておきます。

せっかくのシリーズ作品ですし、ブログの方もぜひ『天使の卵』からお楽しみください。

 




 

孤独な少女から始まる物語

シリーズ最終作となる本作は、『天使の卵』の主人公である歩太でも、『天使の梯子』のヒロインである夏姫でもなく、なんと初登場となる中学三年生の天羽茉莉。

彼女はとにかく複雑な事情を抱えた子です。

母親はフィリピン人で、彼女を生んで間もなく失踪。

育ての親となった祖母は母親への憎悪を孫である茉莉に容赦なく向け、事ある度に「いやらしい子だね」と叱責しながら育てました。

そんな祖母も亡くなり、現在は父親との二人暮らし。

しかしながら昔は秀才で謳われた父も、職場で上手く行かないのかどこか様子がおかしい。

実の娘の茉莉とも、互いを避けるようにして生活しています。

具体的には、父親が帰宅すると茉莉の部屋に外から鍵を掛けるという歪過ぎる親子関係。

 

そんな生活を送る中、茉莉はタクヤという男と出会います。

「チョータツ」と言っては手近な弱者から金を巻き上げて生活しているようなタクヤに、求められるがままに身体を捧げ、彼の部屋に入り浸るようにして爛れた生活へ。

茉莉は坂道を転げ落ちるように、どんどん悪い方へ、悪い方へと落ちていきます。

 

そんな茉莉の心の拠り所は、公園で見つけた野良の子猫。

折を見ては餌を上げて面倒を見ていたのですが、ある日子猫が知らない子ども達に虐められているところに出くわします。

少年達と言い争いになる茉莉でしたが、そこに現れたのが一人の逞しい男性――一本鎗歩太でした。

 

歩太は少年達に言って聞かせ、茉莉にもまた「どうしたい?」と問いかけます。

子猫を病院に連れて行きたいと言う茉莉の要望に答え、行きつけの動物病院を訪ね、その後も一人で暮らす自分の家で猫を預かると申し出ます。そこへ現れたのは、恋人のような仲良しの女性――こちらは夏姫。

 

まるで見返りを求める事もなく、善意の塊のように振る舞う歩太たちに、茉莉は戸惑いを隠せません。

いつでも訪ねておいで、という歩太の好意に甘えて彼らと会う度に、茉莉の心の中で少しずつ何かが変化していきます。

 

 

天使の卵シリーズ……?

ざっくり上のあらすじを読むと、首を傾げてしまいますね。

そうです。

天使の卵シリーズの完結編と謳われた本書『天使の柩』は、ほぼその全てが茉莉の物語なのです。

 

その茉莉も複雑すぎる生い立ちや家庭環境、タクヤとの関係等々、とにかく暗い設定が続きます。

あまりにも暗く、救いのないエピソードの連続に、読んでいるこちらまでどんよりと重い気持ちに苛まれてしまいます。

 

なんとなく「きっと歩太たちが幸せな最後を迎えるのだろう」と思い描いていたイメージとはあまりにも異なる作風に、読んでいて苦しさすら感じてしまいます。

 

しかし――これは作者である村山由佳が書き上げた、紛うことなき完結作品。

茉莉とのやり取りの中で、春姫を失ったあの日から止まっていた歩太の時が、少しずつ動き始めるのがわかるはずです。

 

もしかしたらそれは、僕達読者が望んでいた形とは違うかもしれません。

でもきっと、読後にはほんのりと温かな気持ちが胸に残るはずです。

 

 

シリーズを追い掛ける事の罪

今回の『天使の卵』シリーズを読んで、個人的にはとっても印象が重なる作品があって……。

というのは、当ブログでは度々紹介している大塚英志の『魍魎戦記MADARA』シリーズです。

 

改めて説明すると、『魍魎戦記MADARA』というのは元々ファミリーコンピューターのゲームソフトと連動した漫画作品として生み出された作品です。その後小説やラジオドラマ等々にも派生し、現在では主流となりつつあるメディアミックス化の礎ともなりました。

 

ですがこの『MADARA』、公式だけでも派生作編・続編と呼べるものが多い一方で、未完結のまま放り出されている作品も多いんですね。

うまくまとまったのは『MADARA壱』『MADARA弐』や『MADARA赤』といった辺りまでで、『転生編』はラジオドラマのみで小説・漫画版は冒頭のみ。さらに続く『天使編』は小説編すら途中で投げ出される始末。

 

完結を望むファンの声に対し、最終的に大塚英志が提示したのは『僕は天使の羽根を踏まない』という無慈悲に突き放すかのような作品。

これを持って、一応はMARARAは完結したものとされています。

 

