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年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『リリイ・シュシュのすべて』岩井俊二

僕らは待たなければならない。大人になるのを。

けれど、成長には個人差があって、僕はちょっと遅めだったが、星野は早熟だった。

早すぎる成長。脱皮の季節。

けれど、世間は早熟なもののだっびをそう易々と許してくれない。

期限切れのサナギは、学校という繭の中で、じわじわと腐ってゆくしかないのだ。

岩井俊二リリイ・シュシュのすべて』を読みました。

『キリエのうた』の記事に書いた通り、順序としてはあべこべで、たまたま無料公開されていた『リリイ・シュシュのすべて』の映画を観た事が『キリエのうた』を観に行く原動力になったわけなのですが、今回は原作小説について改めてご紹介していきたいと思います。

 

 

小説ではなく掲示

そもそも『リリイ・シュシュのすべて』という作品そのものの成り立ちが非常に実験的なんですよね。

映画よりも小説よりも何よりも先に架空のカリスマ的アーティスト「リリイ・シュシュ」のファンサイト『リリイホリック』をインターネット上に立ちあげる。そこでは管理人はサティ(=岩井俊二)を中心に書き込みが行われていくのですが、興味深いのは、実際に掲示板を覗きに来た人々も書き込む事ができたという点。

そんな風にして今風に言えばユーザー参加型で掲示板を運営しつつ、やがてサティが告白を始める。その告白の中身こそが『リリイ・シュシュのすべて』の映画で描かれている部分……というわけです。

 

じゃあ原作小説はといえば、上記の掲示板のやり取りを一冊の本にまとめたもの。

ですから小説と言いつつ、中身はずっと掲示板の書き込みを追っていくような形式になるのです。

 

 

上は一例ですが、最初から最後までこの調子で物語がつづられていきます。

電車男』によく似たような体裁ですね。

なので『リリイ・シュシュのすべて』の原作小説とは、実際には掲示板形式の小説らしき作品とでも言うべきなのだと思います。

純粋に小説が読みたい、というかたには注意が必要ですね。

 

 

あらすじ

映画では冒頭から少年達の物語が始まりましたが、原作ではまず、映画の中の物語が全て終わった後の時間軸からスタートします。

後に『キャトル事件』と呼ばれる殺人事件が起こり、直後からファンサイト『リリイ・フィリア』は停止。『リリイ・フィリア』の常連であった[サティ]が新たに『リリイ・ホリック』というファンサイトを立ち上げ、常連たちが続々と掲示板へと集まってきます。

最初のうちこそ新たな掲示板の開設を祝福し、リリイについての新着情報を交換し合ったり、新たなメンバーに対してエーテルやリリイの過去について解説したりと、時には互いに衝突しつつも和気あいあいと掲示板は進められていきますが、いつしか彼らの話題は『キャトル事件』へと向かっていきます。

渋谷キャトルで行われたリリィのライブは『リリイ・ホリック』のオフ会を兼ねており、メンバーはそれぞれ目印となるものを身に付けてライブに参加したのでした。

そこで一人の少年が刺殺される殺人事件が起こり、その後『リリイ・フィリア』は閉鎖。新たに立ち上げた『リリイ・ホリック』にも元管理人の[フィリア]はもちろん、[青猫]や[パスカル]といった元常連も姿を現しません。

もしかすると、殺された少年は『リリイ・ホリック』に参加していたメンバーのうちの一人だったのでは……という疑問が浮上したところで、突如[パスカル]が登場。[パスカル]は殺されたのは[青猫]だと推理します。

しかしここで、新たな謎が発覚します。[青猫]の目印は青りんごでしたが、渋谷キャトルのライブに参加していたメンバーたちの間で、当日見たという[青猫]の人物像が異なるのです。

ある人は死亡した少年に似ていたと言い、またある人は死亡した少年とは似ても似つかなかったと言う。

一体殺されたのは誰で、殺したのは誰なのか。

 

 

十角館の殺人』?

驚く事に原作版『リリイ・シュシュのすべて』。体裁としては掲示板仕立てであり、厳密な意味での小説ではないと書きましたが、実によくできた推理小説なんですよね。

本名とユーザー名。

現実と掲示板。

殺された星野は誰なのか。殺したのは誰なのか。

それぞれの狭間で謎が混迷を深める様子は、まるで『十角館の殺人』を彷彿とさせます。

 

後半からは[サティ]の告白が始まり、その内容こそが映画『リリイ・シュシュのすべて』で描かれた内容だという事は前述しましたが、原作作中においては推理小説における解答部分であるとも言えます。

犯人が罪を認め、事件の一部始終について告白する、という部分ですね。

もちろん先に映画を映画を観た人からすると答えは明白なのですが、面白いのは『キリエのうた』同様、『リリイ・シュシュのすべて』については映画とは相違があったり、映画で描かれなかった部分も少なからずあるという点。

全体としてボヤっとした印象のある『リリイ・シュシュのすべて』ですが、原作を読む事でより細部が鮮明になってきましたので、幾つか重要な点だけでも記していきたいと思います。

 

 

映画との相違点

①死ぬのは津田詩織ではなく久野陽子

有名な話なので詳細は省きますが、原作では久野が自殺します。しかし実際撮影段階に入ると、岩井監督的に「どうも伊藤歩の演じる久野は死にそうにないな。この子は強そうだ。むしろ蒼井優の演じる津田のほうが衝動的に死を選びそう」と思いなおしたそうです。

 

②星野が泣く場面を蓮見と津田が目撃

映画にはないシーンとして、原作では蓮見と津田が、街中で泣く星野をたまたま目撃するシーンがあります。

携帯で喋っていた星野は電話を切り、ぐるぐると落ち着かない様子で歩き回り、うろたえながら涙を流していたのです。

その日は久野が自ら命を絶った日でした。

星野と久野の間で何らかの――恐らく津田同様、援助交際を強制するような――やり取りがあったものの、久野は星野に従わず、自死を選んだ。そしてそれは、星野にとってあまりにも受け入れがたい事態だったのでしょう。

なかなかうかがい知る事のできない星野の内面の葛藤を表す非常に象徴的なシーンなのですが、映画版では①の変更とともに無くなってしまったのでしょうね。その代わりでしょうか。映画版では、津田の死後、田んぼで一人慟哭する星野の姿が描かれています。

 

③星野の没落

映画版に比べると、小説版では星野の人物像がより細やかに描かれています。

援助交際を強いられているのは津田詩織以外にも複数人おり、星野はそれらを牛耳る『スターカンパニー』の「社長」と呼ばれています。被害者は生徒だけでなく、教師にも星野の手により辞職に追い込まれた者もいます。映画に比べるとかなり悪質な悪行三昧であった事がわかります。

しかし久野の自殺によりそれまで星野に従っていたとりまき達は離れ、『スターカンパニー』も崩壊。何事もなかったように陸上部(映画では県道)に復帰する星野に怒りを覚える蓮見の心境が描かれます。

 

④教師たちのポンコツぶり

小説版では星野の悪行ぶりも酷いのですが、それに輪を掛けて酷いのが教師たちのポンコツぶりです。担任の小山内は生徒からのいじめを受けたために、強い者に媚び、いじめに加担する側に回り、一層に事なかれ主義教師に。体育教師の瀬田はスタンガンを携帯し、罰と称しては生徒達に電気ショックを浴びせますが、星野の復讐に遭ってからは威厳を失い、むしろ生徒に媚びたものの、結局辞職に追い込まれます。

星野一人ではなく、彼らの通う学校そのものが腐敗しきっている事がわかります。

 

⑤事件後の蓮見

映画版のラストは、蓮見と担任の小山内の間で成績が落ちている事について面談する他愛もないシーンで終わります。その時の蓮見の様子は、どこか夢うつつなような、ふわふわした印象です。対して原作小説のラストは、キャトル事件において星野を刺し殺した直後に終わります。しかし映画のように抜け殻になったような様子はなく、むしろ星野からの自由を自らの手で勝ち取り、喜びに打ち震えているようにすら見えます。

 

エーテルが静かにあたりに立ちこめているのを感じる。ようやく本物の世界が帰って来た。リリイもきっと喜んでくれているだろう。

ふと思い出して僕は袖を捲り上げて自分の左腕を見た。

腕の傷は、すっかり乾いていた。僕はその傷を舐め、リリイを口ずさみながら渋谷駅に向かった。

 

