おすすめ読書・書評・感想・ブックレビューブログ

年間100冊前後の読書を楽しんでいます。推理小説・恋愛小説・歴史小説・ビジネス書・ラノベなんでもあり。

『トンコ』雀野日名子

 トンコは店員が投げ捨てた生姜焼き弁当を嗅いだ。プラスチック・カバーの内側で、薄肉となった姉妹豚が寄り添っていた。ポリ容器から転がり出た生姜焼き弁当からは、「M02」の匂いがした。

今回も角川ホラー文庫から雀野日名子『トンコ』のご紹介です。

本書は第15回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞した表題作『トンコ』の他、『ぞんび団地』、『黙契』の三編が収められた短編集となっています。

ちなみに以前ご紹介した『生き屏風』と同時受賞を果たした作品でもあります。そちらもなかなか面白い作品でしたので、気になる方は下記リンク先をどうぞ。

 

 

パラサイト・イヴ』や『黒い家』を生み出したホラー小説大賞も、現在では横溝正史ミステリ大賞と統合され、横溝正史ミステリ&ホラー大賞として生まれ変わっています。

『ぼぎわん』や『記憶屋』を生み出した第22回(2015年)以降は大きなヒット作もありませんし、左記の作品もライトノベルの色合いが非常に強く、元々のホラー小説のイメージからはだいぶかけ離れて行っていますからね。やはり現代においてホラー小説・ホラー映画はオワコン的な扱いになりつつあるのは否めません。

そんな中においても、第15回(2008年)の『トンコ』はかなりの異色作でもありました。

ある意味正統派ホラーとラノベ風味ホラーの端境期だからこそ生まれた稀に見る傑作と言える作品です。

 

 

脱走した食用豚の冒険

表題作『トンコ』はつまるところ上記のような話。

食用豚を積載したトラックが高速道路で横転し、「063F11」と書かれた主人公豚はトラックから脱走します。山や森を彷徨い、川を流れ、海に出、町に迷い込むトンコ。

そこかしこに漂う先に運び出された兄弟たちの匂いに導かれるように放浪し続けますが、なぜか兄弟たちが見つかる事はありません。

最上部に引用した通り、トンコが嗅いでいるのはすでに加工された兄弟たちの匂いなのです。

雑草の間に、唾液と胃液にまみれた未消化のジャーキーが転がっている。踏み潰され、蠅がたかっていた。チワワ女が愛犬に吐かせたものだ。「M07」の匂いがしたため、トンコは「ぎょっぎょっ」と声をかけた。群がった蠅が舞い上がっただけだった。

これをホラーと呼んでいいのかどうかは謎ですが、「怖い」というよりは「おぞましい」という表現がしっくりきますね。豚であるトンコには、どうしてそれらの物体から兄弟の匂いがするのか全く理解ができないわけですから。

 

巻末に掲載された第15回ホラー小説大賞の選評で、林真理子が本作についてこう評しています。

『トンコ』はこのまま純文学雑誌に出ても高い評価を得たはずだ。どこがホラーなのかよくわからないという声もあったが、食用豚の生き方が垣間見えて哀れを誘う。

まさしく言い得て妙ですね。

おぞましいホラー風味の純文学作品。例えれば『およげたいやきくん』の主人公を食用豚に置き換え、緻密な文学作品に仕立て直したような作品です。

ぜひこちらはおススメした一作です。

 

ゾンビ達に支配された団地

続く『ぞんび団地』の主人公はあっちゃんという小さな女の子。

彼女がよく遊びに行くくちなし台は警察や自衛隊厚生労働省により立入禁止区域として封じられた危険な場所。

というのも中にいるのは目の玉が飛び出ていたり、手足が変に折れていて、「うー」としか言わないぞんび達なのです。

ぞんび達は人間がやってくると、大勢で取り囲んで歓迎会の後、仲間へと引き入れてしまいます。ぞんびに齧られた人間も、ぞんび化してしまうのです。

そうして常に群れて行動し、「うー」としか言わないぞんび達にあっちゃんは憧れます。家庭に問題を抱えているらしきあっちゃんは、自分やパパ、ママもぞんびに齧ってもらえれば、ああして三人で喧嘩もせずに仲良く暮らせるのではないかと夢を馳せるのです。

 

……ここまででも十分ヤバいですよね。

 

ところが不思議なのは、普通の人々が来ると即座に襲い掛かるぞんび達が、あっちゃんの事を襲おうとはしないのです。

それどころかあっちゃんに求められるがまま、一緒にこっくりさんをしたりします。ちなみに一緒にこっくりさんを手伝ってくれた拓也くんはこんな男の子。

 

 拓也くんが「うー」と首を傾げると、ほっぺたの穴ぼこに右目が入ってしまいました。反対側に顔を傾けると、びょらぁんと右目が出てきました。

 

こんな調子で、童話のようなですます調でおぞましいぞんび達の様子が描かれて行きます。

果たして、あっちゃんだけが彼らに近づけるのはどうしてなのか。

そんな謎解き要素もあって、ぐいぐい読ませてくれる逸品です。

 

 

首を吊った女の子と兄

三話目の『黙契』は、親を亡くした兄妹の話。

地方警察官として働く兄と、兄の反対を押し切って東京の専門学校へと進学した妹。

ところが妹は、首吊り遺体となって発見されます。

夢を抱いて上京した妹がどうして自殺してしまったのか。兄には全く理由がわかりません。

その理由は、首つり遺体としてぶら下がったままの妹本人から語られていきます。

 

兄の苦悩と妹の懺悔、それぞれの視点から交互に紡がれる物語です。

 

……ただまぁ正直、『黙契』に関しては先の二作に比べるとちょっと落ちるかな、というのが正直な感想。保護者を自認する兄とそんな兄を慕う妹の関係が漫画チックですし、兄の恋人役として登場する女性もちょっと突飛すぎる感じ。

『トンコ』や『ぞんび団地』のように無理やり頷かされてしまうような強引さに欠けたかなぁ、と。

 