その中で登場人物は、

「会えるはずはない。身体が違えばそれは別の存在でしかない。それなのに君達は始まりの時に帰ろうとした。」

と言います。

それは作中の人物にというよりは、読者に向けて諭すかのような言葉でした。

 

詳しくは『キャラクター小説の書き方』の記事に書きましたが、要するに最初の作品の感動や興奮、熱気を求めたところで同じものなんてもう二度と手に入らないんだよって話ですね。

それでもシリーズを追い続けてしまうのは、作者にとっても読者にとっても、罪と言えるかもしれません。

 

凡庸な恋愛小説と『天使の卵』が小説すばる新人賞で評されたのは二十年も昔の話。

そこから続編を重ねる度に、『天使の卵』とは作風やテイストが変化してしまっていくのは当然の事として、僕らは受け止めなければならないのだと思います。

 

もちろん、もし十代の僕が今『天使の卵』を読み、感銘を受けたからと『天使の梯子』『天使の柩』に続けて手を伸ばしたとしたら、あまりの変化に卒倒してしまうかもしれません。

作者は何が考えているんだと罵倒し、くそみそにレビューを残すかもしれません。

 

でもそこには、十年に一冊という非常に長い時間をかけて積み重ねられた重みが間違いなくあります。

もし上記のような不満を抱かれる方がいれば、いったん時間をおいて、落ち着いた頃にもう一度、村山由佳作品を発表順に振り返ってみて欲しいと思います。

 

それぞれの『天使の卵』シリーズが、彼女の作家人生においてどんなタイミングで、どういった意味を持ってきたのか、朧気ながら見えてくると思いますので。

その頃にはきっと、各作品に対するイメージも大きく変わっているはずです。

 

完結となる本作を読んで、少なくとも僕は満足しました。

ずっと昔に『天使の卵』に出会って以来抱き続けてきた想いのようなものに、一つの終止符を打てたように感じています。

本当に、出会えてよかったと思える作品の一つです。

 

 

 
 
 
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『ヘヴンリー・ブルー』村山由佳

この夏――。

私は、お姉ちゃんの年をまたひとつ追い越す。

村山由佳『ヘヴンリー・ブルー』です。

前に書いた『天使の卵』、前回の『天使の梯子』に続く形のシリーズ作品ですね。

ただし本書は前二作は少し性質が違います。

 

天使の梯子』が続編だとすれば、『ヘヴンリー・ブルー』はアナザー・ストーリー。

日本語で言えば番外編という位置づけ。

 

天使の卵』発表から12年、映画化公開に合わせて企画された作品のようです。

 

影のヒロイン・夏姫のモノローグ

天使の卵』のヒロインは春妃ですが、妹である夏姫は作中で非常に重大な役割を果たし、続く続編『天使の梯子』においてはヒロイン役に抜擢されています。

ハッピーエンドではないにせよ、結果的に美しく輝く永遠の愛を手にした春妃と歩太に対し、夏姫は全ての罪を一身に背負うに等しい地獄に突き落とされています。

天使の梯子』はそんな彼女のその後を描いた作品である事は前の記事に書きました。

 

本シリーズにおいて真(=光)のヒロインが春妃であるとするならば、影(=闇)のヒロインは夏姫であるという位置づけができるかと思います。

 

本作は、そんな影のヒロイン夏姫の目線で、上記二作を振り返った作品です。

 

天使の卵』では歩太、『天使の梯子』では慎一が主人公を務め、夏姫は彼らというフィルターを通してしか描かれてきませんでした。

そのためその時々において夏姫が何を想い、どう受け止めてきたのかについてはあくまで想像の範囲内でしかなく、時にそれは自分勝手だったり、冷酷だったりといった誤解を読者にもたらしていたようにも思います。

 

本作のおいて初めて、読者は夏姫の胸の内を改めて知る事ができるのです。

 

 

しょせん番外編……かな

とはいえ本書、全254ページ中『ヘヴンリー・ブルー』本編は167ページ。その中にはところどころ挿絵が入り、僅か数行しかないような散文的なページもあり、非常に空白の目立つものです。

内容に関しても、『天使の卵』『天使の梯子』の象徴的なシーンをコピペしたような部分が目立ちます。台詞等々はそのままに、夏姫目線でちょっとずつ補足していくような具合。

 

なのでこれが独立した小説として楽しめるかと言うと、ちょっと難しいと言わざるをえません。

 

ちなみに本編以外のページはというと、執筆期間中の著者のブログをそのまま抜き出したエッセイ的内容。

こちらも編集者とのやり取りや、『天使の卵』の映画公開へ向けてのイベント等々が描かれていてなかなか興味深いものです。

 