 

原作を読み終え、あらためてリリイ・シュシュの感想

面白いもので、原作小説を読んでみると映画版の『リリイ・シュシュのすべて』の印象も変わってきます。

やはり一番大きな違いは、星野の内面の動きでしょうか。

映画版では、沖縄旅行で死の縁を経験したことから、急に人格が豹変したように描かれています。その後、終盤に父親の会社が倒産し、一家離散という悲しい事件があった事にも触れられますが、星野自身の心の機微までははっきり言って窺い知る事ができませんでした。

 

しかし原作を読んでみると、小学校時代イジメを経験し、そこから沖縄旅行を経て星野が屈折していく様子が見えてきたように思います。歪み具合も、小説版ではさらにエグさを増しています。だからこそ、久野の死によって星野が苦しむ様子も、仲間に見捨てられ没落していく様子も、より傷みが増して感じられるようです。

星野の所業は許されるものではないのですが、彼は彼なりに、心に深い傷を負っていたんですよね。なんとか抜け出そうともがいてもがいてもがき苦しんだ結果が、「スターカンパニー」やイジメだったわけで。悪の所業を繰り返している裏で、星野もまたエーテルを必要とし、リリイに縋るような毎日を送っていたわけです。

 

星野も、蓮見も、久野も、津田も、他のクラスメートも教師達も、誰一人として幸せにならない暗くて陰鬱な作品。でも妙に心惹かれてしまう。本当に不思議な作品です。

最初から最後までずっとグレーで塗りつぶされたような暗い作品だからこそ、蓮見と津田の食事シーンで交わされる

 

「そんなに言うんだったらあんたが守ってよ」

 

の一言が丸善の本の中にポツンと置かれた檸檬よりも色鮮やかに輝いて見えたり。

 

岩井俊二、やっぱり刺さるなぁ。

もう一回『スワロウテイル』でも見て見ようかな。

 

 

『朝日新聞の「調査報道」』山本博

 

栃木県・那須町国有林三百七十一ヘクタールと新潟県関川村の民有林四百二十五ヘクタールが交換されたのは一九六四年と六五年のこと。坪(約三・三平方メートル)当たり立ち木も含め八十三円から六十一円の間でほぼ等価交換され、差額の百八十一万円が小針社長から国へ払われた。

山本博著『朝日新聞の「調査報道」』を読みました。

山本博氏は元朝日新聞記者であり、先に紹介した『猛牛(ファンソ)と呼ばれた男―「東声会」町井久之の戦後史』『ドキュメント自治体汚職 福島・木村王国の崩壊』同様、汚職を扱ったドキュメンタリー作品となっています。

上に挙げた二作は主に福島県西郷村の、現「TOKIO-BA」があるあたりの土地に関連する汚職事件を扱ったものですが、本書に関しては具体的なつながりはありません。

 

今回読むに至ったのは、本書に収められた4つの章・エピソードのうちの一つ、『政商の実像――福島交通・小針暦二社長の素顔』に興味があったからです。

 

小針暦二氏は元々福島県矢吹町の出身で、大阪で美福という不動産会社を興したのをきっかけに数々の政治家とのパイプが繋がり、地元福島県福島交通の社長に。さらに地元新聞社である福島民報、ラジオ局ラジオ福島を傘下に収め、この三社を中核とするグループ10数社のオーナーとして君臨したという福島県を代表する実業家です。

ちなみに僕が個人的に小針暦二氏について知っているのは、日本ロイヤルクラブというリゾート開発の会社で、福島県裏磐梯や栃木県の那須高原でホテルやゴルフ場を開発した、という点です。

 

 ・裏磐梯猫魔ホテル(現:星野リゾート裏磐梯レイクリゾート)

 ・猫魔スキー場(現:星野リゾートネコマ マウンテン)

 ・猪苗代ゴルフクラブ(現:猫魔ホテル猪苗代ゴルフコース)

 ・那須ロイヤルホテル(現:コナミクリエイティブセンター那須

 ・那須ロイヤルセンター(現:コナミクリエイティブセンター那須

 

中でも那須ロイヤルセンターにあったファンタラマは、ディズニーランドのイッツアスモールワールドによく似たアトラクションで、2000年に那須ロイヤルセンターが閉業した後も、しばらくの間は廃墟マニアの間で人気を集めていたようです。

少し前まではネット上で検索すると廃墟化した後の姿を紹介するブログ記事が引っ掛かったのですが、だいぶ年月が経ってしまったせいか、ブログは残っていても掲載されていた画像はほぼ失われてしまったようですね。サーバーが死んでしまったのでしょうか。

今でもYOUTUBEで往時の姿を偲ぶ事はできますので、興味がある方はどうぞ。かなりシュール感満載のアトラクションで、こんなものを目当てに沢山の人が訪れたとはとても信じられない想いですが。

 

www.youtube.com

 

また裏磐梯に話を移すと、猫魔ホテルや猫魔スキー場の開発地となった裏磐梯エリアは国立公園に位置しています。本来であれば国立公園内の湖畔や会津磐梯山の斜面を削ってスキー場や巨大なリゾートホテルを建設するなんて到底許されるはずはないのですが、政商・小針の力をもってすれば難なく開発許可が下りてしまった、などという噂話が地元には残っていたりします。

さらに裏磐梯エリアを結ぶゴールドライン・レイクラインの二つの有料道路にもまた、小針道路などと呼ぶ声があったり。まぁやはり地元においては小針暦二の残した遺産というか風聞というものは根強いものがあるのですね。

 

……なんて逸話の数々を昔耳にした覚えがあり、その頃から興味は募る一方だったのですが、小針暦二に関しては資料のようなものが残っていないのが不思議なところ。興味はありつつも、調べるべくもなく……と思っていたら、今回たまたま本書の存在を知り、手に取ってみた次第です。

 

 

扱われる4つの事件

本書は4章に分かれ、昭和史に残る4つの事件・人物についての調査報道について記されています。

 

 第一章 自民党「崩壊」の引き金――リクルート事件

 第二章 政商の実像――福島交通・小針暦二社長の素顔

 第三章 政・官・業癒着の構造――談合を追う

 第四章 喰いつぶされた金融機関――平和相互銀行事件

 

ちなみに調査報道とは、

 

あるテーマや事件に対して、取材する側が主体性と継続性を持って様々なソースから情報を積み上げていくことによって新事実を突き止めていこうとするタイプの報道である。なお、警察・検察や官庁、企業などによるリーク、広報、プレスリリースなどを中心とする報道は発表報道という。

 

という意味です。

つまり発表された内容をそのまま報じるのではなく、自力取材によって集めた独自の情報から浮かび上がる事実や問題を報じようというマスコミ魂のようなものを表しているようです。

 

まぁただ正直なところ、『ドキュメント自治汚職 福島・木村王国の崩壊』が客観的な事実に基づいて記された非常に素晴らしい名著だったのに比べ、本書はどうも「朝日新聞はこの時こんなスクープを突き止めたぞ」「朝日がこうして報じた事で事件が明るみになった」といった朝日新聞自画自賛的な文章や主観的な表現がかなり鼻に付き、各事件についてもいまいち頭に入ってきませんでした。

リクルート事件も題材としてはかなり面白い事件なんですが、事件そのものについて知りたいのであればもっと詳細に書かれた他の本をオススメします。これは他の事件についても同様ですね。

 

 

本題:小針暦二

さて、そんなわけで本来の目的である小針暦二についての記述ですが……これもまた前述通り、ちょっと期待していたものとは程遠かった印象です。

 

 しかし、三度目の小針社長とのインタビューは不発に終わった。小針社長が、突然、態度を変えて会おうとしなくなったのだ。

 多分、記事差し止め工作がうまくいかず、逆に私たちの取材が急進展してるのを知ったからであろう。これ以上インタビューにつきあっていたら、損するばかりだと思ったのかもしれない。

 が、私は平気だった。こうした疑惑追及の調査報道の確信は、相手とのインタビューにある。二度にわたりその壁を乗り越えることができた。

 

