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年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『小さな会社の稼ぐ技術』栢野克己

「うちは何でもやってるのに、なぜうまくいかないのか?」

「それは何でもやっているからです(笑)」

 

だいぶしばらくぶりの更新になってしまいました。

読書を辞めたわけではないんです。

実は以前予告していた通り、吉川英治『新・平家物語』を読んでいる真っ最中。

 

吉川英治は版権がすでに切れているため、『宮本武蔵』や『私本太平記』、『三国志』などは青空文庫で無料で読めるのですが、『新・平家物語』は現在作業中につき未収録。

その代わり、アマゾンで検索すると全16巻の号本版がわずか99円で販売されていたりします。

僕が手を出してしまったのはまさにこれ。

過去には前述の『三国志』などの長編作品をスマホで読んだ経験もあり、いつでもどこでも気軽に読める電子版は超・長編作品を読むのに最適!なんて思っていたんですが、これがまた以外に難航しています。

 

読んではいるんですが、吉川作品独特の読みにくさもあってなかなか進まない。

さらに『新・平家物語』は平清盛源義経源頼朝等々、その時々で主人公や視点が目まぐるしく変わる非常に読みにくい作品なんですね。

 

さらに電子版の場合、読書量が目で測りにくいというのもネックで、実本なら「今日はこの巻の最後まで読んじゃおう!」と意気込んだりするんですが、それがない。なので毎日ほんの少し読んだだけでも、なんとなく読書した気になってしまう。結果として、遅々として進んでいないというのが実情です。

 

断っておきますが、決してつまらないわけではなくて、非常に面白く読書を楽しんでいるのは間違いないんですが。

 

現在まででようやく全体40%を超えたところ。

伊豆に幽閉されていた頼朝が遂に打倒平家の旗を上げ、清盛の死ももう間もなく。義経とも近々合流するかなーといったところ。やがて主人公格の1人として加わるらしい木曽義仲もまだ登場せず、先は長いですねー。

 

中小企業本

前置きが長くなりましたが、『新・平家物語』の間に割り込むようにして読んだのが本書『小さな会社の稼ぐ技術』。

以前から中小零細企業の事業承継についての本を読んできましたが、その流れの一つと言ってよいでしょう。

 

中小零細企業の経営が行き詰っている多くの要因って業種に限らず似通っていて、その一つが「下請け依存」が挙げられます。

大半の企業が大手から仕事を貰う下請けとして仕事をしているのですが、その依存度が半分どころかほぼ100%近い会社も多いのです。

ところがバブルが弾け、リーマンショックも挟んだ現在、儲かってる業界ってないですよね……。

 

建設業界・製造業界・食品業界、どこも苦しい、苦しいと言っているような業界ばかりです。

建設で言えば人口減少に加え、ライフスタイルの変化もあって新築着工件数は減る一方。

製造業にしたって生産量が右肩上がりで増えているのはごく一握りと言えるでしょう。

食品業界だって似たようなもの。

 

中小・零細企業が大手の下請けとして何十年の蜜月関係を築いてきたとしても、肝心要の大手自体の生産量が減ってしまっているのですから、当然下請けの仕事は減るばかり。

さらに原料高だの増税だの働き方改革だので出ていくお金を増えるばかり。

 

それでもいつかは昔のように良い時代がやってくるのかもしれないと、頭上を吹き荒れる厳しい風に身を縮こめるようにして耐え忍んでいる中小・零細企業が沢山あるのです。

 

でも、それじゃあダメです。

 

時代は変わりました。再び建築業界が活性化するなんて、南海トラフ級の巨大災害で国土の大半が平地に戻らない限り無理な話でしょう。

製造業も、他の業界だって同じです。

これからますます人口減少は加速化しますからね。

 

待っているだけじゃダメなんです。

 

じゃあどうしたら良いか。

 

その答えの一つが本書にあります。

 

下請け脱却

一言で言うとこういう事ですね。

下請けからの脱却。

 

コバンザメのように、寄生虫のように元請け企業から仕事が降ってくるのを待つのではなく、自分たちが直接顧客から仕事を得られるような会社に変わる事。

今風の言葉で言えばBtoBからBtoC。

元請けが10000円で受けた仕事を8000円で下請けに下し、実際の工事費が5000円だとすれば下請けの利益は3000円になりますが、下請けが顧客から直接10000円で受注すれば、利益は5000円に増えるわけです。

 

かといって、今まで大手建設会社の下請けとして新築住宅の屋根工事だけを請け負っていた零細企業が、いきなり元請けとして新築住宅の仕事を受注する工務店に成り代わる事はできません。

例えできたとしても、資本力・技術力その他の局面で劣勢が続き、程なく倒産の憂き目に遭うのは間違いないでしょう。

 

“弱者”である零細企業が“強者”と同じ土俵で争っても勝負にすらなり得ません。

 

じゃあ、一体どんな戦い方をすればいいのか……というのが本書の内容。

 

弱者の戦略として、著者は下記四つの項目を挙げています。

  1. 強者や大手と違うことをやる「差別化」
  2. 総合1位ではなく「小さな1位」
  3. あれこれではなく「一点集中」
  4. 顧客とじかに接近戦

さらに、戦略を実現しやすい商品分野として

  • 手作り、少量生産、オーダーメイド
  • 市場が小さい、ニッチ
  • 衰退産業
  • イメージが悪い、怪しい

といった大手やエリートがばかにする分野を勧めています。

 

前述の屋根屋さんを例に挙げれば、専門技術を生かした屋根の修繕……それも大手リフォーム会社が猛威を振るう総合リフォームではなく、屋根に特化したプチリフォームに絞って営業をする、という事です。

 

一歩踏み込んでそれを「雨漏り専門」にまで絞り込めば、大手建設会社やリフォーム会社は雨漏りの工事だけなんてやりたがらないから自社の独壇場になり得ます。

 

さらに重要なのは「地域を絞り込む」事。

移動時間は全て無駄。移動時間を減らす事は利益率の向上に直結します。

加えて地域の中に特化して営業する事で口コミが広がり、「雨漏り=〇〇社」といったイメージが浸透させる事で営業コストの削減も期待できます。

 

ランチェスター戦略

本書の土台となっているのはランチェスター戦略。

元々は戦争時に弱小軍隊が巨大な軍隊に立ち向かうためにはどうすればよいか、といった技術をまとめた戦略だそうですが、現在では中小企業事業者の間で黒字経営を目指す上でのバイブルとしてもてはやされているそうです。

 

本書では上に挙げたような戦略を、具体例を挙げながらかなり詳細にわかりやすく紹介してくれています。

 