卓越した文章力

雀野日名子さんの作品を読むのは初めてでしたが、何よりもその文章力に脱帽です。ラノベどころか文芸界も飛び出して、文学作家としても十分通用しそうな筆力。

解説を読むと、本作以前にも公募に入賞したり、中島和代という別名義で映画のノベライズなども携えているそうな。

受賞時の言葉によるとご本人、怖い話が大の苦手だとか。

そういう意味ではぜひともホラー以外の作品を読ませていただきたいものです。

とはいえ著作を見ると、ホラー小説でデビューしているせいかホラー作品が多いようですね。やはり角川ホラー文庫レーベルの作家として認識されてしまうと、なかなか他のジャンルでの刊行は難しいのでしょうか。

『太陽おばば』が唯一ホラーっぽくない作品のようなので、いずれ読んでみたいと思います。

 

 

https://www.instagram.com/p/CEYC8tnDAj5/

#トンコ #雀野日名子 読了第15回日本ホラー小説大賞短編賞受賞作品。表題作の他、全3作が収録された短編集です。『トンコ』は輸送中のトラックが事故に遭い、脱走する食用豚の冒険譚。先に運び出された兄弟たちの匂いに導かれて彷徨するものの、なぜかそこに兄弟の姿はない。それもそのはず、匂いの元はペットのジャーキーや弁当の具材など、既に加工済のもの。それでも豚であるトンコにはわからず、兄弟たちを探してさまよい続けます。恐怖のホラーというよりは、おぞましい題材の純文学作品。これはこれで素晴らしい。思わず引き込まれる筆力に脱帽。『ぞんび団地』も『トンコ』に負けず劣らず、なかなかの出来ですよ。既に絶版かもしれませんが、未読の方にはぜひおすすめです。#本が好き #活字中毒 #本がある暮らし #本のある生活 #読了 #どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい..※ブログ更新しました。プロフィールのリンクよりご確認ください。

『死国』坂東眞砂子

 土佐は鬼の住む国、死者の住む国である。このような呼び方が残っているのは、かつて人が死後においても、魂と心に分かれずに何らかの形で、この世に存在していた証拠ではないだろうか。死者も生者も同じように、この世に存在していた時があったのではないだろうか。もしそうなら、その地こそ、死霊の住む島、死国――そう、この四国であったはずだと、私は思うのである。

 今回ご紹介するのは坂東眞砂子死国』。

 当ブログには珍しくホラー小説です。

 本作は1999年に映画化もされているのでご存じの方も多いかもしれませんね。角川レーベルのホラー小説の中では、十指に入る人気タイトルかもしれません。

 読むにあたってWikipediaを見て初めて知りましたが、1996年に『山妣』で116回直木賞を受賞された坂東眞砂子さんもすでに他界されていたのですね。ご冥福をお祈りします。

 

同窓会モノ

 本書を端的に言い表せば「四国≒死国」という事になるのでしょうが、それはあくまで設定的なお話。

 物語の中心が何かというと、実のところ同窓会モノです。

 

 主人公の比奈子が久々に故郷の矢狗村(高知県)に帰って来たところから物語は始まり、次々と小学校以来の同級生たちに再会します。

 その昔みんなのアイドルだった女の子や、その子の事を誰よりも好きだった男の子やらが、それぞれ結婚していたり、スーパーで働いていたりといった状況が描かれます。三十歳を過ぎ、彼らはおじさん化・おばさん化が進んでいます。東京でイラストレーターをし、若々しさを維持している比奈子とは雲泥の差ですね。

 一方で残った彼らは、質素ながらも平穏で幸せに暮らしているようにも見えます。浮気性で結婚の意欲もない男との同棲生活に愛想を尽かし、不動産の整理を理由に矢狗村に帰ってきた比奈子との対比が控えめに描かれて行きます。

 比奈子は昔好きだった文也と同級会で再会したのをきっかけに交流を深める事になり、その頃から誰かに見られているような視線を感じるようになります。

 

 比奈子は幼馴染みの莎代里が16の若さでこの世を去った事を知るのですが、莎代里は代々死者の霊と交流する口寄せの家柄でした。莎代里の母は四国八十八箇所を逆回りする逆打ちを熱心に続け、莎代里を蘇らせようとします。

 ちょうど比奈子が帰ってきた頃、逆打ちは終わりを遂げます。

 蘇ってきた莎代里の目的は、死ぬ前までずっと好きだった文也を自分のものにする事。

 

 

スケールが大きいような、小さいような

 死国の設定自体は非常にスケールが大きいです。

 逆打ちを行うと蘇るのは一人ではなく、黄泉の国の結界が破られ、四国はたちまち死者の楽園となってしまうというのです。そうならないために、修験者たちは四国八十八箇所めぐりを続けているという話。

 ただ、蘇ってきたラスボスともいうべき莎代里のターゲットが、生きていた頃に好きだった男の子という時点で、トーンダウンは否めませんよねぇ。

 しかも文也はすでに三十を過ぎ、一度の離婚を経験しています。莎代里が十六歳で亡くなっているとして、倍近い年齢の男性に恋心を維持できますかねぇ? 現実には、好きだった相手でいつの間にか三十過ぎていると知った段階で卒倒しそうなものですが。

 ホラーというよりは全判的に「口寄せ」や「逆打ち」といった怪奇的な風習を扱っていて、イメージするようなホラー要素というのもあまりありません。まぁ相手は莎代里だけですし。他の女と仲良くしようとする文也に、あの世から恨みがましい視線を送る莎代里というのが度々登場するといった程度です。なのであまり怖いなぁ、という感じはありません。

 

 終盤に入ると、ディレクターに「巻け」とカンペでも出されたかのように慌ただしく物語が動きます。文也は誰かに操られているかのように(←乗り移られるとか、どうしてそうなったという理由もなく)突然車でどこかに出掛けようとします。たまたま道で出くわした比奈子がほぼ無理やり助手席に乗り込み、ドライブがスタートといった急展開。

 文也はなぜか山中目指して車を走らせ、途中一旦は我に返ったものの、崖崩れにより道路は寸断。二人は都合よく近場にあった温泉に宿を求め、都合よく一部屋しか空いていないという理由で相部屋に泊る事となり、めでたく結ばれます。事後、台風による謎の突風により窓が割れ、深夜に叩き起こされた従業員はたまたま空いていた離れの別室に二人を移動させます。

 

 ……一部屋しか空いてなかったんちゃうんかいっ!