上記は一例ですが、鼻につくという理由がなんとなくおわかりいたけるでしょうか。

インタビューが不発に終わった理由を”多分””であろう””かもしれない”という憶測で語るばかりで、真偽は不明。にも関わらず「が、私は平気だった」という自画自賛。全般を通して、大手新聞社というよりはゴシップ雑誌の記事のような記述ばかりが目立つのです。

 

小針氏がグループ会社や子会社を悪用して多額の政治献金をばら撒き、新潟の山奥の二束三文の土地とリゾート開発で賑わう那須国有林を等価交換したり、そうして得た土地をすぐさま転売して巨額の利益を手にしたり、マスコミの追求を妨害するために国会議員らの力を使ったりと、絵に描いたような悪事が様々描かれはするのですが、肝心かなめの、日本ロイヤルクラブ絡みについてはほとんど触れられていませんでした。

まぁ那須ロイヤルセンターの用地買収に怪しげな動きがあったにせよ、ロイヤルセンターの運営に不正があったわけでもないですし、そうなると調査報道を主とした本書の目的を考えれば、いちいち細かいグループ事業の運営やら沿革まで触れる必要がないのは当然ですね。

僕は那須ロイヤルセンターがどこにあったのかも知らないのですが、それ以外の土地を藤和不動産に売却したという記述から、なるほど今の那須ハイランドパークのあたりにあったのか、と察する事ができたのが唯一の収穫です。

 

maps.app.goo.gl

 

調べてみたら、今はコナミクリエイティブセンター那須という保養施設に変わっているようですね。

一般開放はされていないようですが、いつか那須に行く機会があれば、一度目の前の道路ぐらいはドライブしてみたいと思います。

那須高原の高台に位置し、かなり景観が良かったと語られる那須ロイヤルセンター。一度行ってみたかったなぁ。

なお、福島県裏磐梯にある裏磐梯猫魔ホテル(現:星野リゾート裏磐梯レイクリゾート)は、現在星野リゾートの手により大好評営業中です。

www.lakeresort.jp

日本ロイヤルクラブの建設から何度も経営者が変わり、現在の星野リゾートに至るまでに何度も改装を重ねてはいますが、猫魔離宮のロビーに見られる白亜の大理石や荘厳なシャンデリアなどはほぼ建設当時そのままかと思います。

山の中にこんなホテルがあるのか、と仰天するほど巨大で贅を尽くした建物ですので、機会があればぜひ一度立ち寄ってみていただきたいです。

 

 

 

『キリエのうた』岩井俊二

世界はどこにもないよ

だけど いまここを歩くんだ

希望とか見当たらない

だけど あなたがここにいるから

 

岩井俊二『キリエのうた』を読みました。

説明は不要ですね。

10月13日(金)より全国公開となった映画『キリエのうた』の監督岩井俊二自身が書いた原作小説です。

 

kyrie-movie.com

 

www.youtube.com

 

先日久しぶりに映画を観に行きました。

観たのは波瑠と二宮和也が主演の『アナログ』でした。

 

www.youtube.com

 

『アナログ』自体もなかなか良い映画だったのですが、映画を観に行く度に楽しみになっているのが、上映前に流れる公開予定映画のCM。

意外とこのCMを観て、次に観たい映画が見つかったりします。

正直なところ、今回はいまいち惹かれるCMがなかったのですが……妙に気になったのが岩井俊二の新作映画『キリエのうた』。

岩井俊二と言えば僕の中では『スワローテイル』の人で、その昔レンタルビデオで観た映画の内容こそほとんど覚えていないのですが、荒廃した世界観を映し出す映像美と『YEN TOWN BAND』の曲だけは未だに鮮明に記憶に残っていました。アルバム『MONTAGE』のCDも持っていて、何度となく聴きましたし。ソラで歌詞が浮かぶぐらいには、ヘビーに聴き込んでいました。

そのせいもあってか、『キリエのうた』のCMでアイナ・ジ・エンドが歌うシーンが、その昔見た『スワローテイル』でのcharaの姿に重なって見えたんですよね。

 

ただ『スワローテイル』の頃から大きく時間が経ちましたが、その間自分の中で岩井俊二作品との接点もほとんどなく、「今さら岩井俊二?」という今さら感の方が強く出てしまって、映画館でCMを観ただけではそこまで観に行こうとは思わなかったんです。

 

でもふとした時に見つけたのが、下記のポスト。

 

 

おぉ、リリィ・シュシュじゃん!

今まで何回も観たいと思いながらなかなか機会のなかったリリィ・シュシュじゃん!

 

というわけで、早速観させてもらったんですね。

気づいたのが10月11日とかで、ほとんど日にちもなかったのですぐに一気見して。

 

……で……見終わった後には、すぐさま岩井俊二熱が再燃していましたね。

昔『スワローテイル』を観て、『YEN TOWN BAND』の曲を聴きまくってた頃の感情が、怒涛のように押し寄せてきたんです。

 

ぶっちゃけ『リリィ・シュシュのすべて』が面白かったかというと、最初から最初までずっと陰鬱だし、あまりにもストーリーが取っ散らかっていてわかりにくいし、そもそも何を描きたかった作品なのかもぼんやりとしかわからないという、まさに1990~2000年代初頭に流行った「余白だらけの作品から作者の意図を想像・議論して楽しむ」というエヴァンゲリオン的な作品で、こんなの万人向けしないし今の時代だったら世の中に受け入れられないだろうな、なんて思ってしまったんですが。

でも、やっぱり僕らにとってはこういう作品こそが酷く懐かしくて、不思議と親近感すら感じてしまうものなんだと心の底から思い知らされてしまったんです。

 

いずれ『リリィ・シュシュのすべて』についても原作を読んだ上でブログに書こうと思っているので今回は割愛しますが、見ている途中からこれはもう『キリエのうた』も観るしかないな、と覚悟が決まり、となると先に原作を読んでおこうと早速電子版をポチってしまったのです。

 

かなり前置きが長くなりましたが、それでは『キリエのうた』の内容について触れていきたいと思います。

 

さすらう二人

主人公はキリエ。路上ミュージシャンです。

ある日歌い終わったキリエに、一人の女性が声を掛けます。たくさんの投げ銭をくれ、食事を奢り、ネカフェで寝起きしていたキリエに寝床まで提供してくれます。

ゴスロリに青い髪の彼女はイッコと名乗ります。

 

翌朝目が覚めたキリエは、ノーメイクのイッコの顔を見て見おぼえがある事に気づきます。イッコもまた、「ルカ」と名乗ったはずもないキリエの本名で呼びかけます。

キリエとイッコはそれぞれ本名を「路花」、「真緒里」と言い、高校生時代に北海道で親しく過ごしていた時期があったのでした。

 

イッコはキリエのマネージャーとなり、二人は様々な街を流離いながら、路上ライブを成功させていくようになります。次第に協力者が増え、観客が増え……とキリエの魅力はどんどん広がっていきます。イッコのパイプから、芸能事務所との繋がりまで持つようになりました。

 

しかしそんなある日、突然イッコは姿を消してしまいます。

イッコとともに居候していた男の元には警察が来訪。自らも被害者かもしれないとショックを受ける男から、キリエはイッコの裏の顔を知るのでした。

 

 

明かされる過去

映画のメインビジュアルでは路上で歌うキリエの姿が鮮烈であり、彼女がミュージシャンとして大成していく立志伝のような作品なのかと思っていましたが……実際には(少なくとも僕が読んだ原作小説は)キリエが歌う場面は最初と最後の一部だけで、キリエとイッコ、夏彦という三人の過去に大半のページが割かれていました。

 

特にキリエと夏彦については、キリエが喋れなくなったきっかけや、夏彦が妹のようにキリエを気に掛ける理由など、十年以上前に起こった東日本大震災の影が、明確に今の今まで影響を及ぼし続けている事がわかります。

特に夏彦の視点において、多くの真実が描かれていきます。

 

なので読み終えてみると、本作は路上ミュージシャンのキリエの作品というよりは、震災当時高校三年生だった夏彦の人生に東日本大震災がどんな運命をもたらしたか、という点が主題だったように思えてきます。

キリエはある意味夏彦の物語における脇役・付属品的立ち位置であり、前後して描かれるイッコの過去に関してはそもそもキリエ・夏彦の物語に比べるといまいち共感性が薄いように感じてしまいます。ほぼ自業自得としか言えないようなエピソードばかりですし、ぶっちゃけ風琴や松坂珈琲がいれば存在自体不要じゃね?と言えそうな。。。

