自然にしていればいい。ちゃんと黄色を選べたんだから。そのうち頭がゆるんで、身体も心もゆるんでくるよ。それまでは、ひとつずつゆっくり作業するといいかもしれないね。慌てることないよ、あすわはあすわだから。
第13回本屋大賞を受賞した『羊と鋼の森』でがっちり僕の心を掴んでしまった宮下奈都さんの『太陽のパスタ、豆のスープ』です。
ちなみに『羊と鋼の森』は公開されてすぐに劇場版も観てきました。
“原作レイプ”と詰られる映像化作品も多い中、『羊と鋼の森』は原作の空気感を忠実に再現した素晴らしい映画でした。
詳しくはこちらのブログをどうぞ。
この出会いから「宮下奈都ってすごい!」「他にはどんな作品書いてるの?」と僕の宮下奈都探訪が始まりました。
と言っても読んだのはまだ下記の『たったそれだけ』1冊だけですが。
『たったそれだけ』は一人の男性の失踪が、彼に関わる6人の人間たちにどのような影響を与えたかを描いた6話の連作短編集。
『羊と鋼の森』の衝撃に比べてしまうと物足りなさは否めませんが、するすると頭に入ってくる文章は秀逸でした。
そうして遂に手にした3冊目が本書『太陽のパスタ、豆のスープ』。
デビュー作である『スコーレNo.4』と並び、宮下奈都の初期の代表作の一つに挙げる声も多いようです。
それでは、内容をご紹介しましょう。
ドリフターズ・リスト
本書は主人公である明日羽が婚約者から破断を申し渡されるところから始まります。
結婚式の日取りも決まり、周囲への連絡もあらかた済んだ段階での婚約解消。
きっと彼にはどうしても引っ掛かってしまう何かがあったのでしょう。
憔悴する明日羽の元へやってくるのが叔母のロッカさん。
明日羽とは一回りぐらい年が離れるるものの独身生活を謳歌しているロッカさんは、明日羽に「やりたい事を書き出す」ように促す。
それこそが“ドリフターズ・リスト”。
本来の意味で言うとドリフターズ(=漂流者)なので、漂流者の指針となるようなリストの事らしいのですが。
ひょんな事から明日羽はドリフターズ・リストを書き出し、一つ一つ実現していこうと思うようになります。
まずは引っ越しから始まり、髪を切り、エステに行き……。
子どもの頃からの友人で性同一性障害を抱える京(男の女の子)やロッカさん、さらに会社の同僚である郁ちゃんといった人々に囲まれ、家族に支えられながら生活していくうちに、明日羽のドリフターズ・リストはどんどん修正され、書き足されていきます。
最終的には……
- きれいになる
- 毎日鍋を使う
- やりたいことをやる
- ぱーっと旅行をする
- 新しく始める
- 豆
見ただけじゃさっぱり意味がわからんけど(笑)
そうしてようやくリストが手放せないモノへとなりつつあった頃に、二度目に出かけたエステで、オーナー兼エステティシャンの桜井さんから水を差されてしまいます。
リストなんてやめたほうがいい。リストって反面教師なのよ。たとえば、克己って書く人は、自分を克服していない人。今日やれることを明日に延ばすなって書く人はいつも明日に延ばしちゃう人でしょう。自分の気になっていること、自分にはできないことを上げるのね。つまり、不可能リストなの。そのリストに書かれているのはすべてあなたの弱点だってこと。ほんとうに大事なこと。どうしても守りたいものは口に出したり紙に書いたりしないほうが賢明なんじゃないかしら。
不可能リスト!!!
強烈な言葉です。
その時の明日羽の心境を表す様子がこちら。
不可能リスト。――静かな雨が、窓の外の景色をねずみ色に変えていた。
これこそ宮下奈都らしい表現ですよね。
心に影が差すような心境を上手に表現されています。
こういうのを探すのが、大好きなんだ。
そうして迷った末、リストから距離を置く事を決めた明日羽に、ロッカさんはあっさりと、
「あほらし」
「なんで」
「買い被りすぎ」
「何をよ」
「リストをよ。リストにしがみついてるのやめたほうがいいって」
「ええっ」
なんて言い放ったりします。
ロッカさん、良い性格です(笑)
でもこうしてリストから解放される頃には、明日羽の生活にも少しずつ変化が訪れていたりして。
その辺りの詳細については実際にご自身の目でご確認下さい。
魅力的なキャラクター
改めて思い起こしてみると、『羊と鋼の森』も魅力的なキャラクターが多かったですよね。
板鳥さんをはじめ、柳さんや秋野さんといった個性溢れる調律師の皆さん。
柳さんの彼女の濱野さん。
和音と由仁の双子。
文章の綺麗さに意識が向かってしまいがちですが、登場人物たちの魅力も『羊と鋼の森』の人気の一つなのでしょう。
本書にも負けず劣らず、魅力的なキャラクターが多数登場します。
叔母のロッカさんは最初から最後まで明日羽の一番の友人(?)としてとびきり強い個性を発揮していますし、幼馴染みで性同一性障害の美容師・京も明日羽の親友としてここぞという場面に登場してくれます。終盤にかけて明日羽の視野を広げてくれる会社の同僚・郁ちゃんも本当に女性らしく、実際に存在していたら男女問わず多くの人に親しまれそうなキャラクターです。明日羽の両親や、万年フリーターかと思いきやしっかりと夢を抱えている兄の存在も忘れてはなりません。明日羽を奈落の底へと突き落とした張本人である元婚約者の譲さんだって、なかなかどうして見どころのある青年です。
そういう意味じゃ、婚約破棄の痛手から立ち直る物語にしちゃあ、ちょっと周囲に恵まれ過ぎなんじゃないの? という気がしないでもありませんが。
本書を読む際には、宮下奈都のキャラクターメーカーとしての手腕もぜひ堪能していただきたいと思います。