 

 濡れ場書きたかっただけじゃないの? という無粋な突っ込みを入れたくなってしまいますね。

 

 そうして迎えた翌朝、宿を出た二人は村へ帰るために来た道とは逆方向へ車を走らせます。奇しくもそこは四国の中心という石鎚山。「せっかくだから登ろうか」なんて軽いノリで二人は石鎚山に登り始めます。

 リュックも登山靴もなしの強行登山です。

 

 

 

 一応「初心者にもおすすめの山」らしいですが、流石に普段着でもイケるとか言いませんね。比奈子の普段の服装の描写を鑑みても、二人が登っていく様子はかなり奇異だったと思うのですが。

 つまるところ文也は莎代里に操られる形で山頂を目指してしまったわけです。実体を失った莎代里は、文也に乗り移る事で霊峰である石鎚山の山頂にたどり着き、逆打ちを成就させる事ができたのです。

 水が湧き、暗雲が立ち込める中、文也は比奈子を置き去りにして帰って行きます。帰ろうとする比奈子には、階段が壊れ、鎖も切れという無常な仕打ち。

 なんとか山を下りた比奈子はたまたま居合わせた矢狗村の男性の車に乗って、村へと帰りつきます。そうして文也を追って死の谷へと入っていきます。

 

ご都合主義にも程がある

 もうわかりますよね?

 終盤はとにかくご都合主義の雨あられ、ご都合主義のバーゲンセールで物事が進み、とにかく辟易です。

 物語そのものも舞台設定として四国や八十八箇所めぐりを使用していますが、内容的には「死んだ同級生が昔好きだった男の子を死してなお想い続ける女の子の霊の話」であり、それ以上でも以下でもありません。

 『死国』というタイトルや舞台装置に比べて、物語そのものは非常に陳腐という印象です。

 そこに不必要な性描写を加えたりするから、余計に陳腐化してしまいます。

 セックス=自分のモノにする事、というロジックがもう残念ですね。登場人物たちがティーンエイジャーであればまた違うのでしょうが、三十過ぎたいい大人たちにそういう言動が目につくのが甚だ残念です。

 脇役である同級生たちの浮気エピソードなども、なんのために存在していたかわかりませんし。

 主役二人をはじめ、登場人物全員が小・中学校から三十過ぎるまでの十年以上の期間をすっぽりどこかに置いてきたような不思議な感覚です。ずっと小・中学校の頃に好きだったとか今でも好きだとかやっている。ちょっと理解できない感覚です。

 高いネームバリューのお陰で、期待値が上がっていたせいもあってか、とにかく最初から最後まで残念な作品でした。読書に対するモチベーションが上がっている今でなければ、最後まで読み通せなかったかもしれません。

 

ホラーブーム全盛期

 本書を語る上で忘れてはいけないのは、映画化された1999年当時は、角川のホラーブーム全盛期だったという事。

 角川ホラーの代表作ともいえる『パラサイト・イヴ』が1997年、『リング』が1998年ですから、本作が映画化されたのもホラー人気にあやかったものと言えるかもしれません。

 角川としては放つべき第三、第四の矢を手あたり次第にあたっていた状況なのでしょう。

 『パラサイト・イヴ』は大人気のゲームシリーズとなり、『リング』は映画も原作も次々と続編が生み出されました。角川ホラー文庫の黒い背表紙が書店の棚を占める割合もどんどん広がりました。

 結果どうなったかは……現在の和製ホラーが置かれた状況を見れば一目瞭然でしょう。

 未だに幽霊といえば、長い黒髪で顔を覆った貞子モデルが使われ続けていますしね。

 小説界隈においても、ホラーとは名ばかりの、幽霊や妖怪を題材としたライトノベルで溢れているようです。

 いつか『リング』並みに背筋が凍るような作品にまた巡り合いたいものですが、一体いつになることやら。

 

 

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#死国 #坂東眞砂子 読了四国=死国、というタイトル落ちな感じです。八十八箇所巡りや口寄せといった舞台装置は立派ですが、物語的には「昔好きだった男の子を死してなお思い続ける女の子の霊」の話。同級生同士でW不倫したり、なんとなく不気味なだけのお婆さんがちょくちょく出て来たりと不必要なエピソードも多い上、視点もコロコロ変わって落ち着きがありません。終盤は突然巻きが入り、ご都合主義のバーゲンセール。偶然が重なり過ぎてそっちの方が不気味。ストーリーを成立させるためだけの使い捨てキャラも多し。もう良いところを見つけるのが難しい。本書が映画化されたのはパラサイトイヴやリングの直後ですから、角川もホラーブームのあてこもうと必死だったんですね。ネームバリューの割に残念な作品としては十指に入り仕上がりかもしれません。※ブログ更新しました。プロフィールのリンクよりご確認ください。..#本が好き #活字中毒 #本がある暮らし #本のある生活 #読了 #どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい

『追想五断章』米澤穂信

集められた断章が示唆するものは、不幸ながらも彩りに満ちた人生。望むと望まざるとにかかわらず、主人公に押し上げられた男の物語。その劇に芳光はいまや背を向けることしかできない。

さて、連日の更新になります。

今回ご紹介するのは『追想五断章』。みんな大好き米澤穂信作品です。

 

米澤穂信は『インシテミル』でミステリ熱を再発させられ、『小市民シリーズ』で小山内さんに萌え……とすっかりハメられているのですが、当ブログには『リカーシブル』と『クドリャフカの順番』しか取り上げていなかったんですね。

 

中でも『リカーシブル』はかなり必読の作品でしたのでまだの方にはオススメです。


ラノベテイストあふれる『小市民シリーズ』や『古典部シリーズ』に比べ、本書は『ボトルネック』や『リカーシブル』に近いテイストの作品。

となると、賛否が分かれそうで気になりますね。

 

リドル・ストーリーを巡る物語

大学を休学し、伯父の古書店に居候する菅生芳光が主人公。

客として訪れた北里可南子からの依頼を受け、彼女の父・北里参吾が書いたという5つのリドルストーリーを探す物語です。

ちなみにリドルストーリーとは何か、wikipediaによると、

リドル・ストーリー (riddle story) とは、物語の形式の1つ。物語中に示された謎に明確な答えを与えないまま終了することを主題としたストーリーである。

という事です。

 