 

こうして読み返せば読み返す程、やっぱり『キリエのうた』は夏彦の物語だったように思えてしまいます。ただそうすると、キリエが路上ミュージシャンである必然性や、そもそもキリエが本作品の主役として位置づけられる理由についても疑問に思えてきてしまうんですよね。

どうも作品と一つにまとまりきれてないような……なんて考えれば考える程、もしかして『キリエのうた』って、色んな「映像的に面白そうな」要素をつぎはぎして作られたオシャレ映画、雰囲気作品なんじゃないかなんて一抹の不安を覚えてしまったり。

 

映画を観る前段階における個人的な総括

おそらく上に書いた

 

色んな「映像的に面白そうな」要素をつぎはぎして作られたオシャレ映画、雰囲気作品なんじゃないか

 

という予感は原作だけを読んだ側の感覚としては割と的を得ているように思えるんですよね。

特に岩井俊二作品と馴染みのない人ほど、そう感じてしまうんじゃないかと。

 

でもまぁ前段で『リリィ・シュシュのすべて』を観た僕の想像はもう少し違います。

キリエのような路上ミュージシャンパフォーマー的な人って都内にはたくさんいて。彼らはキリエ同様に日々の寝床も定まらないような生活を送っていたりします。多くの人にとってそれは特に目を止める事もない風景の一部か、または目障りな社会の害悪ぐらいに受け止めている人もいるかもしれません。

 

そんな彼ら一人一人にも、筆舌し難い壮絶な過去や、眩いぐらいに輝かしい夢や、側にいてくれる愛おしい人や、一緒に歩いてくれるかけがえのない仲間がいるかもしれない。そういった「もしかしたら」の一つ一つを紡ぎ合わせ、作品に昇華してみたのが本作『キリエのうた』なのではないでしょうか。

新宿駅南口で、一人ギターを抱え、いつライブを始めるのか、それともただそこに座っているだけなのか。それすらも定かではない一人の女の子――その背景には広がっているかもしれない架空の物語を切り取って、岩井俊二ならではの映像美で映画に仕上げたもの。それが『キリエのうた』なんじゃないかな、と。

 

――とまぁ、まだ映画も見ていない癖に、想像だけで分析してみたのですが。

 

とりあえず今日のところはここまでにして、映画を観た後で、その感想など書き足しておきたいと思います。

 

 

『キリエのうた』映画版を観て

さて、本日は10/19(木)。

映画版を観てきましたので幾つか感想を書きたいと思います。

 

①小説版とは異なる構成・凝縮されたエピソード

映画の冒頭が北海道でのルカとマオリのシーンで始まるなど、物語の大筋はほぼ同じですが、構成の異なる部分が多く見られました。ただしそれによりしきりに時間軸が行き来するので、原作を読んでない人には「今目の前のこのシーンがいつの話なのか」を瞬時に理解するのが難しいかも。

 

②ルカ=キリエ=アイナ・ジ・エンド

2023年現在のキリエを名乗るルカと、2011年に夏彦と恋に落ちたルカの姉のキリエが、どちらもアイナ・ジ・エンドという配役は、最初は抵抗を感じました。しかしほくろの有無やアイナの演じる性格など似て非なる部分もあり、見ているうちに馴染んだように感じます。2023年に5年ぶりにルカと再会した夏彦が、キリエと酷似する成長を遂げたルカを前に慟哭するシーンがこの映画の見どころだけに、後々考えればやっぱりこれがベストだったのでしょう。

 

③イッコの過去、大幅カット

ここが原作と大きく違う点で、映画版では夏彦に勉強を教わって大学に合格する2018年の高校生時代しか描かれないんですね。ちなみに夏彦に対する淡い恋心らしき描写もなし。その後2023年にキリエと再会するまでの経緯をすっ飛ばし、奇抜なファッションに身を包む結婚詐欺女へと変わり果ててしまっているだけに、原作未読の人にとっては理解不能だったのではないでしょうか。一応、「アテにしていた母の再婚相手に逃げられて大学に通えなくなった」という理由が語られますが、だから結婚詐欺に落魄れた、とまで飛躍してしまうのは流石にかわいそうに思いました。映画の中でのイッコはさんざん削られまくって、あくまで「自分が嫌悪していた女を武器にして金を稼ぐ女」になった残念な人であり、キリエが唯一心を許せる親友という二つの主要素だけが残った感じです。原作版の感想でも「存在自体不要じゃね?」と書きましたが、まぁやっぱり必要性は薄かったんだろうな、という感想です。ただし演者である広瀬すずの演技力は抜群で、彼女抜きではこの映画は成立しなかっただろうとも思えるので、話の筋としては不要でも映画を撮るための要素としては不可欠なものでしょう。やはり映像的にも映えますしね。なんならプロモーション的にも広瀬すずの存在は大きかったのではないでしょうか。アイナ・ジ・エンドと松村北斗だけだとぶっちゃけちょっと弱いですもんねぇ。

 

④やっぱり夏彦の物語

原作同様、映画においても夏彦はかなり重要な位置を占めていました。震災前から今まで、キリエを繋がっているのは夏彦だけなのだから当然と言えば当然ですが、言葉が少なく、震災当時の記憶を失くしたというキリエに代わり、彼女の過去の姿を語れる人間としても唯一無二の人間です。

映像化によってキリエ(※ルカの姉)との関係もかなり鮮やかに描かれるとともに、夏彦のキリエに対する後ろ暗い想いというものも、原作より鮮明だったように感じました。特に大阪でルカを保護した風花に自分達の間柄について説明するに際し、まず最初に「あんまり好きじゃなかったんです」とキリエへの想いを吐露する下りは衝撃的でした。

特段好きとも思えない相手と、相手の好意に付け込むようにズルズルと肉体関係を結び、妊娠までさせてしまい……産んでいいとは言ったものの、自分の親にも言えず、産んだ後について具体的に何を言ってあげる事もできず、逃げ回っているうちにキリエは震災によっていなくなってしまった。

夏彦のキリエに対する想いが愛なのか、なんなのかという点に関しては観る人によって異なるのだと思いますが、僕はやはり、贖罪なのだと思いました。キリエに対して犯してしまった罪を償いたい、許されたいという思いが、ルカを守りたいという気持ちに繋がっているのだと。

 

……とまぁ、この作品、原作小説にしても映画にしてもやはり話題は夏彦に終始してしまい、いくらでも語れたりするわけですが、映画に関連するインタビューに色々と目を通す中、やっぱりと膝を打つ記事を見つけました。

 

moviewalker.jp

 

夏彦はある種自分の思い出の集大成のような存在です。映画では主演じゃないけれど、物語を託しているようなところがあります。自分のなかでは『キリエのうた』を撮りながら、夏彦の映画を撮っている感覚がありました」

もともと(夏彦の物語が)独立した話だったというのは、最初にお会いした時に教えていただきました。

 

やっぱり『キリエのうた』は夏彦の物語だったんですね。

小説でも映画でも、夏彦が担う要素やパートが長い事もよく頷けます。

これでようやくすっきりしました。

 

アイナ・ジ・エンド

それにしても恐るべきはアイナ・ジ・エンド。

正直なところ、僕は彼女がちょっと前まで所属していたBISHというグループをよく知りませんでした。時々テレビ等で目にする度に「解散したアイドルグループのセンターがゴリ推しされるパターンね」というぐらいの穿った見方をしていました。

ところが『キリエのうた』の予告で初めて歌声を聴いて以来、僅か二週間程度なのですがすっかり印象が変わってしまいました。YOUTUBEAMAZON MUSICで『憐みの讃歌』や『燃え上がる月』を毎日聴きまくり、昨日公開されたTHE FIRST TAKEは既にもう十回以上見ています。

 

www.youtube.com

 

歌唱力はもちろんですが、歌っている最中のパフォーマンスがとにかく素晴らしい。

『キリエのうた』の節々でも感じましたが、神々しさすら感じてしまいます。

アイナ・ジ・エンド自身も言うように決して優れた容姿の持主とは言えないと思うのですが、彼女の歌っている姿は可愛いでも綺麗でもなく、ただただ美しいと見惚れてしまいます。

瞳が大きくて、鼻筋が通って……という現在の画一的なルッキズムでは表す事のできない美しさは、もっと世の中に評価されても良いのではないでしょうか。

 