個人的には非常に為になる一冊でした。

やっぱりビジネス書も読まなきゃダメですね。読む本にもよるのでしょうが、小説からは得られないものが間違いなくあります。

特に本書は、ビジネスマンにはオススメの一冊です。

 

「弱者の戦略」と言いますが、ビジネスにおいて「自社は強者です」と言えるのは限られていますからね。圧倒的に弱者であるケースの方が多いはずです。

そんな場合に、一体どんな戦略をとるべきなのか。

自社が勝ち得る局面とは。

 

とにかく得られるものの多い良書でした。

本書の前に出版された『小さな会社☆儲けのルール』という作品もあるそうなので、そちらも近々読んでみたいと思います。

 

 
 
 
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#小さな会社の稼ぐ技術 #柏野克己 読了 めちゃくちゃ久しぶりの更新になってしまいました。 でも今回読んだのは大当たり。 #ランチェスター戦略 という弱者の兵法をベースに、中小零細企業が経営改善を目指すための考え方や進め方を具体例を挙げながらわかりやすくまとめた本です。 差別化、小さな1位、一点集中、接近戦 悩める経営者さんたちにぜひとも一読して欲しい一冊です。 ちなみに現在吉川英治の新・平家物語を読んでいる最中です。更新がないのもそのため。 まだ半分も読めてません。 先は長いなー。 #本が好き #活字中毒 #本がある暮らし #本のある生活 #読了 #どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい . . ※ブログ更新しました。プロフィールのリンクよりご確認ください。

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『魔法使いの弟子たち』井上夢人

「あたし、自分が、なんで死ななかったんだろうって思うの。あんなにたくさんの人を殺して、どうしてあたしだけ死ななかったんだろう」

しばらく更新が途絶えていましたが、井上夢人魔法使いの弟子たち』を読みました。

改めて説明する必要もないかもしれませんが、元々は徳山諄一氏とともに「岡嶋二人」名義で数々の名作を生み出しており、「岡嶋二人」解散以後はそれぞれ個々の作家として活動されています。

岡嶋二人」は競馬シリーズの他、当時としては最先端のパソコンやインターネットを駆使したSFチックなトリックや要素を取り入れた作品を数多く発表してきました。

今となっては時の流れを感じずにはいられませんが、未だ色褪せない作品もありますので興味のある方は一度お試しを。

ちなみに当ブログの中では下記二作品をご紹介しています。

 

その他、個人的には「岡嶋二人」最後の作品である『クラインの壺』が大好きな作品の一つなので強くおすすめしておきます。

先日映画化で話題になった東野圭吾パラレルワールド・ラブストーリー』と似た題材を扱っていながら、面白さでは圧倒的・段違いに『クラインの壺』の方が上です。

 

パンデミックからSFへ 

さて、本作もそんな岡嶋二人井上夢人 らしさが全面に出た作品。

週刊誌の記者である仲屋京介は、竜王大学病院で院内感染事故が発生した一報を受けて取材へと出向きます。

そこで出会ったのが落合めぐみ。

病院内に木幡耕三という彼氏が研究員として残っているという彼女は、耕三の消息を知るために同じく院内への潜入を試みている京介に自ら接触してくるのです。

京介は話している内に、めぐみの身体に湿疹らしきものが増えてきている事に気づきます。

前日に院内で耕三に会っていたと知った京介は「目の前に感染者がいる」と通報し、やってきた医療班により病院へと収容されてしまいます。病院に潜入できたと喜んだのも束の間、京介は感染症を発症し、意識不明の重体へと陥ってしまうのです。

 

目を覚ました京介たちを待ち受けていたのは、恐ろしい現実でした。

脳炎と名付けられた感染症はあっという間に全国に広がり、多数の死者を生み出すパンデミックを巻き起こしていたのです。

病院内で木幡耕三から竜脳炎をうつされためぐみを中心に、彼女と場所を同じくした多数の人々が感染。さらにそこから二次、三次と爆発的な広がりを見せ、めぐみ自身家族全てを竜脳炎によって失ってしまいました。

生き残ったのはめぐみと京介、さらにめぐみと耕三が見舞っていた興津繁という老人の三人だけ。しかしながら彼らの血液からワクチンを作り出す事により、致死率は20パーセントまで下げられるようになったのでした。

 

 

奇跡的に一命を取り留めた三人は、病院での隔離された生活を余儀なくされてしまいます。そんな彼らに、やがて重篤な副作用が現れはじめるのです。

九十三歳の興津老人は日を追うごとに若返りはじめ、京介は時々幻覚の症状に悩まされるようになります。さらにめぐみは、手を触れずにして物を動かす事のできるサイコキネシス……念動力の能力に目覚めてしまいます。

大学もまた、彼らの副作用に興味を示し、一定の生活を保障する代わりに研究を続けるという協力関係を持ちかけます。

 

……とここまでがざっくりとした序盤のあらすじですが

 

脳炎のきっかけとなったドラゴン・ウイルスの正体とは。

三人に現れた超能力の理由とその目的は。

 

パンデミック×SFの有無を言わさぬ謎にぐいぐい引き込まれてしまうのは間違いありません。

 

スケール大+伏線回収=???

そもそもよく知りもしないで手に取っただけに、僕自身途中からの展開には面食らいました。

まさか超能力ものとは。

単純にパンデミックを題材としたミステリ風味の作品ぐらいに思っていたものですから。

 

登場人物たちが超能力に目覚めはじめた辺りから、物語は加速度的に展開していきます。

パンデミックだけでは収まらなくなってしまっていますから、読んでいる側としてもこの先どうなっていくのか、全く先読みのできない状況が続きます。

この辺りのグイグイ読ませる仕掛け、流石ですねー。

 

やはり一番の謎は竜脳炎の原因であるドラゴン・ウイルス。

ドラゴン・ウイルスが一体どこから来て、一体何を目的としたものなのか。

マッド・サイエンティスト的な天才科学者が地球滅亡を企んだとか、はたまた国家規模で超能力者を生み出す科学実験だとか、まぁどんどん空想が膨らむわけです。

読者側の方で勝手にどんどんどんどんスケールが大きくなってしまうわけです。

元々が「岡嶋二人」ですから伏線回収の妙なんてものも勝手知ったるもので、途中に提示された謎も一つ一つ丁寧に回収されていきます。

 

 

ただまぁ……結果的に言うとそうして導き出された着地点というのが、意外と平凡なもので肩透かし。。。

 

あれ?

もう一捻りないの?