でもまぁ、やっぱり全体的に見ると天使の卵シリーズを読み続けてきた読者に対するファンブック的な要素が強いかな、と思えるわけです。

 

夏姫は救われたのか

唯一の見どころは夏姫は救われたのか、という一点に絞られると思います。

天使の梯子』においてもラストは曖昧ですし、慎一目線であったがために、最終的に夏姫の胸中がどうなっているのかについては想像する事しかできませんでした。

 

ずっとあのまま、過去の罪に苛まれたまま生きていくのか。

罪は罪と受け止めた上で、前を向いて自分の幸せのために生きていくのか。

それとも実は、既に後悔を断ち切る事ができているのか。

 

そんなもやもやした読者の心配に対して、本作では夏姫自身の一人称で描かれているがために、彼女の心持ちを明確に知る事ができます。

それを確認できたたけでも、個人的には読んで良かったと思えます。

 

前に『六花の勇者』の記事でも触れましたが、読者は基本的に登場人物たちに幸せになって欲しいという想いを持って作品を見守っているものです。

だからこそ道半ばで敗れたキャラクターに涙し、絶対に目的を達成しようと頑張るキャラクターを最後まで見届けてやろうと応援し続けます。

 

天使の卵』シリーズについても、同様です。

長い人生の中、どんなに衝撃的とはいえ、たった一度の出来事だけで残りの人生を棒に振るような生き方をしたとは考えたくない。

天使の卵』は完成された作品だからこそ、余計なものを付け足して欲しくないという反発を抱く一方で、どうにかして彼らを救ってあげて欲しい。いつかどこかで幸せになった姿を描いて欲しいと切に願ってしまいます。

 

本作『ヘブンリー・ブルー』にて、夏姫については一つの答えが出たと考えて良いのではないでしょうか。

 

残す所は完結作となる『天使の柩』。

歩太の胸に残った深く大きな傷が晴れる日が来るのかどうか。

期待しかありません。

 

 

 
 
 
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『天使の梯子』村山由佳

「ほんとに、長かったよな、十年。――もう、いいよ夏姫。もう、いいかげんに解放してやろう。俺らが春妃に縛られてるだけじゃない。春妃のほうも、俺らに縛られてるんだ」

村山由佳天使の梯子』を読みました。

青春恋愛小説の金字塔とも言われる『天使の卵』の後日談・続編となる作品。

本作についても以前読んだ覚えがあります。ところが内容についてはいまいち思い出せないというちょうど良いぐらいの記憶の薄れ加減。

せっかく『天使の卵』を読んだ事ですし、未読の『天使の柩』も含め、改めてシリーズ通して読んでやろうと思った次第です。

最近似たようなライト文芸ばかり好んで読んでいただけに、ちょっと食傷気味なのも否めませんし。

 

村山由佳作品で一旦感性をフラットに戻した上で、ライト文芸に戻ろうかな、と。

なお『天使の卵』については先日再読した記事を公開したばかりですので、そちらをご確認下さい。

 

夜叉の道に落とされた夏姫のその後

本作の主人公はフルチンこと古幡慎一。

幼い頃に離婚し、それぞれが自由に恋愛を繰り返す両親を持つ彼は、祖父母宅で育てられます。

祖父は数年前に他界し、現在では祖母との二人暮らし。

 

しかし冒頭から、その祖母が亡くなったシーンから始まります。

悲しみに沈む慎一に一人の女性が寄り添い、二人で死生観や後悔について話し合います。

「逝ってしまった人より、残された者のほうが大変だったりもするけど、それでもどうにか自分をだましだまし生きてかなきゃしょうがないんだからね」

そう訳知り顔で諭す彼女に、慎一は反発を覚えるばかり。

ですが僕たち読者が、どうして彼女がそんな事を言うのかよく知っています。

 

彼女こそは天使の卵』において、決して逃れる事のできない後悔を背負って生き続ける宿命を背負わされた夏姫なのです。

 

慎一を主人公としつつ、本作は遺された歩太と夏妃のその後を描いた作品となっています。

 

後悔と向き合う生き様の物語

本作を読んだ感想を一言で言い表すなら……暗い、です。

とにかく暗い。

天使の卵』も決して明るい物語ではありませんでしたが、それでも歩太と春妃が互いに寄り添いながら、幸せになろうと進んでいく様子はほんわりと温かいものがありました。

あちらは冒頭にも書いた通り、基本的には青春恋愛小説ですからね。

 