僕はひらすたに彼女の歌を聴いて、動画を再生する事で、本当に微力ながら彼女を応援したいと思います。

 

 

『ドキュメント自治体汚職 福島・木村王国の崩壊』吉田慎一

「捜査を振り返って、木村を頂点とする数々の不正事実があった。捜査の対処になったか否かを問わず、一連の不正事実に関与した人は、木村の起訴を”自らの起訴”と心に銘記し真摯な反省をしてほしい」

吉田慎一『ドキュメント自治汚職 福島・木村王国の崩壊』を読みました。

前回『猛牛(ファンソ)と呼ばれた男』を読みまして、興味をそそられた福島県知事・木村守江への贈収賄事件について書かれた本です。

 

 

朝日新聞社が発行する朝日選書267という事で、著者である吉田慎一氏は実際に本事件を担当した朝日新聞の記者。紙面で木村逮捕に関するドキュメントを連載するにあたって、曖昧な部分や自身の思い込みが無いよう再度関係者に徹底取材を重ね書き上げたという、ジャーナリズムの塊のような作品となっています。

 

ドキュメントとしての迫真力を出すために、「……という」「……といわれている」など、伝聞形式の表現は一切避けることにした。しかし、これが大変な労力を必要とすることを、書き進むにつれていやというほど思い知らされた。

しかし、いざドキュメントとして事柄の正確さを期そうとすると、ノートに記された話は単なる取材の端緒にすぎなかった。すべてが再取材、再々取材を必要とした。私自身が体験しない状況を「……であった」という直接表現で角以上、当事者本人、少なくともその場に直接居合わせた人の話を取材しなければならなかった。

 

いやぁ、上記二つの引用だけでも著者のこだわりぶりが伝わってきますね。しかも当時入社して僅か三年程度の駆け出し記者だったというから驚きです。めちゃくちゃ尖りまくっていますね。

 

福島県天栄村という小さな村で起こった贈収賄を発端に、福島県内の政財界から何人もの逮捕者を出し、最終的に昭和51年8月6日に福島県知事・木村守江が逮捕されるまでを追ったドキュメント作品。

その筆致は本当に繊細なもので、とある逮捕当日の動き一つとっても、容疑者が何時何分に置き、何を食べ、どうやって移動し、一方で検察や警察、マスコミの動きに至るまで、非常に細部にわたって書き記されています。

 

一例に、県土木部営繕課長・菅野良一が逮捕される場面を引用してみましょう。

 

午前七時、寝たばこをしていた菅野は家の前で車が止まる音を聞いた。「菅野さーん」。玄関の声に、菅野が「だれだろう?」と思って玄関を開けると、見知らぬ男が二人いた。「警察の者ですが、ご一緒に来ていただきたい」。男の声はていねいだった。菅野は瞬間にすべてを理解した。まだ寝間着姿であった。

 

非常にシンプルな文章なんですが、緊迫感と早朝の穏やかさが混じったなんとも言えない雰囲気がにじみ出てくるようです。本書ではこの調子で淡々と事実が紡がれていきますので、読み物としても非常に面白いと感じられます。

 

とはいえ細部に関してこれ以上記してもキリがありませんので、備忘録を兼ねて以下にざっと本書に描かれた汚職・贈賄事件を列記したいと思います。

 

本書で描かれた汚職・贈賄事件

〇伊藤建設天栄作業所所長 長根博

  昭和50年10月8日 詐欺・横領容疑で逮捕 6千万円

 

〇前天栄村村長 北畠雄太郎

  昭和51年1月21日 収賄容疑で逮捕 346万円

 

〇桑原工務店社長 桑原橾

  昭和51年3月4日 贈賄容疑で逮捕 380万円

 

〇前天栄村議6名他、123人

  昭和51年4月17日 公選法違反容疑で書類送検

   ※容疑者は約160人。買収金額計1300万円余。

 

福島県土木営繕課長 菅野良一

  昭和51年4月29日 収賄容疑で逮捕 数十万円

 

〇大丸工務店社長 大和田昭吉

 蔭山工務店社長 蔭山藤寿

  昭和51年5月10日 増賄容疑で逮捕

 

福島県総務部長 立沢甫昭

  昭和51年5月22日 収賄容疑で逮捕 数十万円

 

〇日新電設社長 今泉英雄

  昭和51年5月24日 贈賄容疑で逮捕 数十万円

 

福島県福島建設事務所建築課長 石野智行

  昭和51年6月9日 贈賄容疑で逮捕 五万円

 

自民党県連幹事長 県議 大野正一

  昭和51年6月26日 公選法違反容疑で逮捕

 

〇県経済連専務理事 古川悟郎

  昭和51年6月26日 公選法違反容疑で逮捕

 

〇農協五連会長 斎藤初四郎

  昭和51年7月5日 公選法違反容疑で逮捕

 

〇東亜相互企業開発部部長 黒沢利勝

  昭和51年7月14日 増賄容疑で逮捕 一千万円

 

自民党県連幹事長 県議 大野正一

  昭和51年7月17日 不法寄付受領で再逮捕

 

福島県生活環境部長 赤井茂雄

  昭和51年7月17日 収賄容疑で逮捕 一千万円

 

福島県知事 木村守江

  昭和51年8月6日 収賄容疑で逮捕 五百万円他

 

ざっくり読み返しながら拾ったところで上記のようなそうそうたる顔ぶれとなりました。

数人漏らしているかもしれませんが、主要人物はほぼほぼ網羅しているかと思いますのでご容赦下さい。

 

 

芋づる式

県知事はじめ、県庁の部課長らが次々と謙虚されるという稀に見る連続汚職事件だったわけですが、はじまりは小さな村のほんの些細な詐欺・横領事件でした。

昭和50年という当時は、全国各地の田舎で水道網を張り巡らせるというインフラ整備事業が盛んだったそうです。そんな中、天栄村も総延長5万2千メートル、予算総額4億3千円という水道事業に踏み切ったのです。

そこへ現れたのが伊藤建設であり、所長の長根でしたが、手抜き工事が相次ぐ伊藤建設に対し村民の不満は募る一方。村の執行部と癒着があるのではないか、と悪評が立ちます。

実際に伊藤建設は、村議らの研修旅行に際し餞別を送り、「議会を抱き込む気か?」とかえって反感を招いたりします。

支持率が急落する中、目前へと迫る村長選。現職の村長北畠雄太郎は各業者らから約1500万円もの献金をかき集めます。それらを各地区の有力者に握らせ、文字通り「票を金で買う」買収工作へと走るのでした。

ところが求心力を失った現職村長の金は末端まで行き渡らず、途中で家の改修費やトラクター代金に化ける始末。北畠は選挙に敗れ、村長の座を失います。

 

一方伊藤建設の所長長根は、何かと理由をつけて村から六千万円もの金を水道工事の前払い金として払わせていました。ところが伊藤建設には一銭も入っておらず、逆に伊藤建設から村へ請求書が届きます。伊藤建設の請求書も領収書もあるにも関わらず、伊藤建設は金を受け取っていないという大事件に発展します。

長根は指名手配の後、詐欺罪と横領罪により逮捕。ここから事態は大きく進展していきます。

 

金の使途を調べる中で、長根は前村長北畠への贈賄を自白。村長と業者との黒い癒着が顕在化するのです。

しかし北畠が収賄していたのは、長根だけではありませんでした。桑原工務店社長の桑原からも多額の賄賂を受け取っている事が発覚。

さらに桑原は北畠以外にも、数多く贈賄を行っており……これが発展し、県庁・県知事の逮捕へと繋がっていくわけです。

 

……とまぁ長々書いてきましたが、まるで映画や創作の世界の話のような汚職事件が次々と繰り返されるという、本当に興味深いドキュメンタリーでした。

個人的には何よりも、冒頭の天栄村周りの話がとても好きです。

 

小さな小さな村でも公共工事の利権をめぐって贈収賄があり、さらには選挙戦のためにと金のバラマキがあり……と、おとぎ話を読んでいるような不思議な世界観でした。

ましてや選挙に勝つためにと大金をバラ撒いたり、その金が途中でせしめられたり、最終的に関与した百人を超える村人が公選法違反容疑で逮捕されたり、取り調べを受けたりと、現代では信じられない話ばかりです。

たかだか人口数千人の村の村長に、そこまでの価値があるものなのでしょうか?