 

という感じ。

色々と期待を膨らませられてしまった分、ちょっと物足りない感じがしてしまいました。

 

一応最後にオチ的なものが用意されていますが、それが良くも悪くもいわゆる○オチというやつなだけに賛否両論分かれるというか、単純に承服し兼ねるというか。

とにかくグイグイ読ませてくれる勢いのある作品だけに、なんとも勿体ない。

面白いか面白くないかというと、絶対に面白い。

だけど全体的な読後感でいうとすごく物足りない。

 

尻すぼみというのともちょっと違って、なんというか……スノーボードハーフパイプという競技で、最初のジャンプで物凄いテクニカルな技を決めたにも関わらず、だんだん勢いがなくなっていって最後のジャンプでは至って普通なジャンプで終わってしまう感じ。。。

読み進めれば進むほど期待値が減少していくという勿体なさ。

つくづく勿体ない作品でした。

『ステップファザー・ステップ』宮部みゆき

「父さんは、会社で自分の秘書をしてた女の人と」

「母さんは、この家を建ててくれた工務店の社長」

それぞれソロで歌ったあと、声をあわせて、

「半年前に出ていっちゃって、それっきりなんです」

今回読んだのは宮部みゆきの初期代表作の一つでもあろう『ステップファザー・ステップ』。

宮部みゆきと言えば何年も前に『ブレイブ・ストーリー』を読んで以来、ご無沙汰でした。

その昔、『魔術はささやく』や『パーフェクト・ブルー』といった初期作品を継ぎから次へと呼んでいた時期もあったのですが。

なんとなく離れてしまっていました。

 

泥棒が双子の父親代わり

主人公は泥棒を生業にする男。

ある日仕事中に落雷に襲われたのが運の尽き。屋根を突き破って落ちたその家には、両親がそれぞれ愛人と駆け落ちして取り残されたという双子の兄弟が住んでいました。

双子は男をかくまい、介抱してくれた上で、持ち出した交換条件というのが「父親代わりになって欲しい」というもの。

断れば警察へ突き出されるのは間違いなく、弱みを握られた男はしぶしぶながら双子の願いを聞き入れます。

 

こうして双子と男との奇妙な親子関係が始まるのです。

 

ちなみにステップファザーとは継父の事。

 

ライトミステリ

本書は7つの連作短編からなっています。

旅行に出かけた双子が旅先で置き引きに遭い助けを求めてきた先で町長が襲撃される事件に巻き込まれたり、授業参観に出向いた学校に何度も脅迫の手紙が送られていたり、はたまた双子の友達の女の子の家の庭になぜか1日おきに地方紙が投げ込まれていたり。

今で言うといわゆるライトミステリと呼ばれるジャンルに当てはまるもののようです。

 

それぞれの謎は非常に些細で、読者との知恵比べを楽しむといった純粋な本格ミステリとはかけ離れています。

しかしながらこの軽さこそが、宮部みゆきがベストセラー作家になった所以であるともいえると思うんですよね。

 

というのも本書のあとがきにも書かれていますが、宮部みゆきはかの本格ミステリの旗手こと綾辻行人と同年代……どころか同年同日生まれという奇遇な運命の下に生まれていたりします。

宮部みゆきがまだ本格的に作家として活躍する前、電車の中で『十角館の殺人』を読む人を見かけ、著者が自分と同い年だと知って衝撃を受けたというのは有名な話。

つまるところ宮部みゆきのデビュー当時というのは新本格推理ブームの真っ最中だったわけで、そこで彼女のとった道こそ、

「骨法正しい本格物とかトリックとしてすごくおもしろいのを書く人がいらっしゃいますから、どうもそこにわたしなんかは資質として入っていけないなと思ったときに、ホラーとかコメディーの方に振れてきたんです。どうにか生きる道を探そうと思って」

というコメントの通り、全く正反対の方向に向かう事でした。

その後の宮部みゆきがどうなったかは書く必要もないでしょう。

 

一つの一里塚として

そうして歴史を振り返ると、本作を含め宮部みゆきの初期作品はなかなか趣深いところがあります。

本作の双子×泥棒の親子関係という設定もそうですし、凝りに凝りまくった物語を苦心して編み出していた様子が垣間見られます。

 

連作短編の連作たる見どころの一つは、やはり双子と泥棒の関係。

最初は嫌々ながら引き受けた父親役が、双子との関係を通じてどう変化していくのか。

この辺りの機微を描くのがやはり上手です。

後半には双子の父親らしき人物とばったり対面してしまう場面もあったり……ついつい惹き込まれてしまう要素も盛りだくさん。今読んでも普通に楽しめてしまいます。

 

ただやっぱり、古いですよねえ。いかんせん。

 

1993年出版と考えればかなり斬新です。

当時大人気だった赤川次郎のシンプルながら奇をてらった設定に通ずるものを感じたりもします。

しかしながら今になってみると、ラノベを代表格にとんでもない設定の本というものはものすごく増えてしまっていますので、ちょっとやそっとのとんでもなさでは僕ら読者を満足させるのは難しくなってしまったようです。

冒頭のセリフのように、双子がセンテンスごとに交代でしゃべるというのも藤子不二雄赤塚不二夫の昭和漫画を彷彿とさせるものがあります。

加えてコメディ風味の作風なのに、笑いのネタがだいぶ風化してしまっているのがなんともはや。まぁ30年近く昔の小説を読めばそうなってしまいますよね。今の作品を比べるのがナンセンスでしょうし。

 

まぁでも、最近の宮部みゆきだけを読んで「つまらない」と断じてる人にこそ、やはり初期作品を読んで欲しいですね。『魔術はささやく』なんか大好きで何度も読み返しましたし。

新刊を追いかけるのも良いですが、時には過去のベストセラーを読んでみるのもおすすめです。

 

https://www.instagram.com/p/BzATZRqF7o-/

#ステップファザーステップ #宮部みゆき 読了泥棒の主人公が落雷で落ちた家には両親がそれぞれ駆け落ちして取り残された双子の兄弟が。双子は警察に黙っていることと引き換えに泥棒に父親になって欲しいとお願いする。7つの連作短篇に収められた小さな事件を経るごとに奇妙な疑似親子関係は少しずつ進展。湖の底から男女の遺体が見つかり、もしかしたらそれは本物の両親で殺したのは双子だったんじゃないか……なんて宮部みゆきらしいホラーな展開もあったり。でも基本的にはハートフルなコメディー。ライトミステリ風味。宮部みゆきの初期作品はどれも差別化を図るためかかなり試行錯誤したとみられる設定や展開が見られて好きです。#本が好き #活字中毒 #本がある暮らし #本のある生活 #読了 #どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい..※ブログ更新しました。プロフィールのリンクよりご確認ください。

