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『猛牛(ファンソ)と呼ばれた男―「東声会」町井久之の戦後史』城内康伸

「ヤクザなんて時代に逆行している。こんなことじゃ駄目だ。そんな生き様はやっちゃいけないんだ」

 

城内康伸『猛牛(ファンソ)と呼ばれた男―「東声会」町井久之の戦後史』を読みました。

おそらくですが、当ブログやインスタを見ている人で、本書を知っている人は皆無に等しいと思います。

もちろん、僕もそうでした。

 

ただ先日『疲労凍死』を読み、栃木県の那須岳について学んでいく中で、不意に「町井久之」という名前にたどり着いたんですね。

 

 

上の地図をご覧いただきたいのですが、左の青丸で囲んだ辺りが那須岳です。那須岳というのは一つの山の名前ではなく、茶臼岳や朝日岳、三本槍岳等の連山の総称で、丸の左上のあたりにあるのが『疲労凍死』において白河高校山岳部の面々が目指していた、那須岳の最高峰・三本槍岳です。

その少し上、青丸の縁のあたりには彼らが命を落とし、そのために現在では避難小屋が作られたという鏡ヶ沼も確認できます。

 

……で、問題なのは右の赤丸です。

赤丸の少し右には新白河の駅が見えます。最近だと白河の地名は、白河の関でも有名ですね。記事を書いている現在はまだ甲子園の決勝前。今年も仙台育英が連覇を果たし、優勝旗が再び白河の関越えを果たすか否かで湧いている真っ最中でもあります。

他にも白河には白河だるまや白河ラーメンといった特産品があったり、戊辰戦争の時には奥羽越列藩同盟と西軍とが一大決戦を繰り広げた激戦地としても知られています。

 

ただ、最近だともっと認知度が高いと思われるのが、赤丸の中、赤の下線まで引いた『TOKIO-BA』。『鉄腕ダッシュ』でもお馴染みTOKIOの三人が、福島県西郷村で始めたというプロジェクトの場です。

 

 

 

TOKIO-BAを初めて一年以上が経ち、この夏も様々なイベント等を行っていたらしいのですが、ここで問題となるのは、TOKIO-BAの舞台となったこの場所の話なのです。

8万平米という広大な敷地は、ほぼ芝生か野原のような平原に見えます。とはいえゴルフ場やスキー場というわけでもなさそうです。一体元々この場所はなんだったのか。

 

TOKIO-BAの近辺には、もう一つ不可解なものがあります。

 

 

上の赤い線でなぞった、白河の市街地近くからTOKIO-BAの奥まで伸びる道路。

道路沿いにあるのはほぼ緑の森や林、田畑しかないように見えます。

しかしこれ、実際にはとんでもない道路なのです。

 

 

わかりますか?

中央分離帯まで設けられた、幅20m・全長6.2kmもの巨大な道路なのです。しかしながら、国道や県道を示す道路標示はないため、あくまで所在地である西郷村村道・または私道といった扱いのようです。

前述した通り、ロードサイドには特筆すべきような商業施設どころか家屋すらほとんどありません。

そしてTOKIO-BAのすぐ横を終点としています。

その他に何がある、というわけでもない。

どこかへつながる、というわけでもない。

実際に交通量はほとんどありません。

田舎の山の中に忽然と現れる立派過ぎる道路は、日本全国で見ても稀なのではないでしょうか。

 

広大な敷地を持つTOKIO-BAの前身は一体なんだったのか。

一体この立派過ぎる道路はなんなのか。

 

その謎を解くのが、町井久之という男なのです。

 

 

町井久之とは

町井 久之(まちい ひさゆき)こと鄭 建永〈チョン・ゴニョン、정건영〉、1923年 - 2002年9月18日)は、在日韓国人の実業家。暴力団・東声会設立者。東亜相互企業株式会社社長。釜関フェリー株式会社会長。在日本大韓民国民団中央本部顧問。

 

wikipediaにある通り、町井久之は本名を鄭建永という在日韓国人でした。

日本に生まれ、韓国で育てられた彼は、十三歳で再び日本へと戻ります。しかし継母との折り合いが悪かった町井はグレてしまい、腕力と暴力に物を言わせる生活を送るようになります。

時は戦後。日本中の風紀が乱れる中、在日韓国人に対する風当たりも強い時期でした。

在日韓国人同士が結束を高め、支え合おうというムードが自然と高まり、在日本朝鮮人連盟(朝連)を結成。しかし朝連が次第に共産主義団体の性格を強めるにあたり、反発した青年たちは朝鮮建国促進青年同盟(建青)を結成。

両者は互いにいがみ合い、対立を深め、そこかしこで抗争を繰り広げます。

そんな中、腕っぷしを見込まれて建青に応援を頼まれたのが、町井でした。

町井は町井一家と呼ばれる今でいう反グレ集団を形成し、東声会という暴力団を組織するに至るのです。

 

その兄貴分として町井を支援していたのが、「政財界の黒幕」「フィクサー」としても名高い右翼活動家・児玉誉士夫。時の内閣総理大臣岸信介と昵懇であった児玉の仲立ちにより、町井は政財界との結びつきを強め、同じ在日韓国人であるプロレスラー力道山らとの仲を深める一方、三代目山口組組長・田岡一雄と兄弟の盃を交わし、暴力団としての地位もより強固なものにしていきます。