一方で本作『天使の梯子』は青春恋愛小説と呼ぶ事にためらいを覚えてしまいます。

もちろん、慎一と夏姫の恋愛模様を中心に物語は進むのですが、物語の主題は明らかに恋愛ではないのです。

 

じゃあ何かと問われれば、天使の梯子』は過去の後悔と向き合う人々の生きざまを描いた作品だと思います。

 

天使の卵』からの出演となる夏姫と歩太はもちろんですし、主人公の慎一もまた、祖母の死に際し、夏妃と同じような罪を重ねてしまいます。

それぞれが罪と後悔に苛まれ、喪に服し続けるような日々を送っています。

 

彼らは救いを求めているようでもあり、反面、自ら進んで罰を科しているようにも見えます。

 

いつか彼らが過去から解放される日がくるのか。

暗闇の中を手探りで歩き回る人々を見守るような、そんな物語――最初から最後まで暗い雰囲気に覆われているのも、仕方がないのかもしれません。

 

 

完璧な恋愛との対比

本書、批判的な声も少なくないんですよね。

天使の卵』はあれ自体で完成されているのだから余計な事はしないで欲しかったという意見と散見されるのは成長した夏姫のキャラクター像についての幻滅

 

天使の卵』は間違いなくそれ自体で完成された作品です。

だからこそ今もなお再版を重ね、書店の棚に並び続けています。

 

それはつまるところ、春妃と歩太の恋が完成されていると言い変える事もできます

悲しいけれども、それ故に彼らの恋は永遠のものとなった。

 

後日譚となる『天使の梯子』においても、歩太は春妃への想いを貫き続けています。

再び失う事への恐怖もあり、新しい恋は全くしていない。

言葉の節々からも、十年経っても変わることなく春妃を想っている様子が感じられます。

 

一方で、夏姫。

運命的、と言えば聞こえはいいのですが、以前高校教師を務めていた彼女は、再会した教え子である八つ年下の慎一とあっという間に恋に落ち、肉体関係を結んでしまいます。

しかも前の恋人と別れたその夜の話です。

 

決して尻軽なわけではなく、こんな事になったのは慎一が初めてだと彼女の貞淑さを補足するような記述はありますが、多くの読者にとってはう~ん、と唸らざるをえないわけです。

前の恋人も、あまり好きではなかったような雰囲気ですし。

 

大学生の慎一もまた、一回こっきりや短い付き合いを本条としているような発言もあり、それが家庭環境や様々な事情を背景としたものだとしても、やっぱり軽薄な印象を抱いてしまいます。

 

片や永遠の愛。

片や出会ったその日にベッドイン。

 

夏姫と真一が独立した物語であればまた印象は違ったかもしれませんが、本作はどうしても『天使の卵』が前提にあるがために、どうしても春妃と歩太の関係と比較されてしまいますよね。

 

春妃と同じように夏姫もまた八歳年下の男と恋に堕ちてしまったんだ、と理解しつつも、でもやっぱりあの二人とは重みが違うよな、なんて鼻白んでしまうわけです。

 

 

黒・村山

夏姫のキャラクター像には、どうも数年後に発表される『ダブル・ファンタジー』へ続くものを感じてしまいます。

 

恋愛という心の面については様々な想いや消えない過去を抱えつつも、現実的には目の前の人間とフランクに恋愛関係を結ぶ。そこには肉体関係だって当然のようにある。

好きじゃない相手と平気で寝るのかと問われれば、そうではない。相手の事はちゃんと好き。だからといって過去の傷や思い出までリセットできるわけじゃない。

だとしたらそれはきっと本当の恋じゃないからだ。やっぱり本気で好きじゃないんだ……なんて理想論でしかないよね。人の記憶とか想いって、そんな簡単なものじゃあない。

 

とまぁ、ある意味では現実的と言えるのですが、逆に言うと美しくない姿。

村山作品はいつしか初期の恋愛青春もののテンプレとも呼べそうなキャラクター造形が影を潜め、本作あたりから著者自身を投影したかのような等身大の人物像が中心になっていきました。

青春小説から文学小説への飛躍。

白・村山から黒・村山への転換。

それを象徴するのが夏姫というキャラクター像なのだと思います。

永遠の愛の中にいる歩太や春妃と並べば、夏姫の醜さは嫌が応にも目立ってしまいます。

 

慎一もまた、歩太と夏姫の関係を邪推し、誤解し、嫉妬を繰り返し、非常に醜い。

青臭さと未熟さが鼻にツンとくるほど強烈な醜さを惜しげもなく披露してくれます。

落ち着き払った歩太との対比で、慎一の醜さもまたこれでもかと際立つのです。

 

