『快晴フライング!』古内一絵
でもね、2つの性を生きるあたしたちは強いの。決して諦めたりしないのよ。
弓が丘第一中学水泳部を舞台にしたスポーツ青春もの。
古内一絵のデビュー作でもある『快晴フライング!』は色々といわく付きの第5回ポプラ社小説大賞特別賞受賞作でもあります。
ポプラ社小説新人賞と名前を変える前の、最後の賞といえばおわかりいただけるでしょうか?
詳しい経緯は『お任せ!数学屋さん』のブログにも書きましたので下記をご参照ください。
本書は当初『銀色のマーメイド』という名前で同賞の特別賞に輝いています。
大賞をとった『KAGEROU』に負けた作品。
一体どんな作品なのか、そういった側面でも気になりませんか?
「勝利」と「友情」と「努力」
人はそれを「ジャンプ三原則」と呼びます。
古くから少年ジャンプで人気となる漫画に見られた三つのテーマです。
本書はそんな少年漫画に見られたようないわゆる“ベタ”な青春小説だと思っていただければ間違いないと思います。
主人公の龍一は中学三年生で弓が丘第一中学水泳部の部長。
ですが、残念ながら彼には人望がありません。
本来であれば親友で人望も厚いタケルが部長を務めていたのですが、不慮の事故によりタケルは急逝。それまでは自分一人の記録しか頭に無かった究極の個人プレイヤーである龍一がタケルの後を継いで部長に就任します。副部長は二人の幼馴染である敦子。
ところがみんなはタケルにはついて行けない。
どんどん部員達は辞めてしまい、遂には顧問の柳田義人から廃部を持ち出される始末。龍一は「弓が丘杯の男子メドレーリレーで優勝できなければ、廃部にしてもいい」と啖呵を切ります。
まずは頭数を揃える為に部員を募集。未経験の駄目駄目なメンバーばかりが集まります。ここまではある意味テンプレですね。
そんな中、スポーツセンターでクラスのミステリアス美人襟香が素人とは思えない速さで泳ぐところに遭遇。襟香を部員にと勧誘しますが、当然断られます。この辺りからは『快晴フライング!』のオリジナリティの表れでしょう。
弓が丘第三中学水泳部との模擬レースを行うも醜態を晒すに留まり、自信を喪失する面々。
やはり襟香の力が必要だと画策していると、街中で襟香とドラァグクイーンのシャールに遭遇。襟香はGID(Gender Identity Disorder)、性同一性障害である事を知ります。
襟香が泳ぎたくないのは「女として」であり、「男として」レースに出たかった。
襟香の思いを知った龍一とシャール協力。水泳部に参加することになった襟香の力により他の部員達もめきめきと実力を上げる。遂には学区域戦のメドレーリレーでも優勝を果たします。
そしていざ、約束の舞台である弓が丘杯の男子メドレーリレーへ。
ドラァグクイーン
耳慣れない言葉ですよね。
wikipediaによると
男性が女性の姿で行うパフォーマンスの一種
とあります。
簡単に言うとマツコ・デラックスやミッツ・マングローブみたいな人物を想像すると良いかもしれません。
作中に登場するシャールはまさしく彼らのような人物。
彼(彼女?)の登場により襟香の秘密が明かされ、また最後まで襟香に寄り添う重要人物となっています。
最近ではテレビで見ない日はないというぐらい引っ張りだこのマツコ・デラックスですが、彼女(彼?)に興味のある人は読んでみても損はないかもしれません。
また、シャールは古内一絵の人気作である『マカン・マラン』シリーズに登場する人気のキャラクターでもあるようです。本作は『マカン・マラン』を読んだ人が「シャールが出ていると聞いて」手に取るケースも多い模様。シャールが気に入れば、さらにこちらのシリーズもおすすめです。
蛇足の終章
個人的に納得がいかないのが最後の一章です。
多分、作者が書きたかったのはここなのかもしれないと思います。だからこそ、最後にまるで追記のように載せたのでしょう。
でも個人的には蛇足にしか感じませんでした。
「勝利」と「友情」と「努力」のスポーツ青春小説としての完成度は高かったが為に、余計にそう感じてしまいます。
ネタバレになってしまいますので詳しくは書きませんが、実際に読んだ上で、最終章については確認していただければと思います。