米澤ファンからすると、すぐさま『〇〇〇〇〇〇』が思い浮かびますよね。

あれは後味も悪く、賛否両論巻き起こる問題作でした。

 

この五つの物語、それぞれ外国を舞台に男と妻、娘の少女が出てくる幻想的な話であり、いずれも男であったり、もしくは家族が罪に問われたり、命を追われるものであったりします。

北里参吾はその五つの物語を書いたはずなのですが、いずれも行方知らずとなっていました。その内の一編が、たまたま芳光の居候する古書店に持ち込まれたと知り、可南子がやってきたという次第です。

可南子の手元には原本はなく、リドル・ストーリーそれぞれの結末だけが残されています。

 

リドル・ストーリーを見つけ出し、それに呼応する結末を当てはめるという繰り返しで、本作は進んで行きます。

 

ただひたすらにパズル

結論から言うと、「ただひたすらにパズルに徹した良く出来た推理小説」という感想です。

リドル・ストーリーと、別に用意された結末という時点でなんとなく仕掛けが見えてきてしまったりするんですけどね。

 

終わってみれば「よくできたパズルだったなぁ」と。

 

逆に言うと、読み物としてはちょっとというか、かなり薄味です。

だって別に有名でもない一般人が思い付きで書いた五つの小編を追うだけの話ですからね。

次々と人が死んだり、ライバルと作品を奪い合うというわけでもありません。

北里参吾の過去の知人や友人関係を探りながら、淡々と5つのリドル・ストーリーの行方を追うというだけです。

 

主人公の芳光にしても、父親に先立たれ経済的に困窮し、大学を休学せざるを得なくなったという事情はあるのですが、どうしてこんな探偵紛いの事に手を貸さなければならないのか動機も薄い。一応は金のため、という事になるのですが、そんな暇があるならアルバイトを頑張れ、と言いたくなります。

また、同じアルバイトの笙子の存在も疑問。彼女もリドル・ストーリー探しに協力を申し出るのですが、そこにはなんの必然性も見られません。そもそも彼女という登場人物すら必要だったのか疑わしいほど。『リカーシブル』で登場人物を絞り込んで物語を作り上げていった事を考えると、ちょっと不思議なぐらい不必要な存在でした。

 

そんなわけで本作は淡々と進められる私立探偵ごっこを、読者側も淡々と読み続けるという味気ない読書体験になってしまいました。

 

いつもに比べるとかなり短めですが、ミステリの場合あんまり書くとネタバレにもなってしまうし、こんなところでしょうか。

つまらなくもなく、面白くもなく。米澤作品の中では至って凡作というべき作品でした。

 

 

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#追想五断章 #米澤穂信 読了所在不明な5つのリドルストーリーの行方を休学中の大学生が追うという私立探偵もの。一言で言ってしまえば、良く出来たパズルでした、というところでしょうか。それもリドルストーリーと別に結末が用意されているという時点でなんとなく仕掛けに気づいてしまったりするんですが。全体的に盛り上がりに欠け、登場人物達にも魅力がありません。淡々と続く物語を淡々と読み進め、最後に良く出来たパズルが完成した、というだけの感想です。米澤作品の中では凡作になってしまうかな。※ブログ更新しました。プロフィールのリンクよりご確認ください。.. #本が好き #活字中毒 #本がある暮らし #本のある生活 #読了 #どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい

『パトロネ』藤野可織

 続いてのご紹介は藤野可織『パトロネ』です。

 藤野さんはあまり知られていないような気がしますが、2013年『爪と目』で第149回芥川龍之介賞を受賞された方です。

 なお本作に収録された『パトロネ』は第34回野間文芸新人賞、『いけにえ』は第141回芥川龍之介賞の候補作としてそれぞれノミネートされた作品でもあります。野間文芸に芥川と聞くと、純文学系の匂いがぷんぷんして来ますね。

 ところがどっこい、ちょっとイメージと違っていたりするのです。

 

私は誰?

 表題作『パトロネ』は一人の女性視点で語られます。

 妹が同じ大学に入学したのを機に同居を開始した私が主人公なのですが、もうなんかのっけから関係性がおかしいのです。私は妹に対し、ロフトの上と下での棲み分けを提案します。

 私は妹に、ロフトには決して上がらないように厳命した。妹は返事もしなかった。聞こえなかったのかと思って、私はもう一度、やや声を大きくして繰り返した。妹はやはり返事をしなかった。意図的に無視しているのだった。

 妹の態度があまりにも冷たすぎます。この前後も私である姉の側から一方的に妹に呼びかけるばかりで、姉妹の間に会話が交わされる描写は一切ありません。妹はかたくななまでに姉を無視し続けます。

 この二人、なんだか変だなぁと思っていると主人公からも妹について不思議なエピソードが語られます。

私は妹がここにやってくるまで、自分に妹がいたことすらほとんど忘れていた。妹は、夢で会った人や子どものころに観たアニメの登場人物と同じくらい非現実的な存在だった。

 改めて読み返してみると、序盤に重要な伏線が幾つも張られていた事が確認できます。

 この後、私は妹が入った写真部に入り、妹よりもむしろ部室に入り浸るようになります。また、皮膚炎を患い病院に通う事も。妹は写真部を退部し、どんどん人格が変わって行くようにも思えます。

 ロフトの上から妹を見下ろし、ああでもないこうでもないと鑑賞する私はすごく意地悪そうです。最初は愛想のない妹だなぁと思いましたが、読み進める内に嫌らしいのはむしろ姉だと思えてきます。

 

 いや、そもそもこの姉妹はおかしい。

 

 やがて部屋からは妹が消え、その代わりにりーちゃんと呼ばれる小学一年生の少女が現れるあたりから物語は急展開を始めます。宿題合宿のためにこの部屋に来たというりーちゃん。

仮に子どものはなしが真実だとしても、どうして私の部屋がその宿題合宿所に選ばれたのか、そしてどうしてりーちゃんのお父さんが鍵を持っているのか、さっぱりわからない。

 本人である私ですらわからないんですから、読んでいる側としては完全にちんぷんかんぷんです。

 妹にそうしてきたように、りーちゃんに干渉しまくる私。ところが突然舞台はパリに飛び、知らないフランス人の幽霊に出くわしたりします。

 そうこうしているうちに再び部屋に戻り、りーちゃんが具合悪そうにしているところで物語はおしまい。

 

 ……正直言って言いですかね?