読者はきっと夏姫の奔放さに眉を潜め、慎一の醜さに顔をしかめることでしょう。

夏姫はドライ過ぎて本当に慎一が好きとは思えない。

慎一はガキ臭くて何が良いのかわからない。

二人を見ていても、歩太と春妃の関係を見守っていた時のような暖かい気持ちにはなれない。ドキドキしない、と……。

 

歩太と春妃の理想的な完璧さに比べたら、慎一と夏姫の現実的過ぎる醜さはあまりにも残酷です。

けれどそれこそが、本書の持ち味のようにも思えてきます。

 

天使の卵』の再来を期待した人にとっては肩透かしを食うかもしれませんが、著者自身も成長し、地に足が付いた現実的な作品として『天使の卵』から派生させたのが本作である、と捉えるべきなのかもしれません。

 

ちなみにここから続く『ヘヴンリー・ブルー』や『天使の柩』は完全に未読なので、ここからどう彼らが進んでいくのか、非常に気になります。

『天使の柩』は確か歩太のその後の話だったかな?

夏姫と慎一も登場するんでしょうか?

あっさり別れていたりしたら、それはそれで村山由佳らしくて面白いな、と思ったりもするんですが。

期待が膨らみます。

 

 

 
 
 
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『15歳、終わらない3分間』八谷紬

『つらくても、笑っていたら、いつかきっとたのしくなるよ』

 

八谷紬『15歳、終わらない3分間』を読みました。

引き続きスターツ出版文庫からの作品です。

 

こちらも安定のジャケ&あらすじ買い。

 

なにせあらすじが秀逸です。

詳しくは下部に設置したAmazonの作品ページでも見てもらう事として、これは面白そう、と思えるのは間違いありません。

 

さてさて、どんな作品か。

早速説明していきましょう。 

 

what done it(ホワットダニット)

主人公の乾弥八子は学校の屋上から身を投げます。

しかし次の瞬間、弥八子は教室に。

そこにいたのは霧崎・村瀬・五十嵐の男子三人と、日下の女子女子一人。

それぞれ部活や別の行動をしていたはずなのに、いつの間にか教室内へと移動させられてしまいました。

脱出を試みる五人ですが、ドアは開かず、教室内に閉じ込められている事に気付きます。

そして時計の針は5時27分から30分の間を繰り返すばかり。

 

一体何が起こっているのか。

どうしたら脱出できるのか。

 

一言で言うなれば、本作はクローズドサークルに閉じ込められた五人の脱出ゲームです。

 

 

五人の心情

集められた五人は同じクラスメートというだけで、特に親しい間柄というわけでもありません。

脱出を目指す五人は、そのためのヒントを求めて話し合いを重ねます。

そうして互いを知っていく内に、少しずつ心が結ばれていきます。

 

脱出ゲームとは書きましたが、青春小説としての側面も色濃い本書においては彼らの心情の移り変わりこそが見どころと言えるでしょう。

 

それぞれがひた隠しにしてきた過去やコンプレックスを明かしていく様子は、辻村深月かがみの孤城』を思わせるところがあります。

 

 

ライト文芸です

過度な期待は禁物ですね。

 

次々と各々の秘密が明かされるとはいえ、特に必要性を感じないような小粒なものもあれば、そりゃあいくらなんでも無理過ぎるんじゃない? と思えるものもあったり。

個人的には、主人公である弥八子が自殺するに至ったそもそもの理由に疑問を抱いてしまいました。まぁ、十代の子は深く考えすぎて衝動的に死を思い描いたりもするけど……もうちょっと深いというか、納得できる理由があっても良かったかな? せめて死を決意するきっかけとなったエピソードを描くとか。

 

全般的には、弥八子の独白が多いのも気になりました。

誰かが発言する度、行動する度に自分がどう思ったか、自分だったらどうしていたか等々と弥八子の感想が長々と語られます。もちろん全て不要だとは言いませんが、あまりにも多すぎて登場人物たちのやり取りや話の筋が途切れ途切れになってしまいがちでした。

 

舞台が教室の中、登場人物五人という限られた環境で物語を形成しなければならないが故、弥八子の独白で膨らませたのかなぁという印象を抱いてしまいます。

だったらその分を、自殺を決意するまでの経緯や、モノローグなどに割いて欲しかったなぁ、と思った次第です。

 

 

お約束

突然話が変わりますが、『君の名は。』『天気の子』で有名な新海誠作品に『秒速5センチメートル』という作品があります。

見た事がないという方がいればネタバレになってしまうので恐縮なのですが、ネット界隈ではトラウマレベルの鬱アニメとしても有名な作品ともなっています。

 

www.youtube.com

 