現職村長が負けたのは金を受け取ったにも関わらず働かなかった村議のせいだと、村の青年達に村議が15人も呼び出され、糾弾され、頭を小突かれ、辞表を書くよう強制されたりといった場面も描かれています。警察よりも検事よりも、支持者の方がよっぽど怖い。

 

意外と山奥の農山村には、こういった風習がまだまだ残っているものなのでしょうか。

興味は尽きませんね。

 

 

『猛牛(ファンソ)と呼ばれた男―「東声会」町井久之の戦後史』城内康伸

「ヤクザなんて時代に逆行している。こんなことじゃ駄目だ。そんな生き様はやっちゃいけないんだ」

 

城内康伸『猛牛(ファンソ)と呼ばれた男―「東声会」町井久之の戦後史』を読みました。

おそらくですが、当ブログやインスタを見ている人で、本書を知っている人は皆無に等しいと思います。

もちろん、僕もそうでした。

 

ただ先日『疲労凍死』を読み、栃木県の那須岳について学んでいく中で、不意に「町井久之」という名前にたどり着いたんですね。

 

 

上の地図をご覧いただきたいのですが、左の青丸で囲んだ辺りが那須岳です。那須岳というのは一つの山の名前ではなく、茶臼岳や朝日岳、三本槍岳等の連山の総称で、丸の左上のあたりにあるのが『疲労凍死』において白河高校山岳部の面々が目指していた、那須岳の最高峰・三本槍岳です。

その少し上、青丸の縁のあたりには彼らが命を落とし、そのために現在では避難小屋が作られたという鏡ヶ沼も確認できます。

 

……で、問題なのは右の赤丸です。

赤丸の少し右には新白河の駅が見えます。最近だと白河の地名は、白河の関でも有名ですね。記事を書いている現在はまだ甲子園の決勝前。今年も仙台育英が連覇を果たし、優勝旗が再び白河の関越えを果たすか否かで湧いている真っ最中でもあります。

他にも白河には白河だるまや白河ラーメンといった特産品があったり、戊辰戦争の時には奥羽越列藩同盟と西軍とが一大決戦を繰り広げた激戦地としても知られています。

 

ただ、最近だともっと認知度が高いと思われるのが、赤丸の中、赤の下線まで引いた『TOKIO-BA』。『鉄腕ダッシュ』でもお馴染みTOKIOの三人が、福島県西郷村で始めたというプロジェクトの場です。

 

 

 

TOKIO-BAを初めて一年以上が経ち、この夏も様々なイベント等を行っていたらしいのですが、ここで問題となるのは、TOKIO-BAの舞台となったこの場所の話なのです。

8万平米という広大な敷地は、ほぼ芝生か野原のような平原に見えます。とはいえゴルフ場やスキー場というわけでもなさそうです。一体元々この場所はなんだったのか。

 

TOKIO-BAの近辺には、もう一つ不可解なものがあります。

 

 

上の赤い線でなぞった、白河の市街地近くからTOKIO-BAの奥まで伸びる道路。

道路沿いにあるのはほぼ緑の森や林、田畑しかないように見えます。

しかしこれ、実際にはとんでもない道路なのです。

 

 

わかりますか?

中央分離帯まで設けられた、幅20m・全長6.2kmもの巨大な道路なのです。しかしながら、国道や県道を示す道路標示はないため、あくまで所在地である西郷村村道・または私道といった扱いのようです。

前述した通り、ロードサイドには特筆すべきような商業施設どころか家屋すらほとんどありません。

そしてTOKIO-BAのすぐ横を終点としています。

その他に何がある、というわけでもない。

どこかへつながる、というわけでもない。

実際に交通量はほとんどありません。

田舎の山の中に忽然と現れる立派過ぎる道路は、日本全国で見ても稀なのではないでしょうか。

 

広大な敷地を持つTOKIO-BAの前身は一体なんだったのか。

一体この立派過ぎる道路はなんなのか。

 

その謎を解くのが、町井久之という男なのです。

 

 

町井久之とは

町井 久之(まちい ひさゆき)こと鄭 建永〈チョン・ゴニョン、정건영〉、1923年 - 2002年9月18日)は、在日韓国人の実業家。暴力団・東声会設立者。東亜相互企業株式会社社長。釜関フェリー株式会社会長。在日本大韓民国民団中央本部顧問。

 

wikipediaにある通り、町井久之は本名を鄭建永という在日韓国人でした。

日本に生まれ、韓国で育てられた彼は、十三歳で再び日本へと戻ります。しかし継母との折り合いが悪かった町井はグレてしまい、腕力と暴力に物を言わせる生活を送るようになります。

時は戦後。日本中の風紀が乱れる中、在日韓国人に対する風当たりも強い時期でした。

在日韓国人同士が結束を高め、支え合おうというムードが自然と高まり、在日本朝鮮人連盟(朝連)を結成。しかし朝連が次第に共産主義団体の性格を強めるにあたり、反発した青年たちは朝鮮建国促進青年同盟(建青)を結成。

両者は互いにいがみ合い、対立を深め、そこかしこで抗争を繰り広げます。

そんな中、腕っぷしを見込まれて建青に応援を頼まれたのが、町井でした。

町井は町井一家と呼ばれる今でいう反グレ集団を形成し、東声会という暴力団を組織するに至るのです。

 

その兄貴分として町井を支援していたのが、「政財界の黒幕」「フィクサー」としても名高い右翼活動家・児玉誉士夫。時の内閣総理大臣岸信介と昵懇であった児玉の仲立ちにより、町井は政財界との結びつきを強め、同じ在日韓国人であるプロレスラー力道山らとの仲を深める一方、三代目山口組組長・田岡一雄と兄弟の盃を交わし、暴力団としての地位もより強固なものにしていきます。

また、時の韓国大統領であった李承晩らとも交流を持ち、ワールドカップ予選に臨む韓国選手団の滞在費を支援したりと、祖国・韓国のために献身する様子も見られます。

 

しかし任侠団体に理解のあった自民党副総裁の大野伴睦の急逝とともに、ヤクザへの風当たりは強まります。そんな中、町井は突如東声会を解散させてしまいます。

ヤクザからの引退を表明した町井は東亜相互企業株式会社を設立。実業家への転身を表明するのです。

 

 

明日香台総合開発

時はバブルの絶頂期。

当時の町井は我が世の春を謳歌していました。

数々の高級クラブを経営する他、韓国要人や国内政財界の重鎮が利用する韓国料亭をオープン。さらに拠点となる六本木にはTSK・CCCターミナルビルをオープンさせ、そのオープニング・レセプションは読売新聞社渡辺恒雄が運営委員を務め、壇一雄が呼びかけ人に。さらに岡本太郎らが運行委員を務め、長嶋茂雄や二子山親方、由美かおる山本リンダらが華を添え、六本木周辺はこのせいで交通渋滞が起こる程の大騒ぎになったのでした。

 

そんな町井の下に飛び込んできたのが、東北新幹線新白河駅から西へ約5kmに位置する、福島県西白河郡西郷村の白河高原でした。

かつて旧陸軍の軍馬補充部や演習場として使われてましたが、戦後は旧満州から引き上げてきた開拓団が入植。しかし痩せた土壌と寒冷な風土のお陰で開拓は進まず、借財ばかりが膨らむ状況にありました。

西郷村開拓農業協同組合の組合長らは、たまたま同郷であった東亜相互企業幹部に窮状を訴えます。二つ返事で支援に乗り出した町井は、1億7千万円もの大金を同組合に貸付た上で、同地域にゴルフ場・乗馬などのスポーツ施設とホテルや温泉を組み合わせた壮大なリゾート構想「明日香台総合開発」を描くようになります。

冒頭にご紹介したTOKIO-BAまでの立派な道路は、この開発のために町井が整備したものなのです。

町井は資金調達のため、これらの広大な土地を法外な値段で転売します。住友不動産野村不動産神戸製鋼、ロッテ、三越不動産等々、売却先は有名企業ばかりです。

東亜相互企業株式会社の繁栄とともに「明日香台総合開発」は順風満帆かと思われましたが……意外にも綻びは目前まで迫っていました。

 

 