 

 わけわからん。

 

 はじめこそ純文学にありそうな「ねじれた姉妹の関係を描いた作品」なんだと思って読み始めましたけれど、読めば読むほどわけがわからなくなりました。思い描いていたイメージがボロボロと崩れ、かといって裏側から別なイメージが浮かんでくることもなく終わってしまった印象。

 

 わけがわからん作品だなぁという感想のまま次の『いけにえ』を読み、星野智幸氏の解説を読んで……おいおいおい、ちょっと待て。そういう事だったの? と慌てて読み返す始末。

 それでもいまいち把握できず、いろんな方のブログやレビューから断片的に情報を繫ぎ合わせて行って、ようやく朧気に物語の構造が見えてきた次第。

 全貌がしっかり把握できたのは、こうしてブログを書くために読み返しながら整理して初めてでした。

 

 つまり今、ようやく腹落ちしたという状況笑

 

 これ難しいですねー。

 ちゃんと意図を理解できなければ単純にわけわからん話で終わっちゃいますし。正直そこまでヒキのある話ではないから、ほとんどの人はサクッと読み捨てるだけでそこまでせずに終わってしまうんじゃないかな?

 せめてあとがきや解説でもうちょっと親切にネタバレしてくれたら良かったんですけどね。

 

 とはいえ、全てが見えてくると不思議と癖になる魅力が溢れてくる作品です。

イニシエーション・ラブ』や『葉桜の季節に君を想うということ』とはまた違った意味で、もう一度読み返したいと思いました。

 いやー、すごく味がある。

 僕は好きですね。

 ちゃんと理解した後だから言える話ですけど笑

 

いけにえ

  一緒に収録されているのが『いけにえ』。

 第141回芥川龍之介賞の候補となった作品です。

 子どもが独り立ちし、夫と二人暮らしをする主婦・久子が主人公。

 久子はある日出掛けた美術館で二匹の悪魔を見たのをきっかけに、美術館の監視員ボランティアに登録します。展示室の片隅にじっと座っているあれですね。

 誰にも気づかれないのか、はたまたみんな気が付かないフリをしているだけなのか。跋扈する悪魔の様子を観察する久子ですが、ボランティアが始まって三ヶ月後、遂にかは行動に出ます。

 彼女の目的は、悪魔を生け捕りにする事だったのです。

 

 こちらは『パトロネ』に比べるとわかりやすいホラー作品となっています。

 とはいえ、芸術に対する理解が全くない久子の展示物に対する感覚や、学芸員とのやり取りなど、『パトロネ』にも通じる滑稽さが滲んでいたりします。やはりその筆致には卓越したものがあると感じました。

 

 

わかりにくい、あるいはわからない

 『パトロネ』も『いけにえ』も、いずれの作品も作中で明確な答えが語られる事はありません。

 ここ数年でやたらと「伏線回収」という言葉を目にする機会が増えたように感じていますが、さっくり言ってしまえば本作に関しては「投げっぱなし」と取られてもおかしくない。

 事実、『パトロネ』を初読した際には僕もそう感じましたし。

 

 ただまぁ本作に収録された二作に関しては、というか藤野可織という作者について言えば、文学なんですよね。芥川賞にノミネートされるような文学作品。

 謎かけと伏線回収をメインとしたエンタメ小説ではないという線引きが、読む側にも必要なのだと思います。

 僕がよく読む作家さんの例でいえば、初期の恩田陸なんかは結構多かったですけどね。伏線の投げっぱなし。

 恩田陸の場合には読者を先へと誘うためのフックとして謎、伏線のようなものをまき散らしつつ、結局最後まで回収されなかったりしたので、あれは単純にストレスだと思うのですが。

 本書で言えば『パトロネ』の私は誰か、妹とは誰だったのか、『いけにえ』の悪魔はなんだったのか、久子は何者? といった謎はあくまで舞台装置みたいなもので、答えを解き明かすのが主軸ではありませんからね。むしろ読者に余韻のようにもやもやを残す事を狙って書かれているのかと。

 

 とはいえ現在、創作物と名の付くものにはとかくわかりやすさが求められています。この辺りは詳しく説明せずとも、昭和歌謡とJ-popの歌詞の違いが度々話題になるように、皆さんもご存じかと思います。

 そういうご時世の中で、本書のようなわかりにくい作品はきっと大衆受けはしないのだろうなぁと思ったりもしました。

 僕自身は、第149回芥川賞を受賞した『爪と目』あたりは読んでみたいなぁと思います。

 

https://www.instagram.com/p/CEF4hLfDubf/

#パトロネ #藤野可織 読了第34回野間文芸新人賞、第141回芥川賞にそれぞれノミネートされた「パトロネ」、「いけにえ」の2編が収録されています。パトロネは妹の大学進学をきっかけに同居を始めた姉が主人公。無愛想な妹と意地悪で過干渉な姉の不思議な関係と思っていたのですが……だんだんと様子がおかしくなり、終盤には斜め上の展開に。一読しただけでは理解不能な作品でした。いけにえも美術館で悪魔を目にした主婦久子が、監視員ボランティアに登録して悪魔を観察する話。これはホラーなのか幻想小説なのか。こちらもとんでもない展開を迎えて終わります。どちらも回収されないまま終わってしまう謎が多く、答えを読者に委ねるような形なので初読では戸惑ってしまいますね。僕も混乱しましたが、ブログを書きながら整理したような次第です。そうして整理してみると、不思議と魅力がこみ上げてくる作品。いずれ芥川賞を受賞した『爪と目』も読んでみたいと思います。※ブログ更新しました。プロフィールのリンクよりご確認ください。. .#本が好き #活字中毒 #本がある暮らし #本のある生活 #読了 #どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい

『島はぼくらと』辻村深月

 「――そこは、あなたの故郷じゃないのにって、言われたよ」

 本を読んだにも関わらず、ブログを書けない日々が続いています。

 今回ご紹介するのは辻村深月『島はぼくらと』。

 三月に読んだ『ぼくのメジャースプーン』以来の辻村作品ですが、これまでに当ブログでも『かがみの孤城』、『青空と逃げる』、『スロウハイツの神様』などを紹介してきましたので、更新頻度からすると比較的取り上げる事の多い作家さんです。

 

 とはいえ本屋大賞にも輝いた『かがみの孤城』、『ツナグ』に比べるとどうにも小粒な印象も多い辻村作品。

 さて、今回はデビュー作以来久しぶりの高校生を描いた作品だそうですが、一体どうなるものか。

 

島で暮らす四人の高校生

 本作は瀬戸内海に浮かぶ冴島に住む四人の高校生を主人公としています。

 高校に通うのもいちいち本土までフェリーに乗らなければならないという不便な生活をする四人の前に、突然「幻の脚本」を探しにきたという現れ――というのが本書の冒頭のストーリー。

 文庫のあらすじにも、ほぼ同様の内容が描かれています。

瀬戸内海に浮かぶ島、冴島。朱里、衣花、源樹、新の四人は島の唯一の同級生。フェリーで本土の高校に通う彼らは卒業と同時に島を出る。ある日、四人は冴島に「幻の脚本」を探しにきたという見知らぬ青年に声をかけられる。淡い恋と友情、大人たちの覚悟。旅立ちの日はもうすぐ。別れるときは笑顔でいよう。

 これだけ読むと少年隊の甘酸っぱい冒険譚のようなものを想像してしまうんですけどねー。実際にはこのあらすじ、432ページある本書のうちの4分の1、90ページほどの内容だったりします。

 

 実際にはもっともっと話には膨らみがあり、島に定着するIターン移住者や移住者同士の恋愛、地域活性化を行政から委託されたコミュニティーデザイナー等々、話は島の中で起きる様々な事象に及びます。

 島の住人たちはお互いに知らない人間はいないというぐらいに見知った間柄ですから、そこで起こる事件はどんなに些細であっても住民たち全員の関わるものになってしまうのでしょう。

 

 高校生四人が主人公……と言いつつ、島の様々な住人が入れ代わり立ち代わり中心となる群像劇と言えるのかもしれません。

 

多い

 多い、本書についてはこのひと言に尽きます。

 登場人物が多い、エピソードが多い、テーマが多い。何もかもが多すぎる。

 主人公を高校生四人に定めたのも間違いだったように思えます。各エピソードに対し、四人が関わる要素が薄すぎる。まぁ当然でしょう。彼らは世間的にはまだ子供ですし、次々と起こる出来事の中では大人たちの出番の方が多くなってしまいがちです。

 ただし実際に彼らは知らず、大人たちの当人同士だけが理解しているようなエピソードが登場すると、鼻白んでしまいます。だったらそもそもこいつらいらなくない? と。

 

 多分彼らを脇役に徹させ、潔くヨシノや蕗子を主人公にした方が全体がすっきりしたのでは? と思えてしまいました。

 

 結局のところ高校生だけで四人いて、主要登場人物としては他にヨシノや蕗子、蕗子の娘・未菜、朱里の母や本木といった人々が登場します。それぞれがそれなりのエピソードや背景を抱えている事を考えると、とてもじゃないですけどよっぽど上手く構成しないと描き切れません。

 一例を挙げれば、本屋大賞を受賞した『かがみの孤城』は7人の登場人物を描くのに500ページ超の枚数を要しています。『かがみの孤城』はストーリーがシンプルだった事もプラスに働き、終盤に積み上げてきた伏線がドミノのように回収されていく様子は圧巻でした。

 ところが本作は『かがみの孤城』よりもはるかに多い登場人物を登場させ、まるで連作短編集のような小エピソードを重ね、無数のテーマを語るという詰め込み過ぎ状態。これではカタルシスが訪れるはずもありません。断片的に語られるエピソードの中に取ってつけたようなテーマ性が埋め込まれるという、残念な構成となっています。

 なんでこんな事になったのかなぁ、と思っていたところ、下記のようなインタビュー記事を見つけました。

 実は構想段階では、故郷を捨てて移住してきた蕗子や、島の定住者ではないヨシノを中心人物にするつもりだった

 やはりこれですね。

 構想段階と言いつつ、作品にはしっかりその屋台骨が残っています。

 読んでいると明らかに蕗子やヨシノが中心に物語は展開しているのに、主人公は四人の高校生という違和感はここにあったのです。

 

 元々の構想通りで良かった気がしますが……和風住宅を無理やり洋風住宅にリフォームしたような違和感が終始離れなかったのは、そのせいだったのですね。

 

赤羽環

 本作の一番の失敗は、彼女の登場だと思っています。

 『スロウハイツの神様』の主人公である彼女の登場を辻村ファンは手を叩いて喜んだようですが、僕は正直白けてしまいました。

 だって必然性がないじゃないですか。

 取っ散らかって上手く構成できてないな、もっと登場人物やテーマを絞ればいいのにな、とフラストレーションを溜めながら読み続けてきた末に、取ってつけたように他の作品のキャラクターを登場させられてもさっぱり意味がわかりません。

 そこは既存のキャラクターに頑張ってもらうなり、その分の尺を他のエピソードの深堀りに費やす方に使って欲しかったのですが。

 ぶっちゃけ、半分過ぎるぐらいまでですでに読むのが苦痛でした。終盤のファンサービスで、すっかり読むのが嫌になりました。

 なのでラストに高校生四人の進路の話が出てくるのですが、さらっと読んで終わりました。そこにはなんの感慨もありません。だって彼ら、結局のところ主役風の脇役でしかなかったですし。実際進路に迷ったり、葛藤する様子も最後の方になって初めて取ってつけたように描かれたように感じましたし。