『まどろみ消去』森博嗣

近づいて、フカシとヨーコが手を振ると、西之園萌絵は、両手を顔の横で広げてみせた。人類は十進法を採用しました、というジェスチャではない。

森博嗣まどろみ消去』です。

以前他の記事で書いたのですが、僕は綾辻行人をはじめとする“新本格ブーム”で推理小説に嵌まり、新旗手として登場した京極夏彦森博嗣のブレイクについていけず、推理小説から離れて行った人間です。 

そこから何年もの年月を経て、たまたま手に取った米澤穂信インシテミル』で推理小説熱を刺激され、再び推理小説を読むようになりました。

 

森博嗣単体で言えばデビュー作である『すべてがFになる』しか読んだ事がなかったのですが、改めてS&Mシリーズを順を追って読んでいるところです。

と言っても前作『封印再度』を読んだのが2017年2月ですから、牛歩のごとくゆっくりとしたペースで追いかけている事になりますが。

 

森博嗣初の短編集

本作『まどろみ消去』は森博嗣7冊目の作品となります。

ただただ刊行順に『封印再度』の次は『まどろみ消去』というだけで購入して積読化していたのですが、読み始めて初めて気づきました。

 

これ、S&Mシリーズじゃないんだ……。

 

短編集の認識はあったのですが、てっきりS&Mシリーズの短編集だとばかり思い込んでいました。

11作の短編の中でS&Mシリーズに関わるのは2作のみ。

 

後は全く関係のないオリジナル作品となっています。

以下、ざっくりあらすじ。

 

『虚空の黙祷者』

夫が殺人容疑を掛けられたまま失踪して5年、仕事の都合で引っ越しの機会を手にしたミドリは、夫の友人であり被害者の息子である住職に挨拶に向かう。家を処分するというミドリに対し、住職は自分が買うと言い、さらにはミドリにプロポーズを告げる。


『純白の女』
人里離れた屋敷にやってきたユカリが散文的に夫に向けて日々の生活や想いを綴っていく。「夫は殺人を犯した」と言う彼女の真意は。


『彼女の迷宮』

サキは作家の夫が海外出張に出ている間に、勝手に夫の物語を好き勝手な内容に書き換え発表してしまう。帰宅した夫に咎められた、彼女がとった行動とは。


『真夜中の悲鳴』
泊まり込みで卒業研究に没頭する大学院生のスピカは、実験の中で不可解な現象が起きている事に着目する。解明を目指す彼女の身に、恐ろしい事件が迫り……。


『やさしい恋人へ僕から』
同人活動をする僕の前に、ファンだというスバル氏が現れる。スバル氏は僕の家に転がり込み、なし崩し的に一緒に日々を過ごす。


ミステリィ対戦の前夜』 ※S&Mシリーズ
ミステリィ研究会の創作ミステリ発表合宿に参加させられた西之園モエ。その夜、みんなが寝静まった頃、一人酒を飲む部長の岡部から勧められ、焼酎を口にするモエ。その焼酎には薬が混入されており、目を覚ましたモエの前にはナイフが突き刺さったまま絶命した岡部の姿が。


『誰もいなくなった』 ※S&Mシリーズ
ミステリィ研究会が主催したミステリィツアー。屋上に見張り役を置き、ツアー一向が近くのマンションの屋上から見下ろしたところ、たき火を囲んで踊る30人のインディアンの姿が。ところが戻ってみるとインディアンはおらず、見張り役たちは誰も出入りしていないと証言する。インディアンたちはどこから現れて、どこに消えてしまったのか。


『何をするためにきたのか』
平凡な学生生活を送るフガクの前に現れるワタル。フミエという女の子、ゲンジという坊主が次々とフガクの元へとやってくる。大学の隣の空き地から地下へ降りる階段を進み、広がる迷宮の中には魔物が現れ……。


『悩める刑事』
夫の仕事の話を聞きたがる推理小説マニアのキヨノに求められるまま、夫であるモリオは殺人事件の様子を披露する。


『心の法則』
モザイクアートが趣味のモビカ氏の元を訪れる僕。そんな僕に、モビカ氏は歯のような大きさの石が欲しいと言う。


『キシマ先生の静かな生活』
犀川先生と並ぶ変人助手、キシマ先生に盲信する僕。キシマ先生はどうやら計算機センタの沢村さんに想いを寄せているよう。

 

 

やっちまったな

この本のすごいところはですね……どうしようもないやっちまった感で満載なところです。

簡単に言うと、よく本出版できたなというレベルで残念な作品でいっぱい。

 

どの作品も一般的な短編推理とは違います。

遠からず近からずなところで乙一の『GOTH』に近いものがあるかな。

あんまり言うとネタバレになってしまうので控えますが、いわゆる文章だったり、視点だったり、妙なところにトリックが仕掛けられている系の作品ばかり。

 

ただ、遠からず近からずと言ったのは……スゲー下手くそです。

一読しても意味のわからないものばかり。

驚いて前のページを見返す……というのではなく、「はぁ?」とあきれ返る感じ。

 

でもってちゃんとオチがあればいいのですが、「オチがないのがオチ」的なメタ系作品もあったりして。もう勘弁して、状態。

 

当時、森博嗣は妙に人気ありましたからね。

本を出せば売れる、雑誌に掲載すればその雑誌が売れる、という状態だったのでしょう。

内容に関わらずとにかく書け、とにかく出せ、とにもかくにも世に送り出せというバブリー状態で出されたのが本作だった、と。そんな大人の事情が透けて見えるクオリティです。

 

森博嗣という人気作家の名前に釣られて本作を手にした人は、どんな気持ちだったんでしょう。仮に本作が森博嗣に触れる最初の作品だったとしたら……と想像するだけで寒気がします。

実際こうして水準以下の作品を量産していった結果、森博嗣の名前はどんどん出版界の中で下火になっていってしまったのでしょうね。

前述の通り僕はようやくS&Mシリーズを追いかけ始めた段階で、その後発表されたGだのVだのスカイクロレラだのというシリーズに関しては予備知識すらない状態です。いずれS&Mシリーズを読破した後にはそれらの作品にも手を伸ばしたいと思ってはいるのですが……特に話題になったという作品も聞かないだけに、怖い気もします。

森博嗣の代表作って、どんなに作品を出しても未だに『すべてがFになる』のままですもんね。

 

封印再度』までは(『すべてがFになる』のインパクトには劣るとしても)それなりに楽しめてこれただけに、先が心配になります。

いくらなんでもこんなにひどい作品を出しているとは思わなかったなぁ。

 

https://www.instagram.com/p/ByzX7oIF9ji/

#まどろみ消去 #森博嗣 読了森博嗣の初期短編集。てっきり S&Mシリーズと思っていたら西野園萌絵が出てくるのは11作中2作だけでした。 ……てな事がどうでもよくなるぐらい残念な作品。一応最後まで読んだけど。森博嗣ブームの絶頂期にとにかく出せ、とにかく売れで書かれた本なんだろうな、なんて邪推したり。。。 よっぽと森博嗣が好きで書いた作品は1つ残らず読んでおきたいという同人的なノリの人でもない限りおすすめしません←#本が好き #活字中毒 #本がある暮らし #本のある生活 #読了 #どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい..※ブログ更新しました。プロフィールのリンクよりご確認ください。