ざっくり言うと、主人公の男の子は子供の頃に一人の女の子と特別な経験をするんですね。

でもそれが最後で、別れたきり。二度と会う事は叶いませんでした。

以後、彼はずっと彼女の事を心の片隅で想い続けています。いつの日かまた会える日が来る事を心待ちしているわけです。

そして迎えたラストシーン、踏切で彼女らしき人物とすれ違い、振り向いた彼と彼女の間を電車が走り抜けます。彼はついにその時が訪れたと胸を躍らせるわけですが……電車が過ぎ去ってみると、既にそこには彼女の姿はありませんでした。

 

主人公はずっと彼女を想い続けていたのです。

きっと彼女も自分と同じ気持ちで、再会を待ち望んでいてくれるはずだと信じていた。

その気持ちが最後の最後で、独りよがりなものだったと知らされるという情け容赦ないラストシーン。

 

類型のハッピーエンドを期待していた観客は、最後の最後に現実の無慈悲さを突きつけられ、そこに自分を重ね合わせる事で絶望するわけです。

 

そうだよ。そうなんだよ。こんなもんだよ……ってね。

 

秒速5センチメートル』についてはある意味恋愛モノにありがちなお約束を破ったからこそ話題となったわけなので比較対象にはならないかもしれませんが、とはいえここのところライト文芸作品を読んでいると、ちょっとお約束が過ぎるように感じざるを得ません。

 

小さな頃にした約束を何年も経った後も当たり前のように覚えていたり、高校生の時に離れ離れになった同級生が、大人になっても途切れる事無く一途に想い続けていたり。

でもって再会した瞬間にすぐさま抱き合って結ばれたりします。

いくらなんでもなんだかなぁ、、、と思う事もしばしば。

 

でも以前にも書きましたが水戸黄門暴れん坊将軍といった勧善懲悪の時代劇同様、「期待を裏切る事のないど真ん中の恋愛作品」がライト文芸に求められている事なのだとすれば、仕方のない事なのかもしれませんが。

 

幼い頃の約束があったからといって、それだけの理由で相手のために命を捧げるところまで行ってしまうと、行き過ぎじゃないかなぁと思えてしまうんですよね。

お約束だからとはいえ、それならそれに相応しいだけの理由付けに欲しいなぁと思える作品が多い気がします。

 

きっとそういう作品もあると信じて、もう少し読んでみる事にしましょう。

 

 

 
 
 
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『僕は明日、きみの心を叫ぶ』灰芭まれ

 

《……クラゲの身体の、九十五%の水が涸れました。――来世は幸せになれますように》

 

灰芭まれ『僕は明日、きみの心を叫ぶ』を読みました。

一応先に付け足しておくと、灰芭まれの読み方に戸惑う方が少なくないようですが≪芭≫は松尾芭蕉の≪芭≫ですから“はいばまれ”ですね。

ご本人のTwitterアカウントも @mare_haiba13 ですし。

ネット小説・ラノベ系の作家さんはペンネームが独特な方が多いようです。

引き続きライト文芸系のレーベルであるスターツ出版文庫の作品ですが……こちらの作家さんもまた、スターツ出版が運営する携帯小説サイト「野いちご」や「魔法のiらんど」等に作品を投稿されているネット小説家さん。

 

本作はスターツ出版文庫大賞でフリーテーマ部門賞を受賞し、書籍化に至ったそうです。

というわけで、実は本書も前に読んだ『放課後図書館』同様、ネット上で無料で読めてしまったりするのですが。

 


一応あらすじの最後に「◎書籍とは大きく異なります◎」とある通り一緒というわけではなさそうですね。

 

イジメられっ子をかばったら自分が次のターゲットに

主人公の雪村海月は入学した高校でそれなりにうまくやっていたはずだったのですが、仲間外れにされつつある仲良しグループの中の一人をかばった事が原因で、自分がターゲットにされてしまいます。

しかも自分が庇った相手は代わりにイジメを受ける海月を見て見ぬフリ。

 

リアルですね~。

 

親にも言えず、思い悩む海月。

第一章は彼女が追い詰められていく様がありありと描かれていきます。

そして最後に――放送室の鍵が開けっ放しであると耳にした海月は、早朝の校内で《死にかけのクラゲ日誌》と題し、誰にともなく日々のイジメの内容をマイクに向けて語り続けます。

 

その放送を、たまたま投稿していた生徒会長の鈴川が耳にします。

 

 

自分には何ができるのか

第二章からは一転して鈴川視点の物語に。

顔も名前も知らない誰かの悲痛な叫びを耳にした鈴川は、胸を痛めます。

通りがかるだけで女の子たちにキャーキャー騒がれるような人気者の鈴川は、はぐれ者のヤンキー隆也を常に気に掛けたり、以前には髪が茶色いというだけでイジメられていたクラスメイトを庇ったりと、もともと強い正義感に溢れる男子だったのです。

 

クラゲとは一体だれなのか。

学校中を駆けずり回っても探し当てる事はできず、一方で見つけたところで何ができるのか、と思い悩みます。

 

ようやく海月を見つけたものの、何もできずに逃げられてしまうばかり。

海月の痛みを自分の事のように受け止め、悩み苦しんだ鈴川はある日決心を決め、両親に打ち明けます。

 

物語の構造

だいぶ以前の記事になりますが、『魍魎戦記MADARA』や『多重人格探偵サイコ』の原作者である大塚英志は著書の中で、

 

言ってしまえばぼくたちは大なり小なり誰かから「盗作」しているのであって、むしろ創作にとって重要なのは、誤解を恐れずに敢えて記せばいかにパクるかという技術です。

 

中世の語り部や、この本では説明しませんが、近世の歌舞伎、そして戦後まんがと、その時代時代の物語表現は常にデータベースからのサンプリング、あらかじめ存在するパターンの組み合わせなのです。

 

と断言しています。

 


そんな観点から考えてみると、本書は童話『王様の耳はロバの耳』と『月のうさぎ』の掛け合わせかな、なんてふと思ってしまいました。

 

誰もいない校内放送で想いを語る海月の行動は、森の中の葦に向かって「王様の耳はロバの耳」と叫ぶ理髪師を思わせます。もちろん、そこに至る動機や導き出される結果は違いますけど。

誰にも言えない秘密(悩み)を人知れず叫びたい、という欲求については共通するところがあるのではないでしょうか。

 

そしてもう一つの『月のうさぎ』。

これはもしかしたら知らない人もいるかもしれませんので簡単に説明します。

ある時森の中で倒れているおじいさんを見つけた動物たちが、おじいさんを助けようと話し合います。

しかし要領よく魚や木の実を集める猿や狐と違い、ウサギは何もしてあげる事ができません。

思いつめたウサギは、「おじいさん、私を食べて下さい」と焚火の中に身を投げます。

実はおじいさんの正体は神様で、そんなうさぎを憐み、月の中に蘇らせてあげました。

だから今でも、夜空の月ではうさぎがおじいさんのために餅をついているのです……と、このようなお話。

 

生徒会長の取った行動というのは、まさしくこのウサギと同じであると言えるでしょう。

 

自己犠牲≠正義

実はこの『月のうさぎ』……最近ではあまり評判が良くないと聞きます。

なんとなくわかりますよね?

誰かを助けるために自分の命を投げ出すだなんて、現代においては簡単に美徳として讃えられる行動とは言えません。

 

幼い事に初めてこの話を耳にした時、僕も「えっ」と思いました。

そんな事しなくちゃいけないの? これは良い事なの? と……。

 

うさぎは偉いな、と思う反面、素直に受け止めきれないのが正直なところです。

大人になった今となっては、当然のように「他に方法あっただろう」と考えてしまいます。

 

ウサギがあまりにも衝撃的な行動に出てしまったがために、一生懸命食料を集めてくれた猿や狐の献身が矮小化されてしまっているのも気になります。

自分が猿や狐だったらと思うと、いたたまれませんよね。

 

細かい内容に触れればネタバレになってしまいますので、あえて『月のうさぎ』を例にとりましたが、本書において生徒会長・鈴川の取った行動はうさぎに等しいものです。

単純に感動として受け止められないのは僕が大人になってしまったからなのか、それともやっぱり……そんな風に考えると、ついモヤモヤしてしまいます。

 

少なくとも相談された両親が鈴川の行動を許したというのは、理解できません。

僕が両親だとすれば……やっぱり自己犠牲以外で解決する方法を一緒になって考えたと思います。

 

 

ライト……ライト文芸だけど

ここからはちょっと書こうかどうか迷いますが……というのも、本書はあくまでライトノベルですからね。

ライト文芸ですから。

元々はWEB小説の作品だから。

 

そう前置きした上で、やはりどうしても気になる点がいくつかある事を書いておこうと思います。

 

例えば物語の根幹となるクラゲ日記。

放送室に鍵が掛かっていない……これは許容できます。

しかし、早朝の学校で放送をして、聞いていたのは生徒会長の鈴川のみ……これはいくらなんでも無理がある。

 

もしかして生徒会長は学校の鍵の開閉までしているのでしょうか?