 どうしてこんなに詰め込んじゃったのかなぁ。

 とにかく残念な作品でした。

 

https://www.instagram.com/p/CEDHUayjBv8/

#島はぼくらと #辻村深月 読了瀬戸内海に浮かぶ島に住む四人の高校生が主人公の話……のはずが、どうも四人に主人公感がのんだよなぁ。登場人物もエピソードもテーマも詰め込み過ぎて散漫で、なんだか集中できない作品でした。ちなみに本作には辻村氏の過去作からある人物が登場しているのですが、ファン歓喜のこの仕掛けも僕にとっては興醒め。そこまでそのキャラに愛着ないし。だったら他の登場人物なりテーマなり深く掘り下げようよ、と。だいぶ辛口になりましたが辻村本には結構当たり外れがありますね。※ブログ更新しました。プロフィールのリンクよりご確認ください。..#本が好き #活字中毒 #本がある暮らし #本のある生活 #読了 #どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい

『しょうがの味は熱い』綿矢りさ

 同棲は結婚に続いていないみたいだ。一緒に生活して、お互いの素顔を見せることで家族同然になり、その安らぎをもっと本格的にしたくて結婚するものだと思っていたけれど、家族同然になったからといって、家族になれるわけではないのだ。

 しばらくぶりの更新になりますが、読んだのは綿矢りさ『しょうがの味は熱い』です。

 綿矢りさ作品を読むのも久しぶりですね。『ひらいて』以来となります。

 彼女について思うところは過去の記事に書いていますので、気になればそちらもご覧になって下さい。


 

同棲カップルのお話

 本署に収められた『しょうがの味は熱い』『自然に、とてもスムーズに』はいずれも奈世と絃という同棲カップルを中心として描かれた作品です。

 

 大学を卒業した絃は、バカにしていたはずの会社人間として毎日を疲弊しながら暮らしています。簡単に言うと絃は几帳面で繊細、こだわり屋で恋愛に関してはあまりべとべとしたくないタイプ。気難しいと言われそうな人物像ですね。

 対する奈世はがさつで大雑把、いつでも相手の側に寄り添っていたいというタイプ。

 自分の事で精一杯の絃に対し、常に絃に寄り添おうとする奈世。

 まぁこんな二人だから、うまくいくはずもありません。

 

 あまりにもすれ違いが大きくなるものだから、部屋を出て行こうと決心する奈世。彼女に対し、起きがけ絃が発するひと言が大きなインパクトを残します。『しょうがの味は熱い』ある意味、このひと言のために書き連ねてきたような作品。

 

 続く『自然に、とてもスムーズに』は二人の数年後の様子が描かれています。入社から五年が経ち、すっかり仕事にも慣れた様子の絃。しかしながら同棲から三年を過ぎたある日、奈世が区役所で婚姻届けを貰ってきた上、勝手に自分と絃の名前まで書いてしまった事に怯えを見せます。

 以来、毎晩のように泣きながらぶつかり合う二人。なんとかして絃と分かり合いたいと願う奈世と、そんなことよりもただただ安らぎを欲する絃。亀裂は決定的なものとなり、奈世は今度こそ部屋を出、故郷の実家へと帰ります。

 

平凡な物語の中の、平凡ではない人々 

 

 こうしてあらすじを書いてみると、びっくりするぐらい平凡な話ですね。

 すでに同棲しているぐらいですから好きだの嫌いだのと一喜一憂するラブコメではありませんし、ミステリーやホラー、サスペンスといった要素は一切ありません。

 あくまでも結婚したい女と結婚に乗り気ではない男という男女の日常を描いただけの平凡な話。

 

 しかしながらストーリーとしては平凡でありながら、物語としては面白おかしく成立してしまうというのが綿矢りさの面白いところなのでしょう。

 

 特に女性キャラクターの描写には舌を巻くものがあります。『勝手にふるえてろ』や『ひらいて』でも思わず「そんな事考えんのかよ」と突っ込みたくなるような突拍子もない発想や思い込みをする女性が主人公でしたが、本書の奈世も同様です。

 最初から最後まで、奈世は絃の事ばかり語り続けます。ずっとです。仕事や、自分の他の私生活はほとんど登場しません。ひたすらに絃を観察し、絃が何を考えているかを想像し、絃と自分との関係性を考え続けます。彼女は怖いぐらいに、絃の事しか考えていないのです。

 鍋が煮えるまで、またはグリルで魚が焼けるまでの、何もすることがないこの空白の時間を、私はうまく過ごせない。おかえりなさいから夕食を食べるまでの、日常の隙間の四十分が人を絶望させる力を持っているなんて、絃に会うまでは知らなかった。

 たった四十分で彼女は一体何に絶望を強いられたのか。その答えがこれ。

帰って来てから絃がほとんどしゃべっていないことがどうしても気になる。

 絃は家に帰ってきてからも、黙々と持ち帰った仕事を続けます。その沈黙に耐えられない、という事なのでしょう。

 付き合ってすぐならばともかく、もう一年近く同棲していてこの状態だというのだから、なかなか面倒くさい人です。

 

 そう、奈世という女性はとにかく面倒くさいのです。

 

 だからずっと絃を見続け、相手の意識が自分に向くのを期待して待っている。絃はと言えば、奈世がそう期待していると知りながらあえて応えようとはしません。さながら、付き合っていられないといった心境なのでしょう。

 かといって絃が悪いとも、奈世が悪いとも言い切れません。

 単純に言ってしまえば二人とも「相手に合わせる」という事ができない人たちなのです。その合わなさ、と細部に至るまで緻密に書き連ねた物語が、本作とも言えます。滑稽で、シュールで、どこか恐ろしかったりもするおかしな二人のおかしな日常。

 

 エンターテインメント小説としてのウケが悪いのはいかんともしがたいところですが、個人的には非常に好きな作品です。

 平凡なストーリーで非凡な物語を作り上げてしまう筆力がとにかくすさまじい。こんなの一朝一夕では書けませんよ。

 綿矢りさの作品にはハズレがないだけにもっとどんどん読みたいところなんですが、唯一彼女に欠点があるとすれば多作家ではない事かなぁ。平凡な話ばかりでつまらない、という声を払拭するような、とんでもないエンタメ作品にも一度挑戦してみて欲しいと思ったりもするんですが。

 今回もダラダラ書き連ねましたが、良い読書でした。

 