『三月の招待状』角田光代

「でも、なんか、あんたもあんんたの友だちも、なんかどっか、体の一部そこから出ていかないようなとこ、あんじゃん。そういうのがおれは全然ないってこと。戻りたくもないし、だいたいガッコいるときから、卒業してえってそればっかだったから」

今回読んだのは『三月の招待状』。

2017年1月に読んだ『庭の桜、隣の犬』以来の角田光代作品となりました。

僕は『八日目の蝉』を読んでいたく感動して以来、大の角田光代ファンになりました。

『八日目の蝉』は原作も、映像化された映画も素晴らしいという稀に見る作品になったと思います。

原作にはなかった“後編”とも呼べそうな場面も映画版には追加されていて、それがまた原作のクオリティや世界観を保ったまま作り込まれた秀逸な出来。小説も映画もまだという方には、ぜひ両方合わせてオススメしたい作品です。

www.youtube.com

 

その後『空中庭園』や第132回直木三十五賞を受賞した『対岸の彼女』、『紙の月』などの作品も読み、どれも角田光代ならではの女性目線な作風が好ましくはあるのですが、いかんせん『八日目の蝉』を超える程のインパクトには至らず。

 

なのでちょっとご無沙汰になっていた作家さんです。

 

 

大学から15年続く5人の男女の関係

物語は一組の夫婦の離婚式という風変わりなイベントから始まります。

結婚前から繰り返される正道の浮気癖に裕美子が愛想を尽かす形で、15年以上続いた二人の関係は破たんする事になりました。

招かれたのは主に大学時代からの友人で、売れっ子の毒舌ライター充留と専業主婦の麻子、学生時代に人気を集めていた宇田男たち。

同級生の彼ら5人を中心に、離婚式を起点とする約1年間を、それぞれ視点を変えながら綴った連作短編ともいえる内容です。

 

ところが読み進める内に、彼らにはそれぞれどこか人とは変わった部分がある事に気づかされます。

充留は購入したマンションのローンを繰り上げ返済するなど、一見するとライターとして成功しているようです。しかしながら居酒屋でたまたま出会ったという同棲相手の重春は毎日仕事もせずにゲーム三昧、充留のために料理をするも作るのは毎回パスタ、というポンコツぶり。

麻子も専業主婦として平々凡々と暮らしているように見えますが、離婚式の日に再会した宇田男から口説かれたのをきっかけに、変貌してしまいます。元来生真面目で面白みのない日陰者としての人生を送ってきた彼女は、自らが主役となるようなドラマティックな生活を夢見るようになるのです。

正道と別れた裕美子は職場の後輩の誘いからこれまで経験のなかった合コン三昧。出会いと経験の新鮮さに浮かれますが、新しく関係を築く事に躊躇を覚えます。加えて裕美子はお手伝い程度のアルバイトしかしておらず、裕福な実家からの資金援助に依存した生活を送っている事も明らかになります。

裕美子と別れ、晴れて独身生活へと転身したはずの正道は、別れたきっかけにもなった元愛人遥香の主婦を思わせる献身ぶりに戸惑います。裕美子を失い、遥香とともに手に入れたはずの“何か”が自分の思っていたものとは違っていた。その“何か”に気づいた時、正道は愕然とするのです。

一方、宇田男は視点となる事はなく、あくまで充留や麻子の視点から描かれる事になるのですが、そこから浮かび上がるのは大学時代に小説家としてデビューし、脚光を浴びた過去の栄光にすがり続ける堕落した男でしかありません。

 

彼らがすがり続けるもの

物語を読み進めるうちに、漠然とですが彼らの共通点に気づかされます。

それは「大学時代の関係」をずっと引きずり続けているという事。

裕美子と正道は当時から浮気と喧嘩を繰り返し、その度に周囲が宥めたり、仲裁したりといわばトラブルメーカーのような立ち位置にあったようです。どこにでもいましたよねー、こういうカップル。

新進気鋭の小説家として絶頂期の宇田男がいて、彼に憧れる充留がいて、そんな彼らに安心感を求めてついていく日陰者の麻子がいた。

意味もなく集まっては寝食をともにし、どうでも良い事も重要な事も一緒くたにごちゃ混ぜになりながら飛び交うような15年前の自分たち。

彼らは今を必死に生きているようでいて、その実、15年前と同じ幻想を求め続けているのです。

 

そんな彼らを指して、充留の恋人である重春は冒頭の引用のように、理解できない価値観と断じます。

「でも、なんか、あんたもあんんたの友だちも、なんかどっか、体の一部そこから出ていかないようなとこ、あんじゃん。そういうのがおれは全然ないってこと。戻りたくもないし、だいたいガッコいるときから、卒業してえってそればっかだったから」

麻子の失踪を心配して集まったはずの彼らが当然のごとくテーブルに料理とアルコールを広げる光景を見て、正道の新しい恋人である遥香もまた、似たような反応を示します。

なんていうか、この人たち、すっかりおばさんなんだわ。

彼らの“ノリ”についていけない遥香はしかし、部外者として他の4人と麻美との違いについても的確に把握する冷静さを見せたりもします。

わかるわけがない、と遥香は思う。自分と、自分を取り巻く関係に、なんの隙間もなくぴったり寄り添っている人に、そうできない人もいるということがわかるはずはない。この人たちはきっと、元クラスメイトがいなくなった理由をけっしてわからないだろう。もし彼女が見つかって、その理由を逐一説明したとしても。

昔の関係を保ち、昔もままの形を続けようとする彼らの無邪気さが、残酷なほどに排他的な性質を兼ね備えたものだという事が、明らかに異質な存在である麻子がそれでも彼らにくっついていようとする愚かさと合わせて、重春と遥香という二人の年下の恋人たちのフィルターを通してくっかりと浮かび上がってくるのです。

 

ライナスの毛布

急に話は変わりますが、僕のInstagramのアカウント名はLinusと言います。

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大塚英志が長年続けてきた魍魎戦記MADARAシリーズに終止符を打つ形で発表した『僕は天使の羽根を踏まない』のあとがきに書かれていた「ライナスの毛布」という心理学用語からつけました。