落日

1976年、ロッキード事件により町井の兄貴分でもあった児玉誉士夫脱税と外為法違反で在宅起訴。これにより二人の関係に大きなヒビが入ります。児玉からフィクサーとしての力が失われると同時に、町井もまた、政財界へのパイプを失ってしまうのでした。

さらに同年、白河高原の開発を巡り、東亜相互企業の黒沢勝利ら3人が、福島県知事・木村守江に対する500万円の贈賄容疑・収賄容疑で逮捕。当然社長であった町井も嫌疑を掛けられます。

また、それまでの放漫経営の影響もあり、韓国外換銀行では155億円にも及ぶ東亜相互企業に対する担保割れの巨額負債が問題視されるようになります。韓国外換銀行は国営でしたから、現役・元大統領らの信用問題・日韓問題にまでに発展しそうな兆しを見せ、結果として韓国からも町井は見捨てられてしまいます。

かといって町井には、もう頼るべき相手はいませんでした。結果として東亜相互企業は不渡りを出し、倒産。町井と東亜相互企業の栄誉の象徴であったTSK・CCCターミナルビルは、中に収蔵されていた数々の美術品・貴重品とともに債権者を名乗る有象無象によって荒らされた上で、人手に渡ってしまいます。

西郷村の「明日香台総合開発」も、当然のように頓挫します。汚職と利権に塗れたリゾート開発計画は藻屑と消え、後には町井の作った弾丸道路や農業施設の廃墟といった開発の爪痕だけが残骸として残ったのです。

 

そして今現在――長年にわたり放置されてきた広大な土地のほとんどはメガソーラー発電所へと姿を変え、一部がTOKIO-BAになりました。

 

那須岳の遭難事件から始まった話がだいぶ違う方向へと逸れてしまいましたが、これもまた読書の醍醐味の一つかな、と思っています。たまたま読んだ本の、ごくごく些細な部分に興味を持つ事で、全く別な方向へと新たな探求心が広がり、また別の本を読む意欲へと繋がっていく。

そうでもなければずっと同じようなジャンル・趣向の作品ばかりを読み続けてしまいがちなので、こういった刺激は大歓迎です。

 

ちなみに本作の中で言えば、白河高原開発に伴う福島県知事・木村守江への贈収賄事件に興味を惹かれました。福島県内の小さな村で起こった詐欺事件が、               福島県全体を揺るがすとんでもない大事件へ芋づる式に発展していく……これって滅茶苦茶面白そうじゃないですか?

福島県汚職事件でいえば、反原発派だったが故に無理やり逮捕されたのではないかなどと噂される佐藤栄佐久元知事が有名ですが、それ以前にももっととんでもない汚職事件があったんですね。

 

次回はそこについてもうちょっと深堀りしてみたいと思います。

 

 

『雪の炎』新田次郎

「山の中で起こったことは、山の中でけりをつけて、里まで持ち帰らないのが、アルピニストのルールじゃあないでしょうか」

新田次郎『雪の炎』を読みました。

孤高の人』をはじめ山岳小説家として数々の名作を生み出してきた新田次郎ですが、改めて調べてみると、当ブログで紹介するのは初めてだったのですね。

ちょっと驚きました。

というのも、一時期は新田次郎の作品ばかりを読みまくっていた時期があったからです。

孤高の人』『八甲田山死の彷徨』『芙蓉の人』『劒岳 点の記』等など、タイトル・内容ともに未だに記憶に新しい作品ばかりです。でも記事にしてないという事は、かれこれ十年近く前に読んだきりだったのでしょうか。

 

今回は積読化して書棚に納まっていた『雪の炎』を発見したもので、読み始めてみました。

前回も『疲労凍死/天幕の話』を紹介しましたが、今はちょうど山岳小説が読みたい気分なんです。

 

ところが本作、上に紹介したような作品とはちょっと趣を異にしているようでして……詳しくは追ってご紹介していきましょう。

 

 

初秋の谷川岳で起こる疲労凍死

物語は男3女2の5人パーティーによる、谷川岳縦走から始まります。

間もなく9月とありますから、ちょうど今と同じ8月も末頃なのでしょう。しかし天候の読み違いから、パーティーを猛烈な雨風、さらに霧が襲います。

避難小屋へと向かう途中、風に煽られた絢子は稜線から滑落。リーダーである華村敏夫と和泉四郎は彼女を探して、ロープ一本で崖を下ります。幸運にも絢子を発見しますが、足を怪我した絢子を稜線まで担ぎ上げるまでは至らず、その場にビバークを余儀なくされます。

翌々日の朝、ようやく救助隊が駆け付けるのですが……3人のうち一人華村敏夫だけが、遺体となって発見されます。

死因は疲労凍死でした。

 

敏夫の死に疑念を抱いた妹の名菜枝は、真相究明のためパーティーのメンバーを訪ねます。

山に慣れていた兄が、疲労凍死なんてするはずがない。ましてや他の二人は無事だったのです。そのうち一人は女性であり、負傷までしていた。それなのに、どうして兄だけが……。

事件の裏に見え隠れするライバル企業の影と、過去に起きた落石による死亡事故。名菜枝の前に現れる謎の不良外人、そして怪しげな企業情報屋。

様々な思惑や人間関係が入り乱れる中、名菜枝はついに一つの真相へとたどり着きます。

 

 

新田次郎らしからぬサスペンス

本書は某サスペンス劇場も顔負けの、サスペンス作品です。

多くのサスペンス作品がそうであるように、本作で提示される謎そのものはあまりにも小粒です。

なにせ華村敏夫の死に際して、その場に居合わせたのは二人だけなのですから。そして、死因も疲労凍死とわかっています。なぜそんな最期を遂げたのかなんて、一緒にいた二人が正直に説明すれば済む話です。

正直に言えないのは、どこか後ろ暗いところがあるから。

 

となると、読んでいる読者の心境としては「さっさと吐けよ」という気持ちになってしまいます。

 

そこに敵か味方かも定かではない不良外人や情報屋(総会屋?)が登場し、企業同士の闘争やら権力争いの要素が入り交じって来るだけで、本筋としてはあくまで「さっさと吐けよ」の一本調子なものでしかありません。

 

なお、新田次郎といえば山岳小説なのですが、山岳要素もかなり控えめです。冒頭の事故部分を除けば、物語の大半は山とは関係のない市街地で進められます。厳密には後に二度、やはり谷川岳に登る事になるのですが、主題は登山ではなくあくまで謎解きであり、登場人物たちの人間模様。

それでも面白く最後まで読めてしまうのは、新田次郎の筆力としか言いようもありません。

 

ただし、最終的に「ではどうして兄は死んだのか」という謎解きにあたっては、あまりにも陳腐というか、無理筋が過ぎる面は否めず。。。山岳小説としては物足りず、推理(サスペンス)小説としても物足りない。どっちつかずの作品という結論に落ち着いてしまいそうです。

まぁ新田次郎もかなりの作品数を残していますからね。こういう一風変わった作品もあるという事でしょう。

 

 

『疲労凍死/天幕の話』平山三男

「保志! しっかりしろ」
「……はい」
 返事は弱々しい。保志の唇を雨が伝った。血の色は失せて白い。
「名前、名前、言ってみろ」
「保志……芳雄」
「何歳だ?」
「十六歳」
「今、どこにいるかわかるか?」
「……」
「どうした? 今どこにいるんだ。何してるんだ」
「わがんね」
「山にいるんだよ。しっかりしろ」

 

平山三男『疲労凍死/天幕の話』を読みました。

こちらは登山関連の作品を中心に出版する山と渓谷社の、「山溪叢書」というシリーズ第4巻となっています。

 

本作は以前にも読んだ事があったのですが、先日登山に行っている中で、本書で描かれている白河高校山岳部の遭難事件について話題となり、久しぶりに読み返してみようと思って次第です。

 

それでは早速、内容についてご紹介しましょう。

 

 

昭和史に残る高校生の大量遭難死事件

時は1955年5月末。白河高校山岳部の一団は、甲子温泉を出発し、那須連山の最高峰・三本槍岳へと向かっていました。

同ルートは生徒達にとっては地元も地元で、慣れ親しんだ登山道なのですが、7月に開催される福島県体育連盟主催の山岳協議の舞台に選ばれた事から、泊まりがけでの合宿にやってきたのでした。