また、時の韓国大統領であった李承晩らとも交流を持ち、ワールドカップ予選に臨む韓国選手団の滞在費を支援したりと、祖国・韓国のために献身する様子も見られます。

 

しかし任侠団体に理解のあった自民党副総裁の大野伴睦の急逝とともに、ヤクザへの風当たりは強まります。そんな中、町井は突如東声会を解散させてしまいます。

ヤクザからの引退を表明した町井は東亜相互企業株式会社を設立。実業家への転身を表明するのです。

 

 

明日香台総合開発

時はバブルの絶頂期。

当時の町井は我が世の春を謳歌していました。

数々の高級クラブを経営する他、韓国要人や国内政財界の重鎮が利用する韓国料亭をオープン。さらに拠点となる六本木にはTSK・CCCターミナルビルをオープンさせ、そのオープニング・レセプションは読売新聞社渡辺恒雄が運営委員を務め、壇一雄が呼びかけ人に。さらに岡本太郎らが運行委員を務め、長嶋茂雄や二子山親方、由美かおる山本リンダらが華を添え、六本木周辺はこのせいで交通渋滞が起こる程の大騒ぎになったのでした。

 

そんな町井の下に飛び込んできたのが、東北新幹線新白河駅から西へ約5kmに位置する、福島県西白河郡西郷村の白河高原でした。

かつて旧陸軍の軍馬補充部や演習場として使われてましたが、戦後は旧満州から引き上げてきた開拓団が入植。しかし痩せた土壌と寒冷な風土のお陰で開拓は進まず、借財ばかりが膨らむ状況にありました。

西郷村開拓農業協同組合の組合長らは、たまたま同郷であった東亜相互企業幹部に窮状を訴えます。二つ返事で支援に乗り出した町井は、1億7千万円もの大金を同組合に貸付た上で、同地域にゴルフ場・乗馬などのスポーツ施設とホテルや温泉を組み合わせた壮大なリゾート構想「明日香台総合開発」を描くようになります。

冒頭にご紹介したTOKIO-BAまでの立派な道路は、この開発のために町井が整備したものなのです。

町井は資金調達のため、これらの広大な土地を法外な値段で転売します。住友不動産野村不動産神戸製鋼、ロッテ、三越不動産等々、売却先は有名企業ばかりです。

東亜相互企業株式会社の繁栄とともに「明日香台総合開発」は順風満帆かと思われましたが……意外にも綻びは目前まで迫っていました。

 

 

落日

1976年、ロッキード事件により町井の兄貴分でもあった児玉誉士夫脱税と外為法違反で在宅起訴。これにより二人の関係に大きなヒビが入ります。児玉からフィクサーとしての力が失われると同時に、町井もまた、政財界へのパイプを失ってしまうのでした。

さらに同年、白河高原の開発を巡り、東亜相互企業の黒沢勝利ら3人が、福島県知事・木村守江に対する500万円の贈賄容疑・収賄容疑で逮捕。当然社長であった町井も嫌疑を掛けられます。

また、それまでの放漫経営の影響もあり、韓国外換銀行では155億円にも及ぶ東亜相互企業に対する担保割れの巨額負債が問題視されるようになります。韓国外換銀行は国営でしたから、現役・元大統領らの信用問題・日韓問題にまでに発展しそうな兆しを見せ、結果として韓国からも町井は見捨てられてしまいます。

かといって町井には、もう頼るべき相手はいませんでした。結果として東亜相互企業は不渡りを出し、倒産。町井と東亜相互企業の栄誉の象徴であったTSK・CCCターミナルビルは、中に収蔵されていた数々の美術品・貴重品とともに債権者を名乗る有象無象によって荒らされた上で、人手に渡ってしまいます。

西郷村の「明日香台総合開発」も、当然のように頓挫します。汚職と利権に塗れたリゾート開発計画は藻屑と消え、後には町井の作った弾丸道路や農業施設の廃墟といった開発の爪痕だけが残骸として残ったのです。

 

そして今現在――長年にわたり放置されてきた広大な土地のほとんどはメガソーラー発電所へと姿を変え、一部がTOKIO-BAになりました。

 

那須岳の遭難事件から始まった話がだいぶ違う方向へと逸れてしまいましたが、これもまた読書の醍醐味の一つかな、と思っています。たまたま読んだ本の、ごくごく些細な部分に興味を持つ事で、全く別な方向へと新たな探求心が広がり、また別の本を読む意欲へと繋がっていく。

そうでもなければずっと同じようなジャンル・趣向の作品ばかりを読み続けてしまいがちなので、こういった刺激は大歓迎です。

 

ちなみに本作の中で言えば、白河高原開発に伴う福島県知事・木村守江への贈収賄事件に興味を惹かれました。福島県内の小さな村で起こった詐欺事件が、               福島県全体を揺るがすとんでもない大事件へ芋づる式に発展していく……これって滅茶苦茶面白そうじゃないですか?

福島県汚職事件でいえば、反原発派だったが故に無理やり逮捕されたのではないかなどと噂される佐藤栄佐久元知事が有名ですが、それ以前にももっととんでもない汚職事件があったんですね。

 

次回はそこについてもうちょっと深堀りしてみたいと思います。