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『風神の門』司馬遼太郎

京から八瀬までは、三里ある。高野川をさかのぼって、洛北氷室ノ里をすぎると、にわかに右手の叡山の斜面がせまり、前に金毘羅山がそびえて、すでに山里の感がふかい。

冒頭の一文です。
いかにも司馬遼太郎といった雰囲気で懐かしさすら覚えてしまいます。
一時期はアホみたいに読み漁っていた時期もあったんですけどねー。
調べてみたら2014年に読んだ『城塞』以来ご無沙汰だったみたいです。
そこからだいぶ空いて昨年末に笹沢左保の『真田十勇士』全5巻を読んで以来、時代小説自体から離れていたんですね。

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考えてみると『城塞』真田十勇士『風神の門』豊臣家の最期を描いているという点では一緒です。
そもそも『風神の門』を買った理由も『真田十勇士』を読んだ後で、「他に真田十勇士について書かれた小説ってないのかな?」と思ったのがきっかけなんですが。

購入してから実際に読むまでだいぶ長々と積読化してしまっていたようです。
それでは、改めて本書について触れていきましょう。

伊賀忍者霧隠才蔵

本書『風神の門』の主人公は伊賀忍者霧隠才蔵
同じく真田十勇士の一人であり甲賀忍者である猿飛佐助と並び、日本を代表する忍者の一人と言っても過言ではありません。
しかしながら真田十勇士ではリーダー格である猿飛佐助に比べると、些か見劣りするのも正直なところ。
真田十勇士を取り扱った物語や劇、ドラマ等は世の中にたくさんありますが、いつだって中心でスポットライトを浴びるのは猿飛佐助であり、そのライバルとして、光に対する影として存在するのが霧隠才蔵でした。
前出の笹沢左保版『真田十勇士』ではまさに佐助の影として人知れず暗躍した後、意外と呆気ない最後を遂げたり。。。
興味のある方は、笹沢左保版もぜひ読んでみていただきたいと思います。

 

そんな霧隠才蔵を主役に据えたというのは司馬遼太郎ならではの英断。
ある意味では司馬遼太郎が贈るダーク―ヒーローもの、と言えるかもしれません。

 

物語を彩る三人の女性

時代小説といえばお決まりかもしれませんが、本書にも重要な役目を担う女性が登場します。
まずは淀殿の侍女である隠岐
淀殿の侍女であり、大阪の家老大野修理治長の妹である彼女は、佐助達と行動を共にし、大坂の為に腕に覚えのある男たちを集めようと流浪の旅をしています。
ひょんなことから隠岐を知った才蔵は、名前も顔も知らない彼女を探して菊亭大納言の屋敷に忍び込みます。
そこで出会うのが菊亭大納言の三女である青子
隠岐かと思ったら人違いだった」と大迷惑をこうむる青子ですが、持ち前の純真さと好奇心旺盛な性格から、才蔵を慕うようになってしまいます。
才蔵も青子に対して愛情らしきものを持ち始めた頃、青子は他ならぬ隠岐たちの手によってさらわれます。
青子を探す才蔵の前に立ちふさがる野党。
赤子の手をひねるように成敗した才蔵は、野党に捉えられていた女性を発見します。
この女性がお国
お国に対しては才蔵は並々ならぬ肉欲を発揮し、あっという間に我が物にしてしまいます。
その後もお国に対しては卑猥とも言えるような大胆な行動も要求します。

そんなわけで、本書は真田十勇士と並行して大坂夏の陣までの霧隠才蔵を描いているのですが、物語の節々でこの三人の女性たちが代わる代わる存在感を放ち続けるのです。

 

佐助と才蔵、伊賀と甲賀の対比

猿飛佐助と霧隠才蔵の二人がよく「光と影」として描かれるというのは上でも触れましたが、それでは本書において、司馬遼太郎は二人の対比をどのように描いたのでしょう?