 

https://www.instagram.com/p/CEBKynlDOPj/

#しょうがの味は熱い #綿矢りさ 読了すれ違う同棲カップルの話。物語的には、ただそれだけの話です。恋のライバルに振り回されるわけでも、難病や天変地異に引き裂かれるわけでもありません。ただし秀逸なのは綿矢りさの描く人物像であり、その圧倒的な筆力。お互いに歩み寄ろうとしない、相手を慮りながらも合わせる事を知らない男女のすれ違う様子が、これでもかと鮮やかに描かれています。逆に言うと、それだけです。エンタメ要素は皆無ですので、そういったものを期待する方にはオススメしません。個人的には綿矢りさらしさ全開の良作でした。#本が好き #活字中毒 #本がある暮らし #本のある生活 #読了 #どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい..※ブログ更新しました。プロフィールのリンクよりご確認ください。

『青空の卵』坂木司

 鳥井を一人にすることは、どうしてもできないのだ。だって鳥井には、僕しかいないのだから。

坂木司『青空の卵』を読みました。

 

坂木司といえば『和菓子のアン』が有名で、北村薫米澤穂信にも並ぶ”日常の謎”を題材としたミステリ作家としても知られています。

 

ただ僕は、自らミステリファンを自認しながらもまだ触れたことのない作家のお一人でした。

 

いずれ読もうと考えてはいたのですが、今回手に取るきっかけが何かというと、実は最近、WEB小説サイトに興味を持ち、徘徊しています。

そんな中でふと見つけたのが、『ノベルアッププラス』というサイトで行われている「ミステリー短編小説コンテスト」というイベントでした。

 

 

 

WEB小説というとどうしても「なろう小説」に代表されるいわゆる「異世界転生」「チート」「ハーレム」といった作品のイメージがあったのですが、なんと上記サイトでは短編ミステリ、しかも”日常の謎”をテーマとした作品を集めたコンテストを開催していたのです。

 

こりゃあ面白そうと思い覗いてみたところ……

 

なんじゃこりゃ???

 

と逆の意味で首を傾げたくなるような作品ばかり。

ポイント数等の指標が大きい作品であっても、です。

 

そもそも「日常の謎の定義が変わったのか?」と思えるような作品ばかりで、僕が知っているような”日常の謎”をしっかりと扱って、ミステリの体裁を保っているものは数えるほど。

 

まぁとにかく酷い有様で、あまりにも辟易した僕は、改めて「日常の謎とはなんぞや」という疑問を確認すべく、まだ未読の作家である坂木司作品に手を出したわけであります。

 

選んだのは処女作でもある『青空の卵』

 

さて、どんな話かと言いますと……

 

引きこもりの安楽椅子探偵

主人公は著者と同姓同名の坂木司。保険会社に勤めています。

その友人でちょっと変わった人間というのが、本書における安楽椅子探偵役である鳥井。彼は家庭の事情やいじめの経験などから引きこもり生活を送っており、人と会わないように職業もプログラマを選ぶという徹底ぶり。

 

滅多に外に出ようとしない鳥井ですが、中学からの同級生である坂木にだけは心を開いてくれます。

 

本作は彼らの周りで起こる日常の謎を取り扱った短編集。

 

『夏の終わりの三重奏』では近所で頻発する男性とターゲットとしたストーカー事件。

『秋の足音』では目の不自由な塚田青年を追い回す謎の双子の正体を探ります。

『冬の贈り物』では歌舞伎役者の元に次々送られてくる謎の置物の送り主と目的を解き明かします。

 

殺人事件のような血なまぐさい事件を扱わないという点においては”日常の謎”に間違いないのですが、ちょっと気になるのがその内容。

 

あけすけなく書いてしまえば、どれも性的な内容を内包しているのです。

もっと具体的に言うと、極端な異性嫌悪や同性愛者といった、性に関する悩みや事情を抱えた人々が関わってきます。

 

なので正直なところ、”日常の謎”と言いつつもいまいち僕の身の回りではピンと来ない”非日常”な世界観・思考によって物語が進んでいきます。

 

異常な関係

加えて、本書の異質な点は主人公・坂木と探偵役・鳥井の関係にあります。

一番上にも引用しましたが、彼らは極端な共依存関係に立っているのです。

 

「保険会社に勤めているのには一つ理由があって、それは鳥井真一という友人のためだ。(中略)だから、僕は彼と過ごす時間をつくるために、比較的休みが多くて、自由がきくこの会社に入ったのだ」

 

なお、坂木は高校や大学もまた、鳥井と一緒の学校を選ぶという徹底ぶりです。

 

一応補足しておきますが、彼らは同性愛者ではありません。

本書の中においては友人関係の延長線上として、上記のような依存関係にあるとしています。

 

物語上においてはそれらしい理由がこれでもかというぐらい繰り返されますが、何度説明されようとも決して納得できるものではありませんでした。

 

ですので本書は、性に関する悩みや問題を抱えた謎を、同性同士の不思議な共依存関係にある二人が解き明かしていくという、非常に異色の作品となっているのです。

 

ジャンルとしては確かに”日常の謎”に間違いはないのですが、内容的にはかなり偏りまくった”非日常な人々の物語”でした。

 

純粋なミステリと読む分には問題ないのかもしれませんが、物語として楽しめるかというと……僕個人としては、ちょっと上記のような点が気になっていまいち集中できませんでした。

 

これから読もうという方は、気を付けた方が良いかもしれません。

 

 

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#青空の卵 #坂木司 読了#日常の謎 の本を読みたくて手に取った作品。確かに日常の謎ミステリに間違いはないのですが、本書はそれ以上に特徴的な点がいくつか目について、むしろそちらを理解した上で読むべきかもしれません。個人的にはそちらがあまりにも気になりすぎて、純粋な日常の謎ミステリとしては楽しめませんでした。ちょっとSNSには記しにくいデリケートな内容なので控えますが、ブログには書きましたので気になる方はプロフィールのリンクからどうぞ。#本が好き #活字中毒 #本がある暮らし #本のある生活 #読了 #どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい..#本が好き #活字中毒 #本がある暮らし #本のある生活 #読了 #どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい