「山の中で起こったことは、山の中でけりをつけて、里まで持ち帰らないのが、アルピニストのルールじゃあないでしょうか」
新田次郎『雪の炎』を読みました。
『孤高の人』をはじめ山岳小説家として数々の名作を生み出してきた新田次郎ですが、改めて調べてみると、当ブログで紹介するのは初めてだったのですね。
ちょっと驚きました。
というのも、一時期は新田次郎の作品ばかりを読みまくっていた時期があったからです。
『孤高の人』『八甲田山死の彷徨』『芙蓉の人』『劒岳 点の記』等など、タイトル・内容ともに未だに記憶に新しい作品ばかりです。でも記事にしてないという事は、かれこれ十年近く前に読んだきりだったのでしょうか。
今回は積読化して書棚に納まっていた『雪の炎』を発見したもので、読み始めてみました。
前回も『疲労凍死/天幕の話』を紹介しましたが、今はちょうど山岳小説が読みたい気分なんです。
ところが本作、上に紹介したような作品とはちょっと趣を異にしているようでして……詳しくは追ってご紹介していきましょう。
初秋の谷川岳で起こる疲労凍死
物語は男3女2の5人パーティーによる、谷川岳縦走から始まります。
間もなく9月とありますから、ちょうど今と同じ8月も末頃なのでしょう。しかし天候の読み違いから、パーティーを猛烈な雨風、さらに霧が襲います。
避難小屋へと向かう途中、風に煽られた絢子は稜線から滑落。リーダーである華村敏夫と和泉四郎は彼女を探して、ロープ一本で崖を下ります。幸運にも絢子を発見しますが、足を怪我した絢子を稜線まで担ぎ上げるまでは至らず、その場にビバークを余儀なくされます。
翌々日の朝、ようやく救助隊が駆け付けるのですが……3人のうち一人華村敏夫だけが、遺体となって発見されます。
死因は疲労凍死でした。
敏夫の死に疑念を抱いた妹の名菜枝は、真相究明のためパーティーのメンバーを訪ねます。
山に慣れていた兄が、疲労凍死なんてするはずがない。ましてや他の二人は無事だったのです。そのうち一人は女性であり、負傷までしていた。それなのに、どうして兄だけが……。
事件の裏に見え隠れするライバル企業の影と、過去に起きた落石による死亡事故。名菜枝の前に現れる謎の不良外人、そして怪しげな企業情報屋。
様々な思惑や人間関係が入り乱れる中、名菜枝はついに一つの真相へとたどり着きます。
新田次郎らしからぬサスペンス
本書は某サスペンス劇場も顔負けの、サスペンス作品です。
多くのサスペンス作品がそうであるように、本作で提示される謎そのものはあまりにも小粒です。
なにせ華村敏夫の死に際して、その場に居合わせたのは二人だけなのですから。そして、死因も疲労凍死とわかっています。なぜそんな最期を遂げたのかなんて、一緒にいた二人が正直に説明すれば済む話です。
正直に言えないのは、どこか後ろ暗いところがあるから。
となると、読んでいる読者の心境としては「さっさと吐けよ」という気持ちになってしまいます。
そこに敵か味方かも定かではない不良外人や情報屋(総会屋?)が登場し、企業同士の闘争やら権力争いの要素が入り交じって来るだけで、本筋としてはあくまで「さっさと吐けよ」の一本調子なものでしかありません。
なお、新田次郎といえば山岳小説なのですが、山岳要素もかなり控えめです。冒頭の事故部分を除けば、物語の大半は山とは関係のない市街地で進められます。厳密には後に二度、やはり谷川岳に登る事になるのですが、主題は登山ではなくあくまで謎解きであり、登場人物たちの人間模様。
それでも面白く最後まで読めてしまうのは、新田次郎の筆力としか言いようもありません。
ただし、最終的に「ではどうして兄は死んだのか」という謎解きにあたっては、あまりにも陳腐というか、無理筋が過ぎる面は否めず。。。山岳小説としては物足りず、推理(サスペンス)小説としても物足りない。どっちつかずの作品という結論に落ち着いてしまいそうです。
まぁ新田次郎もかなりの作品数を残していますからね。こういう一風変わった作品もあるという事でしょう。