一つ目は、「群れる甲賀と孤高の伊賀」という対比。
甲賀忍者は頭領である佐助を筆頭に、組織だって行動するのが特徴です。
全国各地に甲賀忍者は生息していて、ひとたび声を掛ければ様々な情報を交換しあったり、武力蜂起に転じたりもします。
一方で、才蔵のいる伊賀忍者は孤高です。
そもそも才蔵以外に伊賀忍者と思われる人間はほとんど現れません。
あくまでたった一人、一匹狼として行動するのです。

さらに二つ目は「義で動く甲賀と金で動く伊賀」という対比。
猿飛佐助を中心する甲賀忍者は、忍びというよりは武士に近いように書かれています。
主君に忠誠を誓い、義の為に行動します。組織があり、上下が存在します。
しかし才蔵は違います。
誰かに仕える、という考えを持ちません。
あくまで個として、己の思うがままに生きようとするのです。
彼らを動かすのは金だけなのです。
とはいえ、才蔵は真田幸村に“男惚れ”して佐助たちと行動をともにするようになりました。

本来は忍びとして才蔵の姿の方がスタンダードと言えそうですが、一方の雄である佐助を武士の延長・常識人として描くことによって、才蔵の偏屈さ・忍者らしさを際立たせたと言えそうです。

 

また一時は真田幸村を通して大坂方に身を置いたはずの才蔵は、戦後にこんな感想を漏らしています。

 

徳川が勝ち、豊臣がほろびるのも天名であろう。この城にきて、そのことがよくわかった。腐れきった豊臣家が、もし戦いに勝って天下の主になれば、どのように愚かしい政道が行われぬともかぎらぬ。亡びるものは、亡ぶべくしてほろびる。そのことがわかっただけでも、存分に面白かった。

 

大坂冬の陣、夏の陣というと真田幸村後藤又兵衛といった豪傑と比して、淀君大野修理を頂点とする豊臣方の無能な采配が取り上げられがちですが、司馬遼太郎は最後まで第三者としての立場を貫いた才蔵の目を通して、大坂方の腐敗を語らせたかったのかもしれませんね。

 

司馬作品=バッドエンド?

名作の多い司馬作品ですが、読んでいて一つだけ気がかりな点があります。
それは……

そのほとんどがバッドエンドである

という点。
実在した歴史上の人物を題材としている作品が多いので、仕方ない面もあります。
新選組しかり坂本龍馬しかり、読んでいるうちに感情移入してしまって、なんとか生き延びて欲しいと願う事も少なくないのですが……残念ながら彼らの最期は最初から決まっていたりするのです。
歴史そのものが盛者必衰。
本人は天命を全うしても、すぐさま子孫の代で滅亡してしまったり。
なかなかハッピーエンドとはならないのが難しいところです。
ところが本書の良い点というのは司馬作品にしては明確にフィクションであるという点。
そりゃあそうですよね。
霧隠才蔵なんて忍者はフィクションでしか描けませんから。
なので、詳しくは書きませんが他の司馬作品に比べるとなんとも清々しいエンディングとなっています。
たまにはこういう爽やかな司馬作品も良いですね。

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#風神の門 #司馬遼太郎 読了しばらくぶりの司馬作品であり時代小説。調べでみたら司馬遼太郎は2014年以来らしい前はアホみたいに読み漁ってたんだけどな風神の門は #真田十勇士 の一人 #霧隠才蔵 を主人公にした作品で、関ヶ原以後〜大阪冬の陣、夏の陣までを描いています。他とは違う #猿飛佐助 との比較や次々と登場する魅力的に女性キャラ等、司馬作品にしては珍しく読後感も清々しいフィクションでした。久々の #時代小説 、いや〜堪能しました。#本 #本好き #本が好き #活字中毒 #読書 #読書好き #本がある暮らし #本のある生活 #読了#どくしょ #読書好きな人と繋がりたい #本好きな人と繋がりたい ..※ブログ更新しました。プロフィールのリンクよりご確認下さい。