少なくとも学校の鍵を開けた教師は校内にいるはずで……二度、三度と続く放送を全く聞かずに終わるという事があり得るのでしょうか? 聞いても意に介さなかったとか?

 

本作、全般的に教師たちの無能さというか、そこに存在しないかのような希薄さが目立つんですよね。

 

また、海月のイジメについても同様です。

作中ではイジメは狡猾で、教師はふざけていると捉えているような記述が見られます。海月の両親も何かしら不審に感じてはいるようですが、本人が口を噤んでいるのでイジメの事実には気づいていません。

 

……って、これもねえ。。。

 

海月に対するイジメは、狡猾という割に大胆です。

上履きがなくなったり、体操服を切り裂かれたり。制服がチョークの粉で汚れているような描写もあります。

 

いや、バレるでしょ。普通に。

 

もっとSNSイジメみたいに表面化しない陰険なやり方ならともかく、物や身体を攻撃したら即バレですよ。そんな子がいれば、クラスメイトの口を通じて校内にも少なからず広がっているでしょう。教師が見て見ぬフリをするのはわからないでもありませんが、生徒たちもほとんどが知らないというのは、ちょっと無理があるんじゃないでしょうか。

 

クライマックスとなる放送のシーンもやはり引っ掛かります。

教師は「やめさせろ!」というだけで誰一人として放送室に向かわない

三十七分間という長時間、全員が一歩も動かず、一生徒のゲリラ的な校内放送にただ耳を傾けるという、無能&無能&無能な教師陣

最終的に主人公が駆け付けるまで、教師どころか他の生徒も誰も放送室に近づかない。

 

加えて、放送で突然「根は優しい」なんて裏側の話を細かな例まで挙げて全校生徒に向けて発表されるヤンキー隆也の心情は察するに余りあります。普通に考えればトラウマレベルの公開処刑です。「プライベートの事まで勝手に言うんじゃねえ」と後から殴られる方が自然でしょう。

 

もちろん、海月も。

 

イジメの詳細を突如校内放送でばらされたりしたら、並のいじめられっ子はそのまま登校拒否か、最悪こじらせて自殺してもおかしくない話だと思います。教師や親にも言えないのは復讐や言ってどうなる?という諦めもあるでしょうが、「自分がイジメられてると認めるなんて恥ずかしい」という自尊心の比重こそ大きいものです。

つまり全校生徒の前で「あいつイジメられてるよ! みんなイジメるな!」と名指しで紹介されるに等しい公開処刑をされているわけで。

考えるだに恐ろしい……。

 

その後、先生たちといじめについて話し合いの場を設けたエピソードがあるのですが、恐ろしいのはそこに当事者たちクラスメイトも同席している描写がある事。

その中で、一人が涙ながらに懺悔と謝罪を繰り返し……って、こんなん絶対やっちゃダメでしょ。

今時「〇〇ちゃんをイジメたのは誰ですか? 正直に言いなさい!」なんてやったら間違いなく教師は首になります。

 

まぁ……ちょっとね、ずらずらと辛辣に書いてしまいましたが、『月のうさぎ』の話を持ち出した通り、色々なところでリアリティーの欠落と、歪んだ正義感を感じてモヤモヤしてしまうわけです。

 

みんなから信頼される優秀な生徒会長という設定と、実際に起こした彼の行動に矛盾を感じてしまいます。自己犠牲を前提とした自爆テロみたいな方法以外に、他に解決策はなかったんでしょうか?

相談を受けた両親や担任教師は、明らかに一人で抱え込んだ彼に対してGOサインを出す事しかできなかったのでしょうか?

そんなにも彼の決意は動かしがたい正当性に満ちていたのでしょうか?

もっと多くの人を味方に加えて、全てを穏便に済ませるような方法を提案できる人間は作中に一人もいなかったのでしょうか?

彼のやり方で、本当に問題は解決するものなのでしょうか?

 

前回絶賛した『一瞬の永遠を、きみと』もまた、色々とご都合主義的な面は気にはなったんですけどね。しかしながら扱っているテーマが本作とは違いますし、レーベルカラーや求められる読者層を考えれば目を瞑るべき部分なのかなと考え、あえて触れませんでした。

 

でも本作は作品に集中できないレベルで色々と気になる点が多すぎたので、さすがに看過できないかな、と。

歪な自己犠牲を安易に正義と称賛して、感動作と銘打つのは間違っていると思います。

荒唐無稽なものがライトノベルとはいえ、やはり最低限のリアリティーや論理は保って欲しいと思うのです。

 

 

 
 
 
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