ライナスの毛布」とは「安心毛布」や「ブランケット症候群」ともいい、スヌーピーの漫画に登場するライナスという男の子が、肌身離さず毛布を持ち歩いている事から、何かに執着する事で安心感を得ている状態を指すそうです。

 

ここまで書けばおわかりかと思いますが、『三月の招待状』に書かれた5人の男女(正確には麻子を除いた4人)が大学時代の関係に執着している様子は、まさに「ライナスの毛布」の状態を表していると思います。

 

ただこれって、補足しておくと誰しもに覚えのある現象なはずなんです。だからこそ心理学用語として定着しているわけですし、「常に毛布が側にあることで安心感を得る幼児」というライナスの様子は非常にわかりやすい例ですよね。

ただ、基本的には子どもじみた行動原理であって、自制心を持った大人が左右されるようなものではない。

 

つまり「ライナスの毛布」という状態は「何かに執着しなければ満たされる事のできない未成熟な状態」として、嘲られるべきものとされていたりするのです(一般倫理的には)。

もう少しわかりやすく言うと「お気に入りのぬいぐるみ抱きしめて安心するー」、なんていうのは幼児退行現象であり人知れずこっそりやるべきもの、という感覚ですよね。

 

だからいつまでも昔の趣味を大事に続けているおじさんが、うわっと嫌悪感を示されたりするわけです。「いい歳して……」というのがよくある枕詞ですよね。「いい歳してゲーム」、「いい歳してギター」、「いい歳してバイク」……その他。

これもだいぶ昨今の世の中では見方も変わってきた気はしますが。趣味はないよりある方が絶対的に良いですからねー。

 

……だいぶ脱線しましたが、話を元に戻すと、つまるところ「大学時代の関係に執着し続ける彼らの様子」というのは外部から見ると非常に子どもじみたものに映ってしまったったりするのです。そんな外部の視線に気づかない鈍感さ、マイペースさは逆に「おばさん」的に見られたりもします。

そういった醜い大人たちを遥香や重治といった年下の子たちのフィルターを通して浮かび上がらせる、というのが本書の非常によくできたところ。

充留たちはちょっと現実離れしているように思えますが、一方で身の回りにたくさんいそうな気もしてくる。一言で言ってしまえば、いつまでも青春から離れられないリア充中年。そういういそうでいなさそうな絶妙なラインを切り取って作品にしてしまうのが角田光代らしいところです。読む手が止まらなくなるような面白さとはまた違いますが、興味があれば手に取って欲しいですね。

 

……で、もう一度「ライナスの毛布」。

僕にとっての「ライナスの毛布」というのが、実のところ読書だったりするわけです。

常に本が側にないと、未読の本が本棚にストックされていないと安心できないという執着対象。

 

他者から見れば子どもじみてると思われてたりするんですかねー?

 

尚、前述した大塚英志の『僕は天使の羽根を踏まない』は、擦り切れるほどに続編や派生作品が描かれ、肥大しまくった挙句完結する事のない魍魎戦記MADARAシリーズの続編・完結を求める声に対する一つの答えとして提示された作品です。

MADARAに執着し続ける読者や関係者に対し、いつまでも「ライナスの毛布」に執着してんじゃねーよ、というかなり強烈なアンチテーゼだったわけですが。

我々読者としてもどんなに思い入れの深い作品だったとしても、安易に続編を求めるべきではないのかもしれませんね。

そういえば『ぼくらの七日間戦争』アニメ化のニュースを見ました。

thetv.jp

見たいような見たくないような……。

昨今の風潮を見るにつけ、原作改変は不可避ですし。

僕の中で七日間戦争は宮沢りえであり「Sevendays war」を大事にし続けたいなぁと思います。

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#三月の招待状 #角田光代 読了一組の夫婦の離婚式をきっかけに集まる5人の大学時代からの友人たち。それぞれが必死に今と未来を生きているようでいで、15年前の関係や形に執着し続ける大人になりきれない大人たちを、年下の恋人たちのフィルターを通して浮かび上がらせるという角田光代らしい物語。こういう人たちって現実離れしているように思える一方、身近に溢れているようにも思える絶妙なバランス感覚。没頭して読み続けるような面白さとはまた違った面白さ。やはり角田光代は素晴らしいと再確認。#本が好き #活字中毒 #本がある暮らし #本のある生活 #読了 #どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい..※ブログ更新しました。プロフィールのリンクよりご確認ください。

『蛇行する川のほとり』恩田陸

ひとつの寓話を聞かせよう。

今はもうない、あの蛇行する川のほとりでの少女たちの日々。

誰も知らないある物語を、

今、あなただけに。

恩田陸本『蛇行する川のほとり』です。

蜜蜂と遠雷』が第156回直木三十五賞 及び 第14回本屋大賞に輝いたのも2017年(平成29年)。あれからだいぶ月日が流れた気がしますね。

当時恩田陸で僕が読んだ事のあったのは『六番目の小夜子』と『夜のピクニック』のみ。

六番目の小夜子』の印象があまり良くなくて恩田陸作品はちょっと敬遠気味だったのですが、『夜のピクニック』で大きく評価を覆し、『蜜蜂と遠雷』で完全に引っくり返った、という経緯を持ちます。

以降、『ドミノ』『チョコレートコスモス』『ネバーランド』『光の帝国』と読み、今回が『蛇行する川のほとり』。すっかりファンの一員と言ってようかもしれません。

正直なところ、やはり作品によって当たりハズレ、完成度に大きく差があるのは否めないのですが。。。

詳しいところは下記より過去のブログをご参照ください。

 


 

少女マンガ的世界観

第一部ハルジョオンの主人公は毬子。

高校一年生の毬子は、中学校時代から演劇部の大道具係として活躍していた縁から、美術部の先輩である香澄・芳野の二人から一緒に演劇部の背景を描こうと誘われます。

夏休みに入り、訪れた香澄の家は蔦の絡まる煉瓦塀に囲まれた洋館。

両親も出かけて不在となる中、毬子・香澄・芳野の三人に、さらに香澄の従兄弟である月彦や暁臣も加わり、5人の男女による合宿生活が始まります。

 

この主人公の毬子というのが、(一昔前の)少女マンガの主人公としてよく登場するいわゆる「平民出のお嬢様」というタイプ。おしとやかで純粋でどこかか弱い雰囲気のする女の子です。

一方香澄と芳野は根っからの「お嬢様」タイプ。洋館の庭でお茶会をするのが似合う二人組、という感じ。

暁臣は顔は女の子みたいに綺麗で人懐っこく、明るい反面どこか影のあるような男の子。

月彦は常に斜に構えていて毬子の言うところの「なんだかごつごつしてて、おっかなくて、いきなり変な方向からゴツンとぶつかってくる」という暁臣とは対照的に男っぽさを前面に押し出したタイプ。