普段であればほとんど雪などない時期なのですが、大雪の影響で山上は分厚い積雪に覆われていました。

さらに当時の精度の低い天気予報と、天気図の読み取りの甘さも重なり、山岳部は酷い雨風と視界を奪うガスに襲われる事になります。

 

何度も進退に迷いますが、その都度、彼らは前進を選択します。

部員の自主性を重んじていた顧問の篠原も、あえて口を挟もうとはしません。

 

彼らがようやく撤退を決めたのは、須立山を越え、三本槍岳に目の前まで迫った鏡ヶ沼分岐での事でした。

既に寒さに震える一年生を庇いながら、懸命に山を下る面々でしたが、ガスと風雨に惑わされ、ルートを外れてしまいます。降りしきる雨により自分達の足跡すらすぐに見分けがつかなくなり、戻る道すら見失うという最悪の事態に陥ってしまうのです。

 

部長の平田と村木は、自らルート探索に名乗りをあげます。迷いの末、顧問の篠原は彼らの意志を尊重しますが、二人は正規のルートを見つけるどころか、ルートを越えて反対側の山の中へと迷い込んでしまいます。

戻って来ない二人に失敗を悟った篠原は、続いて佐藤と金子という二人の三年生に、先に下山して救助を要請するよう命じます。しかしこの二人もルートを誤り、佐藤に至っては斜面を滑落して足に怪我を負ってしまいます。残った金子もまた藪の中で力尽きてしまうのでした。

 

その頃、顧問の篠原率いる本隊は、雨風を凌げる場所で救助を待とうと樹林帯のある坊主沼を目指していました。衰弱の著しい一年生一人に対し、三年生が介助するという二人三脚。その三年生もまた、体力の大部分を失いつつありました。

その少し手前で村木と再会した篠原は、間もなく雪の上に倒れている平田を発見します。部長の平田は、既に息絶えているのでした。

平田の死に面した篠原は、残った生徒達に坊主沼でビバークするよう命じ、自らたった一人、救助を求めに下山を決断します。

 

意識朦朧としながら麓の大黒屋旅館までたどり着いた篠原を、宿の主人である久野らが介抱します。久野らの通報により、地元警察や消防団、山岳会などが救助活動にやってきたのは翌朝でした。

そんな中、久野は一足先に生徒達の救援に山へと向かいます。

甲子山へと向かう途中、前方から二人で支え合うようにしてやってくる生徒二人を発見。彼らは篠原の命令も忘れ、ただ必死に自分の力で下山してきたのでした。彼らを励まし、さらに奥へと向かう久野の前に同じように二人、さらに身を寄せ合うようにして蹲る四人を発見します。

 

早くも八人の無事を確認し、少し安堵する久野でしたが……坊主沼にたどり着いたところで、茂みの中から虫の息の少年を発見します。彼の近くには、「佐藤」と書かれたザックが落ちていました。坊主沼の氷の上にも、動かない二つの人影を発見しますが、久野はまだ生きている少年を救う事を先決とし、彼を背負って戻り始めます。

 

その後、やってきた救援隊は坊主沼で二人の少年を発見。さらに近くの藪から、もう二人の少年を発見します。いずれも体温が30°を下回るという酷い低体温症を見て、医師はその場で救命措置を取るよう命じます。

火を焚き、ありったけの毛布や消防団の法被などを被せ、それでも足りないとみるや、消防団は自分も裸になり、自らの体温でもって氷のように冷たくなった少年らの身体を温めようと苦心します。

そんなさ中、医師の下へ佐藤と平田の亡骸が届きます。二人はすでに、息絶えた状態で発見されたのでした。

やがて介護の甲斐なく、四人の少年たちも後を追うようにして死亡。15名の高校生のうち、実に6人が亡くなるという大惨事を起こしてしまうのでした。

 

 

運命のイタズラ

本書では実際に死の淵を彷徨う少年達だけではなく、彼らの遭難を聞き、大黒屋旅館へと駆け付けた家族らの姿も描かれます。

無事助かったのが自分の子どもだと知り、喜ぶ家族の姿には感動しかありません。旅館の風呂で、息子の背を温かい湯で流しながら「良かったなぁ、良かったなぁ」と繰り返し涙を流す父親の姿には、胸に迫るものがあります。

 

家族らは互いに「良かったね」と喜びを分かち合いつつ、一方、自分の子がなかなか帰って来ない事に焦燥し、不安を募らせます。

最初のうちこそ、救助隊の伝令が走ってくる度に歓声で湧き上がりますが、いつしか一転、重い空気が漂うようになります。

保護者の控室に、鎮痛な面持ちでやってくる主任教師の有山。彼が自分の目の前に立ち止まり、頭を下げた瞬間、我が子の死を悟った家族は泣き崩れます。そんな光景が、何度も何度も繰り返されるのです。

無事を願う家族に対し、訃報を告げにいく教師。あまりにも辛く、苦しい場面です。

 

そんな中、運命のイタズラとしか言いようのない一つの不幸が起こります。

久野により救出された少年が一人いる事は、途中で出会った救助隊の伝令により、一足先に本部へと伝えらえます。久野はザックに残された名から、自分が背負う少年は「佐藤」だと思い込んでしました。

しかしそれは、実際には「金子」だったのです。

佐藤の両親は、救出されたという息子の下へと駆け寄ります。ところがそれは、別の少年でした。

喜んだのは「金子」の両親です。まるで消息が分からなかった自分の息子が、不意に救出されてきたのでした。

一方、佐藤の両親は喜び一転、不安に苛まれます。実際にその時、佐藤は既に亡くなっていたのです。

「金子」の側に「佐藤」のザックが落ちていたという偶然が招いた、運命のイタズラとしか言いようのない不幸な出来事でした。

 

 

私の息子を、返せー

本作のラストは、遺された平田の母を描いて終わります。

戦争で夫を亡くし、女手一つで平田を育ててきた母は、平田の死を告げられても動じる事なく、気品に満ち溢れた女性であるかのように周囲に思われていました。

しかし実際には、衝撃のあまり現実を受け止められていなかっただけだったのです。

息子の葬儀を終えた後、平田の母は一人、夢遊病患者のようにふらふらと町の中を歩みます。

顧問である篠原の家の前までたどり着き、声を張り上げるのです。

 

「か・え・せぇー わたしの息子を、返えせー。剛を返せー!」

 

なんともやるせない姿ですが、これは実際にあった話として、著者が伝え聞いた話だそうです。

遺族が夜な夜な引率教諭の家を訪ね、「私の息子を返せー」と叫び続けたのだと。

 

話が脱線しますが、同じ山域では、2017年に春山登山講習会に参加していた高校の生徒や引率教員らが雪崩に巻き込まれ生徒7人と引率教員1人の計8人が死亡する、という痛ましい事故が起きました。

 


この雪崩事故では引率教員らの責任が問われ、裁判へと発展していました。

つい先日、ようやく地裁にて賠償命令の判決が下されたところです。

 

引率の任にあった以上、責任は免れないとはいえ、なんともやるせない結果ですね。

 

本作は実際の事故を下敷きに、ドキュメンタリータッチでありながら、実によくできた小説として描かれています。

登場人物一人一人の細かな心情まで描かれているのは、小説ならではといえるでしょう。そのため、事故の悲惨さ、痛ましさをノンフィクションよりもかえって鮮明に浮かび上がらせる事に成功しています。

 

同じく山に登る人間として、子を持つ親として、実に様々な角度から考えされられる良書です。

未読の方は、ぜひ一度お読みになる事をオススメします。

 

 

『天幕の話』

……と、ついつい『疲労凍死』の話に終始して終わってしまいがちですが、一緒に収録された『天幕の話』もなかなかのもの。

極寒の山に設営した天幕(=テント)の中で、橋本と桃井という二人の男が、冬山で起こった数々の事故について話す物語です。

穏やかで光溢れる未来を前に、無念の死を遂げる人々の様子が描かれています。

霊にまつわるような、ちょっとオカルトチックな面もあるのも、山の話としては面白いところ。

 

とはいえこちらもまた『疲労凍死』同様胸を締め付けられずにはいられません。

終盤にはただの山岳小説では終わらせない仕掛けも用意されていたりするので、ぜひ最後まで読み切ってくださいね。