 

そんなわけで夏休みに男女五人での共同生活……と言っても好いた惚れたの恋愛感情が軸となる事はなく、(一昔前の)お嬢様・お坊ちゃまたちのあくまで爽やかな青春が描かれていきます。

 

ところが香澄をはじめ、集まった四人には何やらモヤモヤした歯切れの悪さが感じられます。

月彦は毬子に対し「帰ったほうが良い」と忠告し、やがて訪れた夜、その昔、香澄の母親はボートの中で遺体となって発見されたと知らされます。同じ日に、暁臣の姉も転落事故で亡くなった、と。

 

戸惑う毬子に、暁臣は「毬子さんが、僕の姉貴を殺した」と告げます。

 

主人公の変わる三部構成

第二部ケンタウロスでは視点が芳野に変ります。

芳野は自らも過去を知る者でありながら、他の三人が何をどこまで知った上で、一体何をしようとしているのか探ります。

 

さらに物語が急展開を迎える第三部サラバンドでは、毬子の親友である真魚子が外部の人間として、彼らの間に起った出来事に対峙します。

 

とまぁ、本書は描き下ろしの三部作として元々計画されていたそうで、視点が変わる度にそれまでの視点では知る事の出来なかった真実や思惑が明かされていくのが一つの醍醐味だったりもするのですが。

ただやっぱり残念ですね。

第一部の最後、身に覚えのない殺人を告げられた瞬間で毬子の視点からは外れてしまうので、その後の毬子がおざなりになってしまうのです。

 

そこまでは綾辻行人の『囁き』シリーズを読んでいるようで、もやっとした霧のような謎に包まれ、翻弄されていく儚い少女の雰囲気が非常に良い感じだったんですが。

第二部に入り、視点が芳野に移ってからは、芳野自身が何をどこまで知っているのか読者にはわかりませんし、そんな彼女がけん制し合うように他のメンバーと相対していく様はどうにも感情移入しにくいものでした。

 

それに加えて第二部のラスト……僕、あんまりこういうの好きじゃないんですよね。

 

第三部に入り、真魚子が主人公に移ったのは驚きでしたが、どうにも第二部のラストが引っかかってしまい。。。

そこから真魚子が真実を掴んでいくわけですが、それぞれが隠していた秘密だったり、秘密にしていた理由だったりが非常にあいまいで、到底理解できるようなものでもなく。

 

はっきり言って、尻すぼみです。

 

 

腐女子向け・百合

基本的に本書には恩田陸の悪い所が出ていると思います。

いわゆる“腐女子向け”というやつです。

 

(一昔前の)少女マンガ的世界観といいキャラクターといい、そもそもがそれそのものでしかないんですけど。

登場人物にはどうやらイケメンらしい男子が二人登場するにも関わらず、彼らの心情はどちらかというと女同士で揺れ動くもののようです。

渡しは、暫くじっと彼女の部屋の雰囲気を味わっていた。

彼女はここで勉強し、ここで本を読み、ここで眠っている。

そう考えると、彼女のオーラが満ちているような気がして、落ち着かなかった。

ぬいぐるみの類は一切見当たらない。ベッドカバーやカーテンを見ても、花柄や、動物など、具体的な模様もない。色彩を最小限に抑えた、シンプルな部屋だ。

ここがあの人の部屋なのだ。私は感動に似た興奮を覚えた。

 

はい、確定―

 

いわゆる“百合”ってやつですね。

“百合風味”ってとこでしょうか。

 

そんなわけで本書はたぶん、そもそもがこの(一昔前の)少女マンガ的キャラクターや舞台設定ありきで作られた物語なんじゃないかという感じがしてしまいます。「美少女達の幼少期の秘密」という王道のネタもまさにそのもの。

ミステリ的な要素はありますが、基本的に雰囲気重視なので謎の整合性や精度は二の次三の次、という感じです。

 

とはいえ以前読んだ『ネバーランド』によく似た物語ではあります。

あちらは男の子たちを主人公にしていますが、「子どもたちだけ」で「限られた期間」の「共同生活」に「秘密」を軸としているという点では、ほぼ同じ種類の作品と言えるでしょう。

腐女子風味なのも一緒です。

 

あちらの方が謎の提示やその後の展開に一貫性があって、最終的に回収されない伏線が点在されていたとしても、それなりに面白く読めてしまいます。

ほぼ同じ時期に発表された作品なんですけどねー。

やはり本書の場合、章ごとに視点を変えたのも完成度を大きく下げた一因でしょう。

毬子視点のまま最後まで貫いていたら、大きく様ざわりしていたかもしれません。

 

恩田陸の場合、特に初期作品は当たりハズレもありますからねー。

 

これはこれ、という事で。

 

で、それはそうと『蜜蜂と遠雷』の映画は10月でしたか。

松岡茉優森崎ウィンとなると、大好きな役者さんたちなので公開が待ち遠しいです。


もうすぐ平山夢明原作の『ダイナー』も公開されるし。

監督蜷川実花は想像以上にカラフルでアーティスティックな映像になりそうですね。

下期は面白そうな映画がいっぱいで待ち遠しい。

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#蛇行する川のほとり #恩田陸 読了蔦で覆われた洋館。儚げな女の子。いつも一緒の姉妹のような二人。女の子みたいに綺麗で人懐っこい男の子。子供の頃の誰も知らない秘密。そんな(一昔前の)少女漫画的舞台装置の物語。良くも悪くも雰囲気を楽しむ小説だったかなぁ。恩田陸作品としては #ネバーランド によく似たものを感じます。多くは語らず。恩田陸の初期作品は当たり外れも多いしね〜← #本が好き #活字中毒 #本がある暮らし #本のある生活 #読了 #どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい..※ブログ更新しました。プロフィールのリンクよりご確認ください。

『リカーシブル』米澤穂信

だからこの奇妙な町に着いたとき、サトルが何かを思い出したのか、それとも何も思い出さなかったのか、わたしは知らない。

 

ふぅ。。。

 

久しぶりの連続更新。

つまり、一日で一気読みしてしまいました。

 

読んだのは<古典部>シリーズや<小市民>シリーズでお馴染み米沢穂信の『リカーシブル』。

上記シリーズ作品や映画化もされた『インシテミル』は有名ですが、正直なところ、本書は存在すら知りませんでした。

 

話は幾分逸れますが、『インシテミル』は十年以上冷め切っていた僕の推理小説熱を再び蘇らせるターニングポイントとなった作品でもあり、個人的には非常に愛着の強い作品です。

そして誰もいなくなった』のような海外ものの本格推理小説や『十角館の殺人』のような国内の新本格推理の数々をオマージュ・パロディ化したようなエッセンスの数々は推理小説好き(マニア?)にとっては堪らないものでした。

登場人物も昨今のラノベや漫画に触発されたかのような個性派ばかりで、特に関水美夜は『another』の見崎鳴と並ぶミステリ界のヒロインと勝手に絶賛しています。

そういう意味では、映像化によって原作ガン無視・原作レイプに加えて関水美夜を台無しにしてしまったホリプロへの恨みは墓場まで抱える所存ですが。

 

まー当然の事ながら類似したキャラ造形である<小市民>シリーズの小山内さんにも萌えまくっていたりするわけです←

一方で<古典部>シリーズに関してはちょっとあまりフィットしなかったりもするのですが。。。

 

そんなわけで当ブログには『クドリャフカの順番』しか米澤作品は書いていないのですが、つまるところ個人的に米澤穂信は大変好みの作家の一人だったりします。

今回たまたま見つけた『リカーシブル』。

賛否両論渦巻く『ボトルネック』以来の単発長編作品のご紹介です。

 

綾辻行人スティーブン・キング

主人公はハルカ。中学一年生の女の子です。

実の父親は金に関わる大事件を起こして失踪。血のつながりのない母と弟サトルとともに、母の故郷へと逃げるようにやってきました。

慣れない土地での生活と、人見知りで内向的な性格のサトルに嫌悪感を露わにするハルカですが、初めて訪れたはずの場所でサトルは「見た事がある」と度々既視感を訴えます。

はじめは一笑に伏すハルカでしたが、やがてサトルの既視感は現実化し、未来予知の様相を呈します。

さらにサトルは、この町で起こった過去の出来事すらも口にするように。

 

サトルの言動を怪しむハルカは、この町に“タマナヒメ”という伝説がある事を知ります。

“タマナヒメ”は過去と未来を見通す力を持つとされ、まるでサトルの様子と酷似しています。

独自に調査を続けていたという社会教師三浦に教えを受けながら“タマナヒメ”について調べようとするハルカでしたが、“タマナヒメ”には過去何度も繰り返されてきた悲劇的な役割もあると知ることになり――。

 

 

いやぁこれ、面白いですね。

 

 

見知らぬ町に残る謎の風習。

何かを隠しているようなクラスメートや住人達。

シャッターだらけの商店街と疲弊した住人、高速道路誘致の夢、外部からの人間をヨソモノとする排他的な町。

 

『another』が好きな人ならハマるのは間違いありません。

全体に覆う被さるような暗く重い雰囲気はスティーブン・キング作品を思わせるものも。

女子中学生が主人公の青春ものを思わせつつ、作品のテイストとしてはダーク・ミステリに近いと言えるでしょう。

 

 

賞賛すべきシンプルさ

『another』的というのは雰囲気だけではありません。

とにもかくにもシンプルなところです。もちろん良い意味で。

 

サトルが次々と知るはずのない未来予知、過去の出来事を語り、その度に謎が増えていきます。

サトルが言ったのは「これから起こる」出来事なのか、それとも「既に起こってしまった」出来事なのか。

サトルは一体何者なのか。

サトルと“タマナヒメ”との関連とは。

 

作品はほぼ全て、サトルと“タマナヒメ”伝承にまつわるエピソードや出来事と、それを追うハルカという構図で進められていきます。

クローズ・ド・サークルの環境において、殺人事件や殺人鬼だけが登場人物たちの興味の対象になるのと似たような構図です。

無駄を排除した非常にシンプルな構成なので、一つエピソードが追加される度に、謎はどんどん膨れ上がり、読者側の興味も加速度的に膨らんでいきます。

 

例えばですが、学校を舞台にしている割に登場人物が絞られているのも好例でしょう。中心的な役割を果たすのは同級生のリンカのみ。彼女以外にも台詞と名前のあるキャラクターは登場しますが、記号的な役割を果たすのみの完全な脇役キャラばかりです。

教師もまた、外部からやってきた人間であり、ハルカよりも先に“タマナヒメ”に興味を持って調査を続けてきたという社会教師・三浦のみ。

その他の人物はあくまで“排他的な地域”を演出するための舞台装置でしかありません。

 

これをつまらないとみる向きもあるかもしれませんが、個人的には賞賛すべきシンプルさだと思います。

他に女友達やグループ、男子まで増やされても役割を分担されるか、どうでもいいエピソードで膨らむばかりだったでしょう。

 

シンプルにまとめあげられたからこそ、500ページ超の分量も一気読みさせるだけの勢いがつけられたのだと思います。

 

 

相変わらずの弱点

唯一の難点を挙げるとすれば、米澤作品全体に見られる傾向……つまり動機の貧弱さでしょうか。

決してあり得ないレベルではないと思うんですけどね。

でもやっぱり「そのためにそこまでやるの?」というツッコミは避けがたいところかと思います。

 

 

上記は以前『儚い羊たちの祝宴』を読んだ際のツイートなんですが、意外と共感を得られて承認欲求が満たされた覚えがあります。

 

まぁ米澤作品を読むにあたって、そこは目をつぶりなさいよと言いたいところです。

ある意味動機の斜め上さすらも楽しむぐらいの懐の深さは必須ですね。

 

それにしても久しぶりに夢中になって一気読みしました。

今年2019年に入ってからは初かもしれません。

ようやく読書熱が戻りつつある気がします。

また良い本に巡り合える事を期待したいですね。

 

 

https://www.instagram.com/p/ByZiKv3FyAy/

#リカーシブル #米澤穂信 読了やってしまいました。全500ページ強、1日で一気読み。久しぶりの米澤穂信とはいえ、ハマったなぁ。正直本作は存在すら知らなかったんですが。父の失踪をきっかけに、血の繋がりのない母と弟とともに母の故郷に引っ越したハルカ。初めて訪れるはずのその場所で弟サトルは度々既視感を訴え、やがてそれらは現実となり未来余地の様相を呈してくる。さらに見たはずのない過去の出来事にまで言及するサトル。どうやらこの町には同じように過去と未来を見通すタマナヒメの伝承があると知ったハルカが調べを進めるうちに、タマナヒメには別にもっと血なまぐさい歴史がある事がわかり……。 衰退する地方の町と疲弊した住民、閉鎖的で謎めいた人々。#綾辻行人の #another にも似た暗い雰囲気に思わず一気読みでした。個人的には〈古典部〉よりもこっちのテイストの方が大好きだー。#本が好き #活字中毒 #本がある暮らし #本のある生活 #読了 #どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい..※ブログ更新しました。プロフィールのリンクよりご確認ください。